壱陸玖、選択
「魔王と話をしたくて来た。」
そう伝えると、すんなりと道を開けてくれた。
その道なりに廊下を進んでいく。
ステンドガラスが輝かしく美しい道を進むと螺旋階段にたどり着く。ゆっくりと三階へと向かう。
大きな空洞。とても広い空間。
その部屋の奥で魔王は椅子に深く座っていた。
「久々だな、小僧。一目見ただけで分かるぞ。名ばかりの英雄だった貴様は、名実ともに英雄となったのだと。しかし、そんな貴様が我に何のようだ?」
「魔王軍が人間の町に侵攻してきたから、こうして話し合いをしにきたんだ。安心して、戦いにきた訳じゃない。」
「面白い。それで何を話し合うというのだ?」
「ひとまず領地を決める会議を開きたい。お互いにその領地には干渉しない。そういうルールを作りたいんだ。そうすればきっと無用な圧も受けず戦いも起こらない。」
魔王は肘をつきながら、明瞭な声で言い切る。
「却下——」と。
「なぜ、まず話し合いだけでも——」
「誰とだ? ソフィスの王とだろ? 奴と交渉した所で進展はない。こちらに不利な条件を出してくるからな。」
その目はもはや未来を見抜いているような瞳をしていた。
「先に言っておこう。貴様らは我を殺せない。厳密に言えば、我を殺してはならない。」
「どういうことです?」とデイルタが疑問を投げた。
「この世界と向こうの世界を隔てる壁は九割しか作っていない。一割は空いている。図書館に未知なる本が現れるのは何故だ? 簡単なことだ。完全に分かつことができていないからだ。」
その言葉を聞いて、「嘘だ。もう隔てることはできたはずだ」と声を漏らした。
「ああ、そうとも。だが、我は意図して空けているのだ。」
その会話を受けて、全く話に着いてこれないネヌとデイルタ。僕だけはこの話を理解していた。
「完全に分ければ、向こうの世界の干渉を受けることはなくなる。だが、我はどうだ? 世界における魔王の必要性はなくなるだろ。」
ネヌとデイルタが僕に何の話か教授を求めてきた。
「向こうの世界は、近藤孝太郎のような、まさに神と呼ぶに等しい存在が、沢山住む世界のことなんだ。その人達なら、この世界を滅ぼすなんて簡単なことだし、僕らじゃ何にもできない。だから、予めその世界から干渉されないように壁を作る必要があって、それをできるのは魔王一人のみなんだ。」
二人は頷いていた。理解したみたいだ。
「我が部下——魔族四天王には監視を得意とする者がいる。その者の長年に渡る監視報告から、今の状況なら向こうの世界の干渉はされないことが分かった。だが——」
「だが——?」
「我が死ぬのなら話は別だ。壁は崩壊し、向こうの世界からの干渉を受けるだろう。その時は我が死んだ後だ。この世界がどうなろうと構わない。」
つまるところ——
「魔王を殺せば、神のような存在が干渉して、この世界を滅ぼすかも知れないということですね。」デイルタが頷いていた。
「そういうことだ。」
「わざわざ仕事を完遂させないことによって、人間に滅ぼされる可能性を減らす……。意地でも完遂させてはくれなさそうですね。」
「その通りだ。己の命がかかっておるからな。」
魔王を殺してはいけない。
きっと拷問した所で、言うことを聞いてくれそうにないし。そもそも相当な戦力を持つ魔王を捕らえることなんて非常に厳しい。
「これ以上話すことはない。貴様らの王には、もし話し合いがしたければ、町一つを譲る覚悟ですることだと言っておけ。もちろん、我を殺すことは世界の崩壊を意味することも伝えた上でな。」
僕ら三人による話し合いは唐突に終わってしまった。
僕らはそのまま何事もなく都へと戻っていった。
◆
「嘘に決まっておろう!」
王は高らかにそう言い切った。
「怯えておるのだ。ホラを吹き、人間に襲われないようにしているだけのこと。」
すぐさま僕は否定した。
「根拠を言ってみろ」と圧をかけられる。
「近藤孝太郎をご存知でしょうか。この世界を滅ぼそうとした人です。あの方の住む世界こそが向こうの世界です。」
「知ってるも何も先代国王を殺害した者だ。忘れる訳なかろう。」
「その世界から干渉を防ぐために魔王は停戦を申しでました。おそらく、干渉を防ぐために動いていたのは確かでしょう。現に向こうの世界が持つ"光り輝く玉"の残り一つはこの世界にはありませんし。」
光り輝く玉——。僕の持つ『天使の勇気』、魔王の持つ『神の知恵』、残り一つである『悪魔の力』。
それが存在するだけで圧倒的な力を世界に放ち、『天使の勇気』を持つ僕が気づかないなんてことはおそらくないと思われる。
そして、これまでにその悪魔の力や向こうの人間が関与してくることはなかった。
それだけで判断できることではないけど、魔王が向こうの世界の干渉を防いだと僕は断言する根拠にはなった。
「既に壁は閉じていて、一割空いているのは嘘という場合もある!」
「それもないと思います。図書館の話は本当です。例えば、『ONEPIECE』や『ジョジョの奇妙な冒険』などの漫画はこの世界のものではありません。つまり、次元の穴が空いているのも本当です。」
この世界には別の世界における最新の本がやって来る。
その事実は覆らない。
「では、魔王を生け捕りにすれば良い。」
「生け捕りにできるほど、弱くはないです。生け捕りにしようとすれば、逆に被害が増えて、さらにいつしか脱出されるでしょう。」
「魔王以外の魔族を——魔王の味方を全て殺害すれば良い。それだけで人間にアドバンテージができる。」
「やめた方がいいと思います。そうなれば魔王は無敵の人です。いくらでも暴れられ、手がつけられなくなります。なのに、魔王を殺せば世界は滅びる。そうなれば絶望的です。」
「じゃあ、なんだと言うのか。みすみす敵の侵略を指をくわえて見ておれと言うのか。」
国王の怒りが増している。
「魔王は侵略のために準備を進めておるのだろう?」
ネヌが「仰る通りです」と杖を床に三回ついた。
そこに現れた映像には、魔王城とその付近の様子の録画が映し出され、そこには戦の準備と見て取れるものが映っていた。
「この状況下、大人しく侵略を待てと言っておるのか!」
「ですが、下手に迎え撃つのは悪手だと思います。」
「では、どうするのだ?」
「それは……」それ以上、思い浮かばなかった。
「戦うしか他ないのだ。それ以外は認められん。」
「駄目です!」
僕の言葉に強く足を踏みならしてきた。
「黙れっ! 否定ばかりしおって。英雄だが何だか知らないが、それも魔王との連携があったからだろう。つまり、オヌシは魔王と繋がってる可能性がある。それに、一時は牢屋に捕まって脱出した囚人だったとも聞いておる。」
「——。」
「いいか、魔王との共謀罪で今ここで処刑を宣言しても良いのだぞ。」
もう僕はこの場において言葉を失った。
口は開こうにも開かない。
「いや、ここで処刑しておこうか。」
それを聞いて、ネヌが、
「止めて下さい。バムは悪くないんです。お願いですから、そんな酷いことはっ」と取り乱した。
その時、デイルタがネヌに対して、
「もしバムが処刑されることになったら、どっちにつく? 国か? バムか?」と訊ねた。
即答で「バム君に決まってるじゃない」と涙ぐむような声で放たれた。
そして、デイルタが背筋をピンと貼りながら国王の元へと歩いていった。
座っている国王に真正面から対面する。
跪くことなく、ただ凛々しく立っている。
「無礼者めが。オヌシも侮辱罪として処刑されたいか!」
デイルタは動じない。
「もしバム氏を処刑するのであれば、その時は私も相手になりましょう。ネヌ氏もまた相手になります。エポン氏はバム氏の師弟関係であり元パーティーの仲間でもある。つまり、エポン氏も相手になるでしょう。ワム氏もバム氏と連絡を取り合える関係にありますから……」
「何がいいたい!」
「もしバムを殺そうとするなら、『五忍』が相手になります。さらに、私は元翡翠の国王として貴方方に戦争の開始を宣言しましょう。そうなれば、一方的に合併された上級地域もとい元炎の国もまた、私達に協力するでしょう。」
王に焦りが見え始めた。
「魔王軍に、五忍、元翡翠の国。加えて元炎の国の可能性。それと敵対する気であれば、どうぞバムの処刑を宣言しても構いませんよ。」
国王は持っていた杖を叩きつけた。
そして、乱暴に言葉を言い放つ。
「長くて三日。それ以上は待ちきれん。それまでに魔王軍への対応を考えろ。もし考えられなかったり、あまりに無謀な作戦を考えてきたりしたら、その時は否応無しに魔族への進軍を開始する。それでいいな!」
「ありがとうございます。」
僕らは三日程度の猶予を貰った。
その間に、考えなければならないことが一つ。
魔王軍への対応。
その課題が投げかけられた。




