dreaming
誰かが手放した赤い風船が飛んでいく。笑い声、叫び声、メリーゴーラウンドの楽しげな音楽、歓声、ジェットコースターのゴォーッという轟音。目の前を小さな子どもたちが走りすぎていく。
気がつくと私は1人でお城の前に立っていた。カラフルな外壁のかわいらしいお城。そこからピンクのウサギがとび出てきて、愛想よくみんなに手を振っている。子どもたちがわあっと歓声を上げ、ウサギに群がっていった。たしか名前は、ドリーミィくんだったか。
ここは……裏野ドリームランド?
強烈な懐かしさがこみ上げてくる。小さいころに一度来たきりなのに、不思議だ。
それに何か、とても大事なことを忘れているような気がする。
何だったっけ……と突っ立って考えていると、ドンと脇腹に軽い衝撃があった。10歳くらいの男の子が転んで尻もちをついていた。その手から青い風船が離れて、飛んでいく。
「ごめんね、気づかなくて。大丈夫?」
手を差し出すと、男の子は真っ青な帽子の下から私の顔をじっと見つめ、首を振って立ち上がった。大丈夫だという意味らしい。
「私、新しい風船もらって来るよ」
しかし男の子は「いらない」と言い捨て、走ってお城から遠ざかっていく。
「あっ、待って!」
急いで後を追いかけたが、思いのほかすばしっこく、すぐに人ごみの中に消えてしまった。たぶんいらないお世話だったんだろう。
そういえばあの子、1人だったな。親とはぐれてしまったんだろうか?いや、そこまで幼い年齢には見えなかったけれど……
そしてあの目。一瞬のことだったが、何かを強く訴えていたような……それになんとなく見覚えのある顔だった。もしかしたら、私はあの子に用があって来たんじゃなかったか?
何かが頭に引っかかる。もう少しで思い出せそうなのに、惜しいところで手が届かなくて、もどかしい。
……だめだ、わからない。
もう一度あの子に会えば、何かわかるかもしれないと思い、私はふらふらと遊園地を散策した。くるくると優雅に回るメリーゴーラウンド、縦横無尽なジェットコースターのコースを支える緻密な骨組み、左右対称につくられたミラーハウス。メルヘンチックな花壇の花やアイスクリームのワゴンも、アトラクションの合間をにぎわせている。
その中でも、観覧車の存在感はいちばん大きい。七色のグラデーションで彩られたゴンドラが、巨大な時計のようにゆっくり回って悠久の時を刻む。
そうだ、観覧車に乗ればもっと見わたせる範囲が広がるじゃないか。
私は観覧車の列に並んだ。と言っても大して長い列ではなく、3、4組待てばよかった。一緒に並んでくれる相手がいないので、少し手持ち無沙汰ではあったが。そういえば、私はなぜひとりで遊園地なんかに来たのだろう?いや、本当に1人で来たのかどうかさえはっきりしない。もしかしたらどこかで待ち合わせでもして……
『出して』
ふいにそう聞こえて、私は声のするほうを見上げた。観覧車の中だ。いや、でもそんなはずはない。ゴンドラの1つ1つは扉が閉まって密閉状態になるし、あんなささやくような声を出して聞こえるはずが……
『ここから出して。お願い』
今度ははっきり、耳元で聞こえた。
あれだ、もうすぐ戻ってくるオレンジ色のゴンドラ。ここからじゃ中はよく見えないのに、確信を持って言える。ひとりぼっちで、出られなくて困っている。きっとあの中にユウキが……
そうだ、どうして今まで忘れていたのだろう?私はユウキを探すためにここへ来たのだった。早く、あの中にいるユウキを助け出さなくては……
「何名様ですか?」
ピンクと紫の制服を着た女性が、笑顔で話しかけてくる。
私はハッと我に返り、オレンジ色のゴンドラを指さした。
「すみません、あの色のがいいんですが」
「オレンジ色のですか?申し訳ございません、あの台はただいまメンテナンス中で使用できないんですよ」
「そこをなんとか、お願いします」
「しかし、安全を保障できませんので……」
「構いませんから!」
たじたじになっている女性スタッフにたたみかけていると、トンと後ろから肩を叩かれた。
「その辺にしておきなよ、よっちゃん。お姉さんが困ってるよ」
懐かしい響きの呼び名。ゆっくりと振り返ると、自分と同じ年頃の青年が立っていた。
さらさらの前髪、切れ長の優しい目、ちょっと困ったような笑み。私の記憶にあるよりずっと大人っぽくなっているけれど、この面差しは……
「……ユウキ?」
彼は小さくうなずくと、「すみません、2人です」と女性に言った。
オレンジの手前の黄色いゴンドラが開けられ、私たちはそれに乗り込んだ。
向かい合って座る。
ゴンドラがゆっくりと上昇していく。
「本当に、ユウキなの?」
「そうだよ」と彼はうなずく。
「ずいぶん大きくなったのね」
「それはお互いさまじゃないか」
ユウキは笑った。
私も微笑んだ。
頭の中で何度も夢想したよりもずっと唐突で、穏やかな再会だった。つい自分のしたことを忘れそうになる。
やはりこれは夢なのだろうか?いや、それでもいい。私は彼に謝りたかった。
「あのね、私、ユウキに会ったらどうしても言わなくちゃって思っていたの。11年前のこと……私たちが、ここに来た日のこと」
まともにユウキの顔を見られなくて、目をつぶって頭を下げた。
「ごめんなさい。私が、あんなにひどいことを言わなければ、ユウキがいなくなることもなかったはずなのに……謝ってすむことじゃないけど、ユウキが、どんな思いをするか……よく考えてなかった。本当に、ごめんなさい」
しずくがぽたりぽたりと膝の上に落ちた。
なんで私が泣いてるんだろう?これじゃ、ユウキが思いっきり怒れないじゃないか。
「よっちゃん、顔上げて」
私はうつむいたまま首を振った。恥ずかしくてできなかった。
「せっかく観覧車に乗っているんだから、景色を見なくちゃ」
そう言われて、顔をそむけるように窓の外に目をやった。
だんだん、人が小さくなっていく。お城のてっぺんで揺れる旗。廻り続けるメリーゴーラウンドの屋根。水路を走る小さな巡行船。宙返りするコースター。広場の噴水の周りには、思い思いにくつろぐ人々がいる。こうして見ると、まるでおもちゃ箱の中のようだった。ドリームランドの周囲は緑に囲まれて、実際、ここだけ別世界のように孤立していた。森の向こうは、何もない。ただ緑の稜線がどこまでも広がっているだけだ。
「ここにいる人たちはさ、みんな夢を見ているんだ」
ユウキはおもむろに語りだした。
「夢」と私は繰り返す。
「そう。ほとんどの人はそのことに気づいてないけれど。いつまでもここで遊ぶうちに本当のことを忘れてしまうんだ」
ユウキも窓の外を眺めた。言っていることは突拍子もないことだが、何となく現実感を欠いているこの遊園地の雰囲気や、頭の中にずっと靄がかかっているような感覚があって、妙にすんなりと受け入れてしまった。
「でも、ユウキはこれが夢だってわかっているのね」
「僕の場合は、気づかせてくれた人がいるから」
「えっ、誰が?」
ユウキは服のポケットから1枚の写真を取り出して私に見せた。ピンクのウサギの両隣りに、浮かない表情の少年と少女が立っていた。
「これって……そこの下で撮ったやつ?」
「よく憶えていたね」
「何度も思い返して悔やんだから」
「この写真を見て、よっちゃんがいないからこれは現実じゃないってわかったんだよ。まあ、今はこうして向かい合っているけれど」
「親の目を離れて初めて、自分の足でユウキのことを探してみようと思って。まさか本当にいるとは思わなかったけど……夢だとしても、会えてよかった」
「僕もだよ。また会えて嬉しい」
ユウキははにかんだ。
「おじさんとおばさんは、元気にしてる?」
「……ええ。あなたがいなくなってから、しばらくはひどい落ち込みようだったけれど、今ではまあまあ元気にやってる。おばあちゃんも、腰が痛いとかいろいろ文句を言うわりには元気よ」
「そっか」とユウキは安心したように笑った。
母が流産したことは黙っておこう。もともとユウキは知らなかったことなのだから、わざわざがっかりさせることもない。
私たちが乗ったゴンドラは頂点にさしかかり、ドリームランド全体が一望できるようになった。楽しいことだけで形成された、小さな世界。豆粒みたいな人々が、気の向くままに遊びほうける。と、お城の裏に移動してきたドリーミィくんが、ちらっとこちらを見上げたような気がした。私は慌ててユウキに目を戻す。
「ずっとここにいたの?」
「うん、ずっといた」
「飽きて出ていきたくなったりしなかった?」
「それが意外と飽きないんだよ。この遊園地には、いろいろと秘密があってさ。それを探るのはなかなかスリルがあって面白いんだ」
「スリル?」
「たとえば、アクアツアーの水中には本物の変わった生き物がいたり、ミラーハウスの中に隠し通路があったりとか。中でもいちばん危険なのはドリームキャッスルだな。あそこの地下には、外観からは想像もつかないような闇が広がっている。何か不都合なことがあると、ドリーミィくんに目をつけられて連れていかれるんだ。君も気をつけたほうがいいよ」
「へえ、夢の中だから、何でもありなのね」
ユウキは肯定も否定もせず、ただ微笑した。
「僕の話はもういいや。よっちゃんのこと、もっと聞かせてよ」
ユウキがそう言うので、私は今通っている大学のことや、アパートで気ままに一人暮らしをしていること、誕生日にお酒を飲んで失敗したこと、料理の腕がいつまで経っても上がらないことなどを話した。11年分とまではいかなかったけれど、けっこうよくしゃべったと思う。まるで私が話し終えるのを待ってくれているかのように、観覧車はじっくり、ゆっくり、ちょっとずつ進んだ。
それでも、まだまだ話し足りない。近所で有名だったすごく早口のおしゃべりおばさんが再婚したこと、小さいころよく一緒にちょっかいを出しに行って吠えられた犬と和解したこと、小学校の同窓会で校長先生が号泣したこと、私たちが通っていた絵画教室が美容室に変わったこと、今ではお母さんがそこに通っていること……
次から次へと、話したいことが溢れてくる。
「私ね、今でも時々思うの。もしもユウキがいたら、私の人生はまったく別のものになっていたんじゃないかって。もっと騒がしくて、楽しくて、全然、別の……」
ああ、もうここまで言うと隠しておくのがつらい。全部話して、楽になってしまいたい。
私は言葉を飲みこんだ。もうすぐ降車口だ。
それまでじっと聞き入っていたユウキが口を開いた。
「よっちゃんがそんなふうに思ってくれたのは、とても嬉しいよ。でも、君は確かに僕のいない人生を歩んで来たし、それは決して悪いものじゃなかったはずだ。もちろん、つらいこともあっただろうけれど、よっちゃんはちゃんとそれを乗り越えた。そして、ここまで会いに来てくれた。変だと思うかもしれないけれど、僕は、ああ、よかったなあという気持ちでいっぱいなんだ。あの日、僕は耐え切れなくて逃げ出して、よっちゃんやおじさんを悲しませてしまったけれど、よっちゃんの周りには支えてくれる人たちがいる。それがわかったから、よかったなあって思うんだ」
ユウキはたまにつかえながら、丁寧に言葉を紡いだ。
「またそうやって人のことばかり心配して……優しすぎるんだよユウキは」
「見た目ほどは成長してないのかもしれないね」
ユウキは膝の上に置いていた写真を大事そうにポケットにしまった。
「さて、そろそろ時間だな。君の連れが心配してる」
「私の連れ?」
ユウキはうなずく。
「彼氏なんでしょ?なかなか好青年だね」
「まさか。私には彼氏なんていないわ」
ユウキはくすりと笑った。
「忘れているってことは、大事な人ってことだよ」
ユウキは立ち上がり、ちらりと外を見た。
「まずいな。もう気づかれたかもしれない」
「えっ、何が?」
「ドリーミィくんだよ。こっちに向かってる。降りたら離れずにしっかりついて来て」
よくわからないが、ユウキの声から緊張が伝わってきたので、私は小さくうなずいて、ユウキのとなりに立った。
観覧車の扉が開けられると、私たちは地上へ飛び出した。
「こっち!」とユウキが私の手をつかみ、噴水広場の人ごみの中へ入っていく。フランクフルトの屋台の行列が、いい感じにカモフラージュになってくれた。そんなにおいしいのだろうか?
私は横目でウサギの位置を確認した。広場の向こう端、50メートルくらい後方にピンクの耳が見えた。ドリーミィくんに気づいた子どもたちがわあっと駆け寄っていき、人混みはさらに大きくなった。ユウキの歩調が少しだけ緩くなる。
「ドリーミィくんて、あんなに人気だったっけ?」
「ここでは彼の影響力が大きいからね」
ユウキは声をひそめた。
「気をつけて。彼は足は遅いけれど耳はいいんだ」
「私たち、どうして追われているの?」
私は声を低くして訊いた。
「僕が君を逃がそうとしているからさ」
「ここから出られるの?」
「うん。でも入場ゲートは監視の目が厳しいから無理だ。ミラーハウスから行く」
「それって逆方向じゃない?」
「あのまま突っこんでいったらつかまってただろう?それより、遠回りして混乱させるんだ。ミラーハウスのほかにもいくつか出口があるのは知っているからね。ちびっ子たちの前を通れば足留めしてくれるから、一石二鳥だよ」
私はユウキの横顔を見上げた。ずいぶんと頼もしくなったものだ。もしかしたらユウキは、夢の中で私よりも立派に成長していたのかもしれない。何があったのか、私にはわからないけれど。
ジェットコースターのそばを過ぎ、たくさんのパラソルつきのテーブルを過ぎ、アクアツアーのごつごつした岩山を後にする。途中、何度か小さな子たちが束になって広場の方へ向かっていくのを見かけた。楽しいイベントでもあるのだろうか?
ドリームキャッスルの正面を横切り、ピカピカのメリーゴーラウンドを過ぎて、ようやくミラーハウスまで戻ってきた。
入口のところに、男の子がひとりアイスクリームを食べながら立っていた。こちらを見ると小さく手を挙げた。青い帽子をかぶっている。
「あっ、あの子、さっき会った男の子だ」
追われている最中なのに、顔がほころんだ。
「僕らの強い味方さ。彼がよっちゃんが来たことを知らせてくれたんだよ」
少年はアイスクリームをぺろりと平らげると、紙くずをポケットの中に押し込んだ。
「おまたせ」とユウキが少年に言う。
「遅いから、もう捕まったのかと思った」
「ちょっと話が弾んでね。いつもより観覧車がゆっくり回ってくれたみたいだ。立ち止まってる暇はないから、歩きながら話そう」
ユウキはミラーハウスに足を踏み入れた。少年と私も続く。
ハウスの中の照明は暗く、床以外どこもかしこも鏡張りだった。油断すると、どれが本物のユウキと少年なのかわからなくなりそうだ。
「まったく、ぼくが足留めしていなければもっと大変なことになっていたはずなんだから、感謝してよね」
少年は生意気にそう言った。
「はいはい、ありがとう。で、今回はどんな手を使ったんだ?」
少年は胸を張った。
「ドリーミィがアイスクリームを子どもにタダで配ってるって言いふらしたんだ。早く行かないとなくなるよって」
そういえば、ここへ来る途中たくさんの子たちとすれ違ったっけ。あれはこの子の差し金だったのか。
「ねえ君、どうして私たちの味方をしてくれるの?」
私は少年に訊ねた。彼は驚いて振り返った。
「あれだけ時間があったのに、ぼくのことは話さなかったのか?」
「えっ、だって……」
私はこの子のことをユウキと勘違いしたが、その後ユウキ本人に話しかけられたので、すっかり舞い上がって忘れていたのだ。
少年はため息をついた。
「兄貴も兄貴だよ。弟のこと紹介し忘れるなんてさ」
「忘れたわけじゃないけど、何だかよっちゃんそのことについて触れたくないみたいだったからさぁ……」
「ねえ、今アニキって言った?弟って!?」
「気づくの遅いよ!ぼくはあんたの弟さ。2人目のね」
少年の体はますますふんぞり返る。
「ぼくの顔見て、誰かにそっくりだと思わなかったの?」
私は目の前の少年と、鏡に映った自分の顔を見比べた。たしかに、よく似ている。最初に会ったときどことなく見覚えがあると思ったのは気のせいではなかったようだ。
私は、片手で小さな弟のほっぺたをぷにっとつまんだ。
「何すんだよ」
「いや、生きてるんだなあと思って」
「当たり前だろ。これは夢の中なんだから」
私はとても嬉しかったのだけれど、うまく言葉にできなかった。抱きしめたかったけれど、絶対に嫌がられるだろうと思ってやめた。
「顔は似てるけど、中身はそこまで似てないわね。私はここまで生意気じゃないもの」
「みたいだな。ぼくだってここまで鈍くないし」
「何ですって?」
私はもう片方の手も使って弟のほっぺたを引き延ばした。
「いってーな!」
「2人とも、そっくりだと思うよ」とユウキは笑った。
「じゃれあうのはいいけど、迷子にならないようにね」
鏡張りの迷路はどこまでも続いていた。左右反対の私、上下反対の私、同時に幾人もの私が私を見つめている。ときどき進む方向を確かめようと鏡に触れると、私は鏡の中の私と共鳴した。だんだん、どっちが本物の自分なのか曖昧になっていく。あやふやで、あべこべで……
「よっちゃん、こっちだよ」
ユウキの声が私を引き戻した。小さい弟が、疑うような目つきでこっちを見ている。
「今、鏡の中の自分と同調してただろ」
「何か問題でも?」
「入れ替わったら、帰れなくなるぞ」
私は怖くなって弟たちのそばに駆け寄った。
ユウキが近くの鏡をそっと手で押すと、ぽっかりと暗い空間が現れた。
「……あなたたちも一緒に行くでしょ?」
ユウキは寂しげに笑い、小さい弟はそっぽを向いた。
「僕たちはいけないよ。ここでお別れだ」
「そんな……せっかく会えたのに」
私は踏ん切りがつかずに、2人の弟を交互に見つめた。
「ねえ、私がここに残るっていうのはどうかしら?」
小さい弟は、びっくりして目を丸くした。
「こいつ、アホか?……でも、悪くない考えだけど」
「だめだよ」とユウキは弟の頭を軽くたたいた。
「よっちゃんが戻らなかったらおじさんとおばさんが悲しむ。それにすぐそこで待っている人がいるんだ。さあ、もう行かないと。ぐずぐずしてるとドリーミィくんに見つかっちゃうよ」
「……うん」
私はユウキに手を差し出した。ユウキは温かく握り返してくれた。
「送ってくれてありがとう。弟をよろしく」
「うん。気をつけて帰ってね」
私はユウキの手を離し、小さい弟を見る。どうせこれっきりでお別れなのだ。嫌われたってかまうもんか。
私は小さい弟を両腕でぎゅっと抱きしめた。
「うわっ、なんだよ急に」
「なんでも。ありがとね」
あなたがいたから、ユウキはこんなに強くなったんだと思う。だから、ありがとう。
「そういえば、名前を聞いてなかったわね」
「……望」
小さい弟は私の腕の中でぼそりと言った。
「兄貴がつけてくれたんだ」
「そっか。ありがとう望。ユウキのこと、よろしくね」
私は腕を放して、鏡の扉の前に立った。
「じゃあ、元気で」
「よっちゃんもね。おじさんとおばさんによろしく」
ユウキが手を振ったので、私も振りかえした。
「……また会えるかな?」
「いいから早く行けよ」と望が言う。
「夢の中でなら、会えるかもしれない。あ、とうとうドリーミィくんが追いついてきたようだ。さようなら、よっちゃん」
ユウキが私の肩を押して、扉を閉めた。
「さよなら!ユウキ!望!」
「またな佳子!」
私と望は閉じていく扉に向かって同時に叫んだ。
「ほら、やっぱりそっくりだ」というユウキの声がかすかに聞こえて、闇は完全に閉じられた。




