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コネクト・クエスト  作者: ノリト ネギ
ガーウィンス連邦国に潜む影
37/100

第三十七章 完成するコネクト

 その港町は一見すると寂れているように映るが、決して貧しくはない。仕事には困らないからだ。

 ガーウィンス連邦国のおこぼれであることは誰もが承知している。だからといって、そのことを悪く言う人間はいない。

 仕事は仕事。ここは漁とこの作業で成り立っているのだから。

 フキン港。

 ガーウィンス連邦国の南東に位置する静かな港町。

 町の広さは、大陸の反対側に存在するサラミア港よりも小さい。その理由はいくつかあるのだが、最大の理由は大国が近いからだ。

 サラミア港はデフィアーク共和国まで定期船を使わなければ移動できない。陸路という選択肢もあるが、そんなことは普通の人間には不可能だ。

 フキン港の場合、スムルス平原を歩けばものの一時間でガーウィンス連邦国に着けてしまう。

 道中、モンスターがいるわけでもなく、それこそ子供だろうと老人だろうと、一時間歩けるのなら誰でも行き来できる。

 ガーウィンス連邦国が目の前にあるのだ。たいした仕事もなく、それでいて不便なだけの小さな港町に住む理由がない。

 ゆえに、フキン港は大きくならない。成長しない。


 フキン港の住民は胸を張って日々を生活している。

 東の海でとれる魚は、ガーウィンス連邦国だけでなく、他国の胃も満たしている。漁はこの町だけでなく、三大大国全てを支えていると言っても過言ではない。

 最も重要な仕事は、定期船の荷物の積み下ろしだ。

 他国からガーウィンス連邦国宛に送られてきた貨物。

 ガーウィンス連邦国からサウノ商業国ないしデフィアーク共和国へ輸出される物資。

 それらをこの港町は捌かなければならない。

 この世界にはマジックバッグが存在するものの、大きな荷物は入れられない。魔法の鞄であり、およそ万能なアイテムではあるが、技法的に限界というものが存在する。入りきらない大きな物は、必然的に大きな木箱に収納されて運ばれてくる。

 定期船でやり取りされる荷物量は日によって多少のばらつきはあるが、それなりの人手を必要とする程度には多い。

 何より、荷物をガーウィンス連邦国へ送り届ける、もしくはそこまで受け取りに行かねばならず、やはり人手はそれ相応に必要だ。

 ゆえに、これを専門の仕事にしている者もフキン港には一定数おり、その少年の両親もこの仕事に従事していた。


 そのような出来事は滅多に起きないのだが、ついに起きてしまう。

 その日も定期船から大量の荷物が届いた。子供の背丈くらいの木箱が定期船を背景にずらっと並ぶ光景は圧巻だ。

 その少年は目を輝かせて両親の働きぶりを眺める。

 そして、その時が訪れる。

 木箱を二個、縦に積み重ねていた。それは普通のことであり、その夫婦は作業長の指示の元、積荷のチェックを行っていた。

 それを失念していた作業長は、積み上げられている木箱を降ろそうとしてしまう。

 木箱を挟んで反対側にいた夫婦が移動を開始したタイミングと重なってしまい、作業長とその夫婦は突然鉢合わせする。

 木箱をぞんざいに扱うわけにはいかないため、神経を集中させていた作業長は誰よりも驚いてしまう。

 木箱は落下を開始する。中には金属製の防具がいくつも入っており、大人程度なら易々と圧迫死させる重量だった。

 下敷きになった夫婦は共に即死。苦しまなかったことがせめての救いなのかもしれないが、子供にとってはそんなことは関係なく、目の前の惨状を受け入れることも理解することもできず、真っ赤に広がる血の池を眺めることしかできなかった。

 これが四十七年前の出来事になる。

 作業長は責任問題を問われ、ガーウィンス連邦国の塊土魔戦団に囚われるはずだった。

 しかし、作業長はその直前、具体的には事故の一時間後、体のあちこちが潰された状態で発見される。

 既に死に絶えており、その手口から、相当に腕力の高い冒険者の犯行だろうと調査が進められるも、凶器の特定すらできず、事件は迷宮入りしてしまう。

 なお、塊土魔戦団とはガーウィンス連邦国が誇る軍隊の一つであり、治安維持を目的として活動している。事件、事故を取り締まるのも塊土魔戦団の仕事となる。


 両親を失い、一人残されてしまった少年は、ガーウィンス連邦国に移り住む。その際に魔力の高さを見込まれ、国の支援の下、魔法学校に通い始める。

 魔力だけは高いその少年は魔法の習得には至らず、それでも勤勉に励み続ける。


 それから七年後、その少年は魔法学校を卒業すると同時に、風の図書館に就職する。勤勉ぶりと成績が認められてのことだ。

 やがて、特異ながらも高い魔力をもっていたその少年、いや、その青年は望んではいなかったものの、才能を認められ火の図書館に移籍する。

 この時、二十五歳。そして、ゴルド三十四歳。

 ウーディとゴルドはこうして合間見える。


 さらに十一年の年月が過ぎ去り、ウーディは出会ってしまう。

 大雨の暗い夜道。

 傘もささずに濡れる赤い髪の女性。背丈はやや低く、随分と長い髪と黒いローブが雨に晒され、ぐっしょりと濡れていた。


「ふふ……。復讐は甘美だった? それとも、つまんなかった?」


 その発言は、ウーディしか知らない過去の出来事だ。

 ウーディは十二歳にして、両親を目の前で失う。同時に犯人を目撃してしまう。

 ウーディはその時点で魔力の具現化と操作、および魔力吸収と貯蔵を可能としていた。

 つまり、誰にもばれずに人を殺すことはいとも容易く行えた。

 見えない凶器を作り出せるのだから、当然のことだ。

 親の仇。涙を流しながら、ウーディは作業長を殺す。魔力の塊で素早く何度も叩きつける。一発一発が人間の体をあっさりと潰す。

 こうして、ウーディは両親を失うと同時に、復讐を果たしてしまう。

 それでも心は晴れなかった。

 両親の仕事は、ガーウィンス連邦国が生み出した。

 両親はガーウィンス連邦国のせいで死んでしまった。

 悪いのはガーウィンス連邦国のせいだ。

 そう思い込んでしまう。

 しかし、ウーディは視野は狭いが努力を怠らない真面目な性格をしており、魔法学校で勉強に打ち込み、ガーウィンス連邦国に抱いていた黒い感情を払うことに成功する。

 正しい考え方ができるだけの知識を得たとも言えるし、怒りという感情が時間経過で風化したとも言える。

 それでも心の奥底には、蓋をされてはいるが黒い感情が眠っていたのも事実であり、赤い髪の女はそれを見抜くと同時に、新たな力を授けてしまう。

 女がウーディに与えた力は二つ。

 一つ、自身の魔力に繋ぎ合せていた氷の大精霊の魔力。

 二つ、自分を歪ませた未知の力。

 こうしてウーディもまた、歪んでしまう。

 生まれ変わったウーディは、新たな野望へと走り始める。

 一度は押さえ込めた本当の欲求、ガーウィンス連邦国の破滅。



 ◆



(まだ戦えるでしょう?)

(あの時のように力を望む?)


 その声が今になって頭の中に響く。

 おまえは誰なんだ? そう思ったところで返事はない。

 それでもやるべきことは一つであり、ウーディは実行する。

 手を伸ばす。

 力を望むから。

 ガーウィンス連邦国を滅ぼしたいから。

 なにより、この計画の邪魔をする人間を殺したいから。


 横たわるウーディの体から、再びいくつもの魔力が放出される。

 赤い魔力は火の大精霊。

 青い魔力は氷の大精霊。

 緑の魔力は風の大精霊。

 黄色い魔力は土の大精霊。

 加えてほんのわずかな、しかし、それだけで十分な影響を人間に及ぼす絶対的な黒い圧迫感。

 誰よりも驚いたのはロニアだ。次いで、ゴルドとトゥルル。

 ウーディにこれほどの魔力は残っていなかった。イリックに足を折られ悶え苦しむその姿は、明らかに追い詰められていた敗者のそれだ。にも関わらず、精霊を呼び出した時以上のことをやろうとしている。

 もっとも、こんなことはロニアにとっては些細なことでしかない。ロニアを驚かせた最たる要因は、決して抗えないと感じさせる五つ目の力だ。

 ロニアは、正確にはイリックもネッテもアジールもこの重圧を知っている。忘れたくても忘れられない。アジールに至っては、トラウマにさえなっている。

 煉獄のモンスターを率いる存在、フブキから放たれていたそれと同質のものだ。

 人間から戦意を奪い、生きることさえ諦めさせる絶対的な格の違い。決して抗えないその力が、何の前触れもなく、ウーディから放たれた。

 ロニアは驚き、そして、動けなくなる。本当は後ずさりしたいのだ。しかし、それすらもできなくなる。これはそういう類のものだ。

 ゴルドとトゥルルもロニアと同じ理由で恐れおののくが、フブキと出会ったことがないため、ロニアと同様の疑問を抱くことはできない。

 残りの三人、イリックとネッテとアジールだが、この三人は比較的何ともない。もちろん、ネッテとアジールは震えるくらいには恐怖を感じているが、戦うことはできる。

 イリックは何とも思っていない。魔力がすごいなぁ、すごい殺気だなぁ、という程度だ。

 うつ伏せで倒れこんでいたウーディが、そのままの姿勢で浮かび上がる。

 体から発生した四色の魔力が、発生源であるウーディを空中で包み隠す。

 この時点で、ウーディから放たれていた五つ目の重圧が消え去る。


「か、かはぁ! ウーディ! な、何をしたんじゃ!」


 心臓を握られるような恐怖から開放され、ゴルドは声を絞り出す。


「あなた達! 下がりなさい!」


 ロニアもなけなしの気力で叫ぶ。

 イリックとネッテに至っては、眼前でぼ~っとウーディの様子を眺めている。

 ロニア達はウーディから膨大な魔力が放たれたタイミングで後方に押されてしまったが、この二人は普通に耐えてみせた。こんなことで不必要に大物っぷりを発揮されても危ないだけであり、ロニアはイリックとトゥルルを後退させる。


「何が起きてるんですかね~?」


 イリックはウーディから離れながら、しれっと疑問を口にする。


「わからないわ。ところで、あなた達も感じた? フブキと似た波動が少しの間だけど発生したことを」


 ロニアの問いかけに、ネッテとアジールは頷く。当然、トゥルルはわからないため頷けない。イリックは自信なさげに、なんとなく頷く。


「でも、たいしたことなかった」


 アジールの発言はロニアをぎょっとさせる。

 フブキと出会った際、アジールはこの中の誰よりも精神的に傷ついた。言葉を発せなくなるばかりか、立ち上がることさえできなくなった。

 しかし、今はケロッとしている。まるで、あの時のイリックかネッテを連想さえる。

 ロニアは直感的に気づく。これはコネクトの影響だと。

 イリックはコネクトの習得者だ。原因も理屈もわからないが、フブキと相対しても普通に戦うことができたのだろう、と。

 ネッテは既にコネクトの接続者だったことから、フブキに対してある程度対抗できた。

 アジールはあの後、コネクトの接続者に選ばれた。ゆえに、前回は抗えなかったが、今回はやり過ごすことができた。

 ロニアはまだイリックと繋がっていないため、前回も今回も重圧に逆らえず動けなくなった。

 自分らしくない、根拠の少なすぎる推論だとロニアも理解している。それでも、これが間違いではないとわかってしまう。

 こうとしか考えられない。

 他に思いつかない。

 コネクトという異質な魔法にはこれくらいのことは秘められていそうだ。

 ロニアはそう考える。

 もっとも、今は他に考えなければならないことがあり、ロニアは頭を切り替えてそれを見上げる。

 ウーディを包み込むもやもやとしたオーラの色が、真っ黒く染まっている。先ほどまでは四色が交じり合わずに、何色かの染料を水面に垂らしたように蠢いていたが、少し目を離した内に、色が黒に統一されている。


「じいさーん。キュアいるー?」

「おう、頼まれてくれんかのう」


 ほいほい、とイリックはウーディを避けながらゴルドに歩み寄り、射程に入るや否や、キュアを詠唱する。

 その時だった。

 三メートルを越える黒い塊の中から、聞こえてはいけない音が鳴り始める。

 何かが噛み砕かれるような音。

 何かが引きちぎれるような音。

 何かが磨り潰されるような音。

 それらは止まることなく、入り乱れるように響き続ける。


「これはやばいな」


 イリックはつぶやく。黒い煙のような魔力の中で、何が起きているのかはわからない。わからないが、音だけで十分想像できてしまう。ウーディがどうなろうと興味はないが、それでもこれはあんまりだと思えてしまう。

 イリックはゴルドの許可を得られれば、ウーディを殺すつもりでいた。情けなどかけるつもりもない。先ほどは両足をへし折るだけにしたが、それはゴルドにまだ殺しの許可を得ていなかったからだ。

 だからと言って、この惨状には納得できない。殺すのなら、じわじわといたぶるように殺すのではなく、一撃で殺してやって欲しい。そう思わずにはいられない。


(まぁ、この音量だと即死かも……)


 少なくともそうだろうと推測し、イリックは一人納得する。


「な、何が起きてるんじゃ?」

「わからないわよ、そんなこと」


 イリックのキュアで照らされながら、ゴルドは五人と合流を果たす。当然、ロニアにも現状把握などできず、呆然と黒い魔力のうねりを見上げることしかできない。

 その塊は人二人分の高度まで浮き上がっており、色は変われど今まで同様、四属性の魔力が放たれ続けている。

 一同はさらに後退しながらそれを見上げる。今は見守ることしかできない。なぜだかそう思えてしまう。

 この状況に一番困っているのは、実はイリックだ。戦いは終わるものだと思っていた。しかし、どうやら終わらないらしい。

 新たな局面を迎える場合、それは非常にまずい。

 イリックは武器を持っていない。相棒は氷の精霊に粉砕されてしまった。千二百ゴールドの出費も確かに痛いが、それ以上に素手という事実がよろしくない。

 どうしたものか。とりあえず思案する。そして、二つの案を思いつく。

 一つ目は、アジールの両手剣ダーククレイモアを借りること。しかし、存外重たく、扱いにくい。

 二つ目は、片手剣を作ってもらうこと。それが可能かどうかはわからない。それでも、試してみる価値はありそうだと考える。


「ロニアさん、いつも槍作ってますよね?」

「ん? ええ、そうね。そんな、サラダ作ってるみたいなノリで言われると戸惑いを感じるけれど……」


 イリックの突然の問いかけに、ロニアは一瞬だが驚いてしまう。何より、話題が突拍子過ぎて頭がついていかない。


「剣。片手剣も作れませんか?」

「ど、どうかしらね……」


 そしてロニアも理解する。こんな状況でも頭の回転は衰えておらず、イリックの言いたいこととやりたいことを察してみせる。


「片手剣~。片手剣~」


 拍手と共にイリックが煽り始める。

 それに気づいたネッテが、意味もわからず参加する。


「片手剣~。片手剣~」

「カタテケン~。カタテケン!」


 パンパンパンパン。兄妹の若干うざい声と拍手が広間に鳴り響く。

 アジールはそれを楽しそうに眺める。

 トゥルルとゴルドはそれどころではない。じっと黒い波動のうねりを見上げ続ける。この場においては、これが正常な反応だ。

 耳障り極まりない不快な音が止むと同時に、ロニアは兄妹のリクエストに答え始める。


「こんなことは初めてだから……、上手くいくかしら?」

「片手剣~。片手剣~」

「カタテケン~。カタテケン!」

「ちょっとうるさい」

「はい」


 イリックとネッテは黙る。

 ロニアは槍を作る要領で、頭上に片手剣をイメージする。

 先ずは剣先から。鋭い刃先が現れ、ジュルジュルと青い刃が後方に伸びていく。唾に辿り着く直前、返しのような突起物が一対、刃に発生し、二対目が唾となる。

 最後に、細かい模様を宿した柄が形作られ、それはロニアの頭上で静止する。


「ふぅ、やってみるものね」

「おぉ~」


 額の汗をぬぐうロニアに対して、兄妹は拍手で喝采する。

 以前のロニアなら、即興で片手剣を作り出すことなどできなかった。では、なぜ今なら可能なのか? それは、ゲシュタルトの戦利品マハトマリングのおかげだ。魔力だけでなく、魔力制御も高めてくれる銀色の腕輪が、ロニアの魔力操作を後押ししてくれたため、イリックの背丈にフィットする見事な片手剣を作り出すことに成功する。


「使い物になるかどうかはわからないわよ」


 ロニアが言い終えるや否や、イリックの眼前に透き通る水色の片手剣が移動してくる。


「剣の形してるだけで十分ですよ」

「作り甲斐のないこと言ってくれちゃって」


 ニシシとうれしそうに笑いながら、イリックは右手でそっと片手剣の柄を握る。思っていたよりは冷たくなく、触り心地は水というよりはガラスのようだ。力強く握ろうと形が崩れることはなく、ロニアの魔力がいかに高いかを実感させられる。


「これはすごい……」


 イリックはブンブンと振り回す。カッパーソードより軽いという時点で非常に扱い易い。刃の長さもやはりカッパーソードよりわずかに長く、リーチという点でも優れている。


「何て名前ー?」

「うぅむ、何て名前にします?」


 ネッテに続き、イリックも問いかける。ネッテはイリックに訊いたのだが、イリックはロニアに視線を向ける。


「え? そんなの好きにしていいわよ」


 ロニアの発言を受けて、イリックとネッテとアジールは考え出す。

 そんなやり取りに参加する余裕のないトゥルルとゴルドは、じっと黒い魔力の塊を見上げ続ける。


「ロニアソード」

「お水剣」

「リーベルタース」


 三人はほぼ同時に命名する。


「なんだよ、お水剣って。ほんと、安直な奴だな」

「お兄ちゃんほどじゃない!」


 低次元過ぎる兄妹喧嘩に、さすがのゴルドも緊張感を完全に消失する。


「本当にこやつらはいつもこんな感じなんじゃのう」

「ええ。最高でしょ?」

「そうじゃな」


 ゴルドとロニアはしみじみと二人を眺める。イリックはロニアが作った水の片手剣で勝どきをあげ、イリックの背中に飛びついたネッテが目をキラキラと輝かせながらそれを見つめる。


「変化ガ見られますデス」


 ウーディの観察を継続していたトゥルルが状況の進展を口にする。

 イリック達はぴしゃりとふざけるのを止め、戦闘体勢に移行する。

 全員の視線の先では、もぞもぞと蠢く黒い塊が少しずつ縮小を始めていた。


「それじゃ、これはリーベルタースで」


 イリックはアジール案を採用する。


「わーい」

「わかったわ」


 アジールは表情を変えずに喜び、ロニアはその案を承諾する。


「むむ? そういえばウーディの魔力が感じられんのう」

「そうね。四つの魔力が凄すぎて埋もれているのかしら?」


 ゴルドとロニアの両名は、縮んでいく魔力を眺めながら共通の疑問を抱く。

 ウーディ自身も非常に高い魔力を保持している。しかし、四色の魔力に包まれて以降、ウーディの魔力も気配も感知できない。

 火、氷、風、土の魔力が高すぎるからか、それらに遮断されているのか、消えてなくなったのか、それは誰にもわからない。

 六人に見守られる中、黒い魔力はその形に辿り着く。色を帯びたことからも、この形に落ち着くのだろうと全員が理解する。

 黒い塊は黒い女性となって、ふわふわと漂う。

 背丈は二メートルを少し超える程度。すなわち、アジールより一回り高く、トゥルルと同じくらい。

 黒い髪は非常に長く、ゆらゆらと上下左右に揺れてもなお、自身の身長より長いと容易に見てとれる。

 この何かが最も異質な点は、体の色だ。全身が五色で構成されている。

 右肩の少し先から、すなわち右腕は赤一色に染まっている。

 左腕は対照的に青一色。

 右足は太もも付近から緑色。

 左足は黄色。

 そして、頭から体にかけてはおよそ完全な黒に染まっている。

 これが女性であることは一目でわかる。なぜなら、顔つきが女性そのものだ。ただし、人間はおろか生物とは思えない。

 目や鼻、口、耳といったパーツはきちんと存在しているが、それらは縁取られているだけであり、言わばマネキンそのものだ。目は開かれているようだが、模様は一切掘られていない。

 胸がほんのわずかだが膨らんでいることからも、これが女性に属する何かだと推測できる。

 何か。そう、これが何なのか、この場にいる全員が答えられない。人間の女性の姿をしていることが、より一層困難とさせる。

 人間でないのなら、それはもう二択に狭まる。

 動物かモンスター。

 動物という線はきっぱりと否定される。動物、つまり野生動物は魔法など使えない。魔力の波動を放たない。

 ゆえに、眼前で浮かぶ何かはモンスターということになる。

 しかし、モンスターの知識を持ち合わせているゴルドでさえ、このような姿をしたモンスターなど見たことも聞いたこともない。

 人間の、それこそ女性に近しいモンスターは多く存在している。

 デーモン。

 ピクシー。

 スコルピオン。

 アンシリーコート。

 リコ。

 イリック達が出会った人間型モンスターでさえこれだけいる。

 五色に彩られているウーディだった何かも、人間型モンスターであることは間違いない。しかし、元から存在している種族とも思えない。


「新種……。いや、この世でここにしか存在しない、生まれたての特異固体じゃな」


 ゴルドはそう結論づける。このモンスターは、ウーディ、四種の魔力、そして、五つ目の魔力が混ざり合い生まれた存在だと決め付ける。

 ゴルドのこの考え方は正しい。この黒い女はこれらによって構成される全く新しいモンスターだ。当然名前などない。強さや性質もわからない。完全に未知の存在だ。


「ロニアさんが新しい魔法を編み出した途端、これとは……。お株が奪われてしまいましたね」

「槍か剣の差しかないのだけど……。とにかく気をつけなさい。何をしてくるか全くわからないわよ」


 イリックの慰めなのかよくわからない発言をさらりと受け流し、ロニアが注意を促す。

 眼前の女からは、ウーディのように四つの魔力が放たれている。

 火の大精霊の魔力。

 氷の大精霊の魔力。

 風の大精霊の魔力。

 土の大精霊の魔力。

 ウーディの魔力はもはや微塵も感じられない。つまりはそういうことなのかもしれない。


「黒い女って呼ぶのもなんですし、とりあえず何て呼びましょう?」

「それこそどうでもいいわ」

「まぁ、そう言うでない。何かわからんのじゃ、とりあえずナニカでええじゃろ」


 イリックの提案はロニアによってあっさりと破棄されるが、ゴルドが何とか拾い上げてくれる。もっとも、ナニカという命名には誰もしっくりきていない。


「まぁ、ナニカでいいか。動かないししゃべらないし……。どうしましょう?」


 六人とナニカは向き合う。イリックの言う通り、ナニカはその姿を現して以降、長い黒髪を揺らすだけで一切行動をとらない。まさに見た目同様マネキンのようだ。


「話しかけてみたら?」


 アジールがらしくないことをふっかける。誰もがスルーを決め込むが、ネッテだけがピョンと一歩を踏み出す。


「お姉さーん! さっきのおじいちゃんはー?」


 しかし、返事はない。ネッテの疑問は当然だ。黒いローブをまとったやせている老人の姿ではなく、女の姿をした何かが現れたのだから、不思議に思わない方がおかしい。もっとも、先ほどの耳を覆いたくなるような音のせいで、ネッテ以外はウーディの存命を完全に諦めている。


「ダメねー」

「そのようで」


 ネッテはつまらなそうに頬を膨らませる。

 その顔かわいいな、と思いつつ、イリックはナニカを見上げる。


(あれくらいの膨らみもいいな)


 様々なモンスターと対峙する度に、ストライクゾーンが広がっていく男、それがイリック。


「見逃してくれるのなら、一度撤退した方がいいのかしら?」

「うぅむ。倒せるのなら倒した方がええのう。何より、あれを止めんといかん」


 ロニアの提案もありなのだが、ゴルドとしてはナニカを倒してしまいたい。

 自分達がここまで来た理由は、広間中央で魔力を眩しいほど貯えている機械の停止だ。もう一往復する程度の猶予はあるのかもしれないが、裏を返せば、ギリギリとも言える。危ない橋を渡る理由はない。

 このモンスターと戦う方が危険かもしれないが、どの道、目撃を達成するためには避けては通れぬ敵だ。


「私がしかけマス。皆サンは下がって」


 トゥルルが口火を切る。

 大精霊の魔力が届くこの場所では、自分がいかに頑丈かつ継続して戦えるかを誰よりも熟知しており、多少のダメージなら問題なく回復できることから攻撃を開始しようとする。


「コ……コロシて……くれ」


 ナニカが口を動かさず発言する。この声は女のそれではなく、かすれた男の声だ。

 全員が、とりわけゴルドが驚く。火の図書館で、そして先ほどまで、耳に届いていた同僚の声なのだから。


「ウーディなんじゃな!?」

「そうだ……。俺はもう殺された。体も魔力も、全てこれに取り込まれた。だから、殺してくれ……」


 ウーディの声は非常に弱々しい。かすれた声ゆえ聞き取りづらいということではなく、今にも消え去りそうなほどか細い。


「なんなんじゃ、これは!?」

「あの女の……仕業だ。いや、自業自得でしかないか」


 そう。力を求めたのはウーディ自身だ。しかし、この結果は予想していなかった。予想できるはずもなかった。


「わかった! すぐに殺してやるわい!」

「頼む……。もう……、動き出すぞ」


 ゴルドが力強く言い放つ一方、ウーディの声はさらに小さくなっていく。

 吸収されたウーディですら、この状況は理解できていない。それでも、わかることがある。

 このモンスターは、赤髪の女から譲り受けた二つ目の力を核としている。それが何なのか、そこまではわからない。人間には劇薬でしかなく、辿り着いてはいけない領域の力であることは身をもって知っていた。

 ウーディはこの力を一切使えなかった。使おうともしなかったが、使ってはいけないと理解していた。

 自身の魔力と女から譲り受けた氷の大精霊の力だけを行使し、ここまで辿り着いてみせた。

 二つ目の触れてはいけない力がこのタイミングで発動してしまう。ウーディが力を欲した結果だが、だからといってこんなことを望んでいたわけではない。

 だが、もう遅い。こうなってしまった。自身はモンスターに取り込まれてしまった。

 ゆえに、再度望む。

 殺してくれ、と。


「お主ら! 力を貸してくれ!」

「言われなくとも」

「おー!」


 ゴルドが腹から声を出す。

 イリックは水の剣リーベルタースをぐっと握る。

 ネッテはエイビスと共に右手を突き上げる。

 アジールは片手剣と盾を構える。

 ロニアは胸を張る。

 トゥルルはファイティングポーズを維持し続ける。


「ゴルド……。すまなかったな」


 ウーディの消え去りそうな突然の謝罪。これにはさすがのゴルドも戦意を喪失しかける。


「な、何を……言っておる?」

「やはり、復讐はあの時終えておけばよかったのだ。ガーウィンスが悪いわけではない。そのことはとっくに理解していたはずなのに……」


 ウーディの独白は続く。


「四十……七年前。フキン港。これが……俺の正体……だ」


 そして広間は静まり返る。

 元からウーディの気配などこれっぽっちも残っていなかった。この静寂がその男の完全な消滅を全員に理解させる。


「帰ったら調べてやるわい! 行くぞ!」

「コールオブフレイム」


 ゴルドが駆ける。

 トゥルルは拳に炎を宿し、ワンテンポ遅れて床を滑り始める。


「ネッテとアジールさんは少し待機。ロニアさんは……、そういえばこの状況でも水の槍も出せるんですか?」

「どうかしらね? とりあえずやってみるわ」


 ロニアは既にリーベルタースと命名された水の剣を現在進行形で維持している。水槍を同時に二本生成することは可能だが、剣と槍の組み合わせは未経験だ。追加でゲイルロドを繰り出せるのか、やってみなければわからない。

 そんなやり取りとは関係なく、ゴルドとトゥルルがナニカとの距離を詰め終える。

 ゴルドが黒い両手斧をナニカの黄色い左足に叩き込む。

 トゥルルがメラメラと燃える右手を緑色の右足に打ち込む。

 次の瞬間、二人はその手ごたえに驚愕する。

 ゴルドのシュバルツアクストはあっさりと弾かれ、トゥルルの拳でもナニカの足を押すことすら叶わない。


「こいつはいかん!」


 ゴルドは慌てて下がる。この状況は想定外過ぎたため、その場から一時退却する。


「コールオブアイスクル」


 一方、トゥルルは別の属性を拳に宿し、攻撃を再開する。


「じいさん、その斧安物だっけ?」

「バカを言え! ダーク製じゃ!」


 イリックの間抜けな質問にゴルドは声を荒げる。

 ダーク。この鉱石は非常に高価だ。ミスリルを上回る武具を作れることと、何より入手量が極めて少ないことが理由に挙げられる。

 そう、ダークはミスリルよりも上のランクに位置する。

 鉱石のランクは次のようになる。

 カッパー。

 ブロンズ。

 アイアン。

 スチール。

 シルバー。

 ゴールド。

 ミスリル。

 そして、ダーク。

 これ以降だと、アダマンとプラチナ、オリハルコンと続く。

 アジールの切れ味鋭いブロードソードですらミスリル製だ。

 ゴルドのシュバルツアクストはダーク製であり、それよりも良質な武器ということになる。

 それすらも通用しないモンスターが、ナニカということになる。


「あやつはただ頑丈というわけではない! おそらく武器による攻撃が効かんのじゃ! これはやばいぞ!」


 ゴルドは一撃で見抜く。ダーク製の両手斧で傷を負わせられないモンスターなどこの世に存在しない。ドラゴンの硬い鱗すら、傷つける程度のことはできる。

 しかし、ナニカには通用しない。すなわち、物理攻撃が通用しない相手としか考えられない。仮にそうでないとしても、それは冒険者の武器では対抗できないに等しい。少なくとも、イリック達の武器では傷一つ付けられないということになる。

 六人が所持する武器の中で、最も強力な武器はゴルドのシュバルツアクストとアジールのダーククレイモアだ。

 次いで、アジールのブロードソードとなる。

 トゥルルの打撃がどこに該当するかは難しいが、どちらにせよ、トゥルルの頑丈な拳も一切通用していない。

 ついにナニカが行動を開始する。

 先ず、右足付近に顔を向ける。機械の拳を叩き込んでいるトゥルルに狙いを定めたのだろう、イリック達は瞬時にそう察する。


「トゥルル、下がれ!」

「はい、マスター」


 間一髪。イリックの叫び声がトゥルルを救う。

 ナニカがさっと赤い右手を下に向けると、トゥルルの長身を上回る炎が塊となって発射される。

 トゥルルはギリギリのタイミングでそこから立ち去ることに成功するが、頑丈そうな床は溶けはしないもの、黒く煤けてしまう。


「ウーディの言う通り、動き出したのう」

「そのようで。トゥルル、殴ってみてどうだった?」

「打撃はオロカ、火と氷も無意味のようデス」


 自分達をじっと見据えるナニカを見返しながら、イリックはどうしたものかと考えを巡らせる。

 しかし、妙案など思いつかない。ゆえに、やれることをやるしかないと諦めにも似た心境に辿り着く。


「ネッテとアジールさんはロニアさんを。トゥルルは隙あらば攻撃よろしく」

「ガッテン!」

「はい、マスター」


 イリックは駆ける。武器ならある。ロニアが作ってくれた水の剣が水滴すら垂らさずにその形を維持している。頼もしいその片手剣を握り締めて、イリックはナニカとの距離を詰める。

 一方、ナニカは左手をイリックに向けて迎撃を開始する。青い手のひらから放たれた冷気は、小さな氷の塊を次々と生み出す。

 前進を一旦諦め、イリックはカクッと横へ飛び跳ねそれらを回避する。


「火の次は氷。やはり、四属性をまとってそうじゃのう」

「そんな姿してるものね」


 ゴルドがナニカの攻撃に小さく驚く。

 その隣で、ロニアがナニカの姿について考察する。

 頭と体は黒い。ここに意味があるのかどうかはわからないため、保留する。

 右腕は赤い。赤は火属性を司る。

 左腕は青い。氷属性。

 右足は緑。風属性。

 左足は黄色。土属性。

 見た目からも、先ほどの攻撃からも、ナニカがこれら四つの属性を内包している可能性が考えられる。少なくとも、ゴルドとロニアはそう導く。

 それを裏付けるように、ナニカは風を圧縮したような刃を放ちつつ、床からは土の壁を生やしてみせる。

 イリックはそれらを避けながら、少しずつナニカに剣撃を浴びせる。

 イリックの反対側では、攻撃に晒されていないトゥルルが拳に風をまとい、打撃を命中させていく。


「――もしかして、あれって四体の精霊の特性を兼ね備えてるんじゃ?」

「ほう……」


 ロニアは辿り着く。

 ナニカの出生と外見、さらには繰り出す魔法の属性とトゥルルの攻撃結果から、そう推測してみせる。

 トゥルルは土のエネルギーを拳にまとい、攻撃を再開する。それでも、ダメージを与えられているという実感が得られない。

 一旦後方に下がり、次いで雷撃を拳に宿す。ビリビリと疾走する小さな雷と共に、トゥルルは全身を使い渾身の打撃をナニカに命中させる。

 その時だった。

 度重なる衝撃に耐えられなくなったトゥルルの右手が潰れるように破損する。

 それだけではない。トゥルルの右腕が肩近くから切り落とされてしまう。

 なぜ? トゥルルが顔を上げると、ナニカが右腕をこちらに向けていた。それでもまだ原因はわからない。

 なぜなら、ナニカは左手でイリックに氷の粒を撃ち続けている。ゆえに、それを魔法とみなすのなら、右手から別の魔法は撃てないはずだ。


 人間もモンスターも、魔法は一度に一つしか詠唱できない。右を見ながら左を向けないように、これはこの世の真理として、そもそも魔法の仕組みとして、絶対だ。

 唯一の例外は後衛補助役の戦技だ。それを使用している間だけ、魔法を一度に二つ詠唱することができる。

 ナニカがそれを使った素振りは見せていない。見落とした可能性もあるが、どちらにせよ、トゥルルは風の刃によって右腕を失う。


「決まりだわ。あれは水の魔法でしかダメージを与えられないんだわ」

「そのようじゃのう」


 ロニアに遅れて、ゴルドもイリックとトゥルルの戦いから答えに辿り着く。

 二人の視線の先では、イリックが水の片手剣をナニカに振りぬく。そう、振りぬくことができている。

 ゴルドやトゥルルの攻撃は、ナニカに当たると揺るがすことすらできずに弾かれてしまう。

 一方で、イリックの斬撃は弾かれずに、黒い体と黄色い左足に切れ込みを作っていく。血のようなものは流れ出ないが、それまでの攻撃とは一線を画す。


「なんでなんでー?」


 ネッテはわからない。実はアジールもわかっていない。

 右腕を失いながらもなんとか戻ってきたトゥルルにも聞こえるように、ロニアは説明を開始する。


 先ずは属性について。

 火は、火と氷に強い。

 氷は、氷と風に強い。

 風は、風と土に強い。

 土は、土と雷に強い。

 この状況のおいては、強いという言葉はその属性が通用しないと置き換えることができる。

 ナニカは火、氷、風、土の属性を持ち合わせている。それら大精霊の魔力を元に作られたモンスだーだからだ。

 以上から、ナニカには火、氷、風、土、雷の魔法ではダメージを与えられない、もしくは微小の被害しか与えられないことになる。

 武器による攻撃に関しては、精霊全般の特性ゆえ、それが色濃く反映されていると考える。

 ゴルドの両手斧も、トゥルルの拳も弾かれた。

 トゥルルの強化魔法による、火、氷、風、土、雷属性の攻撃にもびくともしない。

 イリックの剣撃だけは通用しているように見える。

 この推測で決まりだ。


「つまり、私の出番ね」

「なるほどー」


 ロニアが魔力をこめる。

 その隣では、なるほどと発言しておきながら、ネッテが頭の上にハテナマークを浮かび上がらせる。今の説明は困難過ぎた。


「わしの出番は無さそうじゃのう」

「そんなことない」


 ゴルドは残念そうにシュバルツアクストの刃側をゴンと床に置く。

 アジールがその発言を否定しつつ、盾を構えてロニアの少し前方に移動する。


「攻撃を開始するわ。守ってよね」


 そう。ロニアが砲台の如く攻撃を開始する。

 ネッテ、アジール、ゴルドはそれを護衛するという重要な役割を果たさなければならない。


「おう、そうじゃったな」

「行くわよ」


 ロニアの頭上には、思い描いた通りの槍が生成される。イリックの片手剣を維持しながらだが、それでも見事成功させる。


「コールオブスプラッシュ」


 ロニアに続き、トゥルルも攻撃に移行する。コールオブスプラッシュは武器に水の属性を付与する強化魔法であり、右腕を失った今、トゥルルは左手に水の帯を走らせる。


「ゲイルロド」

「再開デス」


 水槍とトゥルルが一斉に発射される。

 その先でイリックに魔法を放つナニカは、回避行動はおろか反応すらできずに二つの攻撃を受ける。

 螺旋の刃が黒い胴体に突き刺さり、途中で静止する。

 トゥルルの左手が緑色の足を内側にへし折る。

 誰の目から見ても上々な出来栄えだ。推理通りの結果にロニアはニヤリと口角を釣り上げる。

 それでもナニカは攻撃の手を休めない。空中に浮いたまま、自身が受けた攻撃など気にも留めず、両手をイリックに向け続ける。

 放たれる業火は人を燃やし尽くす。

 氷の雨は皮と肉を引き裂く。

 疾風の刃は体をあっさりと断絶させる。

 土の壁は行く手を遮る。

 氷の雨以外はなんとかなっている。しかし、接近して攻撃をしなければならない以上、イリックの体にはじわじわと傷が増えていく。

 キュアで都度回復してはいるが、乏しい魔力ゆえ、ダメージが上回ってしまう。

 三度目のキュアを唱えながら、イリックは一旦後退する。水の剣が鋭い風で切り裂かれてしまったからだ。そのタイミングでリーベルタースは原型を留められなくなり、水のようにバシャンと床に零れ落ちていく。


(おかわりをもらうべきか、今は回避に徹するか……)


 イリックは迷う。現状のままでも構わないという側面も確かに存在する。

 ナニカはイリックを執拗に狙っており、そのおかげでトゥルルとロニアは攻撃に徹することができている。

 ゲイルロドは堅実なダメージを与えているように見える。見えるのだが、普通なら倒せていてもおかしくはないだけの外傷にも見えてしまう。

 既に黒い胴体には三つの風穴が開いており、脇腹に至っては大きくえぐれている。

 トゥルルは右足の破壊を終えたらしく、緑色のその足は、膝以外で幾重にも折れ曲がっている。

 それでもまだ倒せない。

 やっとダメージを与える術を見つけ出したにも関わらず、倒せない。この事実とナニカの姿は恐怖でしかなく、一同は懐疑的な視線を向けることしかできない。

 トゥルルは落ちていた自分の右腕を拾い上げ、一旦下がる。自分よりもロニアの方が攻撃力で勝っていると判断してのことだ。自分が攻撃に参加することで、ロニアがゲイルロドを撃ち辛くなることを懸念したのだが、そもそもナニカは浮いているため、拳では戦いづらい。

 トゥルルが右腕を無理やり繋ぎ合わせて回復魔法を唱え始めた矢先にそれは起きる。

 トゥルルの右腕のように、ナニカの傷もみるみる癒え始める。

 体の穴は塞がっていき、欠けた脇腹も再生していく。

 イリックが切り刻んだ場所もあっさりと結合し、折れ曲がった足はすっと直立する。


「どんな回復よ!」


 ロニアが叫ぶ。

 自分達の最大火力で与えたダメージを、ナニカはものの数秒で完治してみせる。この事実は絶望でしかなく、そしてそれは続く。

 ナニカが左手をイリックに向けたまま、右手をロニアに合わせてしまう。


「く、来るぞい」


 ゴルドが黒い両手斧を構える。

 避けるか、受け止めるか、判断しなければならない。どっしりと構えつつ、即座の対応に迫られる。

 ナニカの右手からは、冷風と共に小さな氷の塊が嵐のように発射される。

 ゴルドとアジールが即座に壁となって、背後のロニアを庇う。

 しかし、見通しが甘かった。

 ゴルドは両手斧でそれらを受け止めきれず、体中を引き裂かれる。一発一発は致命傷には至らないが、数発受ければ軽症ですらない。およそ耐えられない傷が全身に作られていく。筋肉で覆われた体は膝から崩れる。

 アジールも盾でかなりの面積をカバーしてはいるが、長くはもたない。


「これほどとは……」


 ゴルドは限界だ。撃ちつけられる氷の塊が容赦なく肉を引き裂いていく。

 盾から外れているアジールの足も既にズタズタだ。


「こっちよ!」


 ロニアは走る。自分が狙われているのだから、自分がその場から移動することで、ナニカの攻撃魔法もそれに付随して追ってくるだろうと予測する。

 その通りなのだが、それはすなわち、ロニアが攻撃に晒されるということであり、氷の塊達はロニアのタイトワンピースごと、次々と皮や肉をえぐっていく。

 攻撃の要がやられることを避けるため、トゥルルはロニアの全面に立ち、壁になる。


「この!」


 イリックはロニアに向けられている右腕をどうにかするため、攻撃に転ずる。しかし、ナニカの左手はイリックを狙ったままであり、接近を阻止するための魔法が放たれる。

 イリックの足元から土の壁が出現する。従来通りなら、それは攻撃ですらない。目の前に現れたをそれをさっと横に避けてやり過ごせばいいだけのことだ。そのはずだった。

 それは真っ直ぐではなく、イリック側に傾いていっきに伸びる。

 壁は壁としてではなく、イリックの体を後方に吹き飛ばすために出現した。そんな使い方もするのか、とイリックは困惑しながらも、土壁の直撃を腹に受け吹き飛ばされる。


「く、ぐふっ」


 口の中いっぱいに広がる鉄の味。生暖かいそれをイリックはいっきに吐き出す。

 ブレイズマーシャラーを着ていなかったら死んでいたかもしれない。それほどの衝撃にイリックは愕然とする。

 こうなってしまっては逃げるしかない。テレポートを唱えるだけのマジックポイントはかろうじて残っている。

 何より、自分達では勝てない。

 イリックはそう悟る。

 ナニカを倒す方法はわかっている。水属性の攻撃魔法で倒しきれるだけのダメージを与えればいい。

 しかし、イリックとトゥルル、そしてロニアの物量ではそれを成し遂げられないらしい。ナニカの回復速度はそれを上回る。

 ゆえに、撤退する。仕方のないことだ。このままでは全滅してしまうのだから、正しい判断と言える。

 イリックは駆ける。まだ走ることくらいはできる。

 逃げるぞ。

 そう言い放とうとした途端、イリックは気づいてしまう。

 ナニカの左腕が、自分ではなくトゥルルとロニアに向けられている。

 二人は右手から放出されている氷の粒に晒されたままだ。

 追撃。もしくはトドメ。ナニカの行動はそれを意味する。

 そして放たれる圧縮された空気の刃。それはあっさりとトゥルルを切り裂き、ロニアすらも殺してみせるだろう。


 そうはさせない。


 ゴルドは既に諦めている。

 トゥルルとロニアは必死に耐えている。

 ネッテとアジールはロニアを助けだそうと駆ける。

 現状だと勝つことはできない。

 しかし、逃げることはできる。十一秒耐え抜いてみせればいいのだ。誰も死なせず、詠唱を完了させればいい。


 仲間を守る。


 ネッテを、アジールを、ロニアを、ついでと言ったら酷いが、トゥルルとゴルドも守りきってみせる。

 そのための力がある。自分の実力ではないのかもしれない。他人から与えられた幸運でしかないのかもしれない。

 それでもこの力はすっかり自身に馴染んでいる。活用しない理由もない。

 けちな性格のせいで出し惜しみしてきた。

 もっと早く使えば戦況を有利に運べたのかもしれない。

 そんなことはもはやどうでもいい。大事なことは一つ。今は使用可能ということ。

 今こそ、唱えなければならない。


「コネクト」


 そして、広間の時間がぴたりと静止する。

 ナニカが放っていた氷の雨も、空気を切る風の音も、一斉に止まる。


(そういえば、久しぶりだな……)


 自分だけが動ける時間。

 仲間を守るための時間。

 反撃を開始する時間。

 様々な側面をもったこの時間を、イリックは有効活用する。

 先ず、痛む体を省みず、トゥルルとロニアを抱きかかえる。


(重い!)


 ロニアはともかく、トゥルルの重さは百七十キロだ。もっとも、この程度なら持ち上げられる。

 トゥルルを右肩に、ロニアを左肩に抱きかかえ、ネッテ達と合流する。本来なら、ナニカの魔法に備えてある程度散った方が良いのだろうが、今のイリックには到底思いつけない。

 ナニカ以上にマネキンのような二人を降ろし、一旦その場に立たせる。

 その時だった。ほよんとした何かが左頬や左肩を撫でる。何かはナニカだけで十分なのだが、イリックにはそれが何かわからないのだから仕方ない。

 立たせた二人をイリックは眺める。トゥルルもロニアもボロボロだ。

 片や硬い装甲はボコボコにへこまされており、片や黒いタイトワンピースは血で赤く染まっている。

 そんな中、イリックは気づく。ロニアの胸が変形している。押さえつけられたように潰れている。つまりはそういうことだ。

 先ほどの夢のような感触は、ロニアのたわわに実った果実だったらしい。

 そして三秒が過ぎ去る。


(やっぱり柔らか、あ! まだ準備できてない!)


 感触を反芻していた結果、時が動き出してしまう。やるべきことは済ませたため、問題ないと開き直る。

 突然の変化に一同は目を丸くする。トゥルルとロニアがその場からいなくなっているのだから。

 ロニア達は何が起きたのかすぐに理解する。

 状況を飲み込めないゴルドとナニカは唖然とするしかなく、ナニカに至っては一旦魔法を停止させてしまう。

 イリックは前だけを見据える。これからテレポートを詠唱してこの場から撤退しなければならない。ナニカの動向に対処しながらゆえ、隙は見せられないことを自覚している。

 そんな時だった。突然の感触にイリックはドキンと心臓を震わせる。それも当然、ロニアに背後から抱きつかれたのだから。刺激が強すぎて鼻血が出そうになるが、それはアジールの専売特許なため、ぐっと耐える。

 イリックが胸を高鳴らせるよりも前に、ロニアは心臓の鼓動を早めていた。

 またもイリックに救われた。さも当然のようにやってのけ、そして今は背中を自分に向けてモンスターを見据えている。

 眼前の背中が大きく見えてしまう。真紅のコートに着せられていたはずが、いつの間にか着こなしている。

 感謝の気持ちと、以前から密かに抱いていた感情が爆発してしまう。その結果、ロニアにこの行動を取らせてしまう。


「あなたなら倒せるわ」


 耳元で聞こえるロニアの甘い声。イリックの鼓動がさらに高まる。


「今回は無理ですよ。テレポートで逃げます」

「今なら大丈夫」


 何を根拠に、と思いながら、イリックはロニアの柔らかさを背中で堪能する。だからと言って、ナニカの警戒は怠らない。

 テレポートの詠唱は十一秒かかる。その間、ナニカの攻撃から全員を守らねばならない。コネクトを使ったことでそれは可能となったが、油断はできない。ゆえに、小躍りしたい感情を抑えながら、ナニカを睨みつける。

 ふと、イリックの首に巻きつくロニアの腕に、ぎゅっと力がこめられる。


「好きよ」


 耳元でこんなことを言われてしまったら、もはや奮い立つしかない。

 ネッテとアジールが変な顔をしているが、そんなことは関係ない。

 ゴルドは目を見開いて驚いているが、これが正常な反応だ。

 トゥルルはまだ恋愛を理解できないらしく、無表情を貫く。


 そして、イリックは鼻血を流しながら覚醒する。


「シフト」


 再び、広間の時間が停止する。今回はイリックも動けない。それでも一つだけわかることがある。

 イリックの腹から伸びている白い紐は、背後のロニアを目指している。今までで最も短い長さだが、その紐は二人の腹で確かに繋がっている。

 それを理解できればこの時間は終了だ。

 時間が動き出すと同時に、イリックはなけなしのマジックポイントをそれらに変換する。


「オムニシエンス」


 イリックの呼び声と共に、頭上で新たな魔法が発現する。

 刃先をナニカに向けた状態で、蛇口から勢い良く流れ出る水のように、五本の武器が同時に形成される。

 一本目は片手剣。刃は先端だけが非常に鋭く、きめ細かな模様の唾が見る者を虜にする。水で作られているにも関わらず、その刃は光り輝いている。

 二本目も片手剣。突剣なのか、刃は針のように細い。唾は手を守るように柄尻まで伸びており、その刃は黒い瘴気をまとう。

 三本目は槍。ロニアが生成していた水槍と瓜二つの形だ。

 四本目も槍。穂先はうねっており、その刃は左右の槍よりも幾ばくか長い。先端には炎が轟々と宿っており、およそ水の槍とは思えない光景だ。

 最後も槍。角ばった刃は正面から眺めれば四角に見える。愚直なまでにシンプルなデザインだが、その刃は凍っており、冷気を周囲に漂わせている。

 合計五本の武器が、イリックの頭上で右から左にずらっと並ぶ。全てが透き通った水色をしており、このことからロニアの魔法だと理解できなくもない。四本には別の属性が付与されており、それが現状把握を困難とさせる。

 この光景には、全員がそれぞれの反応を示す。

 ナニカは全く理解できていない。理解しようとすらしていない。

 ネッテは武器の中に片手剣が混じっている時点で考えるのを止めた。それでも目を輝かせる。

 アジールはすぐに察する。心の中でイリックを応援する。

 ロニアは誰よりも理解している。勝利を確信し、イリックと顔を並べながら不敵な笑みを浮かべる。

 ゴルドはわずかながらに生えている白髪のように、頭の中が真っ白だ。開いた口が塞がらない。

 トゥルルは知識の範疇を越える出来事にフリーズしかけるが、それでもナニカを警戒し続ける。

 イリックとしても説明してあげたいところだが、今はそれどころではない。ナニカが右腕をこちらに向けようとしている。

 ゆえに、それを阻止する。

 イリックが右腕を上げてから前へ倒すと、光り輝く片手剣がその場から消え去る。次の瞬間、ナニカの右腕と右半身が跡形もなく消え去る。直進した片手剣がたった一本でそれをやってのけた。

 それでもナニカは怯まない。次いで左腕から魔法を繰り出そうとする。

 イリックはそれすらもさせない。二本目の片手剣がナニカの左腕と肩付近を完全に消滅させる。


「なんじゃ、これは……」


 ゴルドは理解を越えた出来事に口が塞がらない。

 ネッテは何もわからずとも、兄のすることということもあり、うれしそうに驚く。

 両腕はおろか、上半身すらもごっそりと削られたが、ナニカは表情を一切変えない。

 それどころか、このタイミングで奥の手を披露する。透明なそれがぞわりとイリック達に迫る。

 気づけたのはゴルドとトゥルル、そして、ロニアの三人だけ。

 失った部位を補うように、見えない魔力がナニカの体を形成する。そのまま両腕は膨張していき、ウーディが操っていた魔力の塊と姿を変える。

 それはどこまでも膨れ上がり、広間の床を削りながらイリックに迫る。


「来るぞい!」


 ゴルドが叫ぶ。

 それよりも先に、勝利の女神が耳元でささやいていた。


「撃ちなさい」


 三本の槍が発射される。

 冷気を宿す角ばった水の槍が、ナニカの腰から下を、両足を含めて全て吹き飛ばす。

 炎に燃え盛るうねった水の槍が、ナニカの上半身を粉々に打ち砕く。

 螺旋を描くロニアの槍が、ナニカの顔を、つまり、最後の部位を完全に消し去る。

 迫り来る魔力の塊を貫き、それらはナニカを消滅させる。途端に騒がしかった魔力も感じられなくなり、ゴルドとトゥルルは再び唖然とする。


「ふ~」


 静まり返った広間に、イリックの疲れましたと言わんばかりのため息が響く。

 疲れたことは間違いない。なぜなら今の魔法でマジックポイントを使い切ってしまった。テレポート一回分を残していたにも関わらず、たった一回の攻撃で使いきれてしまう魔法ということに、使った本人が最も驚く。


「これが私の到達点なのね」

「そのようで。もっとも、マジックポイントが足りずに五本しか作れませんでしたけど」


 そう、この魔法は最大八本の武器を生成することができる。それを実現するためには、イリックのマジックポイントを全て使う必要があり、キュアを使う度にその本数は減ってしまう。


「いきなり完成形を見せられちゃったから反応に困ってしまうのだけど、私はあれを目指せばいいのかしら?」

「ど、どうなんですかね……」


 ロニアが意地悪そうに微笑む。

 いつまでも抱きつかれている状況に相まって、イリックは困惑することしかできない。


「剣が二本あったのは、そういうことなのかしらね~、ふふ」

「さ、さぁ……」


 やはりイリックはしらばっくれることしかできない。

 ロニアは攻撃のイメージとして槍を選択した女性だ。今後もそのつもりで精進する気でいた。

 しかし、イリックが使ってみせたロニアの魔法には、なぜか片手剣が混じっている。

 ゆえに、ロニアはこう解釈する。

 この先も自分は誰かと冒険を続ける。その人物は片手剣を愛用しており、なぜか自分にそれを生成させる。

 魔力が高まり、この魔法に辿り着いた時でさえ、その人物は隣にいる。きちんと自分の片手剣くらいは装備しているのだろうが、もしもの時に備え、自分に片手剣を作らせるわがままなリーダー。

 いつまでも、自分はその人物の隣にいられる。今はそのことがうれしくて仕方なく、周りの仲間達にいつまでも見せつけてしまう。


 オムニシエンス。ロニアが将来辿り着く魔法の極致。ゲイルロドの進化系であり、最終形態でもある。最大八本の武器を水で生成するのだが、その内訳は片手剣二本、槍六本となる。その内の七本には水以外の属性が付与されており、あらゆるモンスターに有効なダメージを負わせることが可能となっている。

 唯一の欠点はマジックポイントの消費が多いことだが、ロニアの膨大なマジックポイントの前では欠点に成りえない。

 そもそもそれらは一本一本が一撃必殺の威力であり、それはナニカの消滅で証明されたとも言える。


 イリックがロニアと繋がることで、この魔法は使用可能となった。しかし、本来ならばイリックはこれを使いこなすことができない。

 それもそうだろう、イリックの魔力は非常に乏しいのだから。攻撃魔法は魔力によって威力が上下する。

 ロニアの攻撃魔法を習得できたからと言っても、その威力までは引き継ぐことができない。

 しかし、コネクトがそれを可能とする。

 イリックはロニアから二つの要素を習得する。

 オムニシエンスという魔法。

 ロニアが辿り着く魔力そのもの。

 ゆえに、イリックはこの魔法を使いこなすことができる。マジックポイントまでは増えてくれないため、使いどころは難しいかもしれない。


「コネクト……。やっと理解できたわ」


 ロニアが微笑む。ネッテとアジール、両者と同じ土俵に立てたことを実感する。

 誰かが言っていた。これは呪いだと。確かにそういう側面もあるのだろうとロニアは分析する。しかし、この症状は他人からはそう見えるだけであり、当の本人達には全く別の効果をもたらしている。

 そう思えることが呪いなのかもしれない。ロニアはやはり微笑む。


 コネクト。三人の仲間と繋がったことでついに完成する。

 再使用時間は十五分から十分へ。

 効果時間は五分から十分へ。

 ロニアの魔法と魔力がイリックに授けられる。

 コネクト自体の変化はこれだけだ。しかし、仲間との繋がりはこれで完成する。

 ネッテ。

 アジール。

 ロニア。

 三人の仲間とはこれで強く結ばれたことになる。

 もちろん、これが終着点ではない。ここから新たな関係を築くことも可能であり、ここで踏み留まることもできる。

 これから先どうするかはイリック達が自分達で決めればいい。今はコネクトという魔法で接続できたことを喜ぶだけで十分だ。

 ロニアはそれを既に表現しており、イリックはうれしい反面、小さく戸惑い続ける。


「そ、そういえばネッテから手刀飛んでこないな……」


 ネッテという鬼嫁の存在を思い出し、イリックは怯え始める。それもそうだろう、普段なら間違いなく高速手刀が鳩尾に叩き込まれるシチュエーションだ。


「大丈夫。これが呪いの正体よ」

「はぁ……」


 ロニアが何を言っているのかわからないが、イリックはとりあえず納得する。


「じゃあ、俺がロニアさんのおっぱい揉もうとしても大丈夫ってことですか?」

「いいえ。その時は半殺しにされるでしょうね」

「何それ!?」


 この世の理不尽さを噛み締めながら、イリックは背中の温かさから幸せを感じ取る。


 こうしてサハハ遺跡での戦いは終結する。しかし、自分達はウーディやナニカを倒しに来たわけではない。

 事態はまだ収まっていない。

 広間の中央では透明な卵型の装置が眩しいほどに輝いたままだ。

 それでも、皆はこの時間を喜ぶ。戦いに勝てたのだから。



 ◆



「んじゃ、説明せい」


 ゴルドがずいっと歩み寄る。

 そこにはマジックポーションを飲み終え、仲間達の回復を済ませたイリックが座っている。


「あ、やっぱり?」


 イリックは少し嫌そうな顔を浮かべながら見上げる。説明することが嫌なのではない。面倒くさいのだ。


「私がしてあげるわよ」


 リーダーの性格は既に把握しており、ロニアが名乗りを上げてくれる。


「さっきのあれは何じゃ?」

「それも含めてね」


 渋い顔のゴルドに対して、ロニアがコネクトの説明を開始する。

 ワシーキ村の錬金術師リンダの発明品で習得できたこと。

 ネッテ、アジール、そして自分の順に接続したこと。

 接続すると、その人物が将来習得する戦技や魔法を間借りできること。

 その他もろもろ、ロニアは洗いざらい説明する。

 呪いについては説明しない。そんなことまで言う必要はないと理解しているからだ。もっとも、イリックもまだ把握できていない部分であり、現状はロニアだけが知り得る情報でもある。


「信じられんのう」

「でしょうね。イリック、見せてあげなさい」


 当然だが、ゴルドはまだ信じきれていない。デモンストレーションが必要であり、イリックはロニアに言われるがまま、アサシンステップを披露する。

 しかし、ただの超スピードな移動であり、元々素早いイリックがそれを見せたとしても説得力には欠けてしまう。ゴルドは物足りなさそうにイリックを目で追う。


「次」

「んじゃ、インビンシブルで。はい、殴っていいですよ」


 イリックの雰囲気が一変する。重圧の一種ではあるものの、人間を安心させるような圧力がイリックの体から漏れ始める。


「どれどれ……。か、硬いのう」


 本気ではないにしろ、ゴルドは鍛え抜かれた太い腕でイリックを一発殴りつける。しかし、痛がるのはゴルド自身だ。インビンシブルを使ったイリックは、あらゆる攻撃を受け付けないばかりか、鋼鉄のように硬くなる。


「じゃから、先ほどのキュアも信じられないような回復量だったんじゃな」

「ええ。私の魔力に達しているわ」


 戦闘終了後、イリックは負傷者達の傷を癒すのだが、コネクトの効果時間中ということもあり、イリックの魔力量は今のロニア以上だ。

 そのおかげで、たった一度のキュアでも一人一人を癒しきってみせる。

 その後もゴルドとロニアはコネクトについての話し合いを続ける。

 出番の無くなったイリックは、一旦その場を離れる。ロニアの説明に飽きたネッテとアジールが、広間中央の装置にちょっかいを出そうとしているからだ。遠目から見ているだけでも心配になってしまう。

 トゥルルも続き、四人は突起物がいくつも並んでいる灰色の装置と対面する。


「これ押していいー?」

「ダメに決まってるだろ。爆発したらどうするんだよ……」


 ネッテが十個以上横に並んでいるスイッチの右端を指差す。

 イリックは即座に反応する。何言ってるの、この子、という視線も向ける。


「これは?」

「ダメです」


 アジールが続く。縦に五列、横はそれ以上に並ぶスイッチの集合体を指差す。当然、イリックは却下する。

 制御用と思われる機械の上では、魔力貯蔵装置なる容器が魔力の輝きをまばゆい程に放っている。

 それを見上げながら、イリックはトゥルルに視線を向ける。


「トゥルルはこれわかったりしない?」

「データベースに該当する情報は見ツカリません。ですが、この盤面は理解できそうデス」


 トゥルルが背筋を正したまま、大量のスイッチを順に品定めする。それらにはそれぞれ文字のような、記号のようなものが書かれており、押せば何かしらの機能を果たすのだろうとイリックにも想像できる。

 どれを押したら何が起きるか、そこまでは全く理解できない。このような装置も、スイッチに書かれている文字のようなものも、初めて見るのだから当然だ。

 トゥルルも眼前の機械については情報を持ち合わせていない。与えられていない、という表現の方が正しいのかもしれない。

 それでも、スイッチ上に書かれている文字については理解できてしまうため、トゥルルはそれらから装置の操作方法を推測していく。


「少し時間をくださいデス」

「あーいよ。そういえば、奥に大精霊がいるんだっけ?」


 姿勢を一切崩さずスイッチを眺め続けるトゥルルとは対照的に、イリックは広間の奥に首を向ける。

 球体の上半分を再現している広間には、二つの通路が繋がっている。

 一つはイリック達が通ってきた、ここに至るまでの廊下。

 もう一つは土の大精霊に繋がっている道であり、その存在を裏付けるようにそこからは黄色い光がうっすらと漏れている。

 やることのないイリックは興味本位で奥を目指す。ロニア達の討論を聞いていても眠くなる。トゥルルの隣で機械を調べていても役に立てない。消去法の選択とも言える。


「あ、イリック。私も行くわ」

「わしも」


 知的要員が二人加わる。

 黄色い光で満たされている廊下を歩くこと数分、三人は広まった袋小路に辿り着く。予想通り、そこには黄色い球体が空中で静止している。

 大きさはこれまで同様四メートル程度。やはり、小さいながらも穴が開けられている。


「奴の存在が感じられなくなった途端、今度は別の人間か。倒したのか?」

「ええ、そうよ。あなた、土の大精霊よね?」

「そうだ」


 黄色い球体から発せられた太い声に動じず、ロニアはすぐに返答してみせる。

 肝が据わっておるのう、ゴルドはしんみりとロニアを眺める。

 イリックは早速腰を降ろす。


「今ならその亀裂も直せるはずよ」

「残念ながらそれは無理だ。この遺跡が阻害している」


 そう。土の大精霊はサハハ遺跡の装置によって、魔力供給源として扱われている。それを止めない限り、土の大精霊の魔力は無尽蔵に吸収され続ける。それはすなわち、サハハ遺跡の暴走を意味し、最終的にはガーウィンス連邦国の壊滅に繋がる。


「あら、そうなの。広間の装置がそうさせているのだと思うのだけど、停止のさせ方って知ってる?」

「わからない。このままではまずいぞ」

「ええ、それは私達も承知してるわ」


 ロニアの堂々とした態度に、ゴルドは内心では驚いている。ゴルド自身もいくらか慣れてはいるが、それでもやはり普段より縮こまってしまう。

 大精霊が放つ存在感と魔力は、人をそうさせるには十分過ぎる。


「猶予は長くない」

「これをやった奴から聞いたわ。今日中になんとかしてみせるわよ」


 ロニアは踵を返す。土の大精霊からは必要な情報を引き出せないとわかったからだ。

 ゴルドも広間に戻り、袋小路には黄色い球体といつの間にか寝そべっているイリックだけが取り残される。

 沈黙を破ったのは野太い声だった。


「その服、火の大精霊の物だな」

「そうです。見るだけでわかるんですね」


 イリックが着ている真っ赤なコートは、火の大精霊からもらった生地で作られている。今日の戦いでは、そのおかげで何度も命拾いをした。


「魔法まで授かっているのか」

「風の大精霊からもらいました。テレポートです」

「ほう、人間には便利な魔法なのだろうな」


 この広大なトリストン大陸を一瞬で移動できるのだから、テレポートは便利という次元を越えている。その場から動かない大精霊には有り難味を理解しきれないが、それでも小さく驚く。

 再び沈黙が訪れる。

 寝たいイリックと、言葉数の少ない土の大精霊。当然の結果だ。

 イリックが寝付きかけた頃、決して悪気があるわけではないのだが、土の大精霊がイリックの眠りを妨げる。


「おまえは遺跡の停止を手伝わないのか?」

「俺には無理です。頭悪いので。それに、ロニアさん達が何とかしてくれます。いざとなったら、ここから脱出すればいいだけですし」


 イリックはこう考えている。サハハ遺跡の暴走を止められない場合、最悪自分達だけでも逃げてしまえばいい、と。テレポートがあるためそれも可能だ。もちろん、事前にガーウィンス連邦国の住民を避難させられるのならそれに越したことはないが、それが不可能な場合、その決断を実行するつもりでいる。ここで寝ている場合ではないのだが、眠いのだから仕方ない。激戦を潜り抜けた後であり、体はずっしりと重い。


「手がかりになるかどうかはわからないが、奴はこの遺跡の機能を半分しか引き出せていない」


 土の大精霊が言う奴とは、もちろんウーディである。


「半分? 魔力を溜め込むだけじゃない?」

「そうだ。この遺跡の本当の機能は、周囲の土地に魔力を送り込むことだ」


 なるほど、とイリックは立ち上がる。もっとも、それがわかったところで、やり方がわからないのだから現状を打破するだけの情報には成り得ない。


「広間の装置で、魔力を溜め込むことから送ることに変更してやればいい?」

「そういうことになる。手順は一切わからないが」


 イリックは納得する。


「伝えてきます」

「人間よ。後は頼んだぞ」


 黄色い光を背に受けて、イリックも歩き始める。

 ヒントは得られた。

 現状はサハハ遺跡の本来の使用目的がわかっただけであり、肝心の操作方法は一切不明なままだ。

 それでも、一歩を踏み出すことくらいはできそうだ。イリックはそう考え、仲間達の元に戻る。



 ◆



「魔力を放出すればいいんでしょうけど、そもそもどれを押せばいいのかしらね」

「う~む」


 古ぼけていながらも、決して壊れてはいない機械の前で、ロニアとゴルドは頭を働かせる。

 トゥルルがスイッチの意味をある程度解析してみせたが、それでもなお、状況は芳しくない。

 広間は頭上の容器から放たれるまばゆい光で照らされており、遠くから歩いてくるイリックの姿もはっきりと確認できる。


「土の大精霊から教えてもらったんですが、ここは周囲の土地に魔力を送るための場所らしいです」

「なんと!」


 イリックの発言に、誰よりもゴルドが大声をあげる。同時に、長年の謎があっさりと解決してしまう。


「つ、つまり……、スムルス平原やガーウィンスの土壌で育てた農作物がやけに早く育つ理由は、ここのせいじゃったんだな」

「そのようね」


 ゴルドがついに追い求めていた答えに辿り着く。

 ロニアも驚きを隠せない。

 ゴルドの言う通り、スムルス平原およびガーウィンス連邦国で植物を育てると、他の土地と比べて半分の期間で成長する。

 しかし、ここ最近、その速度が遅くなってしまった。本来の成長速度に戻るだけゆえ、それが正常と言えば正常なのかもしれないが、急な変化はこの大陸に生きる全ての人間に打撃を与えかねない。

 ゴルドはサハハ遺跡の調査と並行してこの件についても調べていた。

 この二つが繋がっており、そして原因が目の前にある。ゴルドは震えずにはいられない。


「ウーディのやつ、それをせき止めてまでガーウィンスを滅ぼそうとしたんか……」

「行き場を失った魔力が、従来以上の速度で溜め込まれて今に至る、と。かしこい作戦ね」

「感心しとる場合か。で、土の大精霊様は他になんと?」


 目の前の装置がどういうものか判明した。それでもなお、ガーウィンス連邦国を救うには至らない。魔力貯蔵装置には今もなお魔力が送られており、それを止めるか本来の用途に切り替えなければならない。

 ゴルドはすがるような視線をイリックに送る。


「大精霊にわかることはここまでのようです。後は俺達でどうにかしないと」

「そ、そうか……。トゥルル、今の話しで何かわかったかのう?」


 スイッチの前で佇むトゥルルに視線が集まる。


「ハイ。やっとコレラの意味と操作方法がわかりましたデス」


 トゥルルの返答が場をいっきに盛り上げる。


「じゃあ、やってちょうだい」

「かしこまりマシタデス」


 ロニアの指示を受け、トゥルルが両手の親指以外をフル動員してスイッチを順に押し始める。

 カタカタとスイッチがリズム良くテンポを刻む。一同はそれを聞きながら見守るしかない。

 ものの数分だろうか。操作を終えたトゥルルは姿勢を正し、眼前の容器を見上げる。

 だが、いくら待っても変化は訪れない。


「何も……起きんのう」


 ゴルドのつぶやきがむなしく響き渡る。


「魔力供給の手順は今ノ操作で合っているハズデス」


 しかし、そうはならない。

 トゥルルの操作が間違っているか、何かが足りていないということになる。

 ロニアとゴルドは、再び難しい討論を開始する。


「なんだろねー?」

「ねー」


 ネッテとアジールが仲良く首を傾げる。


(どうせ考えなんかいないんだろ、俺のように)


 とは言わない。なぜなら、イリック自身も考えていないのだから。

 考えたところでわかるはずがない。目の前の装置は古代人が作った機械であり、スイッチに書かれている文字も一切読めない。

 魔力の貯蔵と供給。こんな技術は今を生きる人間には到底実現できない。

 しかし、トゥルルは気づく。この装置は古代人が作った。古代人でなければ、ここから先の操作はできないのかもしれない、そう推察する。


「マスター。エムム遺跡の時を思い出してクダサイ。コレも同じかもしれませんデス」

「あぁ、なるほど……」


 トゥルルに言われてイリックは思い出す。

 サファ樹林の奥にひっそりと存在するエムム遺跡。そこも古代人が作った場所であり、最奥の広間には謎の装置が存在していた。

 イリックがテレポートを詠唱したタイミングで稼動したことをトゥルルとイリックは思い出す。

 もちろん、聞こえいていたアジールとロニアも同様だ。

 ネッテはすっかり忘れている。


「どういうことじゃ?」

「イリックのテレポートは古代人の装置を動かす鍵になるのよ。イリック」

「ガッテン」

「あ! 真似した!」


 ネッテが吠える横で、イリックはテレポートの詠唱を開始する。

 四秒、五秒、六秒……。詠唱と共に時間が進む。

 ネッテはどこかうれしそうにイリックを揺らす。


(ええい、邪魔くさい!)


 今はぐっと耐える。

 七秒、八秒、九秒……。そして変化が訪れる。

 目の前のスイッチ達が輝き始める。

 イリックは慌てて詠唱を中断する。


「そうか。テレポートは古代人が編み出した魔法じゃったな」

「ええ。魔力の波動を感知して、イリックを古代人と勘違いしてくれるようなの」

「なるほどのう」


 ゴルドはしみじみと納得する。

 ロニアは予想通りではあるが、予想通りにことが進んでくれたことに胸を撫で下ろす。


「トゥルル。これでどう?」

「モウ一度挑戦しますデス」


 トゥルルは再びスイッチ達を順に叩いていく。

 一同はトゥルルの指の動きに感心しながらじっと見守る。

 そして、操作は完了する。

 トゥルルに続き、全員が卵型の容器を注目する。眩しいため、イリックだけはさっさと目を逸らす。


「おお」

「すごいわ……」


 ゴルドとアジールの声を受けて、イリックは再び容器に視線を向ける。しかし、これと言った変化は見られず、ネッテやアジールも首を傾げている。


「魔力が流れ始めましたデス」


 トゥルルは目を輝かせながら状況を説明する。つまりは、そういうことだ。

 目では変化を確認できないが、溜まっていた魔力は容器と機械を繋ぐパイプを伝って流れ始める。


「つまり、めでたしめでたし?」

「ええ」


 イリックの問いかけにロニアが言葉少なに答える。魔力の流れを感じられるがゆえに、今はその道筋を追うことで精一杯だ。

 トゥルルは感動する。

 上手くいったことに。

 イリック達の役に立てたことに。

 ガーウィンス連邦国を救えたことに。

 そして、仲間達の笑顔に。

 ゴルド、トゥルル、ロニアの三人は、あーだこーだと難しいことを話し始める。

 ついていけないイリックは、退屈そうなネッテとアジールに土の大精霊がいることを告げる。


「行ってくるねー」


 ネッテとアジールが駆け足で去っていく。

 それを見届けたイリックはやることが無くなったため、その場で寝ることにした。出番が来たら起こされるだろうという考えのもと、あっさりと眠りについてみせる。

 やるべきことはやったのだ。そう自分に言い聞かせるまでもなく、イリックは寝息をたて始める。


 こうしてサハハ遺跡の騒動は収束する。

 ウーディの暗躍。

 膨大な魔力の観測。

 農作物の成長速度の低下。

 これらは一度に解決される。

 しかし、イリック達の活躍は明るみにはでない。

 北の地での戦いがそうであったように、今回の出来事も一部の人間だけが知ることとなる。

 事件を解決したイリック達についても、ましては事件そのものも、大衆には知らされずに幕を閉じる。

 イリック達はそんなことを嘆いたりはしない。

 自分達は冒険者として、クエストをこなしただけなのだから。

 今は名声よりも金が欲しい。

 日々を生きるにも、冒険に出発するためにも、金が必要だ。


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