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コネクト・クエスト  作者: ノリト ネギ
ガーウィンス連邦国に潜む影
34/100

第三十四章 土の結界を突破するために

 あれから何日が過ぎ去っただろうか。

 ビサラ山脈での一件以来、イリック達は来る日も来る日もクエストに励んでいる。

 せっかくガーウィンス連邦国に滞在しているのだから、それだけではもったいない。時には手短に達成できるクエストを選び、それが済み次第、残りの時間は自由行動としている。

 ロニアは調べ物をするため、どこかしらの図書館へ。

 ネッテとアジールも時々それについて行くが、一人でふらっと出かけることも多い。

 トゥルルは決まって風の図書館へ。

 そして、イリックは釣り三昧。読書よりも釣りを優先する。


 ガーウィンス連邦国には六つの研究機関が存在する。

 それらには他国を圧倒するほどの書物が陳列されている。知識を得るためにはもってこいの場所だ。

 だからといって、誰でも足を運べるわけではない。そんなことをしたら人でごった返してしまう。

 ロニアは魔法学校の先生という地位ゆえ、以前は入館を許可されていた。

 今では別の理由で歓迎されている。

 アーリマンやガーゴイル、そしてデーモンを倒した冒険者一同。それだけではない。ジャイル村の生存者を救出し、果ては北の地の戦いに決着をつけてみせた。

 扱いだけなら英雄だ。金をわんさかもらえるわけではないが、図書館に通うことはいつの間にか自由となった。そうなる前からズカズカ入っていたが。


 その日もクエストは早々に終わってくれた。と言っても、今の時刻は午後三時過ぎ。いささか中途半端な時間でもある。

 今日は歩き疲れたため、一同は宿屋でゆっくりと過ごすことにした。

 ここは少し広めな四人部屋。ベッドは綺麗に整えられている。かかっている白いシーツにはしわすら見当たらない。

 窓辺には少し大きいテーブルと、それを囲うように四つの椅子が鎮座する。

 部屋の隅には各々の装備品がぐしゃっと置いてある。茶色い鞘に収まっている片手剣はイリックのカッパーソードだ。見た目は多少綺麗だが、刃は既に欠けてしまっている。

 寄り添うように立てかけられている二本の短剣はネッテのものだ。片方には金色の装飾が施されており、高級そうに見える。

 鞘も柄元も銀色に輝く片手剣はアジールのブロードソード。一際大きい真っ黒なダーククレイモアもアジールの両手剣だ。

 その隣には脱ぎたての白い鎧とグリーヴが転がっている。これもアジールの防具だ。

 後は色とりどりのマジックバッグがあちこちに置かれている。

 しかし、ウェストポーチ型のマジックバッグだけは見当たらない。

 イリックとネッテはデート中だ。部屋にはいない。

 ここにいるのはそれ以外の三人ということになる。

 窓辺の椅子に腰掛けているのは白いノースリーブニットを着ているアジール。窓から見える景色を物静かに眺めている。

 その正面にはトゥルルが座る。同じように外を見ている。

 ベッドに腰かけているのはロニアだけ。風呂上りゆえ、火照った体からはぽかぽかと湯気がたっている。

 アジールとトゥルルは無口だ。二人共、基本的に自分からは話さない。訊かれたら答えるといったスタイルだ。

 ロニアもそれほどおしゃべりではない。

 ペラペラとやかましいのはネッテくらいなものだろう。

 女三人寄れば姦しい。

 それはこの三人と言えども例外ではないらしい。


「アジールは、コネクトの対象となってから随分経つけど、何か変化を感じる?」

「……少しだけ」

「へ~、どんなこと?」

「ぽっ」

「いちいち顔を赤らめなくていいから。まぁ、そういうことね」

「どういうことデスカ?」

「あなたにはまだ早いわ。こういうことは少しずつ学べばいいの。トゥルルはコネクトをどう思う?」

「不思議な魔法デス。詠唱者のみで完結シナイ魔法なんて初耳デス」

「そうよね。マジックポイントを消費せず、しかも再使用時間が長すぎる。不思議で仕方ないわ」

「まるで戦技」

「ええ。しかも新魔法。まぁ、魔法を編み出すことはさほど珍しいことでもないのかもしれないけど。テレポートだって、古代人が風の大精霊の力を借りて作ったようだし。それでも不思議なことに変わりはないのだけど」

「ネッテとアジールが選バレタ。ロニアはまだデス?」

「ま、まだよ……。気長に待ってなさい」

「気にしてる?」

「してないしてない。イリックと繋がらないといけない理由もないのだし。ネッテちゃんに嫉妬されそうだわ」

「アジールを見テルとそうは思えまセンデス」

「そういえばそうね……。あなたがイリックといちゃいちゃしてても、ネッテちゃんニコニコしてるし……。そういうところも要観察かしら」

「ぽっ」

「そういうのいいから」

「イリックの本命は誰デスカ?」

「この中にいるのかしら?」

「ネッテ?」

「そ、そうだといいわね……。イリック、時々本気で嫌そうな顔するのよね~。妹相手ならそれが普通なんでしょうけど」

「調ベテみました。トリストン大陸では近親者による結婚ハ認められていないようデス」

「まぁ、ね。あの二人なら乗り越えてしまいそうだけど」

「障害があるホド、恋愛は燃えるソウデス」

「誰からそんなこと聞いたの?」

「ネッテデス」

「あ、そう……。あなたも着々と世俗に染まってるのね。いいことだわ」

「二人ハ、イリックから結婚ヲ申し込まれタラどうしますカ?」

「ぽっ」

「さぁ? そんな状況になってから考えてみるわ」

「まんざらデモナイデス?」

「い、いちいちつっこむんじゃないわよ……。ゴルドが言ってた通り、トゥルルって垢抜けてきたわね。良いことなのかどうかよくわからないけど」

「そういえば、結界はまだ?」

「そうみたい。昨日ちょっと話したんだけど、研究自体は順調らしいわ。そろそろなのかも」

「また呼ばれる?」

「かもね。名代が軍隊の派遣を渋ってるようだし、次も私達の出番でしょう。お金さえもらえるなら構わないわ。予算無いとか言ってたけど」

「オソラク、モンスターがいますデス」

「ウーディがどうせまた召喚してるでしょ、門番のように。ワンパターンな奴よね」

「氷、風、土。ウーディが呼べるモンスターはコノ三種デス?」

「……その発想はなかったわ。良い着眼点よ。コールオブ系の強化魔法を使えると、そういうところにも目が行くのね。素敵な考え方だわ」

「風の洞窟のモノケロスは氷だった」

「サハハ遺跡では土のモンスター」

「ビサラ山脈デハ、氷、風、土の三体デス」

「いや、待って。火のモンスターも呼べるようになってるかもしれないわよ。だって、そうでしょう? 火の大精霊の魔力も一度か二度は奪っているのだし」

「あ、そうかも」

「氷、風、土、ソシテ火。厄介そうデス」

「水魔法の使い手で助かったわ。何が相手でも通用するもの。トゥルルも相手によってコールオブなんちゃらを使い分ければいいだけだし、問題ないでしょう」

「頼もしい」

「ふふん。あなただって、その魔眼を役立てることになると思うわよ。相手は魔法を使うモンスターだもの。強化魔法の一つや二つは使ってくるわ」

「うん」

「魔眼。ソレモ不思議デス」

「ほんとよね。ちょっと見せて」

「どうぞ」

「……どうぞって言っておきながら、眼球を上に向けて黒目を隠すんじゃないわよ。ちょっと怖いわよ。やっぱり、綺麗な目ね。吸い込まれそうになるわ」

「コウイウのを、百合百合しいと言ウノデスネ」

「……それ、誰から教わったのよ?」

「イリックデス」

「あの兄妹……。トゥルルに何を吹き込んでるのやら」

「百合百合?」

「あなたは知らなくていいの」

「がーん」

「百合百合しいノ意味ハ」

「言わなくていいから」

「ガーン」

「よいしょっと。魔眼についてはなかなか文献が見当たらないから、調べようにも難しいのよね~。アジールを観察するのが一番手っ取り早いかも」

「私のデータベースにも登録はアリマセンデス」

「痛覚の制御とパージもどき。戦力としては申し分ないのだから、戦いながら少しずつ調べていきましょう」

「うん」

「心配すべきは副作用なんだけど、それも症状が出てこないことには……ね」

「なんとも無い」

「ブイサインとかいいから。まぁ、慎重に使っていきなさい。自分の目なんだから」

「そうする」

「症状と言えば、ネッテとアジールについての呪いも不思議なのよね。まぁ、その意味まではわからなくても、少しだけ見えてきたから、もう少しだけ待ってなさい」

「いつ呪われたんだろう?」

「自覚症状がないってことは、その程度ってこと……とも言い切れないのだけど、今回に関しては気にしなくていいわ。ネッテちゃんはもっと前からそうなのだから」

「次はロニアも呪わレルデス?」

「でしょうね。それはもう確定事項だと思ってるわ。自分の体で研究できると思うと、今からワクワクしちゃう」

「ロニアってS? M?」

「さぁ?」

「どういう意味デスカ?」

「世の中には知らなくてもいいこともあるの。これはその一つよ」

「学習しましたデス」

「学習と言えば、トゥルル、あなた最近風の図書館に入り浸ってるようだけど、何を調べてるの?」

「人ノ歴史とサハハ遺跡やエムム遺跡についてデス。トゥルルについてノ書物は見ツカリませんデシタ」

「でしょうね。つい最近見つかったのだから当然だわ。どう? 気になることとか見つかった?」

「ハイ。オークやゴブリンとの戦争はトテモ興味深かったデス」

「今なお続く戦争だものね」

「ソレト、この国の成リ立チやカミノミョウダイにツイテもおもしろカッタデス。一代目、二代目、ともに不思議な存在デス」

「そう。トゥルルもいずれは趣味ややりがいを見つけられるといいわね」

「趣味……。私もとくに無い。ぬいぐるみ集めくらい?」

「それはそれで十分濃いわよ。私なんか胸を張って言えるのって読書くらいだもの。そういえばあなたの部屋、かわいい子がいっぱいいたわね」

「うん。父さんと母さん、頼んだらすぐ買ってくれた」

「甘ヤカサレテ育てられたのデスネ」

「私、末っ子だし唯一の女の子だったから、そうなのかも」

「素敵なご両親でうらやましいわ」

「そういえばロニアの話聞いたことない」

「うちは……、つまんない親だったわ。冒険者になるって伝えたら勘当されかけたし。ここを出る時には、いよいよ親子の縁を切られたわ。まぁ、構わないのだけど」

「ロニアならスグ結婚できマスデス」

「私達が新しい家族」

「まさかあなた達に慰められるとは思ってもみなかったわ」


 ロニアはもう一人ではない。

 アジールがいる。

 トゥルルがいる。

 ネッテがいる。

 イリックがいる。

 そして、縁はそれ以上に紡がれている。



 ◆



 翌日。

 日課となった朝からのクエストを早々に達成し、イリック達は午後をゆるりと過ごすことにした。

 この一日の流れも既に日課でしかないのだが、今日は少しだけ違う。ジャイル森林で救出した親子と一緒に昼食を食べることになった。

 場所はガーウィンス連邦国の北西に広がる商業区の大きな食堂だ。

 太陽が丁度てっぺんに達した頃、ロニアはその店の近くに到着する。

 イリックとネッテは、マーニョ達と合流してから来ることになっている。

 アジールとトゥルルは雑貨屋に寄ってから向かうらしい。

 ゆえに、ロニアは一人で約束の食堂を目指し、そして到着した。さっさと入店して席を押さえよう。そう考えた矢先だった。


「あら。あなたここにいたの」


 少し年齢のいった聞き覚えのある女性の声。そして、聞きたくない声。だからと言って、無視するほどロニアも子供ではない。この場合、子供であっているのだが、とにかく応答する。


「久しぶりね、母さん。ここ最近は母国でクエストに励んでるの。冒険者らしく、先日まではサウノにいたわ」

「そう。相変わらず独りなのね」


 ロニアにどこなく似たその女性はやはり黒髪だが、長さはロニアより随分長く、首の後ろでわずかに揺れる。

 ロニアがグレーのタイトワンピースというどこか刺激的な服装なのに対し、母さんと呼ばれた女性は黄色い無地の服の上に茶色の羽織りをまとい、灰色のスカートも随分長い。

 この女性の名はサニア。ロニアの母親だ。目元の小じわが美人ながらも年齢を感じさせる。顔も体つきも娘と似ており、人並みの感性を持ち合わせていれば、この二人は親子だと一目で見抜けるだろう。


「残念ながら仲間がいるの。これからみんなとお昼を食べることになってるわ」

「この国にいても帰って来ないということは、きちんと理解しているようね」

「もちろん。私はもう赤の他人なんでしょ? 家のことは弟に任せるわ」


 ロニアはサニアの発言に腹を立てず、さらっと受け流す。遠まわしに帰って来るなと言われたのだが、わかっていると返してみせた。


 ロニアは既に家族の縁を切られている。

 魔法学校を退職した時点で、それに近い扱いをされた。冒険者になり、旅立つまでの間は、家を出てけと言われ続けた。

 父親は、魔法学校に教材や雑貨を卸している大きな店の店長。

 母親は、魔法学校の元先生。

 ロニアには魔法の才能があったが、それ以上に両親の力によって魔法学校に入学することができた。

 自力で優秀な成績を収めたが、それ以上の力によって先生という座を射止めた。

 ゆえに、ロニアに学校を退職されてしまっては、家の威信に傷がつく。

 それでもロニアは学校を去る。そして、冒険者の道を選ぶ。

 親不孝この上ないと腹を立てた両親は、ロニアをついに勘当する。

 それでも問題ないという算段があった。なぜなら、もう一人子供がいる。長男、すなわちロニアの弟だ。ロニアほどではないが十分優秀であり、通っている魔法学校でも順当に優秀な成績を収めている。

 ロニア同様、このまま進めば魔法学校の先生になってくれるだろう。ロニアとは違い、退職することもないだろう。

 面子も家も安泰だ。両親はそう考える。

 同様のことをロニアも考える。ゆえに、心置きなく冒険者になった。


 母国に帰っても家に帰らず、家族のことを積極的に話そうとしない理由には、このような背景がある。

 しかし、ばったりと出会ってしまった。渋々だが、社交辞令程度のやり取りは娘として交わす。


「あなたはあなたで勝手に生きていきなさい。その代わり、家にだけは迷惑かけないようにして」

「逆にどうすれば迷惑がかかるのよ。魔法学校に火でも放てばいいのかしら?」


 あははと笑うロニアにサニアはカチンと腹を立てる。このやり取りは、他人から見たら仲睦ましい親子のやり取りにしか見えない。


「あれ、お母さん?」

「生物的にカナリ似てイマスデス」


 アジールとトゥルルが二人の元に現れる。正確には約束の食堂を目指しただけなのだが、建物のすぐ目の前で会話を交えているロニアと母親らしき女性に吸い寄せられるように歩み寄る。


「紹介するわ。仲間のアジールとトゥルルよ。で、母」


 まるで男性のような長身のアジールと、さらに長身で黒いローブを深々と被っているトゥルルにサニアは仰け反る。もちろん、機械娘であることをばれないようにするための変装だ。


「む、娘がいつもお世話になっています……」


 親子の縁を切っていようと、この場でそんなことを打ち明けるわけにもいかず、サニアは母親らしく振舞ってみせる。

 もっとも、アジールとトゥルルは既に二人の関係を把握済みだ。


「おや、おっぱいちゃん。これから飯かのう?」

「え、あんたそんな呼び方してんの……」


 そこに現れたのは、半分ハゲかかっている白髪の筋肉だらけな老人と、まるで子供のような背丈のツインテール娘。ゴルドとシャルロットだ。

 ロニアの母親は二人のことを知っている。顔見知りというわけではないが、館長全員の顔と名前くらいは把握しており、まるで知り合いのように声をかけてきた二人に心底驚く。


「ここでこれからお昼食べるの。今はイリック達を待ってる最中よ」

「そうかそうか。なら、わしらもここで食べるか?」

「どこだって構わないわよ。休日出なんだから、あんたがおごりなさいよ」

「わかっとるわかっとる」


 ロニア達がここで食べるのなら、とゴルドとシャルロットもここでの昼食を選択する。今日は休日であり、二人共、休みを返上して研究に励んでいる。


「ところでそちらは?」

「母よ」


 ゴルドがそっとロニア似の女性に目を向ける。ロニアに似て胸が大きく、ついそこを凝視してしまう。羽織りのせいで多少カモフラージュされているが、それでもその部分の曲線を完全に隠しきれてはいない。


「む、娘がお世話になっております……。ど、どのような関係で?」

「ゴルドです。腕をみこんでちょくちょく仕事を依頼しております」

「シャルロット。知ってるでしょうけど」

「も、もちろん存じてます……」


 館長二人の出現に慌てふためく母親の姿は、ロニアにとって最高におもしろい。声を殺して笑ってしまう。


「あれ、チビまでいるじゃん」

「なんですって!」


 そして喧嘩が勃発する。イリック達の登場だ。

 隣のネッテが手を振り、その後ろを歩く親子が手を繋ぎながらその集団に歩み寄る。

 イリックとシャルロットが掴み合って喧嘩をする中、ネッテがロニアの母親を一発で見抜いてみせる。


「似てるー。ロニアさんのお母さん?」

「え、ええ。あなたも娘のお仲間さん?」

「うん! ネッテです! お兄ちゃんの妹です!」


 ネッテの自己紹介とは別に、その親子、マーニョとドントンを囲む輪もできあがる。


「それじゃ、母さん。私達は行くわ」


 手短に用件を伝え、返事も聞かずにロニアは集団と共に食堂へ入っていく。

 ネッテもサニアにバイバイと手を振りながら、ピョンピョンとそれについていく。

 残されたのは三人。サニアとイリックとシャルロットだ。


「あんたの妹と大差ないわよ!」

「だからチビって言ってるんだ! うちの妹は十五だぞ!」

「私だって十八よ! ほとんど変わらないじゃない!」

「チービ! チービ!」

「なんですって!」


 風の館長であると同時に、この国でトップクラスの実力を持ち合わせているシャルロットが娘の仲間と思われる男と喧嘩をしているこの状況は、母親としてはただただ恐怖でしかない。そして、信じられない。


「ロニアさんくらいのナイスバディになってから威張るんだな!」

「わ、私だって少しくらいは胸あるわよ!」

「嘘つけ!」


 確かに嘘をついた。しかし、シャルロットは反省しない。それよりも先に、イリックを葬らなければならないからだ。

 そんなやり取りを他所に、サニアは別のことに驚く。

 娘が大勢の仲間に囲まれていることを。

 それだけではない。火の図書館館長のゴルドと、風の図書館館長のシャルロットと知り合いになっている。

 魔法学校の先生だった頃よりも、縁を紡ぐことに成功している。

 これはおよそ信じられるものではない。冒険者にそんなことができるとは思えないからだ。

 しかし、紛れもない事実であると、目の前の光景が雄弁に語っている。


「あんた、よくもまぁ、仲間の母親の前で私に喧嘩売れるわね」

「え? どういうこと?」


 馬乗りの体勢で襲い掛かってくるシャルロットの両腕を掴み、イリックはピタリと動きを止める。確かに見知らぬ女性が近くに立っている。そしてイリックを不思議そうに見下ろしている。


「あ、娘……、ロニアの母です」

「こ、これこれは親切にどうも。パーティのリーダーをしています。イリックと言います。ロニアさんにはいつも助けられてます」


 シャルロットに乗っかられ、地に伏せたままイリックは自己紹介を済ます。我ながら情けないとは思っているが、とにもかくにも先ずは挨拶だ。シャルロットへの対応はそれから考える。


「って、おまえも挨拶せい」

「さっきしたわよ」

「とういか、何でここにいるんだよ。なんかゴルドさんもいたけど」


 イリックの言う通り、シャルロットとゴルドがここにいるのは珍しい。偶然、昼食のタイミングと場所が被っただけなのだが、イリックは問い詰めなければ気が晴れない。


「たまたまよ」

「ススリリさんは一緒じゃないの?」

「ススリリは休み。年のせいで疲れがとれないんだって」


 さらりと怖いことをぶちまけるシャルロットに、イリックは触れてはいけない話題だったと後悔する。

 ススリリは温厚そうな見た目に反して実は怖い。というか黒い。怒らせてはいけない相手だとイリックは重々承知している。ゆえに、今の発言は聞かなかったことにした。


「とぉ!」

「キャッ!」


 イリックは、乗っかっているシャルロットを抱きかかえながら立ち上がる。まさかの状況にシャルロットは悲鳴をあげることしかできない。

 腕の中で固まるシャルロットに構いもせず、イリックはペコリとロニアの母親に頭を下げる。


「それでは失礼します。娘さんのことはお任せください」


 満面の笑顔でイリックは大きな建物の中に消えていく。もちろん、シャルロットを抱えたままで。

 やっと一人になれたサニアは既に茫然自失だ。先ほどまでの状況が整理しきれていない。

 娘に大勢の仲間ができた。

 複数の館長と知り合いになっていた。

 仲間のリーダーが、シャルロットと喧嘩をした。

 整理したところで、やはり意味がわからない。その上、他の館長とも知り合いの可能性がある。

 だが、一つだけはっきりとわかったこともある。

 イリックという少年を中心に、不思議な輪が出来上がっている。その輪を構成する一人が娘であり、欠かせないピースになっているのだろうと思えてしまう。

 魔法学校の先生を辞めた娘を認めることはできない。

 突然帰ってきたとしても、家にあげるつもりもない。

 それでも、冒険をがんばっていることと、人付き合いに対して前向きではなかった娘が今の仲間を大切にしていることだけは、認めてあげることができそうだ。

 どこかうれしそうに、サニアはその場を後にする。


 一方、食堂の中では、イリックがぼこぼこに殴られていた。シャルロットを抱きかかえたまま現れたことがネッテには大層許せなかった。ゆえに半殺しだ。


「せっかん!」

「た、助けて……」


 誰も助けてくれない。世の中、そんなに甘くない。



 ◆



「散々じゃったのう」

「いや、ほんとに」


 同日、夕方。

 イリックは火の図書館の館長室に招かれていた。

 部屋にはゴルドとイリックの他に、ロニアとトゥルルもいる。

 昼食の際、後で来てくれと頼まれたことからこうして足を運んだ。ゴルドに呼ばれたということは進展があったのだろう、とゴルドに向き合う。


「コドウンがついに見つけてくれたわい。検証に少し時間が必要じゃったから、昼過ぎではなくこの時間に来てもらったんじゃが……。結界を破る方法が判明したぞ」


 ゴルドは書類にさっと目を通し、にやりと口角を上げる。

 雷の図書館館長コドウンがついにサハハ遺跡の結界を破る方法を確立してみせた。その報告があったのが今朝であり、その検証のためについ先ほどまでてんやわんやの大騒ぎが続いていた。

 しかし、それも終了。後は実行するだけだ。


「へ~」

「で、どうやるのよ?」


 興味無さそうなイリックと、さっさと言えと偉そうなロニア。


(わし、一応館長なんだけど。一番偉いんですけど)


 しょんぼりしながら、ゴルドは手元の書類に視線を向ける。


「あの広間に張ってあった結界は土属性じゃ。ゆえに、風の力をぶつけて解除する」

「へ~」

「なるほど。で、どうするのよ?」


 やはり興味無さそうなイリックと、偉そうなロニア。何も発言しないトゥルルが、この場では一番ありがたい。

 研究者にとって、質疑応答もせず無言で聞く観客というのも張り合いがいが無くつまらないものだが、興味なさげなイリックと生意気なロニアよりはよっぽどまともだ。


「風の大精霊の力を借りたい」

「あぁ、そういう方法……。まぁ、それが無難よね。ん? ちょっと待って……」


 ゴルドの提案に一度は納得したロニアだが、ふと考えこむ。なんじゃ、とゴルドは大人しく待つ。

 イリックは今のやりとりに考えを巡らせる余地を見出せないため、ただただ待つしかない。


「ウーディの一連の行動の意味がわかったわ」


 ロニアが豊満な胸をわずかに揺らし、しゃんと姿勢を正す。イリックとゴルドはその揺れを見逃さない。


「ほう。言ってみい」

「彼が何から着手し始めたのかはわからないし、そもそもまだ目的なんてわからない。だけど、比較的初期の段階で、彼は土の大精霊の結界に穴を開けようとしたのよ。そして、それには……」

「風の大精霊の魔力が必要になった」


 ゴルド達がそうしようと考えたように、ウーディもまた風の大精霊の魔力が必要になった。ロニアはそう推理する。

 土の結界を破るには風の魔力が適している。

 土の大精霊の結界を破るには、風の大精霊の魔力が最適だ。


「ええ。どういうわけか、ウーディは氷のモンスターを精霊界から呼び込める。それなら、風の大精霊の結界に穴を開けることができるし、大精霊の魔力を奪うこともできる」

「ピクシーが出現した頃に、それをやってのけたということか」


 ウマのモンスター、モノケロスを風の洞窟に配置し、風の大精霊の結界を破った理由がついに判明する。サハハ遺跡に存在する土の大精霊の結界を突破するためだ。

 その後、サハハ遺跡の魔力が高まり始めるのだが、タイミングも合致する。


「持ち帰った魔力で土の大精霊の結界にヒビを入れた。それがサハハ遺跡の異常な魔力の正体よ。この時点で、ウーディは入手順に、氷、風、土の魔力を所持してたんだわ。そして、理由はわからないけれど……、大方、より多くの魔力が必要になったのでしょうね。比較的近場のビサラ山脈に出向き、火の大精霊の魔力を奪い始めたんだわ。そこにいたモンスターが、まさにその三種だったし」


 ビサラ山脈では三体のモンスターがイリック達に立ちはだかった。

 氷属性の球体、フロストキューブ。

 ピクシーに似た風属性のアンシリーコート。

 土属性の蜘蛛、ロックスパイダー。


 本来、火の大精霊の結界を破るためには水属性の力が必要だ。火の弱点は水だからだ。しかし、水の大精霊は未だにその所在が明らかになっていない。

 ゆえに、ウーディは三種の属性をぶつけ、それを達成する。氷属性は火属性と相性が悪いが、三体いればなんとかなったのだろう。それを裏付けるように、火の大精霊の結界も破られていた。


「あやつはそれらに加えて火の魔力も入手したということか。この行動の理由までは予想できんのう」

「そうね。まぁ、魔力なんて多いに越したことはないんでしょう。同じことができるのなら、私でも見つかってる全ての大精霊から魔力を頂くわ」

「恐ろしいことをさらりと言うではない」


 ゴルドとロニアの問答を黙って聞いていたトゥルルが、さっと右手を挙げる。


「一つイイでしょうカ? ナゼ、ウーディは初めから氷属性のモンスターを呼ビ出セルのデスカ? そのヨウナ魔法がこの国には存在スルノデスカ?」

「いいえ。それは完全に謎よ。次会ったら本人に訊くしかないわ」

「そうじゃのう。出会った頃のあやつにはそんな力はなかったんじゃがのう。不思議じゃわい」


 風の洞窟以降のウーディの動きは推測できる。しかし、最も重要な初めの部分が未だに謎のままだ。その根底でもある目的すらわかっていない。

 三人はイリックを置き去りにしてあーだこーだと話を進める。イリックはついに諦めて居眠りを決め込む。いつものことだ。

 椅子に座ったままこっくりごっくりと頭を垂れて、どれくらいの時間が経過しただろうか。ロニア達は一旦討論を止め、土の結界を突破するための議論に話を戻す。

 風の洞窟にテレポートで移動し、風の大精霊に事情を説明して協力してもらう。応じてもらえるか否かは行ってから考える。

 順調にことが進めば、数時間程度で作業は完了する。持参する結界破りの札に風の大精霊の魔力を注ぎ込んでもらうだけなのだから。

 どうかしらね、とロニアは首をかしげる。大精霊は無条件で力を貸してくれない。案外ケチな連中だと知っている。しかし、今回は他に手段が思いつかない。行ってから考えるしかない。


「じゃあ、これから向かうの?」

「いや、札を今作っておる。明日の朝向かうとしよう。それでええか?」


 サハハ遺跡に張られている土の結界を破るための札は、現在、火の図書館が総力をあげて作成中だ。今しばらく時間が必要らしい。こんな事態は初めてゆえ、職員達もいささか苦戦している。ヨールモールとコドウンも研究室で手伝ってくれているが、一時間や二時間でどうこうできるわけではない。


「ええ。イリックもそれで……、起きなさい」


 寝ているイリックのすねを、ロニアはごつんと蹴り上げる。その攻撃に容赦などない。


「痛い! あ、話終わりました?」

「明日の朝、風の洞窟に向かうわ。それでいい?」

「どうぞどうぞ」


 他人事のようにイリックは了承する。所詮、テレポート要員だと自覚している。


「じゃあ、決まりじゃな。準備ができ次第、お主らの宿に顔を出す」

「こっちも準備して待機してるわ。ちなみにこれって報酬出るの?」


 ゴルドがこの場を締めようとするも、ロニアの発言にピタリと動きを止める。そうくるか、と目だけをロニアに向ける。


「これくらいはただでしてくれてもええじゃろ?」

「なら、せめてマジックポーションくらいは寄こしなさい」

「が、がめついや……あ、なんでもないわい」


 テレポートするだけで一万ゴールドもするマジックポーションを入手。ぼろい商売だ。

 ちなみに、ここ数日でイリック達がクエストで稼いだ金額の総額は五千ゴールド程度。マジックポーションはそれほどに高価な薬品だ。


 火の図書館を後にしたイリック達は、一旦宿屋に戻り、ネッテ達と合流する。

 明日は風の洞窟に向かうこと、一日はかからないだろうが、いくらか長居する可能性があることを伝え、少しだけ食糧の買出しに向かう。

 久しぶりに全員での買出し。

 既に夜が始まろうとしているが、ガーウィンス連邦国の市場はまだまだ賑わっている。

 冒険者風の男。

 若い女性。

 子連れの女性。

 老夫婦。

 様々な人間で溢れかえっている。

 そこにイリック達も加わり、夜のガーウィンス連邦国をより一層にぎわせていく。


「何食べたい?」

「必要ないかもしれないから、保存食とか携帯食でいいんじゃない?」

「え~」


 ぷーと頬を膨らませるネッテの頬を、イリックはツンと突く。ブッと口の中の空気が漏れ、ネッテとアジールは楽しそうに笑う。


「お昼までに終わったら、そのままサハハ遺跡に向かうかもしれないから、一食分の食材を買っておきましょう」

「そうデスネ。ところでロニア、本日中に魔力ノ供給をオ願イしますデス」


 世話のかかる機械娘ね、とロニアも小さく笑い、トゥルルは人の多さに圧倒されながら歩く。


 こうして平和な一日は終わり、怒涛の明日を迎える。



 ◆



「実はわし、ここを訪れるのは初めてなんじゃ」

「そう。ところで、結界は張り直さないの?」


 一同は風が吹き止まない深遠の洞窟を歩く。天井はそれほど高くはないが、手を伸ばしたところで到底届かない。横幅も同程度であり、六人で歩こうと狭いとは思わない。

 岩山にできた横穴ということもあり、足元を筆頭に周囲は硬い石で囲まれている。足場はさほどでこぼこしておらず、躓いて転ぶようなことは早々ない。

 足を踏み入れてかれこれ十分程度。既に前も後ろも暗闇に飲み込まれて何も見えない。マジックランプがもたらすわずかな光が、自分達の世界と言える。

 奥からは緩やかな風が吹いているが、今が弱いだけで時折髪が後ろにたなびいてしまう。この洞窟特有の現象だ。


 ゴルドと話し合った翌朝、イリック達は予定通り、ガーウィンス連邦国から風の洞窟へテレポートで移動した。

 巨大な岩山に作られた横穴を歩くのは、イリック、ネッテ、アジール、ロニア、トゥルル、そしてゴルドの六人。

 前方が闇に閉ざされていようと、右足と左足を交互に前へ出さなければならない。

 そんな中、ロニアが先ほど抱いた疑問を口にする。風の洞窟の入り口には本来結界が張ってあった。奥に風の大精霊がいるのだから当然の処置と言える。

 それはウーディによって破壊され、今はもうない。本来ならば結界を張り直さなければならないのだが、ゴルドはすっかり忘れていたらしく、てへっ、と舌を出して誤魔化す。


「サハハ遺跡のゴタゴタですっかり忘れてたのう。明日にでも結界を張り直すか。イリック、よろしく頼むぞ」

「あぁ、そうなるんですね」


 ゴルドの発言からイリックは察する。明日もテレポートでゴルドをここに運ばなければならないらしい。


「しかし、すごい魔力じゃのう」


 ゴルドも既に感じている。正面から風と共に異質な、そして圧倒的な魔力が漂ってきている。おぞましさのようなものは感じないが、怖気づいてしまうことに変わりはない。


(この感じ。やはりそういうことか)


 そしてゴルドは気づく。黒幕の力の正体に。しかし、まだイリック達に話したりはしない。先ずは本人に直接問い詰める。


「私、微妙に慣れてきたわ」

「それは人としてどうなんじゃろうな~」


 魔力感知に優れたロニアとゴルドにしか交わせない会話を聞きながら、一行はぐんぐんと洞窟を突き進む。


「お主ら、一切警戒せずに進んでおるが、普段からこんな感じなんか?」

「そうですね~。なにより、ここはモンスターいないようですし」

「ほう……」


 ゴルドの疑問と不安感をイリックは払拭する。

 ロニアが補足するように口を開く。


「でも、今日に関しては少し用心した方がいいかもしれないわよ。あれ以来、結界が無かったのだから、外のモンスターが入り込んでいても不思議ではないわ」

「あぁ、なるほど」


 ロニアの言う通り、ここも今は安全地帯とは言い切れない。

 それでも、ありがたいアドバイスをもらえたからといって、イリックは気を引き締めたりはしない。

 外、つまりヨール原野のモンスターがどれほど強いかはわからないが、遭遇したとしてもせいぜい一体ずつだろうと楽観視できる。たいして広くもない洞窟だ、そう考えるのが当然だろう。ゆえに、六人という大所帯なら楽勝だと考える。

 イリック同様、ネッテとアジールもピクニック気分で先頭を歩く。軽快な鼻歌は洞窟で反響し、さらにモンスターの発見を困難なものにする。


「まぁ、お主らなら問題ないんじゃろうな。ところで、こんなことを言いふらしてよいのかわからんのじゃが、イリックとシャルロットに変な噂が流れておるようじゃぞ」

「へ~、どんなんですか?」


 ゴルドからもたらされた新たな話題にイリックは早速食いつく。当の本人ゆえ、自然な反応だ。

 イリックの隣を歩くロニアも、最後尾を歩くトゥルルもゴルドに視線を向ける。


「付き合っとるとか何とか」

「それまた厄介な……」


 あまりの寒気にイリックはぶるっと震える。


「なんでそんなでたらめが?」

「最近、二人でいるところをよく目撃されてるせいらしいぞ。ただでさえシャルロットは目立つのに、その上口論だの殴りあいの喧嘩だのを人前ですれば当然じゃ。それで付き合ってるうんぬんに発展する理由がわしにはわからんが……」


 ロニアの問いかけにゴルドは自論を交えて説明する。

 確かに、イリックはことあるごとにシャルロットと立ち話や喧嘩をしている。

 研究区で釣りをしていれば、シャルロットからやって来る。

 どこかしらの図書館にいれば、嗅ぎつけたシャルロットがやって来る。

 昨日も食堂前で殴りあいの喧嘩をしてしまった。

 人の目に晒される機会が多い。それは紛れもない事実だ。

 なかなかに不本意だが、噂程度で右往左往するつもりもなく、イリックは軽く聞き流す。


「あぁ、私もギルド会館で聞いたことあるわ。若い冒険者が風の図書館館長のハートを射止めたとかなんとかって。あなたのことだったの」

「ははは。そんなこと言ってる冒険者は殴っておいてください」


 ロニアから向けられる視線をイリックは笑って吹き飛ばす。

 冒険者は噂話が好きだ。夢を追い求める人種ゆえ、噂にもすぐに食いついてしまう。冒険者という狭い世界では、流れ出した噂はあっという間に広がっていく。

 ガーウィンス連邦国でこの噂を知らない冒険者はもういない。シャルロットの相手がイリックだと知っている者は少ないが、少ないだけで把握されていることは事実であり、そのことが広まるのも時間の問題と言えるだろう。


「で、どうなんじゃ? お主もまんざらではないんか? お?」


 ニタリとゴルドがイリックに詰め寄る。この中で一番緊張感がない人物はゴルドかもしれない。


「意味がわかりません。あのチビは敵です。隙あらば泣かせたいくらいです」

(これはあれかしら? 好きな女の子をいじめたくなるという……。うちの生徒にも、こんなことする男の子がいたわね)


 イリックがふふんと言い切る横で、ロニアは独自の予想を立てる。

 なんじゃ、つまらん、とゴルドはさっと冷め、次の話題を考え出す。


「サハハ遺跡から観測サレル魔力量は問題ナイのですカ?」

「ん。やばいところまで来てそうじゃ。実は内心焦っておる」


 今のやりとりのせいでそうは見えないが、ゴルドの発言に嘘はない。

 サハハ遺跡に蓄積されている魔力は日々上昇している。このままでは三百年前に発生した大災害の再発は時間の問題かもしれない。

 ゆえに、ゴルド達は必死に研究し、突破口を風の大精霊に見出した。とは言え、慌てたところで事態が好転するわけではないことをゴルドは知っており、マイペースに歩いている。四人の女性に囲まれているというこの状況も、想像以上に楽しいらしい。一人は子供で一人は機械娘だがゴルドには関係ない。


「なら、結界破りの札が完成次第、すぐに向かうの?」

「その時間次第じゃのう。昼頃までに終わったらそうしたいわい」

「ふーん。俺は構いませんよ」


 ロニアの疑問にゴルドが答え、イリックもそれに賛同する。どの道、戻ってからギルドのクエストに挑むつもりはない。午後はぶらっと釣りを楽しむつもりでいたが、そいうことなら一日くらいは我慢できる。

 その後も他愛ない会話を続け、やがて、薄緑色の光が充満する広い空間に辿り着く。モノケロスと激闘を繰り広げた広間だ。形は半球状になっており、岩の壁は丸みを帯びている。

 風の大精霊がいるのはもう少し奥であり、ほうほうと驚くゴルドに構わず、イリック達はぞろぞろとその先を目指す。

 緑の光がさらに濃くなっていく。先ほどよりは広い道を歩いていくと、ついに目的の場所に到着だ。

 やや広まった行き止まりの広間には、緑色の球体が微動だにせず浮かんでいる。そこから放たれる魔力が、ゴルドを軽く仰け反らせる。

 ロニアも慣れたと口では言いつつも、さすがに冷や汗を流す。

 鈍感なイリックは何も感じない。ネッテとアジールも同様だ。

 トゥルルは全身で大精霊の魔力を吸収し、エネルギーに変換する。


「久しぶりね。少し力を借りたいのだけど」


 ロニアが先陣を切って話しかける。しかし、三メートル近い球体からは返答がなく、周囲は緑色の光に包まれながらも静まり返る。


「やはり、答えてはくれないのかのう。そもそも、過去に大精霊と会話を交わせた人間など確認されておらん」


 ゴルドは残念そうに視線を落とす。

 本来、大精霊は人間と係わり合いをもとうとはしない。大精霊の役目は精霊界から迷い込む精霊を元の世界へ帰すことだ。人間との干渉を神から禁止されているわけではないが、彼らは自らそう振舞っている。

 過去に大精霊と言葉を交わし、それ以上のことを成し得た人物はいる。古代人に至ってはその力を借り、新魔法の発明を筆頭に多くのことを達成した。イリックが習得しているテレポートもその一つだ。

 そして、サハハ遺跡もそれに該当する。


「どうするのよ? これじゃ成す術ないわよ?」

「そうじゃのう……。困ったのう……、チラ」


 ロニアとゴルドが息を合わせてイリックを見つめる。おまえがどうにかしろ、と無言の圧力をかける。


(なんて無茶振り……)


 イリックは驚きながらも緑色の球体を見上げる。


「おーい。助けてくださーい。その中にテレポートして抱きついちゃうぞー」

「兄上!」


 ネッテが怒り出すが、今は相手をしない。

 緑色の結界の中には、ピクシーによく似た何かが身を潜めている。ピクシーが五十センチ程度と小柄なのに対し、それは二メートルを越えているため、似ているという表現は適切ではないが、少なくとも姿形は人間よりもピクシーに似ている。

 背中には二対の羽。白目のない目。女性に近い体。そんな姿が、以前、チラリと球体内に確認できた。

 テレポートでこの中に移動できるかはわからないが、イリックはとりあえずそう言ってみる。


「こんなことを言われたのは初めてです。あなたがそれを望むのなら、構いませんよ」

「マジで!? ぐはっ!」


 風の大精霊が反応してくれたことよりも、その内容にイリックは驚く。そして、ネッテの見えない手刀が鳩尾に刺さる。

 ゴルドはゴクリと喉を鳴らし、声のする方へ視線を向ける。


「た、頼みが……あるんじゃ。聞いてはくれんかのう」

「というか、無視するんじゃないわよ」


 低姿勢のゴルドとは対照的に、ロニアは威圧的だ。バカもん! とゴルドは慌てふためくが、そもそも既に遅い。


「本来、私達は人間との干渉を避けています。今回はイリックに乗せられただけです。特別ですよ」

「ほんとケチね。まぁ、いいわ。頼みがあるのよ。覚えてるかしら、あなたの魔力を奪った男のことを」


 ロニアは本題に入る。

 風の大精霊の魔力を奪ったウーディが、ついにサハハ遺跡の活用を開始したこと。

 それにより、膨大な魔力が観測され始めたこと。

 ガーウィンス連邦国が危機的状況に陥っていること。

 それに対抗するため、風の大精霊の魔力が必要になったこと。

 ロニアは理路整然と説明する。


「これにあなた様の魔力をこめて頂きたい」


 ゴルドは四枚の札を取り出す。手のひらより少し大きい長方形の白い紙には、記号のような、文字のような、少なくともゴルド以外は読めない何かが書かれている。

 この札をサハハ遺跡の広間に存在する結界の四隅に貼り付け、風の力で打ち消す算段だ。


「そのようなことが……。サハハ遺跡なる場所のことは存じておりませんが、私の力で土の結界を破ったことは間違いないでしょう」


 風の大精霊が言う土とは、土の大精霊を指している。ウーディが自分の魔力を行使し、土の大精霊の結界を破ることに成功したという事実は胸を痛めるのに十分だ。

 ゆえに、今の説明で風の大精霊は協力を決意する。


「わかりました。私のお願いを聞いてもらえるのなら、その札に魔力をこめましょう」


 しかし、見返りも無しに力を与えることはできない。交換条件を提示する。


「な、なんでしょうか?」

「ほんと、めんどくさいわね」


 怯えるゴルドとは対照的に、ロニアは飄々と振舞う。

 イリックとゴルドは思う。その強さがうらやましい、と。しかし、口には出さない。殴られたくないからだ。いや、実はちょっと殴られてみたい。


「この子の遊び相手になってあげてください。その間に、私は魔力を注ぎます。随分と複雑な術式のようですし、時間がかかりそうですからね」


 緑色の球体からピョコンと小さな何かが飛び出す。その大きさと勢いから、ネッテとトゥルル以外はすぐに状況を理解できなかった。


「ピクシーです。以前、そこの少女……、ネッテでしたか。あなたに遊んでもらった子です。あれ以来、再開することを望んでいたようです」


 風の大精霊が説明する中、小さな女の子が六枚の羽根をパタパタと動かしながら、うれしそうに六人の頭上を飛び回る。

 大きさは、人間の頭と首を足した長さより少し長いくらい。肌は若葉色よりやや薄い。少女のような顔をしているが、大きな目は黒一色だ。背中に生える三対の羽は、肌よりも随分と濃い緑色をしている。

 この固体はピクシーであり、そして、ネッテとアジールが散々構った子でもある。風の大精霊が発言したように、精霊界に戻った後も、再開できることを夢見て今日まで過ごしていた。


「わーい! ピクちゃんだー!」

(わからん……)


 飛び跳ねるネッテを他所に、イリックはその子を見上げながら考える。頭上をくるくる回っているピクシーが、あの時のピクシーだとは思えない。見分けがつかない。うれしそうなピクシーとネッテの反応から、そうなのだろうと納得するのが限界だ。


「こんなことでいいなんて。ケチなのか気前がいいのか、よくわからないわね」

「キャー、ピクちゃーん!」

「こ、これ! それでは、お願い致します。ここに置けばよろしいでしょうか?」

「ピクちゃーん」

「ええ。構いません」


 ネッテとアジールの黄色い声がやかましいが、ロニアとゴルドは話を進める。

 風の大精霊は地面に置かれた四枚の札に対し、一枚ずつ魔力を注いでいく。いっきに注ぐことができない作りになっているらしく、じわりじわりと丁寧に魔力を溶かし込んでいく。

 ゴルドはほっと座り込む。一時はどうなるかと思われたが、無事に事が進みそうだと安堵する。途端、体の力が抜け落ちてしまう。

 ゴルドを真似るようにイリックも座り込む。そして、考える。


(暇だ。どうしよう?)


 そう。この状況は恐ろしく暇だ。することがない。時間を潰す術もない。ゆえに、いつもの体勢に移行する。

 ゴロン。寝転がり、緑色の光を放つ球体に背を向ける。寝るにはひたすらに眩しい。こうでもしなければ眠ることはできない。


「あなた、本当によく寝るわね」

「それは褒め言葉と受け取ります」

「なんでそうなるのよ……」


 ロニアに褒められ、イリックは目を閉じたまま、体から力を抜いていく。下は石の床ゆえ、寝る場所としてはよろしくないが、その程度のことは睡眠を妨げるほどではない。どちらかと言えばネッテとアジールの喧騒がやかましいくらいだが、それも楽しんでいるようなのでむしろ心地よい。どこであろうと、どんな環境だろうと眠れる男、それがイリック。


「久しぶりだねー!」


 ネッテが両手を差し出すと、ピクシーは滑空し、まるで人形のようにちょこんと肌色の床に腰かける。


「舐めたい」


 アジールの今の発言を全員スルーする。トゥルルですら、爆弾発言だと理解できた。ここ最近の成長は伊達ではない。


「わしにも見せてくれ」

「あなたが言うとエロいわね」

(だめだ、眠れない)


 背後から聞こえるやり取りがおもしろ過ぎてそれどころではない。どこだろうと眠れる自信はあるのだが、この状況には苦戦してしまう。しかし、暇なことに変わりはなく、何より、ここでの用事が済み次第、戦場に向かわなければならないということから英気を養うことを続行する。


「氷の図書館デ文献を読ミマシタ。確かに、少女のような外見をしてイマスデス」

「そうじゃのう。胸もばっちり膨らんでおるわい」

(見たい! じじい! 変わってくれ!)


 イリックは辛抱強く耐え抜く。眠ることを選ぶ。


「大精霊さん。せっかくだから話を聞かせて欲しいのだけど」

「ちょ、ちょっと待ってください……。なかなか……大変なんです」


 風の大精霊は実は結界の中でかなりがんばっている。話しかけてはいけないようだ。ロニアはすぐに察する。


「かわいー!」

「くすぐったソウにしてイマスデス」

「ま、股も見せてくゴフッ!」

「痛い……。あなた、案外石頭ね」

「殴ることないじゃろう」

「私の手にも乗って」


 そしてイリックは諦める。こんなおもしろい状況で眠れるわけがない。渋々起き上がり、ピクシーを中心に出来上がっている輪に参加する。


「お、おっぱい触らせぐはっ!」


 ネッテとロニアに殴られた。


(え、ダメなの? 相手ピクシーだよ? それに、減るもんじゃないんだからいいじゃん、ちょっとくら……い)


 ガク。

 眠れなかったが、気絶することはできた。


「この子はモンスターじゃ。しかし、おなごの姿をしておる」

「そうね」


 ゴルドがよからぬことを言い出した。そう理解し、ロニアはとりあえず返事をする。


「お主らはどこまでを許容するのかのう? 胸は触ってはいかんようじゃが、尻はどうじゃ?」

「あなた本当にバカね。それもダメに決まってるでしょ?」


 ロニアは吐き捨てる。

 それでもゴルドはめげない。


「なんでじゃ? こやつはモンスターじゃぞ。羞恥心なんぞ持ち合わせておらんじゃろうし、それくらいのことは許してくれそうじゃぞ」

「そういう問題じゃないの。男は女の子の体に気安く触ったらだめなの」


 ほんとバカね。そう表情で訴えながら、ロニアはくだらないと承知しつつ相手をする。こうでも言わないと本当にゴルドは実行しそうだ。


「なら、下から覗くのはありかのう。さっき、上を飛んでたから必然的にしてもうたが」

「まぁ、それくらいはいいんじゃない? ピクシーは飛べるんだし」

「ほう……。なら、少し足を開かせてもええかのう」

「それはダメよ。というか、あなたは絶対に触ったらダメ」

「なぜじゃ!」


 ゴルドの悲痛な叫びが洞窟に木霊する。

 ピクシーの相手は女性陣だけの専売特許ということになってしまう。ゴルドは渋々その様子を観察する。

 ネッテの手のひらに乗っていたピクシーは、次いでアジールの肩に移る。大きな顔と小さな顔が互いの頬をくっつける光景は、ロニアさえも悶えさせる。


 そんなこんなで二時間後。

 イリックは目を開く。いつの間にか、トゥルルが膝枕をしてくれていた。その太ももは硬いが、ありがたいことに変わりはない。

 完成した札は三枚。すなわち、後一枚で出発となる。

 現在の時刻は午前十一時。

 悪くないペースだ。サハハ遺跡には夕方前には辿り着ける。

 二時間気絶もとい睡眠をとったため、かろうじてテレポート分のマジックポイントが回復した。ギリギリであろうと一回分なら十分であり、マジックポーションの消耗を最小限に抑えられたことにイリックは安堵する。


「この後どうします?」

「わしは一度研究室に戻って装備を整えてくるわい」


 イリック達は武装しているが、ゴルドは丸腰だ。準備のため、一度火の図書館に戻る必要がある。


「ガーウィンス連邦国を出発して、少し進んだら昼食にしましょう。ゴルドとはそこで合流ね」

「あい、わかった」


 ロニアの提案にゴルドは頷く。その方法が最も時間の無駄が少ない。


「ところで、ネッテとアジールさんはずっとあの調子?」

「ええ。微笑ましい光景だわ」


 イリックとロニアの視線の先には、いくつもの指にからみとられるピクシーがいる。

 ネッテは楽しそうに、アジールは鼻血を流しながら小さな女の子とじゃれている。

 二人共、幸せそうだ。


「サハハ遺跡にいるんですかね~」

「間違いなくいるでしょうね。それどころか、門番みたいにモンスターもまたいると思うわよ」


 ロニアからもたらされた情報に、イリックはがくっとうなだれる。前哨戦と言えども、手ごわい相手が待っているのは容易に想像できてしまう。


「そういう装備がまた入手できるとええのう」


 ゴルドがロニアの右腕を見つめる。銀色の腕輪が緑色の光を反射させて眩しく輝いている。サハハ遺跡で遭遇した岩のモンスター、ゲシュタルトを倒した際の戦利品だ。

 この装備のおかげで、ロニアの魔力と魔力制御は上昇し、新たな戦い方を会得するに至った。久しぶりの大きな戦力アップと言える。


「次は片手剣がいいわね」

「そうですね~」

「他人事のように言うでない。なんでまだそんなもん持ち歩いておるんじゃ」


 イリックがしみじみと共感する一方、ゴルドは冷ややかな視線を向ける。イリックの横には、茶色い鞘に収まったカッパーソードがゴロンと寝そべっている。長くもなければ太くもなく、重くもなければ軽くもない。お手本のような形をしている片手剣。刃は鞘よりもやや黒がかった茶色をしており、その刃は既にぼろぼろだ。


「この前、九百ゴールドで安売りされてたわよ。下手したら子供でも買えちゃうんじゃない?」

「お~、買い足せばよかったかな」


 ロニアからもたらされた情報にイリックは感動する。

 カッパーソードの本来の値段は千二百ゴールドだ。九百ゴールドで買えるのなら、美味しい買い物と言えるだろう。


「そんな鈍器みたいな剣ではなく、もっとまともなもんを買えばええじゃろ」


 ゴルドのつっこみは的を得ている。カッパーソードでは、斬って相手を倒すことなど到底不可能だ。なぜなら斬れない。突き刺すのが限界だ。

 イリックはカッパーソードのことを誰よりも理解している。見回り時代はずっとこれを装備していたのだから。だからと言って、他人からズバリ言われてしまうとシュンと落ち込んでしまうナイーブな年頃だったりもする。


 三十分後、最後の一枚が完成する。やり遂げた風の大精霊はぐったりとしているが、どういうわけかネッテとアジールとピクシーもぐったりしている。はしゃぎ疲れたらしい。

 これで準備完了。後はサハハ遺跡に殴りこむだけだ。

 一同は悲しみを胸にしまい、風の大精霊とピクシーに別れを告げる。


「ピクちゃん、またねー」

「バイバイ」


 ネッテとアジールが名残惜しそうに手を振る一方、ピクシーもまた、寂しそうにイリック達を眺める。

 テレポートの詠唱が進んでおり、それも後数秒で完了する。


「風の大精霊様。これにて失礼致します。ありがとうございました」

「お気をつけて」


 ゴルドと風の大精霊が挨拶を交わし、騒がしかった洞窟が一瞬にして静まり返る。

 そこから人間達がいなくなってしまったため、ピクシーもまた、精霊界に帰らなければならない。


「楽しかったようで何よりです」


 風の大精霊がそう言うように、ピクシーの表情はとても充実している。

 そして、いつもの光景に戻った広間には、緑色の球体だけが物静かに浮かび続ける。



 ◆



 どこまでも生い茂る草達の上で、イリック達は昼食を開始する。

 ここはスムルス平原の西側。ガーウィンス連邦国を出発して少し進んだあたりだ。

 もう数時間歩けば目的地のサハハ遺跡だが、腹が減っては戦はできぬ。ネッテとロニアが作ってくれた渾身の昼食を先ずは味わう。

 溶けたチーズが挟んであるいくつものパンからは、嗅ぐだけで涎が垂れてくる香ばしい匂いが漂っている。

 皿の上に並んでいる大きめのソーセージからは、パチパチと音すら聞こえる。

 半分に切られているゆで卵が頂点に君臨するサラダの盛り付けには、これぞサウノ風サラダと言わしめるロロベリー製ドレッシングがかかっている。

 皮つきのまま焼かれたベイクトポテトにはバターが乗っかっており、その匂いもまた、チーズ並の威力をかもしだしている。

 真っ赤なロロトマトが細切れの状態で泳いでいるロロトマトスープからは、酸味のきいた匂いが湯気と共に鼻まで昇ってくる。


「頂きます」


 もう我慢できない。ネッテとロニアがまだカチャカチャと準備を進めている中、イリックはフライング気味に食べ始める。色とりどりの見た目も去ることながら、空腹時に嗅がされたらおよそ耐えられない匂いが、イリックをそうさせる。


「ゴルドさんまだかな?」

「そろそろ来るわよ。さぁ、食べましょう」


 ネッテとロニアがゴルドの皿も準備し終える。

 イリックに続いてアジールも食べ始める。

 ネッテとロニアも皿の前に腰を下ろす。


「頂きます」

「いただきマーム!」


 そして全員の食事が始まる。もっとも、トゥルルは食事を必要としないため、周囲を警戒中だ。スムルス平原で警戒が必要かどうかはいささか怪しいが、しないよりはマシと言えるだろう。

 マーム。正式にはマーム村。サラミア港の北に位置する小さな村だ。昔からの伝統を今なお大事に引き継いでおり、マーム村製の羊皮紙は高級品とさえ言われている。

 西には雷の大精霊が居座る嵐の谷がひっそりと存在しており、イリックはテレポートの移動先に登録するため、ロニアはそこに張られている結界を見たいため、時間がとれたら向かおうと検討している。

 五分ほど経った頃だろうか。各々、一皿くらいは片付きそうなタイミングで、大きな両手斧を背負った筋肉もりもりの老人が手を振りながら現れる。


「こうして見ると、お主ら本当に仲良いのう。冒険者は全員こんな感じなのか?」

「知らないわよ」


 ゴルドが草原に敷かれた白いシートに座り込む。まるで家族のように昼食を楽しんでいるイリック達を見ていると、自然と笑顔がこぼれてしまう。

 そんなゴルドの発言を、ロニアはさらりと受け流す。


「なかなか美味そうじゃのう。ところで、イリックに朗報じゃ」


 皿の料理に手を伸ばす前に、ゴルドは持参したマジックバッグを漁り出す。ずぼっと取り出された濃い赤色の生地には見覚えがある。


「丁度先ほど届いておったわい。ほれ。コドウン曰く、ブレイズマーシャラーと名づけたそうじゃ。名前なんてどうでもいいと思うがのう」

「おぉ、ありがとうございます」


 イリックは太い腕から渡された少し重たい服をマジマジと眺める。

 単なる赤というよりは少し固まりかけた血液のように若干黒く、触り心地はサラサラしている。

 立ち上がり袖を通してみると、ネッテから拍手がわく。


「か、かっこいい! 結婚して!」


 ネッテの歓声を無視して、イリックは自身の体を眺める。


(そういえば、ピーコートって言ってたな)


 イリックは思い出す。上着の作成を依頼した際、コドウンが色々言っていた。その結果、火の大精霊から譲ってもらえた生地はピーコートに形を変えることとなったが、それがこの服だ。

 コートほどだぼっとしておらず、丈もまたコートよりも幾分短い。前部分には六つのボタンが三対を成して縦に並んでおり、前を閉じるのがめんどそうだと出不精なイリックは考えてしまう。


「随分似合ってるわね。まぁ、素材がいいからかしら?」


 ロニアが珍しくイリックの外見を褒める。むしろこんなことは初めてかもしれない。


「小さなコートって感じなのかな? その割りには動きにくくもないし、悪くないですね。ブレイズ……なんとかでしたっけ? 大事に使います」

「ブレイブマーシャラーじゃ」


 そしてイリックはさっと脱ぎ、食事を再開する。今は防具よりも飯だ。ソーセージが美味い。


「お兄ちゃ~ん、結婚して~」

「やかましい。さっさと食え」


 ネッテが体をよじって懇願する。しかし、受け入れるわけにはいかない。満場一致で却下だ。


「防具というよりは服みたいな見た目だけど、それを私が言うのもあれよね」

「そうじゃな」


 ロニアこそが防具というよりは服を着ているように見える。

 今日は黒いタイトワンピース。水着のようにぺたりと体にフィットしており、胸の大きさ、腹部のライン、腰周り、果てはショーツの形まで丸分かりだ。丈は非常に短く、それこそアジールのミニスカートよりも短い。

 こうやってシートに座って食事をしている時は、ロニアの下半身をつい眺めてしまいたくなる。ゴルドは鼻の下を伸ばしてそれを実行している。

 太ももと太もも、そして短いスカート。それらが作り出す逆三角形には男のロマンが潜んでいる。

 イリックとゴルドはそこをチラチラと盗み見る。


「これでマスターは、火と氷の属性に対シテ高い魔法防御力を得タというコトニなりますネ」

「そうね。いいことだわ。七年だったかしら? モンスターと戦ってきたの?」

「見回りを始めたのが十一だから……、そんな感じです。もしゃもしゃ」

「にも関わらず、これが防具初装備なんでしょ? 呆れるどころか、感心しちゃうわ。いえ、やっぱり呆れるわ」

「変人じゃのう」


 なにやらボロクソに言われているが、イリックはめげない。それよりも目の前の昼食に必死だ。

 周囲には初々しい冒険者達が活動しており、笑い声を響かせながら食事を楽しむ集団に自然と視線が集まる。

 ここはスムルス平原。冒険者を目指す夢追い人や、なりたての冒険者が走り回る緑豊かな土地。

 リトルスライムがピョンと跳ねる。

 冒険者がそれを追いかける。

 イリック達は昼食を食べる。

 生い茂る草の上を蝶が行き交う。

 木々の下には二匹のリスが競うように実を拾う。

 ここには様々な命で溢れかえっている。


 その命を守るためにも、一同は向かわなければならない。

 サハハ遺跡の魔力上昇を停止させるため。

 ウーディの野望を阻止するため。


 昼食後、六人は西を目指す。

 空は青々と晴れている。

 サハハ遺跡はもう少し先だ。


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