表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

3. ただの石ころ



リベリカの言葉に、ユフィの視線が彼女へと向けられた。光の角度によって色を変える神秘的な髪、虹を閉じ込めて精製したかのように輝く瞳は、魔女の象徴だと聞いたことがある。美しいという言葉さえ軽々しく口にできないほど完成された魔女の姿に、ユフィは苦笑を浮かべた。


「師匠は本当に、何でもお見通しなのですね。それなら、今日だけはお言葉に甘えて、わがままを言わせていただきます」

「いい心がけよ。さあ、まずはこれを飲みなさい」


リベリカが淹れた茶で喉を潤すと、先ほどまでの疲労が嘘のように引いていった。魔法で煮出した薬草茶は、ユフィが最も好む飲み物でもあった。


茶の苦みが広がる口内を、柔らかく甘いクッキーで癒すと、嵐のような一日が報われる気がした。


満足げに息をついたユフィは、話を促すように自分を見つめるリベリカに視線を戻し、言葉を継いだ。


「師匠もお気づきの通り、私が連れてきたあの旅人は、私の元夫……ラハルト・ライセン侯爵です」

「あんたに『穀潰し』なんて言葉を吐いて、一文無しで追い出したっていう、あの旦那様ね?」

「ええ、そうです」

「ふーん。まあ、今のあいつにはお似合いの姿ね」


いい気味だと言わんばかりに皮肉な笑みを浮かべる魔女の姿に、思わず苦笑いが漏れた。「それはそうと……」と魔女は言葉を続けた。


「その立派な旦那様は、戦争の英雄だって言ってたじゃない? スタイルのいい後妻も迎えたんでしょう? そんな人が、どうしてあんな成り果てた姿で、こんな辺境までやってきたのかしら?」


リベリカの疑問は、ユフィの疑問でもあった。ただ……。


「さあ……被曝等級が高いですから、師匠の薬を求めて来たのかもしれませんね」

「あの高貴な侯爵様が、たった一人で? 自分がどれだけ無茶なことを言っているか、分かってる?」


もちろん分かっている。だが、対話を通じて推論を重ねなければならないほど、興味はなかった。正直なところ、彼がどうやって、なぜここに来たのかを知ることに、何の意味があるというのだろう。


「まあ、理由があって来たのでしょう」


ユフィが肩をすくめて答えると、リベリカは目を細め、いたずらっぽく笑った。


「もしかして、あんたに会うためだったりして?」

「そんな理由、あるでしょうか?」


ラハルトがユフィネルを捜さなければならない理由など、何一つない。たとえ彼が何らかの理由で彼女を捜していたとしても、「だから何?」という感想しか抱かない。ユフィにとって、ラハルトはその程度の存在でしかなかった。


誠意の欠片もないユフィの答えに、リベリカはつまらなそうに唇を尖らせた。あまりに表情がくるくると変わるので、リベリカの顔を見ているだけで笑いが込み上げてくる。


「師匠、今日は一段と表情が豊かですね」

「この状況で面白がるべきなのは、あんたじゃなくて私じゃない? 元旦那なんていう爆弾が投下されたのに、どうしてそんなに平然としていられるのよ」

「それは……あの人を爆弾と呼ぶには、少し微妙ですから。患者が村にやってくるのは、いつもの日常でしょう?」


再会した瞬間こそ、想像もしなかった事態に驚愕してしまったが、落ち着いて状況を見つめ直せば、驚くことも困ることもなかった。


魔女の村に治療が必要な患者が訪れる。それもまた村の規律であり、法則であり、魔女の魔法ではないか。


今日来た患者は、少し状態が深刻なだけで、他の患者と何ら変わりはない。


「患者、ね……。それなら、あんたに聞くわ。ユフィ。あんた、あいつをどうしたい?」

「どうしたい、とは?」

「あんたも見て分かったでしょうけど、あいつの体はボロボロよ。このまま放置すれば、長くて一年もつかどうか。王都の治癒師じゃ、もう手遅れなレベルだわ」

「そんなに酷かったのですか?」

「ええ。魔女の薬なら、完治までは難しくても、日常生活を送れるくらいには戻せるでしょうけど」


リベリカは謙遜して言ったが、彼女が治療すれば、全盛期の七割程度までは回復させられるはずだ。それはそれとして、リベリカの質問の意図は何だろうか。


理解できず首を傾げるユフィに対し、リベリカは茶碗を口に運びながら言った。


「何を分かってないふりをしてるの。追い出すのか、それとも治療するのか、聞いてるのよ」

「あはは」


リベリカの口から「治療拒否」という言葉が出るとは思ってもみなかったので、思わず笑みが漏れた。


「師匠、冗談にしては少し物騒すぎますよ」

「冗談に聞こえる?」

「もちろんです。彼はこの村まで自力で辿り着いたのでしょう? 村に入れたということは、治療を受ける資格があるという意味ですから」


国境の村は、魔女の特殊な魔法が染み込んだ場所であるため、誰もが容易に入れるわけではない。この村に入れるのは、魔女が定めた二つの規則に反しない者だけだ。


一つ目は、行く当てのない者。

二つ目は、紛争を起こさない者。


「善なる魂」であるという検証を経た者だけが入れるため、この地に足を踏み入れた者は、決して病や傷で死ぬことはなく、魔女の治療を受ける資格が与えられる。


それを知っているからこそ、ユフィはあの旅人をこの家へ連れてきたのだ。リベリカが彼の訪問を許したから。


ユフィの正論に、リベリカは人差し指を立てて左右に振った。


「本来ならそうね。でも、私の愛くるしい弟子を傷つけたクズ野郎は論外よ。あいつがいくら規則に従ってここに入り込んだとしても、あんたが望まないなら追い出してやるわ。どうする?」

「どうするかと聞かれましても……」

「恨めしくないの? あんたの苦労も知らずに、あんたを貶めて追い出した、最低の野郎じゃない」

「さあ。特に何も思いませんが……」

「何も思わない? 本当に?」

「ええ。だって、私にとってあの人は、石ころと同じですから」

「石ころ?」


そうだ。ユフィにとって、ラハルトは道端に転がっている石ころと同じだった。転がってきた石が足に当たったからといって、石に向かって腹を立てる人がこの世にどれほどいるだろうか。


転がってきた石が汚れていようが綺麗だろうが、それが「石ころ」であるという本質は変わらない。砕けようが壊れようが、気にも留めない。


ただ。


「正直、あの人がどうなろうと知ったことではありません。でも、被曝四等級の彼を外に放り出せば、周囲が汚染されてしまうでしょう?」


殺傷兵器に被曝した者は、生きている間は周囲にそれほど害を及ぼさない。もちろん、身体が不自由で膿が止まらないから、ある意味では多大な迷惑をかけることになるが、それは人を雇ったり自力で処理したりすれば済むことだ。


しかし、被曝者が死ぬとなれば話は別だ。被曝者は一種の感染源となる。生きている間はいいが、死んだ瞬間にその肉体は被曝を引き起こす汚染体へと変貌する。


それは周囲の人間はもちろん、動植物、さらには大地までも汚す、おぞましい汚染体となるのだ。


死んだ仲間の遺体すら回収できない。家族の元へ帰ることさえ叶わない。人間の悪意によって作られた兵器の惨たらしさは、言葉では到底言い尽くせないものだった。


そんな被曝者を、村から追い出す? この近くに他の村はない。あの体のまま追い出せば、間違いなく数日と持たずに死ぬだろう。


ユフィは皿に盛られた菓子を口に運び、何でもないことのように言葉を続けた。


「もうすぐ夏が来るというのに、被曝者の死によって周囲が汚染されたら、その被害を収束させるためにどれほどの長い時間がかかることか」


ユフィはこの村が好きだ。この村を誰よりも愛している。村の人々が汚染源のせいで苦しむことなど、決して望まない。だから。


「ここまで転がり込んできた以上、治療は必然です。そうでしょう?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ