第三十五章 サハハ遺跡、再び
地下に広がるその空間は誰が見ても人工物だ。床も壁も天井も、レンガのような何かを並べて作られているからだ。
灰色とも薄紫色とも判断のつかない通路に一歩足を踏み入れると、その異質さに息を飲むはめになる。灯りのようなものが見当たらないにも関わらず、ほんのりと明るいからだ。マジックランプなど使わずに、十分先まで見通せてしまう。
ここを地下洞窟とは呼べない。
整えられた道。
直角に折れる曲がり角。
今の人類では、これほどの地下空間を作ることはおそらく難しい。
その中心にデカデカと君臨する、綺麗な円柱の柱。床と天井を支えているのか、単なるオブジェなのか、今となってはわからない。
ここはサハハ遺跡。古代人が遺した用途不明の施設。
イリック達は二度目となるこの遺跡をグングンと突き進む。
モンスターの出現する場所は前回の経験からわかっている。その上、道も既に暗記済みだ。先頭を歩くイリックとゴルドの足取りも軽い。
広間の隠し扉を抜け、スケルトンを数体倒しつつ、直角な曲がり角をいくつか越えるとあっという間に到着だ。
いくつもの岩が人の形を成したモンスター、ゲシュタルトと遭遇した広間が目の前に広がる。
その奥に存在する扉のような壁の裂け目には、土の大精霊の力が関与すると思われる結界が張られている。それを突破するために、風の大精霊の魔力を借りることになった。そして、その札が四枚手元にある。
奥に進める。その考えは、二体のモンスターによって邪魔される。
床を這うように、いくつもの岩が奥から接近してくる。その光景には見覚えがあり、前回同様、浮き上がった一際大きな岩を中心に、いくつもの小さな岩が顔、腕、足を構成していく。今回の岩には苔が生えていないが、違いはせいぜいそれくらいだ。
ゲシュタルト。同じモンスターがイリック達の目の前に立ちふさがる。
この一体だけなら問題ない。時間はかかるかもしれないが、容易に倒せるだろう。しかし、今回はもう一体いる。
黒いローブをまとった黒髪の女性。一瞬だが、そう見えてしまった。しかし、広間の奥から静かに現れたそれは、女性でもなければ人間でもない。
顔に目が一つしかない。その目は人間のそれよりも数倍大きく、中心にあるため右目なのか左目なのか、それすらも判別できない。
ぼろぼろの黒いローブと、肩まで伸びるすらっとした黒髪が、肌の露出を少なくしている。身長はアジールより少し高く、トゥルルほどではない。すなわち、二メートルには達していない程度だ。
一つ目ほどではないが、口もまた普通の人間よりも一回りは大きい。人間に近い姿形をしており、顔のパーツ自体も同様であることから、大きな一つ目と大きな口が不気味さを遺憾なく発揮している。
一見すると女性に見えてしまうこの単眼なモンスターはリコ。人間ではなく、アンデッドだ。
顔さえ見なければ若い女性に見える。ゆえに、イリックとゴルドはごくりと喉を鳴らす。
ぼろぼろの黒いローブがどこか哀愁のようなものを感じさせる。丈は膝上まで、つまり泥まみれの裸足を含めて素足が丸見えだ。胸は小さくローブの布地を膨らませていないが、それでもつい眺めてしまう。顔だけは見ないようにしているが。
「ふむ。なんじゃろうな」
「なぜかそそられますね」
「バカ言ってないであなた達があれの相手しなさい」
バカ二人にロニアが釘を刺す。
女性陣はリコと戦えない。大きな単眼と少し大きな口が、ただただ怖いからだ。唯一、トゥルルだけは何とも思っていないが、ゲシュタルトの相手をしなければならないと自覚しているため、やはりリコと戦うつもりはない。
今のロニアの発言で作戦が決まる。
イリックとゴルドがリコと戦う。
残りの女性陣がゲシュタルトと戦う。
誰からも異論はなく、イリックもこの作戦に賛成だ。カッパーソードで岩の体をどうこうすることはできない。ゴルドもゲシュタルトとは戦いにくいと考えている。
ひたひたと歩み寄ってきたリコが、右手を振り下ろす。その動きによって生み出された小さな炎の塊が、拡散しながらイリック達に迫る。
戦闘開始だ。
全員が一斉に走り始める。
モンスターは二体並んでいる。ゆえに、まずは離さなければならない。この広間は戦場としては十分広いため、それも可能だ。
イリックとゴルドがリコ目掛けて走る。
ネッテとアジールがゲシュタルトに急接近する。
「ウォーシャウト」
アジールから放たれた重苦しいプレッシャーが岩を包み込む。
アジールの考えを察し、イリックはその場でリコに斬りかかる。しかし、その斬撃はリコの目の前に出現した炎の壁によって邪魔される。突然足元から出現した炎の壁は、ゆらゆらと真っ赤に燃えながら、それ以上の接近と困難とさせる。
それならばとカッパーソードを赤い壁に振り下ろしてみるも、妙な粘り気のせいで振り下ろすことさえ困難だ。
炎の壁がリコの正面に展開されただけであり、横と後ろまではカバーしきれていない。ゴルドはそれを見逃さない。
「グレイスウォール」
ゴルドが強化魔法を唱えつつも攻撃に移行する。
グレイスウォールは受けるダメージを一度だけ肩代わりしてくれる強化魔法であり、習得できる者はかなり少ないと言われている。そう、この魔法も希少魔法の一つだ。
ダークインゴット製の黒い両手斧を握り締めたまま、ゴルドはリコの背後にまわる。
「もらったぞい」
シュバルツアクストを振りぬく直前だった。しわしわな顔の鼻先に、炎の壁が地面からゴオっと浮き出てくる。その熱さも去ることながら、突然の出来事にゴルドは体勢を崩しながらもその場から離脱する。
(こやつ、こちらを一切見ておらんかった……。にも関わらず抜群の反応で二枚目の壁を作りおった。どういうことじゃ?)
シュバルツアクストを握りなおし、ゴルドはリコの背後から様子をうかがう。炎の壁は二枚とも消え去っており、あちこちが破れているローブを着た女が両手をだらんと力なく垂らしながらイリックの方を見ている。
周囲にゲシュタルトやネッテ達はいない。アジールが遠くまで誘導してくれたからだ。これで心置きなく戦える。だが、慎重に戦わざるをえないと今の攻防で理解させられた。炎の壁を作り出すモンスター。うかつに飛び込むと焼けどしてしまう。
(ロニアさんをぶつけた方が良かったんじゃないか?)
イリックの推測は正しい。通常、アンデッドの弱点は火の場合が多い。しかし、リコはアンデッドでありながら火属性のモンスターだ。火の弱点は水であり、水魔法のロニアが相手としては最適と言える。
しかし、ゲシュタルトの討伐にはロニアの高い攻撃力が必要であり、イリックやゴルドが代わりを務めることはできない。何より、この見た目を心底嫌がっており、結局はイリックとゴルドがなんとかしなければならない相手と言える。
「イリック! 同時に行くぞい!」
「ガッテン!」
ゴルドが黒い両手斧をズイッと構え、腰を落とす。
イリックも茶色い片手剣の刃先を単眼のモンスターに向けて、準備する。
ゴルドが動き始めると同時に、イリックも駆ける。移動速度はイリックの方が圧倒的に上だ。ゆえにイリックがその動きに合わせる。
ゴルドが背後からシュバルツアクストを振り下ろすタイミングを見計らって、イリックもカッパーソードを叩き込もうとする。
ゴルドの考えは水泡と帰す。炎の壁は同時に出現しないと予想した。だが、リコの正面と背後、すなわち、イリックとゴルドの眼前に轟々と燃える火の壁が立ちはだかる。
「ぬおお!」
ゴルドは構わずつっこむ。グレイスウォールの効果により、一度だけはダメージを受けずに済む。そのことを言い訳に、炎を体当たりで突破することにした。
次の瞬間、ゴルドは早計だったと後悔させられる。
火の壁でありながら、決して切れない蜘蛛の巣に飛び込んでしまったように、体の動きが制限されてしまう。前へ進もうとしても、粘性の高い炎が邪魔をして少しずつしか進めない。
一方、イリックは正面の壁を避けるようにリコの左側面に移動する。その動きは速く、大きな単眼であろうと追うことはできない。
イリックからすれば、目の前のモンスターは隙だらけだ。こちらに気づいていない。前の壁しか見ていない。両腕もやる気なくだらんと垂れ下がっている。
このまま斬り殺せる。イリックはそう確信し、先ほどとは異なり、壁の出現を計算に入れず距離を詰める。
一歩。右足を大きく前へ。
二歩。左足を素早く前へ。
三歩。それと同時に、ゆらゆらと燃える壁が出現する。
止まることも避けることもできない。イリックの上半身は炎の壁にめり込んでしまう。
「そんなー」
情けない声が出てしまったが仕方ない。今のタイミングは抜群だと自画自賛だった。にも関わらず結果はご覧の有様。
すなわち、目の前のモンスターは近接攻撃に対して絶対の防御を誇るということになる。愚痴の一つも漏れてしまう。
唯一の救いは耐えられることだろうか。
(なんで熱くないんだろう?)
イリックの疑問は炎のように赤い防具が視界に入ることで霧散する。火と氷の攻撃に高い耐性を誇るらしいこのピーコートは、どうやら伊達ではないらしい。
イリックの声に反応して、大きな単眼がギロリと声の方に向く。
炎の壁に体をからめられているイリックと佇むリコの視線がぶつかる。
リコのすらっと伸びる左手がイリックに向けられる。フレイムが次の瞬間にも発射される。誰の目から見ても明らかだ。
ゆえに、老人は老体に鞭を打つ。
「仕方ないのう」
ゴルドがシュバルツアクストをギュッと握りなおす。
状況は二対一。すなわち、数の上では優勢だ。
◆
イリック達から離れた場所。つまり、もう一つの戦場ではゲシュタルトとの激しい攻防が繰り広げられている。
このモンスターとはつい先日戦ったばかりだ。勝手は理解している。イリックという主戦力が欠けてはいるものの、トゥルルとネッテがそれを補って戦闘を有利に運ぶ。
トゥルルの拳には、相手を切り裂く疾風が局所的に発生している。コールオブストームだ。岩の体を殴れば、打撃効果に風属性のダメージが上乗せされる。
ネッテは金の装飾が施されている短剣エイビスで奮闘する。もう一本のビーニードルでは歯が立たないことを理解してのことだ。
二人は果敢に近接戦をしかける。しかし、攻撃の本命はロニアの水槍、ゲイルロドだ。
水柱を介さず直接創造されるそれは、命中精度と戦闘のテンポを重視し、一本ずつ発射される。
ゲイルロドの生成途中は近接攻撃の出番であり、トゥルルとネッテがゲシュタルトを中心としてそれぞれ反対側に陣取り、素早く攻撃を浴びせてはすぐに離れる。
水槍が両腕、両足の岩を粉砕する。
トゥルルが打撃で胴体を少しずつ削る。
ネッテが胴体にわずかな切れ込みを次々と作る。
ロニアのゲイルロドが最も効果的にダメージを負わせていく。したがって、ゲシュタルトはロニアを狙おうとする。しかし、それは叶わない。
「ウォーシャウト」
アジールがそれを阻止するからだ。
順調にダメージを与えられている。それは全員が実感できている。しかし、アジール達も無傷ではない。
攻撃魔法グラニートと、腕を構成する小さな岩の発射。
それらがアジールやロニアにじわりじわりと生傷を作っていく。だからと言ってそのことに怯んでいる暇はない。やられる前にやるしかないからだ。
本来、モンスターとの戦いはそういうものであり、回復魔法があろうとそのことに変わりはない。
後衛回復役のマジックポイントが無くなる前に倒す。
盾役がやられる前に倒す。
誰かがやられる前に倒す。
モンスターとの戦いはつまりはそういうことだ。
今回はイリックがいない。ゆえに、回復魔法は期待できない。乏しいキュアゆえ、過度な期待もしていない。
アジールの足元から、凝り固まった土が出現する。それは白い鎧を強打し、長身を後方に吹き飛ばす。
片手剣が右手から離れてしまったが、逆三角形の盾は左手に持ち続けている。慌てる必要はない。
アジールはゲシュタルトを見据えながら体を起こす。
視線の先では、ゲイルロドの着弾に続けと言わんばかりに、ネッテの連撃とトゥルルの乱撃が体を成す大きな岩を削ぎ落としている。
前兆のないゲシュタルトの反撃に全員が反応する。だからと言って避けられるわけではない。
巨大な体がグルンと回転を始める。それに少し遅れて、両腕の岩達もいっきに加速して胴体の周囲を周り始める。
両腕を構成する小さな岩達が猛スピードで回転しながら体から離れ、周囲の邪魔者を掃討するように蹴散らしていく。
ネッテは最も大きな岩がグルンと一回転したタイミングでその場から離れてみせる。まるでイリックのアサシンステップを彷彿させるようなその速さは、ゲシュタルトの射程外まであっさりと避難することを成功させる。
ロニアは元々離れていたため、慌てながらも脱出に成功する。
問題はトゥルルとアジールだ。
懐に飛び込んで殴りかかっていたトゥルルは、回転を始めた小さな岩達に次々と打たれてしまい、やがて吹き飛ばされる。
アジールは持っていた盾で体を守るが、その威力には耐え切れず、盾共々押し飛ばされる。
ゲシュタルトの体は回転を止め、両腕を構成する岩達も地面を転がりながらその中心に戻っていく。
ウォーシャウトの支配下になければ、狙いは水槍を発射するロニアとなる。
アジールはウォーシャウトをまだ使えない。使えたとしても、今は立ち上がることもままならない。
ネッテが攻撃をしかけたところで、短剣ではたいしたダメージを与えられない。
ゲシュタルトはロニアに狙いを定める。グラニートで遠距離攻撃をしかけるつもりだ。
しかし、機械の体がギシギシと悲鳴をあげながらも立ち上がる。拳には小さな突風が吹き荒れている。整った顔や細い腕の装甲は部分的に禿げ上がっているが、眼光は死んでいない。ターゲットを捉えたまま、鋭く光る。
このモンスターは自分達で倒さなければならない。そんな使命感がトゥルルを突き動かす。
視線の先には背中を意味する隙だらけな岩。ロニアを狙っているため、がら空きなのは当然だ。
少し視線をずらすとイリックとゴルドが視界に入る。炎の壁に阻まれており、その中心には黒いローブのモンスターが不気味に立っている。
加勢は得られない。どちらかと言えば助けに行かねばならない。ゆえに、トゥルルは腕からギギギと異音が鳴ろうと、構わずグッと拳を握る。
そして、二人は眼前のモンスターを倒すため、必殺の魔法を同時に詠唱する。
「ストレングスフィー」
一人はトゥルル。一瞬だが、赤い光が二メートルの長身を包み込む。
もう一人はゴルド。やはり一瞬だけ、赤い光に包まれる。
魔法の発動には、それに応じたマジックポイントを必要とする。
キュアや下位の攻撃魔法は、比較的少ない消費量で済む。
上位の攻撃魔法を筆頭に、一部の魔法はそれらとは比較にならないほどのマジックポイントを必要とする。
ストレングスフィー。強化魔法の一つ。効果は三十秒間、詠唱者の筋力をグンと上昇させる。この魔法は非常に膨大なマジックポイントを消費する。何より詠唱者自身の腕力を上昇させるという効果から、あまり使用されることはない。
しかし、ゴルドもトゥルルも魔法を扱う者でありながら近接戦闘のスタイルをとっており、その恩恵に預かれる。使用をためらう理由があるとすれば、その消費量くらいだろう。
トゥルルは問題ないのだが、ゴルドはウーディの件以降、マジックポイントが半分に減少している。この魔法をそう何度も使うことができない。
だが、この状況で使わない理由もない。
黒い長髪の、これまた黒いローブをまとった女性のようなモンスターが、イリックだけに注視している。
自身は炎でありながら信じられないほど体を拘束する壁に埋もれたままだが、今ならこれを突破することができる。
ストレングスフィーによって高められた身体能力が、体にまとわりつく強靭な蜘蛛の巣のような壁を越えさせる。
もはやゴルドに立ちはだかる障害物は存在しない。強いてあげるなら、眼前のモンスターくらいだ。
その事実に驚くこともできず、リコの体は漆黒の両手斧によって一刀両断される。
「どんなもんじゃ」
「最高」
ニヤリとゴルドが笑い、イリックは素直に称える。
トゥルルも高まった身体能力を活かし、もはや打撃とは呼べない破壊行為をゲシュタルトの背中に打ち込んでいく。一発一発がもはや必殺だ。巨大なハンマーで打ちつけるように、岩が砕けていく。
トゥルルがこの魔法を渋る理由は一つ。自身にもそれ応答の負担がかかるからだ。
岩をあっさりと削る打撃の反動に、拳や腕が耐えられない。既に、二つの拳はグチャグチャに潰れている。腕も装甲はおろか中身さえ砕けてしまいそう。
先に倒れたのはトゥルルではない。岩が連なって人の形を作っているゲシュタルトだ。
背後から削られた結果、その岩はついにいくつもの欠片に砕けてしまう。腕や足を構成する小さな岩の損傷は問題にならないこのモンスターも、胴体を破壊されては成す術ない。
体だった岩がバラバラになったことで、それにくっついていた岩達もガラガラと床に落下していく。
「やるじゃない」
「さすがー」
ロニアとネッテが感心する。トゥルルの姿は痛々しいが、それでも勝ちは勝ちだ。
「マスター達に先を越されてしまいましたデス」
トゥルルの言う通り、先に倒されたのは単眼のモンスターだ。ゲシュタルトはワンテンポ遅れてただの岩と化した。誰も競っていたわけではないため、悔しがる必要もないのだが、トゥルルはうれしそうに残念がる。
「やれやれ……。そう時間はかからんかったが、皆ぼろぼろじゃのう」
ゴルドが言うように、こちらの損害は決して少なくない。ほぼ無傷なのはイリックとネッテくらい。イリックは新装備であるブレイブマーシャラーの性能に助けられただけとも言えるが、軽傷には違いない。
アジールは左腕が折れており、ロニアは数度のグラニートにより打撲や擦り傷だらけだ。
ゴルドはあちこちを焼けどしており、トゥルルに至っては顔や体も去ることながら、両腕は原型を留めていない。
トゥルルは自己回復で、それ以外はイリックのキュアで順次治療を受ける。
真っ先に回復を済ませたゴルドは、せっせと広間の奥へ向かう。
石壁に二本の亀裂が縦に走っており、まるで扉のようにも見えるが、結界が張られており先に進めない。
ゴルドは四枚の札を結界の四隅に貼り付ける。風の大精霊の魔力が籠められており、土の結界を打ち破ってくれる算段だ。
「大丈夫そう?」
「まぁ、見ておれ」
歩み寄ってきたロニアには目もくれず、ゴルドは作業を進める。
貼り付けた札に書かれている記号のような文字がぼんやりと緑色の光を放ち始める。それは力となって結界を侵食し、やがて皿が割れたような甲高い音を周囲に撒き散らす。
「成功じゃ」
ゴルドはほっと息を吐く。札がそれだけ強力だったからこそだが、あっさりと土の結界が破れたことに尻をついて小さく喜ぶ。
そんなゴルド達と少し離れた場所で、イリックはせっせとアジールの傷を治す。魔力が貧弱なため、一度や二度のキュアでは全く足りない。それなら連続して詠唱すればいいだけなのだが、マジックポイントも少ないため、こういった状況ではいつもハラハラしてしまう。
「あれ、女の人はー?」
さらに少し離れた場所からネッテの声が聞こえる。黒髪かつ黒いローブのモンスターが見当たらない。正確には、その死体がどこにも転がっていない。それを探していたネッテは、不思議そうに大きな声を出す。
「あぁ、少ししたら燃えてなくなったよ」
アンデッドの多くには共通点が存在する。討伐後、死体が消えてなくなる。
骨のモンスター、スケルトンの場合、体を構成する骨がバラバラになり、比較的短時間で白い粉となる。
今回の場合、火属性ということが関係しているのか、死体はひとりでに発火し、その肉体はローブも含めて塵と化す。
「な~んだ」
どこか残念そうに、ネッテはゲシュタルトの残骸を漁り始める。前回の経験から、何かしらの戦利品がないか期待する。
「これで大丈夫そうですか?」
「うん。ありがとう」
イリックが額の汗をぬぐう。
アジールは左腕をグルグルと回る。キュアのおかげで傷はすっかり完治した。
イリックはついにマジックポイントが空になってしまったため、全力疾走後のような脱力に襲われてしまう。休憩も兼ねて、マジックポーションを味わうように飲み始める。リンゴ味ゆえ、なかなか美味だ。
「何かあったよー」
ネッテが戦利品を見つける。胴体の役割を果たしていた一際大きな岩の欠片から、赤く透き通った宝石を発見する。大きさは米粒程度だが、キラリと赤く輝くため存在感は抜群だ。
「サードニクスかな?」
「わかんないね~」
アジールとネッテが首を傾げる。二人共女性だが、こういうことには疎い。イリックとしてはそんなところも好感触だが、わざわざそのことに触れたりはしない。
「とりあえず硬そうだな」
イリックの抱ける感想はこの程度だ。誰よりも宝石の類に興味はなく、こんなものよりも釣竿やルアーの方が宝物に見えてしまう。
それでもふと思ってしまう。これの価値はわからないが、売ればいくらか金になるのではないか、と。そうすれば、釣竿の一本や二本買えるような気さえする。
現在使っている釣竿はファイナルモード流の中硬四百。同系でも構わないため、中硬四百五十が欲しいと前から思っていた。理想を言えば長さを変えられるツーウェイ式が理想なのだが、そんなわがままを言うつもりはない。
ネッテは赤い宝石を持ってロニアとゴルドに歩み寄る。本能でその二人しかわからないだろうと察したからだ。
「ガーネットかしら?」
「わからん」
ロニアもゴルドも首を傾げる。もっとも、ネッテやアジールよりは知識を持っており、それでもなおわからないということは、未知の鉱石である可能性が高い。
「これはあれじゃな。デフィアークの錬金術ギルドあたりに持っていくと調べてくれるかもしれんのう」
ゴルドのアドバイスにネッテは匙を投げる。そして、ロニアに赤い石を手渡し、とことことその場から立ち去る。
火の図書館でも調べることは可能だろうが、錬金術ギルドでも同様のことが可能であり、その上有効活用するための手段も同時に調べ上げてくれるだろうとゴルドは考える。
仕方ないわね、とロニアはそれをマジックバッグにしまう。この件が終わったらデフィアーク共和国に寄ろう。そう頭の片隅に刻み、ゴルド共々、結界の様子をうかがう。
隠し扉のような壁の裂け目がゴゴゴと音をたてて下がっていき、新たな廊下への道が出現する。広間からそこを覗く限り、今までのような廊下がたんたんと続いているだけのように見える。少なくとも、モンスターの姿は確認できない。
「異常な魔力はこの奥からじゃのう」
「ええ。大精霊も同じ方向にいそうね」
ゴルドとロニアの両名は、魔力感知に優れている。地上からでも観測できてしまう膨大な魔力の発生方向と、土の大精霊が存在する場所をぼんやりとだが感じ取ることができる。ノイズとなっていた結界が消滅したことで、その精度は一層高まる。
「もしかして、同じ場所なんじゃろうか?」
「そこまではわからないわ。でも、二種類の魔力を奥から感じるわね」
二人は通路の奥を眺めながら推測を並べる。
二種類の魔力。ひたすらに膨大ではあるが単なる魔力の塊と、大精霊特有の威圧感を伴う魔力。
それぞれの発生場所まではわからないが、方向までなら絞り込める。
「しかしあれじゃな。先ほどの戦いで、わしはいくらかマジックポイントを消耗してもうたわい。お主はどうなんじゃ?」
「問題ないわ。同じようなのが現れたとしても、五体以上は倒せるでしょうね」
「効率の良い魔法なんじゃのう」
ゴルドはリコとの戦いでストレングスフィーを使用してしまった。たった一回でマジックポイントをかなり消耗するこの魔法は、ゴルドにとって大きな負担と言える。そのおかげで勝利をもぎ取れたのだが、この後の戦いに備えてこれ以上の使用は避けたいのが本音だ。
それに対し、ロニアは涼しい顔でマジックポイントの多さと魔法の優秀さを誇る。
これから先、ウーディに出会うまでにいくつもの戦いが待っているのだとしたら、マジックポイントの消耗を最低限に抑えながら戦わなければならないかもしれない。二人はそう考える。
しかし、ここに来てうれしい誤算が発生する。
土の大精霊に近づいたため、トゥルルのマジックポイントが無尽蔵になった。大精霊から放たれる魔力を吸収し、自身のエネルギーに変換できるからだ。
このことから、トゥルルは自己回復を終え、活動を再開している。ゲシュタルトだった岩達を次々に調べて、別の戦利品を一生懸命物色している。
イリックがマジックポーションを飲み終えたタイミングで、一時の休憩は終わりを告げる。
六人は前進を開始する。進むべき道はわかっている。結界の奥に隠されていた廊下で間違いない。二つの魔力がそうだと雄弁に語っている。
マジックランプを必要としない不思議な道を歩く。足元はレンガのような灰色の何かが綺麗に敷き詰められており、ちょっとしたでっぱりすら存在しない。左右の壁や天井もそれは同じだ。通路の高さは人三人分程度。左右の壁はそれよりもさらに離れている。奥が見えないほど先は長く続いており、今は直進すればいい。
暇だから、というわけでもないが、ゴルドが話題を提供する。
「お主、わしがいなかったらあのモンスターにやられておったんじゃないか」
「な、何をおっしゃる」
半笑いなゴルドに対して、イリックは強がってみせる。
「あの気持ち悪いモンスター、強かったんだ」
「厄介な相手じゃったのう」
ロニアはゲシュタルトに集中していたため、単眼の女モンスター、リコとの戦闘には一切視線を向けていない。新たな魔法ゲイルロドは、従来の工程よりも集中力を必要とするため、それどころではない。
「ロニアさんに攻撃してもらえれば普通に倒せたでしょうし、いざとなったら切り札を使って瞬殺します」
「ほう、言いよるわい」
リコは火を扱うモンスターだ。ゆえに、水攻撃が有効であり、ロニアが戦いに参加すれば一方的に倒せるとイリックは踏んでいる。そうでなくても切り札、つまりコネクトを使えば火の壁を出現させずに切り伏せられる自信がある。ゴルドにはまだコネクトを明かしていないため、このような言い回しになってしまう。
イリックはコネクトの使用をかなり渋っている。先ほどでの戦いにおいても、本来ならば使うべきだったのだが、ギリギリまで出し惜しみをした。
なぜか? それは、イリックの性格に起因する。
イリックは自分のことに関してはケチだ。あらゆるものをもったいたいと思ってしまう。刃が欠けた片手剣はまだ使えると自分に言い聞かせ、最終的には折れるまで振り続ける。ボロボロの釣竿に関してもそうだ。金が無い、という理由もあるのだが。
なにより、わずかながらに心配性でもあったりする。
コネクトは攻撃にも防御にも使える万能の魔法だ。リコとの戦いにおいても、開幕に使っていれば相手の能力など関係なしに一瞬で倒すことができた。しかし、防御面の有効性がイリックにそれをさせない。
仲間のどんな危機であろうと、コネクトは救ってみせる。それも当然だ。三秒間、時が止まるのだから。死んでさえいなければどうとでもなってしまう。
その上、その後はアサシンステップやインビンシブルで縦横無尽に立ち振る舞える。三秒が過ぎ去った後こそ本領発揮だ。
だからこそイリックはコネクトを使えない。もったいないからだ。このような万能の魔法、そう易々と使いたくない。
なぜもったいないと考えてしまうのか? それは、コネクトの長すぎる再使用時間が関係している。
当初は四十五分も時間が必要だったコネクトのインターバルは、今は十五分まで短縮している。しかし、それでも十五分を必要とする。この時間がイリックにもったいないと思わせてしまう。
コネクトは万能だ。ゆえに、些細なことで使いたくない。
イリックはコネクトを使った後のことを異常なまでに心配している。
十五分。決して長くはないが、何かが起きてもおかしくはない時間。
先ほどの戦闘を例に出すと、二体のモンスターが姿を現したタイミングで使っていれば、早々にリコを倒すことはできた。しかし、それはできない。なぜなら、その後の十五分間で何が起きるか読めないからだ。
岩のモンスターの攻撃で、誰かがやられそうになるかもしれない。
新たなモンスターの出現で、危機的状況に陥るかもしれない。
そう勘ぐってしまう。したがって、イリックはコネクトを使えないその十五分間が心配で仕方なく、その結果、使用をためらってしまう。
イリックがコネクトを使う状況は二つ。
一つ、誰かが殺されそうな危機的状況。
二つ、使用後のインターバル中が絶対に安全だと言い切れる状況。
このどちらかでなければ、コネクトは絶対に使えない。
その後の時間が怖いから。
心配だから。
もったいないから。
これらが絡み合い、イリックは易々とはコネクトを使わない。使えない。
「まぁ、けっこうピンチでしたけどね!」
アッハッハ、イリックは笑い飛ばす。炎の壁に埋もれて身動きが取れなくなった。単眼のモンスターはギロリと殺意と共に攻撃態勢へ移行していた。ゴルドが倒してくれなかったら、負傷待ったなしの局面だ。
実はほんのりとコネクトの使用を考えた。まだ大丈夫だろう、と根拠の無い仮説をたてて却下したが、全然大丈夫ではなかった。イリックの乾いた笑い声が、どこまでも続く地下通路で反響する。
「さっさとその切り札とやらを使いなさいよ」
「え~」
ロニアの至極まっとうなつっこみに、イリックは嫌だと表情で訴える。もったいない、もったいないのだ。
ネッテやアジールもロニアに賛同してイリックを煽り始める。使えコールが遺跡で合唱される。
「断る」
「お主ら、本当に楽しそうじゃのう」
ずばっと言い切るイリックの後ろで、ゴルドは呆れながらも感動する。ここは敵陣のど真ん中であり、いつ襲われてもおかしくはない。周囲からはモンスターの気配は感じられないが、いないはずがないのだ。
「マスターは標準的な武器ヲ所持すれば問題アリマセンデス」
「そうだそうだー。トゥルル、もっと言えー」
褒められていると解釈し、イリックはトゥルルの加勢を歓迎する。
まともな防具を入手できたが、武器は相変わらず最弱の片手剣カッパーソードだ。そろそろ短剣くらいは補充すべきなのだが、すっかりそのことを忘れてここまで来てしまった。一旦テレポートで戻り武器屋に駆け込んでもいいのだが、マジックポーションで腹がタプタプになるため、それは避けたい。
「リーダーなんじゃから、まともな武器を持ていと前から言うておろう。おっぱいちゃん、きちんと指導せんか」
「なんで私に言うのよ。ネッテちゃんの服買うために、自分の武器を躊躇なく売り飛ばすシスコンよ。ちょっとやそっと言ったからって聞く耳持たないわ」
イリックはゴルドとロニアのやり取りに耳を傾ける。
ネッテが装備している黒い全身タイツもどきを買うために全財産プラス自分の装備をつぎ込んだが、それはネッテの戦力アップのためであり、ひいてはパーティの戦力アップに繋がる。イリックの戦力はありえないほど急降下したが、そのことには触れない。
「ムーンハーネスとやらか。確かにええ装備じゃのう。ガーウィンスもその素材の開発に一枚噛んでるはずじゃぞい。コドウンのとこじゃったか」
ネッテが装備している防具は開発されたばかりの新商品だ。伸縮性に優れたその黒い生地は、高い打たれ強さと高い魔法防御を実現している。
魔法への耐性部分にコドウンが館長を務める雷の図書館が関わっている。イリックの新装備、赤いピーコートのブレイズマーシャラーを作成したことからも、雷の図書館が布やそれに近い材質に関して高い技術を持ち合わせていることがうかがえる。
「しかしあれじゃな。ネッテちゃんはもう少し肉をつけた方がええ。イリックもそう思うじゃろ?」
「ええ。ロニアさんくらいが理想ですね」
「お、わかっとるのう!」
ゴルドがネッテの体を品定めするように眺める。
黒色の柔らかい生地は上半身と下半身で分離している。上半身の生地は首元から腹近くまでを覆っており、腕方向へは肘近くまで伸びている。胸の周辺には黒い皮が巻きついており、防御性能を高めると共に、胸の膨らみ具合がわかりづらくなっている。
下半身はまさにスパッツだ。色も黒く、膝の上で途切れている。尻を筆頭に、下半身のラインは丸分かりだ。
もう一つ、足首から膝下までをカバーするハイソックスも付属しているため、ムーンハーネスという装備によって、ネッテの体はある程度覆われている。
露出している部位は、首から上、両腕の膝から先、腹周りが少し、そして両足の膝くらいと言える。
このパーティの切り込み隊長がかなり打たれ強くなったため、スチールソードとスチールバゼラードを売り飛ばした見返りはあるのかもしれない。
そんなネッテの姿を男二人は眺める。肉が足りていない。痩せているわけではないが、まるで子供のような体つきだ。
「あなた達、よくもまぁ本人を前にそんなことを言えるわね。これだから男は……」
「え!? 褒めたのに!」
「これだから女はわからん」
ロニアを理想と称えたにも関わらず、そのロニアに呆れられてしまう。
イリックとゴルドは不条理さに呆然としながらも、男と女はわかりあえないと痛感する。
「ご飯もっと食べたらロニアさんみたいなナイスバディになれるかな?」
「ネッテは今のままでいい」
「えっ!?」
夢見る乙女はアジールの発言が原因で混乱する。
「ネッテの場合、冒険者でいる間はロニアさんよりもアジールさんを目指した方がいいかもな。筋肉つけろ、筋肉。あ、もしくは、マリィさんでもいいぞ」
イリックは背の高い女性が好みだ。同時に、やせ細った体格はどちらかと言えば嫌いだ。ぽっちゃりしてても構わないが、筋肉を伴った膨らみ具合が最高だと考えている。そういう意味ではアジールを理想の一人と言えるのかもしれない。一方で、胸に関してはロニアが勝る。
そして、アジールとロニアの良いとこどりなのが、両手斧を豪快に扱いながらも、男らしさと女らしさを共存させているロニア以上の爆乳冒険者マリィだ。現時点でイリックの本命だ。恋路が成就するとは思っていないが。
マリィを思い出しニヤニヤと気持ち悪い顔をしている兄に、ネッテは背後から抱きつく。そのまま首に腕をまわし、ぎゅっと力をこめる。
「兄上? 浮気は許さないよ?」
「し、してなウグッ」
声が出ない。反論も弁明もできず、イリックはゆっくりと死を受け入れる。
「本当に仲ええのう」
ホッホッホとゴルドが笑い飛ばす。
やはり死いたくないため、イリックは反撃を開始する。
「ネッテちゃんを怒らせたらこうなるっていい加減学習しなさいよ。太刀打ちできないんだから」
「ほう? イリックよりネッテちゃんの方が強いんか」
呆れるロニアの発言に、ゴルドは小さく驚く。このパーティで最も強いのはイリックだと考えていた。他の三人、トゥルルを含めれば四人の実力を正確に把握できておらず、思い込みの部分はあるがそう分析していた。
ゴルドはイリック達の戦闘にそれほど多く参加してきたわけではない。
前回と今回のサハハ遺跡探検。
イリックしかいなかったがルークス洞窟の封印。
この内、イリック達の実力を推し量れた機会は、一度目のゲシュタルト戦くらいだ。この戦闘では、イリックがロニアを抱きかかえて勝利に大きく貢献した。それだけでは不十分ながらも、やはり強いのだろうと察することができた。
しかし、ロニアの今の発言がそれを否定する。イリックよりネッテの方が強い。もちろん、これは半分冗談だ。
ロニアもまた、自分達の中ではイリックが最強だと思っている。だが、どういうわけか、兄妹喧嘩の際は妹に勝てない。これは紛れもない事実であり、そもそもイリックの勝利で決着がついたことなど一度もない。一度くらいはあるかもしれないが、記憶にない。
ちなみに、イリックはネッテと喧嘩をする際は、普通に本気を出している。今もネッテのスリーパーホールドを本気で剥がそうとしている。しかし、できない。本気のネッテに腕力で勝てないからだ。
(し、死ぬ……、誰か早く助けて……。アジール様、トゥルル様……)
ぶち切れたネッテが追いかけて来る場合も、イリックは本気で走る。コネクトやアサシンステップすら使って逃げる。しかし、最終的には、というか案外あっさりと捕まってお仕置きされる。
そう、ネッテはかなり強い。身体能力だけなら並の冒険者を圧倒する。だからと言って、モンスター相手に一騎当千の活躍ができるかというとそうではない。
ネッテは本能と才能だけで戦う。経験と知識が圧倒的に不足しているからだ。少し前までは装備にも恵まれていなかった。今では、恐ろしい切れ味を誇るエイビスと、マジックバッグよりも高価なムーンハーネスを装備している。そういう意味では、実力を発揮できる環境が整ってきたと言えるかもしれない。
経験と知識が追いつき、さらに戦技を習得さえすれば、ネッテはどんなモンスターであろうと倒してしまう。それだけの才能を持った女の子だ。今は高い身体能力を活かして兄の首を絞めている。
(あ、天国の父さんと母さん、久しぶり。俺? ネッテに殺されちゃった)
親子は感動の再会を果たす。実に七年振りだ。
「一番強いのはイリック。ネッテはその次?」
アジールが自論を述べる。ロニアも同意権だ。この考えは、コネクト無しでも揺るがない。
「なんじゃ? どっちなんじゃ?」
「そうね~……。ネッテちゃん、そろそろ許してあげなさい。お兄ちゃんが泡吹いて白目むいてるわよ」
「あ、ほんとだ」
「あ、ほんとだ、じゃない! 魂が一瞬だけ天国に行っちまっただろうが!」
久しぶりに父と母に会えたからといって、素直に喜ぶことはできない。なぜなら死にかけたからだ。
開放されたイリックは、ゴホゴホと呼吸を再開する。キュアを使いたくなったが、こんなくだらないことにマジックポイントを消費するのもどうかと思い、自粛する。
「イリックはどう思う?」
「え? ネッテを一発ぶん殴りたい」
「そうじゃなくて、誰が一番強いのかって話よ。イリックでしょうけど」
ロニアの問いかけにイリックはきょとんとしながらも本心をぶちまける。今回だけはネッテを殴りたい。避けられる上にカウンターをおみまいされるため実行には移らない。
(こんな話題、前もしなかったっけ?)
イリックがそう思うように、実はロニア達もこの話題が二度目なことを承知している。しかし、状況はいくらか進展したのだから、無意味ではないだろうと話題に乗っかる。何より、ただただ真っ直ぐな通路に飽きてきたことも関係している。
イリック達はいくらか変化した。
イリックはついに街着を脱却する。火の大精霊からもたらされた真紅の生地で作られたピーコート、ブレイズマーシャラーにより、防御面が飛躍的に向上したと言える。もっとも、武器はカッパーソード一本となかなかに悲惨どころか冒険者未満に落ちぶれてしまったが、プラスマイナスで言えばプラスかもしれない。やはりマイナスかもしれない。
ネッテも安い皮装備から高級品に着替えた。武器も立派な短剣二本と申し分ない。
アジールは魔眼を進化させた。装備面ではそう大差ない。
ロニアは銀の腕輪マハトマリングにより、魔法の威力がわずかながらに向上する。その上、水の柱を経由せずに槍を作り出せるようになったことから、今後は移動狩りにも対応可能だ。
四人はそれぞれの形で成長している。一人だけ退化しているが、そのことには誰も触れない。
「結局一番は誰なんじゃ?」
「ネッテじゃないの?」
「お兄ちゃん」
「イリック」
「イリック」
「マスターデス」
多数決により、イリックと決まる。
しかし、ここからイリックの反撃が始まる。
「そもそも、強いというのは何を指すんですか?」
(あ、面倒なこと言い出しそうだわ)
イリックが議論を進めるための議論を開始する。
ロニアはその前振りに嫌な気がしたが、とりあえず付き合うことにする。話題を振ったのは自分だと自覚しているからだ。
イリックが言いたいことは、とどのつまり、強さの定義決めが必要だということだ。身体能力的な、言い換えれば戦闘における強さだとは理解している。
しかし、モンスターと戦った時の強さなのか、人間相手のシミュレーションなのか、その部分から考えなければならないと主張する。
モンスター相手の場合、そのモンスターとの相性で強弱は上下する。例えば、空を飛んでる相手なら、接近戦主体の自分達は苦戦を強いられるが、ロニアには関係ない。先ほどのような火を操り、壁さえも自動的に作り出すリコが相手の場合、やはりロニアだけがまともに戦える。
モンスターを相手とした場合、誰が一番強いかを議論するのなら、その相手をきちんと決めなければ話は進まないと主張する。
「めんどくさいやつじゃのう」
「時々、こうなのよ。冒険者って変なところで意固地になるわよね」
「お主も冒険者じゃろうが」
ゴルドとロニアが途方に暮れる。イリックが熱くなればなるほど冷めてしまう。
それでもイリックは止まらない。
人間対人間で強さを決めるのなら、今度は戦場を明確に決めなければならないと主張する。
例えばイリックとロニアが戦う場合、互いの距離は何メートルなのか。
向き合って開始するのか、相手を探すところから始まるのか。
武器は自前なのか、支給されるのか。
一撃を当てれば勝ちなのか、殺す殺さないの話なのか。
こういったルール次第で決着は変わる。そう力説する。
「そんなのどうでもいいんじゃが」
「ほんと、冒険者ってこれだから……」
やはりゴルドとロニアは呆れる。しかし、実はアジールだけ、イリックの意見に全面同意できてしまう。無口ゆえ、イリックに合いの手を打ったり、フォローを入れたりはしない。心の中で、そうだよね、と賛同する。
ネッテはイリックの言っていることが何一つ理解できず、もはや聞いていない。
トゥルルはこの高説を一つ一つ噛み砕き、理解しようと努める。知識を深めるという意味では、なかなかにおもしろい演説かもしれない。
「それで、ルールは?」
イリックがくわっと問いかける。
あなた決めなさいよ、とロニアはゴルドに視線を向け、ゴルドは仕方ないのう、と口を開く。
「一対一でええよ」
しかし、イリックは納得しない。
この五人で総当りなのか。
トーナメントのなのか。
互いの距離は何メートルか。
戦う前から抜刀や魔法の詠唱は可能か。
そういったことを決めさせようとする。
「お主が決めてくれ」
ゴルドは折れる。態度も心もぽっきりと。
ゆえにイリックが決める。
五人総当り。
互いの距離は二十メートル。
戦闘前の準備はあり。
このルールで、イリックは脳内模擬戦もといシミュレーションを開始する。
「え? 今考えるの?」
「模擬戦の最中です」
「何それこわい」
ロニアがイリックの行動に恐怖を感じる。忙しいので集中させてください。そういうオーラがイリックの体から溢れ出る。
「イリックの頭の中で、今頃お主は裸にひん剥かれてるかもしれんのう。戦いにかこつけて、服だけ斬られてのう」
ロニアを横目で見ながら、ゴルドはガッハッハと笑い飛ばす。
(じじい、後で覚えてろよ)
青筋を浮かべながらイリックは脳みそをフル回転させる。
一同はいくらか歩き、直角な曲がり角を右へ左へ折れながら進む。そして、イリックはやっと結論を導く。総当りは長すぎたな、と一人で反省する。
今回のシミュレーションにおいて、追加のルールが存在する。コネクトを使用しないことだ。これを使うと勝負にならない。ゴルドにばらしていない以上、このルールは当然と言えば当然だ。
「一位はネッテです」
「わーい!」
突然褒められ、ネッテは喜びだす。もちろん、何のことかさっぱり理解していない。それでも喜べる妹、それがネッテ。
「はいはい、シスコンシスコン。なんでよ?」
「シスコンて……。否定はしませんけど」
「しないんじゃな」
小さく息を吐きながらもロニアが説明を求める。
理由は至って簡単だ。身体能力が飛びぬけて高い。その結果、自分を含めて全員を打ち負かすとイリックは判断する。
「あなたなら勝てるでしょう」
「いえ。武器の差で負けます」
ロニアが当然の疑問を口にするが、イリックはきっぱりと否定する。
カッパーソード一本対エイビスとビーニードルの二刀流。はっきり言って勝ち目はない。
イリックが斬りかかったとして、それをネッテに短剣で受け止められようものなら、あっさりと自慢の片手剣は折れてしまう。ゲームセットだ。
コネクトを使えば倒せる。イリックにとってネッテはそういう存在。
腑に落ちないが、ロニアは次を言えと急かす。どうせイリックでしょうけど、とも付け加える。
「トゥルルです」
冷静に考えれば当然だ。なぜなら、イリックのカッパーソードではトゥルルの装甲を傷つけることはできない。突き刺そうともしても、やはりポッキリと折れてしまう。素手で倒せるとも思えず、結果、順位は二位となる。
アジールやロニアすらも圧倒するであろうトゥルルが、この位置に食い込むことに全員が納得する。
三位はイリック。ネッテのような化け物は仕方ないとして、それこそ素手でもアジールやロニアなら倒せる自信がある。ロニア相手だと戦闘開始の状況次第では太刀打ちできない。ゆえに、互いの距離を決めることが重要になってくる。
二十メートルなら、致命傷を負う前に倒せるだろうという推測のもと、イリックはここに収まる。
「んで、ロニアさんとアジールさんですが……、じゃんけんでもして決めてください。二十メートルだとよくわからないです」
「最後の最後で放り投げたわね」
ロニアの指摘通り、イリックは諦める。わからない、わからないのだ。
アジールの盾をロニアのゲイルロドが貫けるのか。
勝敗はそれ次第なため、判断が難しい。そんなことは試したこともなければ、試していいことでもなく、二人の優劣はなかなか決められない。
アジールがロニアの水槍を避けられるのなら話は別なのだが、接近しなければならないアジールにとって、それは難しいと想像できる。
そもそもロニアのゲイルロドは魔法である。攻撃魔法の特徴として、人間が走る時とは異なり、加速を必要とせず、最初からトップスピードで発射される。その時点でもやっかいだが、さらにその速度そのものが目で追えるか否かの超高速だ。
アジールでなくてもそれを避けることは早々できることではない。この中でそれを可能とするのはイリックとネッテだけだ。
(まぁ、俺も近づいたらあれを避けられる自信ないけど)
発射のタイミングが読みづらいロニアのゲイルロド。それを接近時に避けることはイリックにも難しい。
例外はトゥルルだろう。トゥルルの場合、コールオブスパークを唱え、拳に雷をまとうことで、水槍を殴り落とすことが可能となる。しかし、拳が破壊される可能性は十分ある。すなわち、打ち落とせる回数は二発までということになる。三発目を発射される前に倒せるかどうかが勝敗を分けるのだが、トゥルルのホバー走行はそれを可能とする。
「ネッテはどう思う?」
「う~ん。離れながら戦えばいいんだから、ロニアさんかな~」
「あぁ、なるほど」
ネッテによって勝敗が決まり、イリックも納得する。
アジールが何発か水槍に耐えられるとしても、今のロニアは移動しながらそれを発射することができる。距離を保ちながら戦えるのなら、確かにロニアが優勢かもしれない。
「そもそも俺は、スカウリングドロップも厄介だと思ってるんだよね~」
「だよねー」
兄妹はロニアの分析を進める。
水柱から雨粒のように水滴を連続して発射する攻撃魔法、スカウリングドロップ。一発一発は重くないのだが、冒険者が無傷で受け止められるような軽い攻撃でもない。大量の、それでいてかなりの速度で発射される大量の水滴は、軽装の冒険者程度なら倒せてしまうかもしれない。
盾と鎧でがっちりと身を守るアジールなら耐えられるが、それでも足止めにはなってしまう。ロニア相手に距離を離されるということは、一方的に本丸を叩き込まれることに繋がる。
アジールにとって、ロニアは相性が悪い相手なのかもしれない。
そんな兄妹のやり取りを眺めながら、ロニアは小さく驚く。
「あなた達、こういうことだけは真剣になれるのね」
バカにされているような気がするが、イリックはネッテのことだろうと都合の良い解釈で自分を誤魔化す。
一位、ネッテ。
二位、トゥルル。
三位、イリック。
四位、ロニア。
五位、アジール。
イリックは意味のあるランキングだと思っていないが、少なくともゴルドは納得する。半分興味を失っているが、そのことには触れない。
「抜けてるようで、イリックもきちんと冒険者なんじゃな」
「いい暇つぶしになったでしょう? お、この通路も終わりそうですよ」
イリックが前方を指差す。行き止まりのように見えて、一枚岩で構成された扉のようなものが壁に存在している。
押せば開くのだろうか? ドアノブのようなものは見当たらない。もっとも、ここまでに存在した隠し扉の類は、そっと触れるだけで自動的にスライドして開いたことから、これもその類だろうと想像できる。
「薄々感じてはおったが、目的地じゃのう」
「ええ。ここだわ」
ゴルドとロニアが、扉の存在する壁を見据える。長方形の石が積まれた周囲の壁とは異なり、眼前の壁は一つの岩で構成されている。その向こうから、いくつもの魔力が感じとれる。
今回の騒動となった膨大な魔力。
大精霊特有の凄味を感じさせる魔力。しかし、これはまだ少し離れている。
そして、ウーディと思われる混在した、それでいて殺気を伴う魔力。
ここに来て、ついにウーディの存在を確認できた。巨大過ぎる二つの魔力に隠れて感知できなかったが、近づいたことでやっと捉えることに成功する。
「先ずはわしが話をする。説得というわけではないが……、させてくれんかのう」
「どうぞどうぞ。募る話もあるでしょうし」
ゴルドの提案をイリックはあっさりと承諾する。そもそも断る理由もない。出会ったからといって、間髪入れずに斬りかかるのも味気ない。
イリック達にとっても、昨日今日の仲ではない。
おかげでテレポートを習得できた。
金も稼げた。
ピクシーのピクちゃんとも仲良くなれた。
知見を広めることができた。
大精霊とも知り合いになれた。
いくつもの装備を入手できた。
そして、ゴルドとも出会えた。
ウーディに対して感謝の念など抱けはしないが、出会い頭に切り伏せるつもりもない。
ゴルドが扉のような石にそっと触れると、ゴゴゴと低音を響かせながら、扉が右から左へスライドしていく。
人がギリギリ通れる程度の隙間を潜り、一同はついに辿り着く。
風の洞窟の奥に存在した広間ほどではないが、この空間も走り回れる程度には広い。
中心には魔力が溢れんばかりに蓄積されている透明な卵形の容器が、機械のような装置の上に君臨している。その間にはパイプが何本も走っており、透明な容器と機械が何かを供給しあっているようにも見える。
床だけは平らだが、球体の上半分を再現しているように壁や天井はぐるっと丸い形を成している。
透明な容器の中では、雷撃のような白い光がバチバチと小さな音をたてながら、広間をより明るく照らしている。これは照明ではない。副次的な作用によって輝いているだけだ。
その容器の下で、機械のような何かを見つめながら佇む一人の男。黒いローブをまとっており、今回はフードを被っていない。
真っ白なその髪が年齢を如実に物語っている。顔や手のしわからも、いかに高齢かを察することができる。
広間の奥にはまだ道がある。しかし、そこに足を運ぶ前にやらなければならないことがある。
「久しぶりじゃのう」
「その声……。ゴルドか」
二十年振りの再会が果たされる。どちらも願ってはいなかったが、こうして二人は合間見える。
「二十年前は勝たせてもらった。ゆえに、今日も勝たせてもらうぞ、ウーディ」
「多勢に無勢で言ってくれる。まぁ、いい。最後の最後で再び立ちはだかるのなら、相手をしてやるまでだ」
二人は館長の座を争い、戦った。
二十年振りの再会は、二人を再び戦わせる。
再会することも、戦うことも、どちらも望んではいない。しかし、こうなってしまったのだから、二人はギロリと相手を睨む。
「ほう、やはりそいつらか」
「あぁ。頼りになる連中じゃ。しかしあれじゃな~、お主、老けたのう」
「お、おまえには言われたくないんだが……。なんだ、その筋肉……」
ゴルドはこの二十年ですっかり禿げた。まだ髪の毛は半分残っているが、それも真っ白だ。そして、筋肉もりもりのマッチョになった。服装も学者や後衛補助役というよりは、前衛攻撃役のそれだ。丈夫そうな皮と黒い金属の装甲が胸や腹部といった重要な場所だけをカバーしている。
一方、ウーディもいくらか変化した。先ず、髪の毛が黒から白に変わった。元々痩せ気味だったが、今では完全に頬がこけている。その上、顔中しわだらけなため、年齢よりも老けて見える。
ゴルド、六十六歳。
ウーディ、五十九歳。
高齢な戦いに参加していいのだろうか? イリックは若者を代表して、悩んでしまう。




