夢のあと
近くでセミが鳴いている。心地いい風が頬をなでる。
私は木陰のベンチで目を覚ました。とてもすっきりとした目覚めだった。
起き上がり、あたりを見回す。
右側には三角屋根の大きな建物。反対側には巨大な観覧車がどっしりとそびえている。
裏野ドリームランド。何年も前に廃園になった遊園地だ。
どうして私は、こんなところで寝ていたんだろう?
立ち上がってきょろきょろしていると、向こうから「カコちゃーん」と呼ぶ声があった。手をふりながら駆け寄ってくる。
「こんなところにいたのか。探したよ!」
泰晴の息は弾んでいた。
「まったく、おどかさないでよ。ゲートを通ったと思ったら、カコちゃん突然消えちゃうんだもの。神隠しにでも遭ったかと思って焦ったよ!」
「なんだか気持ちよくて。寝ちゃってたみたい」
「寝てた!?」
泰晴は目をむいた。
「じゃあ、僕が必死こいてありこち探し回ってたのに、カコちゃんはずっとそこのベンチで眠ってたの!?」
「そのようね」
泰晴はへなへなと座り込んだ。
「なんてこった。そのあいだに僕は、水辺のアトラクションで幻覚を見たり、お城の中でする変な音に飛び上がったりしていたっていうのに……」
「あら、大冒険だったのね」
「冗談じゃないよ。廃園になった遊園地をたったひとりでさ迷うのがどれだけ心細いか、わかる?」
「うーん、わからない」
私は我慢しきれず、ふわぁと欠伸をした。
「あー、なんかすごく踊らされた気分」
泰晴はさっきまで私が寝転がっていたベンチに腰かけた。
「それで、もう気は済んだの?」
「うん?」
「カコちゃんの弟のことだよ。……ねえ、大丈夫?何かに憑りつかれたりしてない?」
「失礼ね。大丈夫だってば」
私はひとりですたすたとミラーハウスの正面に回った。
「あっ、待ってよ!」と泰晴がすぐに追いかけてくる。
ミラーハウスの入口は開けっ放しになっていた。電気が消えていて中はよく見えない。
「何か気になるの?」
私はじっと目を凝らした。すると、外の光が反射している鏡の一部に、ぎょろりとした大きな目玉がふたつ映っているのが見えた。
こっちを見ている!
私は声にならない悲鳴を上げ、泰晴の手を引っぱって走り出した。
「えっ、なに、どうしたの!?」
「急いで!逃げないとあいつに捕まる!」
私たちは息を切らせながら、人気のないドリームランドを一散に駆け抜けた。
入場ゲートを出て、車に乗り込んでも焦りは消えなかった。
「早く出して!」
「なんでそんなに慌ててるの?」
泰晴はいぶかりながらも、エンジンをかけてすぐに車を発進した。ドリームランドの看板が、あっという間に遠のいていく。
そこまでして、ようやく一安心できた。
「ねえ、さっきの、何があったの?」
「何かがこっちを見てたのよ。信じてくれなくてもいいけど」
泰晴の顔はひきつっていた。
「……信じるよ。実は僕もさっき、観覧車の近くを通ったときに、誰かが『出して』って言ったように聞こえたんだよね。もしかしたらカコちゃんかなって思って探しに行ったんだけど、下からじゃよく見えなくて……結局、カコちゃんはベンチのところにいたけど」
私たちはしばらく無言で山道を走った。まだ日暮れ前だというのに、空気はひんやりとしていた。夏の日差しの下に停めておいた車の中なのに、よく考えたらおかしなことだ。
通りに民家が見え始めたところで、ようやく泰晴が口を開いた。
「まさか初デートで肝試しすることになるとは思わなかったよ。僕が入ってみようなんて言わなければこんなことにはならなかったのに。ごめんね」
「あなたのせいじゃないわ。もとはと言えば、私が来たいと言ったんだもの」
私は後部座席のクーラーバックに手を伸ばし、少しぬるくなった缶コーヒーを開けて泰晴に渡した。それから自分の分も取った。
「でもね、不思議と来てよかったなって気持ちなの」
泰晴がコーヒーを噴きそうになる。
「カコちゃんて、ホラー好きなの?」
「違うわ。あんな怖い思いするのは私も二度とごめん」
私はだいぶ小さくなった観覧車のを見つめた。
「だけど、すごく素敵なことがあったような気がする」
「僕と手をつないだこととか?」
「うーん、近いけどちょっと違うような……」
同じように温かい誰かの手を、握った気がする。
「忘れちゃった。夢でも見てたのかしらね」
「なんだ、夢の中のことか……まさか、僕じゃない誰かとデートしてる夢じゃないよね?」
「あっ、そこのコンビニ寄って。なんだか無性にフランクフルトが食べたいの」
「話をそらさないでよ。本当のところどうなの?」
「夢の中の話なんだから、本当も何もないでしょう?」
「あるよ!ほら、深層心理が表れるとか言うじゃん」
「しつこいなあ」
私は車の窓を5センチほど開けた。生ぬるい風が入ってくる。
今年の夏は、どんなことをしよう?




