壱伍壱、RESET
異世界転生から百五一日後——。
◆
なるほど、ここの住人は俺と関われば関わる程に意思を持っていくのか……。
初めはNPC——コンピューターのような言動しか取れない人達も、俺が話せばしっかりとそれに対応して話してくれる。
それを続ければ、まるで人の意思を持ったような行動を取っていくようになる。
せっかくできたこの縁を切らしたくはないのだが……。
「撮影の開始は『転生後から』です。今までの関係は全てリセットされます。そこのところ了承してくださいね。」
久しぶりに現れた孝太郎は淡々と説明していた。
「ああ、それと——」
壁ドン!
顔を近づけてきた。
「何が『りりりりり』です。そんなふざけたニックネームが許されるとでも?」
豹変した態度に気怖じしそうだ。
だが、俺は曲げなかった。負けなかった。
「俺の名前は"りりりりり"。年齢制限も問題ないはず。ニックネームならありじゃないですか?」
「ふざけやがって」とボソリと放たれた。
俺は変人なのかも知れない。普通の名前にはしたくないと意地になってしまった。大人になっても厨二病が抜けていないのかも知れない。
「まぁ、いいでしょう。今から貴方を殺します。もちろん、貴方は自動能力を持っているので死ぬことはないのでご安心を。物語を始めるために仕方ないので悪しからず。」
「ああ。早くやってくださいよ。物語の開幕の狼煙をさ——。」
彼は俺に装備された剣を引き抜いた。
そして、その剣で一思いに首を掻っ切る。
一時的に俺は死んだのだ。
◆
自動能力
【リトライ】
自動能力とは、光り輝く魂の玉を所持していれば、条件達成時に常時自動的に発動される。条件は死んだ時。
俺の"自動能力"の発動内容は、セーブポイントでセーブ前に蘇るもの。つまり、RPGの主人公のような能力である。ちなみに、セーブ地点は孝太郎らゲーム運営側が逐一決めていくらしい。
◆
目を見開けば、そこは一面の雪景色。
異世界冒険の始まりの凍てつく風が吹いている。
そこに孝太郎がやってきた。
「ようこそ――異世界へ。」
彼は口を開くと、視線を少しあらぬ方向へと向けた。きっと視聴者に向けて話しているのだろう。
「お待ちしておりました。私は近藤孝太郎。貴方と同じ地球人です。この世界は元と言えば、私が作り上げた世界なのですが、訳あって戻れなくなりましてね。元の世界に戻るには魔王を討伐しなくてはなりません。」
白々しい口調でそんなことを軽々と言い放っていく。
「ここは魔族が蔓延り、魔王の脅威に人々が震えて暮らす危険な世界なのです。驚くなかれ、貴方は交通事故をきっかけにしてこの異世界へと転生したのです。ここにくるまでの一部始終を見ていましたよ。」
彼の視聴者に向けた説明が済まされた。
退屈な時間。仕方なく付き合ってあげることにしていた。
「さて、ここにいても何にも始まりません。王宮のある都市に向かいましょう。」
村に立ち寄る。
孝太郎主導で物事が進んでいく。まさに視聴者に向けたチュートリアルだ。下手に喋ることも行動することも憚られる時間。仕方ないので彼に付き合う。
その後、村を出て都市に向かって進む。
ゆったりと進んでいくと、目の前に緑色をした人型の魔族——ゴブリンが現れた。棍棒を強く握っている。
「魔族のゴブリンです。魔族は放っておくと人類に危険を及ぼします。ですので、ここで倒しておきましょう。武器をお渡ししましょ——」
そこで俺は「なくても大丈夫」と言った。
素手で敵の前に立ち塞ぐ。
ゴブリンが近づいてきて棍棒を振り回してきた。
俺はそれを体をねじって避けた。そして、さっと姿勢を整えて敵の方向を向く。
【略奪——】
敵から武器を強制的に瞬間移動で奪う技。
「悪ぃな。ちと奪っちまった。」
パッと消えた棍棒は、いつの間にか俺の手のひらに現れた。そして、そのまま手元の棍棒でゴブリンを思いっきり殴る。
ガッ!!!!!!!
思いっきり飛ばされる魔物。しかし倒しきれていない。
【リプレイ――】
まるで逆再生をしているかのように時間が巻き戻される。ただし、巻き戻っているのはゴブリンだけだった。
思いっきり棍棒を振るう。
先程の位置へと巻き戻されたゴブリンにクリーンヒット。
ゴガッ!!!!!!!!
強烈なダメージ。
しかし、倒しきれていない。
「なかなか、硬いな。いや、この武器が弱いのか?」
【リピート!】
さっきのダメージをリピートさせる。俺自身動くこともなく敵にさっきのダメージを再び与えた。
ゴブリンが光の粉になって消えていく。
孝太郎はそれを見て拍手をしていた。
「素晴らしい戦いぶりですね。やはり、貴方こそが魔王討伐への切り札! 私はそんな貴方をできる限りサポートします。共に魔王を倒しに行きましょう。」
孝太郎が仲間になった。
そのまま都市へと向かう。
門番が孝太郎を見ると否や、俺らに道を譲った。
「さて、魔王討伐の旅に出る前に、国王様に謁見しましょう。」
彼に連れられて王宮へと向かった。
◆
古く由々しい感じの建物。
その先へと進む。そして、俺は国王が居座る部屋へと入った。
「我は国王ソフィス十一世じゃ。最近、魔族の台頭に頭を抱えておった。そんな中、魔王討伐の旅をしてくれるオヌシらの存在は貴重じゃ。それに近藤孝太郎のお墨付き。期待しておるぞ。」
国王は近くにいる兵士に向かって「餞別の金銭を渡してやれ」と言い放つ。
俺は資金をたんまりと貰った。
その部屋から出ることになった俺。しかし、途中で立ち止まる。
約五ヶ月ぐらいの滞在。そこで繋いだ関係。今、その五ヶ月のことはなかったことになった。それでも、もう一度、その関係を作り上げたいと思っている自分がいる。
横を向いて、目の前にいる兵士の方へと進む。
鎧を着た女兵士が身構えた。
突然、見知らぬ男が直接眼前に来たら驚くのは当然だ。が、俺はそんなのお構い無しに口を開く。
「夢の中でお前に出会ったんです。信頼できる最高の兵士——エカチュリーナ。よければ俺らと一緒に旅して欲しいです!」
その言葉が王宮に響く。
周りの騎士や貴族が響めき始めた。
その様子を見た彼女が頬を赤らめて、
「な、な、な、何を言っておるのだ。ば、馬鹿を言え。わ、私を誘うなど、どうかしているぞ!」
「どうかしてるのかもな、俺。けど、俺はお前がいいと思ったんだ……。」
そこにベテランっぽい騎士が近くにきた。
「おっと。こりゃ、英雄候補の一目惚れかぁ。いやぁ、見るめあるなぁ。こいつ、良い奴だぜ。昨日の休憩中なんか——」
「う、ぬ、ぬ、ぬぁー!!!!」
その近づいた騎士が勢いよく吹き飛ばされた。
すぐに近くへと戻ってきて「乱暴はよくねぇよ」と小さく呟いていた。
「騎士団長アクバルさん。あなたの力も必要です。どうか俺らの旅にお助けを。」
彼もまた驚いた様子を見せた。
「急なお願いなので受け入れにくいとも思います。それに引き継ぎもしなくてはならないと思いますからね。ですので、もし引き受けてくれるのなら、一週間後の午後二時に、北門前に来てください。ご検討よろしくお願いします。」
そう言って、エカチュリーナとアクバルを仲間に誘いつつ、宮殿を後にした。
◆
その後、貰った資金を元手に武器屋で剣を購入。さらに、武器屋の鍛治職人兼商人イダルゴを仲間に誘った。もちろん仲間になるなら一週間後に北門に来て欲しいことを伝えた。
続いて、薬屋で回復草などをまとめて購入。そして、薬屋の薬師兼商人リンネを仲間に誘う。
その日は日も落ちてきたので宿屋へと向かった。店主のルヴェルチュールを仲間に誘った。
「もし仲間になったら"父さん"と呼んでくれ」と彼は高らかに笑っていた。俺の中で彼のあだ名は、父さんルヴェルチュールだ。
二人部屋の部屋へと来て荷物を下ろした。
孝太郎と二人きりの空間。彼は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「はぁ、ようやくオフレコだ……な。」
突然、襟首を掴んで壁に押付けてきた。
「ふざけないでください。流石に私も堪忍袋の緒が切れましたよ。何が『りりりりり』なんだ? は? そんな名前の奴いねぇだろ。」
声を荒らげ、怒りに任せて言葉を発している。豹変した態度に物怖じしそうになる。
「それにどれだけ仲間に誘うつもりですか? 王国兵士二人を仲間にするのは良案と思っていましたが、あろうことか鍛治職人、薬師、挙句の果てには宿屋の店主を仲間にしようだって? 舐めてんだろ。ふざけるのも大概にしなよ。」
彼の言葉は正しい。
特に前半部分は否定できず、俺も反省している。
「『りりりりり』はふざけすぎました。変えられるなら、今すぐにでも変えてもいいです。ただ、多くの人を仲間にする——。これだけは引けません。」
「はぁ?」
「配信までの間、俺がどれほどこの町に滞在してたか分かってますか。そこで沢山の仲間を見つけた。例え、リセットされたとしてももう一度仲間になって、そして旅をしたい。大切な仲間には変わりねぇから。」
伸びる彼の腕を振り払う。
「旅の仲間が何人いようが、俺は俺の大切な仲間と一緒に旅をしたいんです。これだけは譲れません。」
「お前、社会人だろ。それが許されるとでも思っているのですか? 今一度お考えください。」
怒りを抑えながら丁寧に話してきた彼の底に、とめどない怒りが今すぐにでも噴火しそうな程グツグツと煮られていた。
「それでも、俺の心は揺るぎません!」
「観客のことを考えろよな。一気にネームド——名前付きのキャラ——が出てきてみろ。覚えられる訳ないし。余計な混乱を来たすだろ? いいですか。視聴者は、そんなところに頭は使いません。故にノイズになるんですよ。余計な仲間——つまり邪魔者は。だから、脇役でいいんです。そういうのは。」
怒り任せに放たれた言葉。
けれども、俺も負けてはいられなかった。
「いいや、却下ですね。あいつらを脇役で終わらすのは——あいつらが許しても、俺が許せねぇ。」
「ほんとっ、ふざけないでよな。そんなわがままを認めれば観客はすぐに離れていく。特に最初が最も大事なんだ。分かってます?」
再び服に指が絡む。
「あんたはテンプレ通りに動けばそれでいい。そうすれば顧客はついてくるし、あんたもスターになれる。手術代を稼ぎ現世に戻った後も世界的なスターになれる。欲しくないのですか? そんな地位や名誉が。」
「貰えるんなら、地位や名誉はもちろん欲しいですよ。けど、だけど、やっぱりあいつらの事は無視できねぇ。せっかく見つけた仲間だから!」
啀み合う俺ら二人。
「埒が明かないですね。まぁ、いいです。こちらにも考えがあります。まだ旅は始まりませんから、旅が始まるまで別行動にしましょう。少し別行動したい気分でしてね。」
「奇遇です。俺もだ。」
彼は部屋から出ていった。
二人部屋の中、一人でベッドの上で横たわる。
俺と孝太郎との対立が火蓋を切ることになった。そして、それが大きな炎になることを今はまだ知らない。




