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コネクト・クエスト  作者: ノリト ネギ
ガーウィンス連邦国に潜む影
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第三十八章 新たな道

 静まり返った暗い街並みを眺めながら、イリックは土の道を踏みしめる。

 夕食は先ほど済ませたため、腹はすっかり膨れている。油断をしているとゲップが出てしまいそうだ。

 人通りが少ないため、耳をすますと虫の合唱が聞こえてくる。人が足を踏み入れない林は今日も大賑わいだ。

 やがて足音が変わる。踏み固められた土の道から、木の橋に移ったからだ。

 ギシギシと鳴らしながらイリックは視線をずらす。

 橋の下は水で満たされている。

 夜釣りの欲求にかられるが、今は用事があるため、ぐっと堪える。

 一際大きな建物達はどれも丸みを帯びた屋根を被っている。それらには子分のような別棟が両脇に連なっており、それぞれが立派な施設なのだろうと素人目にもわかる程度には立派だ。

 ここはガーウィンス連邦国の研究区。

 イリックは火の図書館を目指して一人歩いている。

 サハハ遺跡の鎮圧から既に三日が経った。

 イリック達は休養という名目で、完全に自由な三日間を満喫した。

 イリックは一人ないし二人を引き連れてクエストへ。終わり次第、釣り。

 ネッテはロニアと共にどこかしらの図書館で読書に励みつつ、時にはイリックとクエストへ。

 アジールはイリックとクエストへ。イリックが釣りの間はギルド会館で情報収集に励んだ。

 ロニアは三日間、火の図書館か風の図書館に入り浸った。

 そしてトゥルルは……。


「マスター、お待ちしてましたデス」

「おう、来たか」


 イリックが火の図書館の館長室に足を踏み入れると、トゥルルとゴルドが仕事をしながらイリックを歓迎する。


「どうしたんですか?」


 イリックは空いている椅子に腰掛け、用件をたずねる。

 夕食時に、ロニアからここに来るよう言われたため、イリックは内容も聞かされずに足を運ぶ。


「いくつか話したいことがあってのう」


 ゴルドはゆっくりと切り出す。本棚の整理をしていたトゥルルも、話が始まったため作業の手を止める。

 あの戦い以降、最も忙しかった人物はゴルドだ。

 報告書は膨大なページ数になり、また、報告すべき事柄は一つや二つでは済まない。

 サハハ遺跡の機能について。

 サハハ遺跡の結界およびモンスターについて。

 ウーディについて。

 作物と土壌について。

 一つ一つが非常に重く、火の図書館総出で報告書を作成しているにも関わらず、未だに終わりは見えていない。

 また、神の名代への報告も済まさねばならず、今日はそれだけで一日が過ぎ去ってしまった。

 これら作業において、最も貢献したのはトゥルルだ。

 サハハ遺跡を最も把握できている人物として、また、機械ゆえ高速かつ正確な処理が行える助手として、ゴルドの右腕となり存分に貢献する。


「まぁ、とりあえずトゥルルから言うてみい」

「ハイ。マスター、私ココに残ってもイイでしょうか?」


 トゥルルの予想外な発言に、イリックの頭は機械のように一瞬フリーズする。


「やりたいことを見ツケマシタデス」

「いいよ」


 トゥルルが何をしたいかはまだわからない。それでもイリックは主としてそれを承諾する。

 イリックはトゥルルの主ではあるが、トゥルルの意思を否定する権利など持ち合わせていないと初めから自覚しており、やりたいことを見つけたのならそれを後押しするつもりでいた。むしろそれを見つけてあげなければならないとさえ考えていた。

 トゥルルはトゥルル遺跡を防衛すればいい、初めはそう思っていた。

 しかし、エムム遺跡から連れ出して以降、そこを防衛する必要はもうないのだろうと気づかされ、今に至る。

 イリックとしては、トゥルルのその発言はうれしい限りだ。


「なんじゃ、何をするかも聞かずに」

「そんなの関係ないし~」


 呆れるゴルドに、イリックは本心を打ち明ける。トゥルルが何をしたいかが重要なのではない。したいことを見つけたことが喜ばしいことだとわかっている。ゆえに、後押しする。それだけのことだ。

 トゥルルのうれしそうな表情を見れただけで、イリックは十分だと頷く。


「私、サハハ遺跡や他の遺跡について調べてミタイと思いマスデス」


 そう。これがトゥルルのしたいこと。

 自分を作った古代人が遺した遺跡の調査。与えられたデータだけで活動するのではなく、自ら調べ、そして得る。その対象に、トゥルルはそれら遺跡を選ぶことにした。


「トゥルルは頭良いからきっとやれるよ。んで、今後はどうするの?」

「わしの部下ということにする。まだおおっぴらにはしておらんが、これからトゥルルについても説明せんといかんのう」


 また仕事が増えた、とゴルドは背もたれに体を預ける。気だるそうだが、それでもどこかうれしそうに見える。

 トゥルルは古代人が作った人型機械であり、その存在はごく一部の人間にしか周知していない。

 サハハ遺跡の報告が済み次第、トゥルルについての報告書を作成するはめになってしまった瞬間でもある。


「あ……。ってことは、マスター契約だっけ? それもじいさんあたりに変更した方がいいのかな?」

「いや、そのことは既に話し合って決めておる。今のトゥルルにマスターだのなんだのは関係ないようでな、現状はこのままにしようと思っておる」


 トゥルルは人間と契約を結ぶことで行動の制約がいくつか解除される。

 同時に、主の命令に従って行動するようになるのだが、今のトゥルルは人間に近い感情を持ち合わせている。イリックの指示がなかろうと、自分で考え、行動することができる存在に昇華したとも言える。

 ゆえに、もはや契約という行為に意味はなく、ゴルドは現状維持でいいだろうと判断を下す。


「マスターとの契約を維持シテいれば、マスターが死んだ際にスグわかるという利点もありマスデス」

「え、何その物騒な例え」


 トゥルルの言いたいことはわかるが、もう少し明るい例を挙げてもらいたかった。


「戦力として必要になったら、その時は言ってくれい。大精霊が近くにいる場所なら、こやつは無敵じゃからな」


 ゴルドの言う通り、トゥルルは魔力が無限に供給される大精霊の近くでは決してやられない。

 自己回復を無限に行えるのだから、ただでさえ強いトゥルルを倒せる存在など早々いないだろうと容易に想像できる。

 破壊された右腕すら、あっさりと回復してみせた。トゥルル曰く、顔だけになってもなんとかなるらしいが、もちろん試す気にはなれない。


「トゥルルの研究の邪魔はしないようがんばるよ。ちなみに、じいさんにエロいことされそうになったらちゃんと反撃するんだぞ。これだけはマスター命令な」

「かしこまりましたデス」

「ちょー!?」


 ゴルドの慌て振りが、悪いことを企てていたことの証明だ。イリックはニヤリと不敵に笑う。


「今後はサハハ遺跡について尽力するの?」

「はい。ソノ後はエムム遺跡について調べてミタイと考えていますが、先ずはサハハ遺跡デス」


 イリックの問いかけに、トゥルルは表情を崩して本音を打ち明ける。


「そうじゃのう。そのサハハ遺跡なんじゃが、代理議会でじっくりと話し合って決めることになると思うとる」

「何を?」

「停止させるか、魔力供給を今後も続けるかじゃ」


 なるほど、とイリックは納得する。

 ガーウィンス連邦国。ひいては人間達は、サハハ遺跡の恩恵を受けてこれまで暮らしてきた。

 サハハ遺跡がスムルス平原の土壌に魔力を供給することで、植物の成長が加速する。その恩恵は計り知れない。

 もっとも、それが無くなったとしても人間達は普通に生きていける。

 畑の広さを増やし、人手を増やして、スケジュールを立て直せば済む話だからだ。

 突然の変化だけは阻止しなければならない。それはイリック達によって解決した。

 今後はサハハ遺跡をどうするか、ガーウィンス連邦国の要人が決めることだとゴルドは自論を述べる。


「その話し合いのためにも、サハハ遺跡の解明は必須でのう。そのためのトゥルルでもあるんじゃ」

「がんばりマスデス」


 サハハ遺跡の制御はトゥルルの活躍で問題なくなった。しかし、全ての機能が解明されたわけではなく、現状では長年研究を続けていたウーディの足元にも及ばない。

 全てを調べつくす必要はないのかもしれないが、魔力の貯蔵と供給の操作程度は完全に把握する必要があるとゴルドは考える。

 なお、遺跡の調査はゴルドの仕事ではなく、シャルロットが館長を務める風の図書館の管轄だ。

 しかし、サハハ遺跡に関してはその知識量と経験を見込まれ、今後もゴルドが二足のわらじで受け持つこととなった。その助手として、トゥルルが付き添う。


「ちなみに話は変わるが、コネクトについては誰にも話しておらんぞ。当分、秘密にしておくんじゃな。それで誰かが困るわけでもあるまい」

「何かわかりました?」

「わからん! さっぱりじゃ!」


 ゴルドもついにイリックのコネクトについて知ってしまった。しかし、あまりに謎過ぎる魔法ゆえ、ゴルドは早々にギブアップする。忙しい合間をぬって調べてみたものの、今では完全にお手上げだ。


「そうですか」

「使いながら自分で調べるんじゃな。それと、ウーディなんじゃが……」


 落胆するイリックを他所に、ゴルドは二つ目の本題に入る。


「ウーディがこの国を貶めようとした理由がわかったぞい」

「へ~。まぁ、興味ないんでいいです」

「な!?」


 イリックにとって、ウーディがなぜこのような悪事に至ったかはどうでもいい。どうせ暗い過去があるのだろう程度にしか思っておらず、そもそもそんな話は聞きたくない。

 聞かせてもらえるなら明るい話題を望んでおり、例えば先ほどのトゥルルの件がそうだ。


「せっかくガラハに調べさせたんじゃが……。まぁ、ええ。明日にでもおっぱいちゃんに話しておくわい。興味があったら聞くんじゃな」

「興味なんか沸くかな~」


 おそらく沸かない。それはイリック自身がよくわかっている。

 自分達が既に暗い過去を背負っており、他人のそんな話など聞きたくない。

 とは言え、ロニアは興味津々に食いつくだろうと容易に想像できてしまう。それを止めるつもりもない。


「それじゃ、これが最後なんじゃが、今回の協力の報酬……」

「待ってました!」


 イリックの態度が急変する。


「まだ待ってくれい」

「え~」

「神の名代様が冒険者嫌いでの~。なかなかどうして、難しいんじゃ」


 残念ながら、火の図書館に予算はもう残っていない。それどころか赤字レベルだ。

 もっとも、今回の案件を考えると、イリック達の報酬は国からの支給となる。

 しかし、国のトップである神の名代が渋っており、なかなか話が進んでいないのが現状だ。


「けちなばあさんなんですね」

「バカもん。おもいっきり十代じゃ」

「なん……だと……」


 神の名代は十七歳。イリックより一つ年下だ。

 その事実にイリックは愕然とする。


「ちなみに胸はこれくらいじゃ」

「ほう……。それくらいが丁度良いかもしれませんね」


 トゥルルはまた一つ学習する。男はバカだと。



 ◆



「ただいまー」

「あ、おかえり」


 イリックは火の図書館から宿屋へ戻る。

 いつもの綺麗な四人部屋には、薄着の三人が各々のやり方で時間を潰しており、その光景は眺めているだけで眼福だ。

 ネッテは難しそうな本を眺めて勉強中。ロニア先生が適宜何かを教えている。

 アジールは風呂あがりというこもあり、血行の良くなった体をベッドの上で落ち着かせている。ゆえに、イリックの帰還に即座の反応を示す。

 イリックはゴルドから聞いた話を三人に話す。

 トゥルルが自分達から離れてしまうことを嘆きはしたが、最終的には応援しようと結束する。


「それじゃ、私も明日説明を受ければいいのね」

「それでお願いします。俺は軽めのクエストでもこなしてます」


 ゴルドから全てを聞いたわけではなく、イリックはロニアに残りの報告を聞いてもらうことにした。ロニアとしてもゴルドに確認したいことが山ほどあり、手間としては変わらない。

 イリックは金策だ。自分達は金を稼がねばならない。ウーディとの戦いにおいて、イリック達は様々なものを失った。

 イリックのカッパーソード。

 ロニアのウールタイトワンピース。

 金のかかる装備はこの二つで済んだが、衣服という面で見るとかなりの点数となる。

 武器がなければ金策もできないため、イリックは新しいカッパーソードを購入したものの、それですら千二百ゴールドもした。一日の稼ぎが軽く消し飛ぶ金額だ。

 その程度の金額で買えてしまうと言えなくもないが、やはりスチールソードくらいは欲しいと思ってしまう。


「私も行こっかー?」

「いや、ネッテは勉強してていいぞ」

「ガッテン!」


 ロニアさんの邪魔はするなよ、と付け加え、イリックはネッテの厚意を断る。

 ここはガーウィンス連邦国ゆえ、難しいクエストなど早々張り出されない。イリック一人でも簡単にこなせるクエストばかりだ。報酬もそれ相応だが、それは仕方ないと諦めている。


「私はついていく」

「わかりました」


 アジールはネッテほどの勉強意欲を持ち合わせていないため、基本的にイリックと動向することを選ぶ。モンスター退治は鍛錬にも繋がる上に、イリックが模擬戦の相手にもなってくれるため、アジールにとっては最善の選択だ。


「あなた達、ここ数日二人っきりになることが多いけど、ネッテちゃんに言えないようなことしてないでしょうね」


 ロニアがずる賢い表情を浮かべて二人を眺める。


「クエスト終わらせた後に、ギルド会館でパフェとお茶したくらい?」

「うん」

「あ、ずるーい!」


 イリックとアジールがあっけらかんと言い放つ横で、ネッテが頬を膨らませる。


「モンスター倒した後なんだし、それくらいいいだろー」

「どうせ瞬殺でしょー。私も誘ってー」


 だだをこねるネッテに呆れながら、イリックは浴室に向かう。夕食後、そのまま火の図書館に向かったため、イリックはまだ風呂に入っていなかった。


「ネッテちゃんも存外甘いもの好きね」


 寝る前ゆえ、束ねていなかったネッテの髪をポニーテール風に結びながら、ロニアは気づいたことを口にする。


「子供の頃はあんまり食べられなかったからかな~」

「うっ」


 触れてはいけない話題だと察し、ロニアはすぐに頭を働かせる。


「そ、そういえば、土の大精霊には何をお願いしようかしら?」

「あー、何か言ってたね!」


 サハハ遺跡の装置を制御したことで、イリック達は土の大精霊から礼をもらえることになった。

 魔力貯蔵装置から魔力が流れ出した後、ネッテとアジールがそのことを土の大精霊から伝えられたのだが、現状、誰もその提案に対して答えを出せていない。

 欲しいものはもちろんある。

 金。

 強い片手剣。

 強い短剣。

 三つの内二つがイリックの装備だが、裏を返せばそれ以外の三人は充実しているとも言える。


 ネッテはあれよあれよと立派な装備を入手した。

 エイビス。リンダから譲り受けた切れ味抜群の短剣。

 ビーニードル。マリィからもらった超軽量の短剣。武器としての性能はそれほど優れていないが、決して悪い装備ではない。

 ムーンハーネス。イリックが全財産を注ぎ込んだ最新の防具。

 冒険を始めて以降、四人の中でもっとも充実した。イリックがいかにシスコンか、よくわかる。


 アジールは冒険に出発した当初からほとんど変わらない。

 ブロードソード。実はミスリル製。

 ダーククレイモア。実はダーク製。

 サウノシールド。四人が始めてサウノ商業国を訪れた際に購入した盾。あの頃は金持ちだった。

 ナムルークラウン。あえて言うなら猫耳。ただし、実はアダマン製。スチールの上がミスリルであり、その上がダークであり、その上がアダマンだ。四人が装備している防具の中では紛れもなく最強だ。寝耳だが。

 シルバープレートメイル一式。ミスリル製。

 サウノシールドと猫耳以外は父親から買い与えられた装備であり、その時点で既に冒険者としては一流クラスだ。これらを買い揃えると小さな家が建ってしまう。


 ロニアはネッテほどではないが、火力アップを果たせたと言える。

 マハトマリング。岩のモンスター、ゲシュタルトからの戦利品であり、魔力と魔力制御が上昇する腕輪だ。杖の代替すらこなす特別な装備でもある。

 ウールタイトワンピース。普段着にもしているため、何着も所持している。一着が先日の戦いでダメになったため、買い足したいと考えている。実はかなり高価だ。魔法学校の先生が高給だったがゆえに買い揃えることができた。

 知力の指輪。サウノシールドと同時に購入した魔力上昇用の装飾品だが、費用対効果は微妙と言わざるを得ない。金持ちだったがゆえの贅沢であり、こんなことは二度とないかもしれない。


 そしてイリック。

 カッパーソード。千二百ゴールド。

 ブレイズマーシャラー。火の大精霊の生地で作ってもらったピーコート。非常に優秀な防具であり、火と氷の攻撃をかなり軽減してくれる。布製に当てはまる防具だが、打たれ強さも抜群だ。

 防具だけなら一流の冒険者かもしれないが、武器を含めるといっきに落第だ。そのアンバランス具合をどうにかしたいとロニアは考えているのだが、金がないためどうすることもできない。


 土の大精霊にイリックの武器をくれ、と頼んでもいいのかもしれないが、そもそも片手剣か短剣をくれるのか確認しておらず、今に至っている。


「イリックをもっと強くしてもらえれば何でもいい」


 アジールの言いたいことは二人に伝わる。

 もはや三人の誰もが疑っていないが、自分達の中でもっとも強い人物は間違いなくイリックだ。

 コネクトの成長がそれを絶対的なものにした。

 ネッテの俊敏性。

 アジールの防御性。

 ロニアの火力。

 イリックはこれらを手に入れた。

 まともな武器の入手と魔力の改善、そしてさらなる防御力を身に付ければもはや敵などいない。それが遠いことはアジールとロニアも重々承知しており、ゆえに土の大精霊に何を頼めばいいのか、頭を悩ます。


「私達は何をもらおうと、たいして伸びしろがないものね……。強いて言うなら、アジールの盾かしら?」

「なんで?」


 ロニアの発言は予想外過ぎたため、アジールは首を傾げる。

 アジールの盾はスチール製であり、決して悪くない。しかし、ロニアは別の観点で盾を評価する。


「先ず、大きさが少し小さいと思うの。大きければそれで良いってわけじゃないんでしょうけど。それと、魔法への耐性がどうも低そうなのよね~」


 ロニアの指摘はあっている。アジールのサウノシールドはただのスチール製の盾であり、大きさも上半身を隠す程度の一般的なサイズだ。

 スチールは優秀な素材だが、それより上のミスリルやダークと比べると確かに様々な側面で劣っている。その最たるが魔法防御だ。

 ナニカとの戦いで、サウノシールドは氷の粒に晒された。その結果、まだ盾としては使えそうだが、若干悩む程度にはボロボロになってしまった。トゥルルの装甲をへこませるほどの魔法だったのだから当然と言えば当然だ。


「きっとお兄ちゃんが考えてくれるよ!」

「そうね」


 ネッテの兄バカっぷりがこの場を収束させる。何も解決していないが、とりあえず落としどころをそこにする。

 一つのベッドでロニアとネッテがイチャイチャし出す。姉と妹。巨乳のお姉さんと貧乳の女の子。ある意味、バランスが取れているのかもしれない。


「ロニアも……、コネクトで繋がった。何か変化あった?」


 アジールの魔眼がロニアをじっと見つめる。


「もちろんよ。色々わかったわ」

「教えて教えてー!」


 ロニアもついにコネクトの接続者に選ばれた。その結果、わかったことがある。しかし、これは口外できるような内容ではなく、ネッテやアジール、そしてイリックに対しても同様だ。

 コネクトにはそれほどの秘密が隠されており、気づいてしまった自分は特に何も思わないが、その考え方自体がもしかしたらコネクトのせいなのかもしれないと疑っている。イリックの人柄が成せる業なのかもしれないと思うようにはしているのだが。


「そうね~……。イリックに惚れると繋がれるようね」

「ロニアさんの告白大胆だったー!」


 ネッテがキャーキャー騒ぎ出す。ナニカとの戦いの最中、ロニアはイリックの背中に抱きつき、告白を済ます。

 ネッテは思い出すだけでも楽しいらしく、その上なぜか顔を赤らめてしまう。


「ロニアはいつ頃からイリックに好意を持ったの?」

「どうかしら……、忘れちゃったわ」

「え~、聞きたい~」


 アジールの問いかけをロニアはさらりと受け流す。ネッテはそれがつまらないのか、ロニアに抱きつき、すがるように顔を見上げる。


「私のことより重要なことがあるわよ。この中でイリックに気持ちを伝えていないのってアジールだけじゃない? それでいいの?」


 ロニアに言われてアジールはやっと気づく。開いた口が塞がらない。


「大丈夫大丈夫! お兄ちゃんならもう気づいてくれてるよ!」

「ふふ、そうね」


 ネッテの笑顔にロニアも笑顔で同意する。


「ちょっと怪しい」

「大丈夫ー!」


 アジールの予想が的中しているのだが、ネッテは兄を信じて疑わない。


「イリックは誰を選ぶのかしらね~?」


 ロニアはわかっている。それでも、意地の悪いことを言ってしまう。


「お兄ちゃんなら三人共選んでくれるよ!」


 これは呪い。他人からは間違いなく呪いに見えてしまう。

 しかし、当人達は幸せなのだから、これでいいのかもしれない。ロニアは結論を急がずに、そう思うことにする。

 そう思えてしまうことが、まさに呪いなのかもしれない。



 ◆



 翌日の昼時前。

 冒険者が闊歩するギルド会館近くで、イリックとアジールは思わず歩みを止める。久しくはないが、ドントンを見かけたからだ。

 短い黒髪と半袖の服から一見するとどこにでもいる子供だが、ジャイル森林での出会いがあまりに衝撃的だったため、イリック達は一目でドントンを見分けることができる。

 イリックとアジールは午前中だけクエストに励んだ。予定ではもう少し時間がかかると想定していたが、今日に関してはとんとん拍子にことが進む。

 モンスターの掃討は時間が読みづらい。さっさと必要数を見つけられれば早く終わるのだが、広い土地でそれらを見つけ出すことは時に困難であり、運が悪いと長丁場の作業になってしまう。

 今回に関しては運も味方をしてくれたため、たいして強くもないモンスターを八匹ほど、さくっと倒して終了となった。


「こんにちは」

「あ、お兄さん! アジールさんも! こんにちは!」

「うん、こんにちは」


 イリックとアジールはこれから昼食だが、それはドントンも同じらしい。母親は風の図書館で働いており、一人で外食をしようと考えていたところ、イリック達に出くわす。

 そういうことなら三人で。

 イリックの提案にドントンは笑顔で頷く。

 空に浮かぶ太陽の日差しを浴びながら、三人は食堂を目指す。


「実は僕、決めたことがあるんだ……」


 その途中、ドントンがどこか重い表情でそっとつぶやく。


「ほう。いくらでも聞いてやるぞ。アジールさんが」

「え……。あ、うん」


 イリックのキラーパスにアジールは面食らう。

 とは言え、目的地はもう目の前。一旦話を中断し、三人はやや混んでいる建物にするっと入店する。

 入った途端、肉や野菜の焼けた匂いが漂ってくる。それだけでも口いっぱいに唾液があふれ出す。

 テーブルの半数以上は既に埋まっており、空腹ゆえ、他人の料理全てがご馳走に見えてしまう。

 我慢ならない、とイリック達はぱぱっと注文を済ませ、先ほどの続きを再開する。


「お母さんがシャルにいじめられてるとかか? 俺がぶっとばしてやるぞ」

「ううん、お母さんは毎日楽しそうに仕事してる」

「そ、そうか……」


 シャルロットは風の図書館の館長だ。誰よりも優秀ゆえ、他人に対して強く当たってしまうこともあるが、それでも人望は厚く、何より、ここ最近は妙に丸くなったと噂されている。

 ドントンの母、マーニョはその特異な事情ゆえ、シャルロットも気を使っている。イリックが心配するようなことにはなっていない。


「僕、冒険者じゃなくて魔法を役立てられる仕事に就きたい」


 ドントンの目は本気だ。ゆえに、イリックとアジールは少しだけ気圧される。子供だからと言って舐めてはいけない。そう理解するのに時間は必要なかった。


「攻撃魔法でリトルスライムくらいなら倒せるようになったんだよな。シャルから聞いたよ」

「うん。すごい威力なんだ」


 ドントンはウーディに窮地を救われたばかりか、火の大精霊の魔力をわずかながらも投与された。その結果、適性のあった火の魔法がグンと成長する。正確な言い回しをすると、魔力と共に火に関する魔力制御が上昇した。

 魔力に至っては既にイリックを大きく抜いており、それでも冒険者ほどではないが、このまま鍛錬を続ければ、間違いなく冒険者として活躍できる程度の力量を身に付けることができる。

 しかし、ドントンは冒険者を目指さないと決める。

 諦めたのではない。

 ウーディに救われたことで、モンスターと戦うことがいかに危険かを知ることができた。同時に、冒険者を目指すという行為そのものが、母親を心配させてしまうと気づかされた。

 ドントンはウーディから与えられた火の魔力についてこう考える。

 この力はモンスターを倒すためだけに使うものではない、と。

 これが火の大精霊の魔力だとはこれっぽっちも気づけていない。それでも、子供心に感じるものはあり、大事に使わなければならないと理解する。

 そしてドントンは行き着く。

 この力で母親を守りたい。

 自分達を受け入れてくれたこの国を守りたい。

 イリック達がそうしたように、自分も誰かを救いたい。

 この境地に至った結果、自分の進むべき道が冒険者ではないと気づくことができた。

 だからと言って、ではどうするかはまだ見えていない。ゆえに、こうしてイリック達に相談を持ちかけた。


「んじゃ、魔法学校とか?」

「それがいいと思う」


 イリックの提案にアジールは頷く。

 ガーウィンス連邦国には魔法専門の学校が存在する。入学するための条件はいくつかあるのだが、魔法が使えることは最低条件だ。

 ドントンは高威力なフレイムを既に習得している。それだけでも十分だろうとイリックは考える。


「魔法学校? そこに通うとどうなるの?」

「どうなるの?」


 ドントンがイリックに視線を向け、イリックはアジールに視線を向ける。そういう質問をされると何も答えられないのだ。


「魔法の訓練や勉強に打ち込める。ゆくゆくは、魔法関係の仕事に就けたり、研究機関に就職できる。軍隊にも入れるはず」

「そうなんだー、すごい!」


 アジールの説明に、ドントンは目を輝かせる。

 イリックも、ほほうと小さく驚く。


「でも、魔法学校って僕でも行けるの?」

「それなら任せてくれ」


 不安そうなドントンを勇気付けるように、イリックはズバッと言い放つ。

 イリックの中では無事解決したため、その後は昼食を楽しむ。そもそもここへは昼食を食べに来たのだ。ドントンの悩みはついでというわけではないが、それについては問題ないと確信しており、イリックはピラフにがっつく。

 午後は釣りのつもりだったが、その前に一つ用事ができてしまった。ドントンのためならお安い御用だ。



 ◆



 ところ狭しと置かれている本棚には、大量の本がぎっしりと詰まっている。

 新しい本はほとんど見当たらない。どれもが年季を感じさせる。この国の知識そのものであり、職員達は時に丁寧に、時に乱雑にページをめくる。

 書類の束を抱えてトゥルルが廊下を移動する。もちろん足は動かさない。足の裏から魔力による力場を発生させて移動する。

 トゥルルは既に有名人だ。研究機関で働く職員達の間だけだが。火の図書館は当然のことながら、他の図書館でもトゥルルの存在は知れ渡っている。

 外見だけでも十分目立つが、そもそも人間ではないのだから当然と言えば当然だ。

 時の有名人であるトゥルルが目指すのは館長室。

 そこでは、ゴルドとロニアがかれこれ一時間は話し込んでいる。


「ウーディはその年で親の仇をとったのね」

「そういうことなんじゃろう。被害者の殺され方が、明らかにあやつの魔法だと物語っておる」


 今の話題はウーディの子供時代について。

 ウーディの過去を調べたわけではない。ウーディの遺言通り、四十七年前のフキン港というアプローチで調べた結果、そこに行き着く。

 ゴルドはこの調査をガラハに頼む。しかし、調べるまでもなくあっという間に辿り着けてしまった。

 四十七年前、小さなその港町では物悲しい事故と物騒な事件が起きてしまった。

 定期船の積荷の下敷きになり、とある夫婦が死んでしまう。これが事故。

 この事故の原因である作業長がその直後に殺害される。これが事件。

 作業長は潰されて殺された。その特殊な手口ゆえ、犯人の特定には至らず、この事件は迷宮入りになってしまった。

 ガラハはこの事件について記憶しており、ゴルドはついに到達する。ウーディが歪んでしまった原因は、その頃まで遡る必要があるのだと。

 ウーディがガーウィンス連邦国を滅ぼしたかった理由は、ガーウィンス連邦国の積荷のせいで両親が死んでしまったから。

 一度は親の仇を討ち満足したが、赤い髪の女に惑わされてしまい、その感情を再び爆発させてしまう。

 誰が悪いとは言えない。

 強いて言うなら作業長かもしれないが、仕方のないミスだったのかもしれない。

 両親の仇を取ったウーディは悪かもしれないが、正当な行いかもしれない。

 一つだけはっきりと言えることがある。雨の日にウーディと接触した赤い髪の女。こいつは明らかに異質だ。

 氷の大精霊の魔力をウーディに与え、ウーディの抑制されていた復讐心を覚醒させたのだから、もはや人間業ではない。


「また女ね……」

「そうじゃのう。まぁ、偶然じゃろうが」


 ロニアの言うまたとは、フブキのことを指している。

 煉獄のモンスターを従えていたフブキは、ゴブリンと融合を果たした後に、謎の女と出くわしている。

 その結果、第三の人格と新たな力を得るが、ウーディについてもいくつかの関連性が見てとれる。

 謎の女。

 新たな力。

 人格の発生ないし異常。

 偶然なのだろうか? 二人は考えるが答えに辿り着けるはずもなく、大きく息を吐いてコップに手を伸ばす。


「まぁ、あなたが探しなさい」

「無茶を言うでない」

「二十年くらい前でしょ? なら、その女は四十代か五十代? けっこう絞れてるじゃない」


 ウーディが赤い髪の女と出会ったタイミングは二十三年前。

 年齢およびその外見から、確かに条件は絞れるかもしれない。

 それでも無理難題に変わりはなく、ゴルドは禿げかかっている頭をわさわさと撫でて困惑する。

 コンコン。一旦静まり返った館長室にノック音が響く。


「ゴルド様。書類をお持ちしまシタデス」

「おう。すまんのう」


 本のような厚みの書類を持参して、トゥルルが館長室の扉を開く。

 挨拶は既に済ませてあり、ロニアはトゥルルに構わず黙々とガーウィンスティーを堪能する。


「トゥルル。スケベじじいに変なことされたら本気で殴っていいからね」

「かしこまりマシタデス」

「お、おい。イリックみたいなことを言うでない……」


 昨日もそんなことを言われた、とゴルドは呆れながらも恐怖する。トゥルルの外見は人間の女性に極めて近い。いつかセクハラの一つや二つ、必ずしてしまうと確信している。

 トゥルルの拳は冒険者すら悶絶させる。普通の人間なら即死だ。ゴルドは冒険者寄りの人間なため、一発くらいなら耐えられるだろうが、命がけなことに変わりはない。

 命がけのセクハラ。それはそれでおもしろそうじゃ。そんなことを考えながら、トゥルルから書類を受け取る。


「それでは失礼しますデス」

「おう」


 トゥルルは足早に退室する。仕事は山積しており、今はただただ忙しい。いかに効率良く仕事ができるか随時計算しながら、トゥルルは仕事を一つ一つ片付けていく。


「トゥルルの給料ってどうするの?」

「考えたこともなかったのう」


 ロニアはふと思ってしまったことを口にする。

 ゴルドとしても、トゥルルという存在はイレギュラー過ぎるため、まだ何も考えていない。


「マスターはイリックだから、イリックに払ってくれてもいいのよ」

「バカを言え。ちゃんとトゥルルに払うわ。今はここに住まわせておるけど、ちゃんと家も与えないといかんのかのう?」

「知らないわよ。トゥルルと話し合って決めなさい」


 二人は黙り込む。ガーウィンスティーが美味しいため、味わっているだけとも言える。


「サハハ遺跡は今後も稼動させ続けるの?」

「まだわからん。次の代理議会で話し合うことになるじゃろうが、名代様次第じゃのう」


 代理議会とは、ガーウィンス連邦国における最も権威ある場だ。各図書館の館長は当然ながら、国家元首である神の名代も出席する由緒正しき議会である。

 国の行く末に関わるサハハ遺跡の魔力供給は最大の感心事と言えるだろう。当然、議案として持ち上がる。

 スムルス平原とガーウィンス連邦国は豊かな土壌ゆえ、作物が早く育つと考えられていた。

 しかし、実際はサハハ遺跡からの魔力供給が理由であると判明してしまう。今後もサハハ遺跡に頼るのか否か、話し合わなければならない。

 もっとも、その魔力の発生源は何なのかすらわかっていないのだから、それの解明が先なのかもしれない。

 長年、土の大精霊が魔力を分け与えてくれていたのかもしれない。

 古代人が溜め込んでいた魔力を少しずつ消費していたのかもしれない。

 先ずは調べなければならない。そのためのトゥルルでもある。


 コンコン。再びノック音が聞こえてくる。


「じいさーん。あ、ロニアさん」


 次の来訪者はイリックだ。ロニアがいることに少し驚きつつも、早速本題に入る。


「ドントンを魔法学校に入れてくれ」


 もちろん、ダメとは言わせない。仮に、どうしても無理だと断られた場合、シャルロットかガラハあたりに頼もうと考えている。


「冒険者から魔法学校か。悪くない進路じゃのう」

「イリックも少しは見習ったら?」


 ゴルドとロニアの視線がイリックに向けられる。それどころか突き刺さる。貫通して背後の壁をえぐりそうだ。

 なぜ自分が矢面に立たされているのか不思議に思いながらも、イリックは回答を急かす。


「ふ~む……」

「今回の報酬はこれってことでいいから」

(まーた、独断で勝手に決めちゃって。まぁ、これが内のリーダー様だったわね)


 イリックは渋るゴルドにふっかける。サハハ遺跡鎮圧の報酬は、ドントンの魔法学校入学で手打ちにする、と。

 思いつきで行動しているイリックに呆れながらも、ロニアは反論しない。惚れた男が人助けをしているのだ、ここで支えないでどうする。そう自分に言い聞かせ、ロニアはガーウィンスティーを飲み干す。


「あぁ、美味しい。おかわり」

「お、おぬしら……。本当に自由じゃな」


 冒険者は自由の象徴だ。

 どこを目指すか、どんなモンスターと戦うか、どこで活動するか、誰を仲間に選ぶか、自由に決めることができる。

 もちろん、金は稼がなければならない。

 その方法も豊富なクエストの中から選ぶことができる。

 クエスト以外の稼ぎ方も存在する。

 モンスターを討伐し、素材を売却する。

 洞窟や遺跡を探索し、宝を入手する。


 冒険者の生き方は自由だ。

 何をするかは自分達で決めればいい。

 しかし、死と隣合わせでもある。

 モンスターとの戦いには危険が伴う。ミスがそのまま死に繋がるかもしれない。力量を誤ればあっさりと殺されてしまうかもしれない。

 それでも冒険者は旅立つ。そのために冒険者でいるのだから。

 イリックは仲間達のために冒険者の道を選んだ。

 ネッテは兄との冒険を望んでいた。

 アジールはわずかな憧れと体を動かすことが好きだったから冒険者になった。

 ロニアは自分の目で世界を見たくなり、冒険者を選んだ。

 ゆえに彼らは冒険者だ。


「よろしくー。それじゃ、俺はドントンに伝えてくる」

「おかわり」


 イリックとロニアの自由奔放さに、ゴルドは腹の底から笑ってしまう。

 これこそ冒険者。


(わしもたまには冒険に連れてってもらおうかのう)


 そう思わずにはいられない。



 ◆



 翌日。

 四人は久しぶりに全員揃ってクエストに挑戦した。

 ビサラ山脈付近で増え始めたモンスターの討伐だ。

 ビサラ山脈はテイア渓谷の西にそびえ立つ巨大な山であり、ビサラドラゴンと火の大精霊がいるため、立ち入りは禁止されている。

 以前、イリック達が訪れた際はモンスターを一切見かけなかった。

 イリック達はそういう場所なのだろうと推測するも、実は異なる。

 ビサラドラゴンの活性化によりモンスター達が避難していただけだった。

 この件は、イリック達が火の大精霊の結界を打ち破ったモンスター達を一掃したことで解決する。

 ドラゴンが落ち着きを取り戻したことにより、モンスター達も行動を開始してしまう。

 その結果、ビサラ山脈に近い地域でモンスター達が多く確認されるようになる。

 その付近はさほど人の往来があるわけではないのだが、それでも商人や冒険者が少なからず行き来する地域であり、ギルド会館は増えたモンスターを減らすためにクエストを発行する。

 二十を越えるモンスターの掃討。最大四十まで報酬は加算される。

 二十体倒すことで二万ゴールド。

 四十体倒すことで三万ゴールド。

 ゆえに、四十体倒さない理由がない。

 三万ゴールドなら一般世帯の月収に相当する。

 この金額は大金なようでそうでもない。なぜなら、ここまで片道五日はかかるからだ。往復で十日ということになる。

 何より、モンスター達が少々手ごわい。少なくとも、スムルス平原のモンスターよりも何段階も上の強さを誇る。

 駆け出しの冒険者が挑戦できる難易度ではない。何より場所が遠い。ゆえに多くの冒険者達は挑戦を渋る。

 しかし、イリック達には美味しいクエストだ。テレポートを使えば、そこは目的地であり、帰りもテレポートで一瞬なのだから。

 問題は四十体という数だけだが、それは四人でこなせばいいだけだ。

 ノルマは一人十体。

 もっとも、ネッテが一人で二十体を殲滅するという脅威的なことをやってのけたため、半日程度で終わってしまう。


 そして今に至る。

 一同は潤った懐を祝福するように、ガーウィンス連邦国のギルド会館で豪勢な夕食にありつく。

 肉、肉、野菜、野菜、野菜、野菜。


(あれ……? 普段よりも野菜が多い。まぁ、いいけど)


 イリックはテーブルに並ぶ料理を眺め、次いで犯人に視線を向ける。ロニアはうれしそうにガーウィンス風サラダを口に運ぶ。

 イリックとしても野菜は嫌いではないため、もしゃもしゃと堪能する。ゴマ風味のドレッシングが実に濃厚だ。


 そして彼が再び現われる。

 傷ついてはいるが、その輝きまでは色あせていない青い鎧。

 すらりと長い身長と二枚目な顔立ち。

 黒い髪は短く、整えられているとは言えないが、ツンツンと上を向いており、やはりかっこいい。


「ロニアさん、それに皆さんも。お久しぶりです。最近会えなくて寂しかったです」


 ナロマスだ。以前にもロニアを勧誘に来た冒険者であり、同時に告白までも済ませた。その際はあっさりと振られたが、それでも諦めない強いメンタルを持ち合わせており、今日はリベンジに現れた。

 ロニアの魅力がそうさせるのかもしれないが、当の本人はやはり涼しい顔をしている。


「久しぶりね。今日は何の用?」


 ロニアの態度はどこか冷たく、それも仕方ない。迷惑でしかないのだから。


「私の誘い。受けて頂けませんか?」

「どっちのお誘い? 戦力としての引き抜き? もう一方?」

「どちらもです」


 ロニアの言うもう一方とは、告白を意味している。ナロマスはさも当たり前と返答する。

 ナロマスは立派な冒険者だ。

 最高クラスの装備。

 リーダーとしての気質。

 外見。

 どこを比較しても、イリックは敵わない。

 外見は好みの問題かもしれないが、少なくとも残り二つはナロマスの圧勝だろう。妹の装備のために全財産どころか自分の武器まで売ってしまうイリックは間違いなくリーダー失格だ。

 それでも、ロニアはイリックを選ぶ。なぜなら……。


「ごめんなさいね。私、この男に惚れちゃったの」


 ロニアの手がイリックの首を撫で上げ、そのまま顎をクイッと持ち上げる。


(え? 何この羞恥プレイ)


 イリックには意味がわからない。頭が真っ白になりかける。それでも状況は進む。

 ネッテはキャーと小さく悲鳴をあげる。

 アジールはもそもそと肉を食う。

 ロニアは怪しく微笑む。

 そして、ナロマスは肩を落とす。さすがにこの返答には食い下がることができない。自分と同じ理由で断られたのだから、対抗するには力不足だ。


「そうですか、残念。君、ロニアさんを最後まで守ってあげるんだぞ」

「あ、はい……」


 ナロマスはどこか悲しげな表情ながらも、かろうじて笑顔を作ってみせる。イリックの返事に小さく頷き、背を向けてその場から立ち去る。

 その先には妙に濃い男の仲間達が立っており、落ち込むナロマスを慰めながら、一同はギルド会館を後にする。

 全く同じ光景だなぁ、と思いながら、イリックは野菜をもしゃりとかじる。


「やっぱりかっこいいねー! あの人!」

「そうかもしれないわね」


 ネッテが黄色い悲鳴をあげるも、ロニアにはたいして刺さらない。


「お兄ちゃんモテモテー! ひゅーひゅー」

「やかましい」


 ネッテに煽られながらも、実はまんざらでもないイリック。告白などされたことがないため、免疫がなく、心と体はふわふわしている。ネッテからの告白は、残念ながらカウントされない。


「まぁ、イリックに惚れてなくても、やっぱり断るんだけどね」

「前も断ったもんねー。でも、何でー?」

「だって、あいつ両刀なんだもん」


 そしてイリックとアジールは固まる。妙に濃い仲間達はつまりはそういうことなのかもしれない。そう思うと、食欲が減退する。


「リョウトウ? 何それ何それー?」

「ふふ、ネッテちゃんはまだ知らなくていいことよ」

「えー」

(ロニアさんや。うちの妹に変なこと吹き込まないでくださいお願いします。そんな知識よりも一般教養を教えてあげてください)


 動かなくなったイリックとアジールを他所に、ネッテとロニアはキャッキャと楽しそうにはしゃぐ。


 ギルド会館は冒険者達の喧騒に包まれている。食堂側の席は全て埋まっており、男も女も例外なく祭りのように賑わう。

 料理をむさぼる大男。

 仲間達と笑い会うパーティ。

 買ったばかりの短剣を笑顔でなでる男。

 店員に料理を注文する二人組の女。

 腹を抱えて笑う少年と母親らしき女性。

 どの国であろうと、ギルド会館は毎日が騒がしい。



 ◆



 空を見上げると灰色の雲がこの国を覆っている。今にも雨を降らしそうだが、少なくとも午前中は耐えてくれそうだ。

 湿度の高い空気をかきわけながら、ロニアは研究区を目指す。

 イリック達はいない。調べ物をしたいからと理由をつけて、単独行動を許してもらった。

 もちろん嘘ではない。

 嘘ではないが、本命は別にある。

 雷の図書館で出会った赤い髪の女性、イリンに再び会うためだ。

 失念していた。

 大事なことだった。

 この女は何かを知っている。ネッテとアジールの呪いを見抜いたのだから、それは間違いない。


 雷の図書館はガーウィンス連邦国の北東を占める研究区に存在する。六つの研究機関は全てここに建設されている。

 ゆえにそこが研究区と呼ばれているのか、研究区と定められたからそこにまとめられたのか、それはロニアにもわからない。


 丸い屋根を被った黒茶色の建物に辿り着く。両脇には小さな建物が立ち並んでいる。

 ロニアは丸い扉を開き、本棚だらけの空間に飛び込む。


「あれ、確か……、ロニアさんだったかな」

「ええ、ちょっといいかしら?」


 眼鏡をかけた白髪の老人が、古ぼけた分厚い本を脇に抱えながらタイミング良く現われる。雷の図書館館長コドウンだ。


「この国を救った立役者だ、何でも言ってくれ」


 イリック達がウーディを倒し、サハハ遺跡の魔力を沈めたことは館長達も把握している。何より、コドウンもゴルドと共にこの件を調べまわったその一人だ。その活躍には心底感謝している。


「イリンに会いたいのだけど」

「あ~……、彼女か」


 ロニアの真っ直ぐな瞳に、コドウンはしわしわな手で鼻をかく。


「彼女は、まさについ先日、辞めてしまった」

「な……」


 その事実にロニアは絶句する。コネクトを調べる手がかりの一つが、途端に消えてなくなってしまったのだから。

 もう一つ手段は残っている。しかし、そちらに関しては可能性が低いと考えており、あまり期待はしていない。薬を発明した錬金術師本人にたずねることだ。


「神の名代様の推薦もあって採用したばかりなんだがなぁ。引継ぎは終わりきっておらんかったから、そういう意味ではダメージは少ないと言えるが……。非常に見聞の広い優秀な子だったから残念で仕方ない」


 コドウンはイリンを高く評価している。コドウンでなかろうと、それこそ誰であろうと、それは変わらない。

 聡明なものの考え方、常軌を逸した知識量、そして、非常に高い魔力制御。

 どこの図書館であろうと、即戦力間違いなしの逸材だ。

 しかし、既にいない。


「どこに住んでるとか、次は何をするとか訊いてないの?」

「ああ。本人の口からは何もな。どういうわけか、神の名代様からも追求はするなとお達しが出てな」

(何よ、それ……)


 ロニアは心底驚く。イリンの背後には神の名代がいる。雷の図書館に採用されたことも、立ち去ったことにも噛んでいる。そんなことは理解の範疇からは外れている。

 神の名代は国家元首だ。すなわち、一代限りの王様のようなものであり、この国で最も偉い。

 イリンと神の名代との間にパイプがある。それが信じられない。

 今、この国を統治している神の名代は天涯孤独の身だ。両親はおろか友人すらいないと言われている。今までの神の名代がそうであったように、魔法の宮殿から一歩も外には出ない。


「イリンって魔法の宮殿の関係者だったの?」

「わからん。彼女については何も情報を得られていないんでな」


 そしてロニアは諦める。イリンの言動からコネクトを調べることと、自分も呪われているのかたずねることを。もっとも、後者については必要ない。その確信を得られているからだ。念のための行為だったが、それすらも現状ではできない。

 残念だが諦めるしかないようだ。


「そう、わかったわ」

「イリンさんの代わりに私が聞こうか?」

「いえ。たいした用じゃなかったから」


 館長であろうと、コドウンにはどうすることもできない。自分達の呪いについて見抜いた人物は、煉獄の力を持つミヤと謎の女イリンだけなのだから。


「そうか。ところで、ブレイズマーシャラーの調子はどうだ? なかなかのものだろう」

「ええ。おかげで二、三回命拾いしてたわ、うちのリーダー」


 コドウンと少し雑談を交えてから、ロニアは雷の図書館を後にする。

 あの女は何者なのか。

 なぜ呪いを見抜けたのか。

 なぜいなくなったのか。

 わからないことが多すぎる。それでもなお、ロニアは考えを巡らせながら土の地面を歩く。



 ◆



 その女は硬い廊下を歩く。

 レンガのような長方形の鉱石で建設されたその洞窟は、マジックランプ無しだろうとうっすらと明るい。

 直角に折れる廊下を進み、長い直進の果てに辿り着く。

 床だけが平たいその広間は、今までのどの場所よりも一際明るい。中央に魔力をたぎらせる透明な容器が存在するからだ。

 その根元には、今の人類では到底作れない灰色の装置が鎮座している。

 その女は歩く。

 周囲を見渡し、そこを目指す。

 魔力の残滓が最も色濃いその場所は、広間の中央からは少し外れている。

 戦いがあったことを裏付けるように、床や壁はえぐれ、焼け焦げ、崩れている。

 その女はそこに立つ。

 やっと目的の場所に辿り着いた。

 見下ろすと、視界に少し赤みかかった黄色いローブが映りこむ。この服はもう必要ない。記念にもらったが、いつまでも着続けるつもりはない。


「ここで死んだ。ううん……、取り込まれた」


 その女の髪は長く、まるで血のように赤い。

 大きな目も同様に赤い。

 何もかもを見透かすように一点を見つめる。


「雑魚だったけど、手間が省けてよかった。今回は完全に失敗」


 その女は床に右手を向ける。何かを取り戻すように力を籠めるが、当然、得られるものはない。


「滅ぼす時は私がする。おもちゃはおもちゃでいてくれないと」


 踵を返し、広間の中央を目指す。


「誰が滅ぼしたんだろう?」


 魔力で満たされているまばゆい卵型の容器を見上げる。ここに来るのも久しぶりだ。どこか感慨深い。

 一度は機能を停止した装置がきちんと動作しており、自分が操作し直す必要がないこの状況に再び驚く。


「つくづく不思議。四つの魔力が繋がってたはずなのに……」


 わずかに存在する弱点で攻撃しなければ倒せない。ウーディはそういう存在だとこの女は認識できている。


「まぁ……いいか。次はどこに行こう」


 この発言を最後に、魔力の光が満ちる広間は静寂を取り戻す。

 その光が作っていた影は、足音すら無く消え去る。

 誰もいなくなった空間では、中央の魔力貯蔵装置が白い光を燃やしながら、スムルス平原へ魔力を供給し続ける。

 その恩恵を受ける人々は、豊かな大地の上で生き続ける。

 本棚から目当ての本を見つけ出すトゥルル。

 館長室でペンを走らせるゴルド。

 ススリリと楽しそうに歩くシャルロット。

 母親の帰宅を待ちわびていたドントン。

 そして、イリック達。


「それじゃ、サウノ商業国でクエストに励みましょうか」


 ガーウィンス連邦国での仕事は終えた。

 自分達は冒険者ゆえ、新たな冒険に出発する。

 しかし、その前に金を稼がねばならない。

 ゆえにサウノ商業国。

 きっとギルド会館は大賑わいなのだろう。そんなことを想像しながら、イリックはテレポートの詠唱を開始する。


「次はいつ出発するの?」

「二、三週間くらい先かしら? 少し手持ちを増やさないと」

「うん」


 さぁ、出発。

 新たな旅立ちに備えて、イリック達は大陸の中央に移動する。


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