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1章5話 赤い砲弾と王者の貫禄

 皆さん、こんにちは。花菱 葵です。

 壁に追い詰められたタカシと茜。

 28人の包囲網が迫る中、彼らが選んだのは「諦め」ではなく、物理法則を超えた「連携」でした。

 敵にアドバイスを送り、自ら難易度を跳ね上げて楽しむタカシの姿に、リサ先生はもはや戦慄を禁じ得ません。

 4歳児たちの「真剣勝負」、その結末をぜひご覧ください!

 

 1章5話 赤い砲弾と王者の貫禄 



「はーい!

 それじゃあ、タカシ君と茜ちゃんチーム対ウサギ組28人の試合を始めます!」


 リサ先生の透き通るような声が園庭に響き渡り、前代未聞の勝負が幕を開けた。


 リサ先生は笛を構えながら、内心で苦笑を禁じ得なかった。


 一人の教師として、2人対28人という、ともすればいじめの構図にも見えかねない極端な人数差を自ら設定してしまったからだ。


 普通であれば勝負にすらならない。


 28人が一斉に包囲すれば、逃げ場など数秒で消失するのが道理である。


(……でも、あの子たちの場合は話が別なのよね。

 普通なら泣き出してもおかしくない状況を、誰よりも楽しんでいるんだから)


 リサ先生の視線の先では、白い帽子を被った貴と茜が、まるでピクニックにでも行くかのような軽やかな足取りで位置についていた。


 貴が先ほど仲間たちに送った「こうすれば僕たちは捕まる」という助言。


 それは敵に塩を送る行為ではなく、全員が本気で遊び、最高の達成感を共有するための『魔法』だった。


 リサ先生は、子供たちの純粋な好奇心が、その一言でどれほど燃え上がったかを肌で感じていた。


「タカ君、次はどうするの?」


「さっきは別れて行動していたから、次は一緒に逃げようか!」


「一緒!!

 良いね!

 ずっと一緒に逃げよう!」


 茜は弾むように答え、貴の隣にぴたりと並んだ。


 彼女にとって、貴と背中を合わせて戦うこの時間は、何物にも代えがたい至福のひとときだった。


 そして貴は、二手に分かれるという有利をあえて捨て去り、自らに制約を課すようなこの状況を、心の底から楽しんでいた。


 笛の音と共に、赤い帽子の集団が地鳴りのような足音を立てて押し寄せる。


 先ほどまでの彼らは、ただがむしゃらに追いかけるだけの烏合の衆だった。


 しかし、今の彼らは違う。


 貴のアドバイスを忠実に守り、足の速い子たちが両翼へ大きく広がり、足の遅い子たちが中央を固めるという、原始的ながらも確実な「包囲網」を形成していた。


「良いね!

 みんな、さっきよりずっと良く考えてるよ!」


「あはは!

 みんなスゴイスゴイ!

 速いよ!」


 貴は逃走の最中ですら、追っ手たちの成長を称賛することを忘れなかった。


 赤い帽子がじわじわと二人を追い詰め、包囲の円が小さくなっていく。


「茜!

 足の速い子と遅い子がいるから、完全に閉じられる前にあそこを抜けるよ!」


 貴が指し示したのは、包囲網の端にある、わずかな連携の乱れだった。


 二人は一気に加速し、まるで針の穴を通すような正確さで赤い壁を突き抜けた。


「あー!

 逃げられた!」


「ちゃんと囲んだのに!

 悔しい!」


 間を抜かれた園児たちが悔しさに顔を歪める。


「次はみんなで、走るスピードを揃えると、もっと良いよ!

 そうすれば穴が空かないから!」


 貴の声が風に乗って彼らに届く。


 逃げる側が追う側に教示を与える。


 その奇妙な光景は、園庭全体の士気をさらに高めていった。


 追いかけっこが続く中、貴の言葉を吸収したウサギ組の連携は、見る間に鋭敏さを増していった。


 数分前には想像もできなかったような複雑な追い込みが展開され、貴と茜は何度も際どい回避を余儀なくされる。


「アハハ!

 タカ君!

 さっきの危なかったね?

 ドキドキしたよ!」


「みんな、追いかけるのがどんどん上手になっていくね。

 ……でも、ここからが本番だよ!」


「残り1分!」


 リサ先生のアナウンスが響く中、ウサギ組の28人はとうとう、二人を『あの場所』へと誘導することに成功した。


 そこは、先ほど貴が超人的な身体能力で見事に脱出してみせた、園庭の隅にあるブロック塀の角だった。


「でも、タカシ君にはさっきみたいに壁を登って逃げられちゃうんじゃない?」


「大丈夫!

 タカシ君が言ってたよ、あれは目一杯助走しないと上まで届かないって!」


 警察チームの子供たちは、貴の教えを完璧に記憶していた。


 彼らは焦って突っ込むことをせず、じりじりと、まるで獲物を追い詰める巨木のように、ゆっくりとその包囲を縮めていく。


 貴と茜が十分な助走距離を取れないように、歩幅を合わせて迫っていたのだ。


「残り30秒!」


「よし!

 今度こそ捕まえるぞ!」


「逃がさないんだから!」


 赤い帽子の波が、二人の目の前まで迫る。


 助走のためのスペースはあと少ししかない。


 逃げ場を失った二人の背後には、冷たいコンクリートの壁が立ちはだかっていた。


 リサ先生も思わず唾を呑み込む。


 (勝負あったか)


 そう思った瞬間、貴が茜に向かって短く、力強く命じた。


「茜はそのままのスピードで走って!

 ……僕は先に行く!」


「わかった!!

 何かするんだね!」


 茜には、迷いも疑念もなかった。


 貴が「先に行く」と言えば、そこには必ず勝利への道筋があると確信していた。


 彼女は加速を緩めず、貴の背中を追う。


 貴は一足先に角に辿り着くと、壁を背にして踏ん張り、お腹の前で両手を固く組んだ。


「茜!

 ここに足を乗っけて!

 ……飛ぶよ!」


「わかったっ!」


 茜の小さな足が、貴の組んだ両手の上に力強く乗った。


 その瞬間、貴は全身のバネを爆発させ、喉の奥から気合を絞り出す。


「上がれぇぇぇーー!!」


 貴の細い腕が弓のようにしなり、同時に茜の膝が爆発的なバネとなって弾ける。


 二つの幼き意志が、一ミリ、一秒の狂いもなく完璧にシンクロした瞬間――。


「「……いっけぇぇぇえええーー!!」」


 空気を切り裂く衝撃音。


 重力の鎖を断ち切った茜の身体は、鮮烈な『赤い砲弾』と化して春の空へと射出された。


 舞い上がるポニーテールが青いキャンバスに描くのは、誰にも到達できない自由の軌跡だった。


 塀の中ほどまで一気に飛び上がった彼女は、そこから壁を力一杯蹴り飛ばし、その反動を利用してさらに上昇。


 指先を塀の縁にかけ、吸い込まれるように最上部へとよじ登った。


 茜は塀の上に上がると、すぐに振り返り、眼下の貴を見下ろした。


 貴は助走なしで壁登りを開始していた。


 壁を蹴り、反動で高さを稼ごうとするが、やはり一人では勢いが足りない。


 重力に抗いきれず、身体が失速し、ずり落ちそうになったその時だった。


「あかねっ!!」


 貴が必死に手を伸ばす。


 茜は迷わず、塀の縁から身を乗り出し、その小さな右手を力一杯伸ばした。


 ――パシッ!


 二人の手が空中で固く結ばれた。


 汗ばんだ小さな掌。


 でも、そこには絶対の信頼という重みがあった。


 茜が歯を食いしばり、貴を引き上げる。


 その手がかりを得た貴は、最後の力を振り絞って壁を蹴り、茜の力添えによって塀の上へと到達した。


 茜が引き上げ、貴がそれに応える。


 二人が塀の上で肩を並べ、達成感に満ちた顔で眼下の『追跡者たち』を見下ろした。



 ――その姿は、まるで世界を足元に従える、幼き王と女王のようだった―


 ――ピーッ!!


 タイムアップを告げる鋭い笛の音が、勝利のファンファーレのように園庭に響き渡った。


「ああ!

 負けちゃったー!」


「惜しかったね?」


「あと少しだったのに」


「でも、タカシ君も茜ちゃんも本気で逃げていたよ!」


「次はもっと協力すれば勝てるよ!」


 警察チームは悲喜こもごも、みんなで色んな感想を言い合っている。


 貴は先程と同じ様に降りてきて、茜のいるブロック塀の上を見上げる。


「茜?

 どう?

 いけそう?」


「大丈夫!

 タカ君の降り方見たから!」


 言葉通り、茜は貴の動きを完璧にトレースし、壁を軽やかに蹴って舞い降りた。


 ――トッ。


 砂場に着地した衝撃を膝でいなし、顔を上げた彼女の瞳は、新しい遊びを覚えた子猫のように輝いている。


「面白いねこれ!

 さっきのタカ君が飛ばしてくれたのも、またやりたいし!

 タカ君みたいに一人で登るのもやりたい!」


「茜はもう、ほとんどコツを掴んでいるからね。

 一人で登れるようになるのも、時間の問題だよ」


 ぶっつけ本番で成功させてしまう幼馴染の非凡さを、当然のこととして受け入れる貴。


 二人にとっては、この超常的な光景こそが「日常」なのだ。


「二人ともお疲れ様!

 まさか泥棒チームでも勝っちゃうとは思わなかったわ!

 それも警察チームにアドバイスまでしながら」


 リサ先生は呆れ半分、驚き半分で貴達の勝利を祝う。


「だって、みんなが強くなれば、僕も茜ももっと本気で遊べるでしょ?」


 貴は、汗を拭いながら当たり前のことのように言った。


「追いかけっこが難しくなれば、それだけみんなも真剣になる。

 そうして最後に笑い合えるのが、一番の『幸せ』なんだよ」


 無自覚に放たれるその言葉は、もはや教育者が子供に授ける「教え」の領域に達していた。


 自分の『ワガママ』が、結果として周囲を底上げし、幸福を生み出していく。


 無自覚に放たれる、高みから民を導く王者の風格。


 リサ先生は、ただその輝きに圧倒されるしかなかった。


「そうなの!

 タカ君がアドバイスする度にみんな強くなるからハラハラドキドキしちゃった!」


 普通に考えれば絶望的な人数差に、自らの手で難易度を跳ね上げておきながら、スリルなアトラクションを楽しんだ後の様な爽やかさで二人は笑い合う。


「まったく、二人ともあんまり無茶しちゃ駄目よ!

 先生、見ていて心臓が飛び出るかと思ったのよ!」


「「はーい」」


 貴と茜は素直に頭を下げた。


「次の時間は、教室で工作の時間よ!

 さぁ教室に戻りましょ!」




 第5話をお読みいただき、ありがとうございました!

 ついにドロケイ決着!

 貴君が茜ちゃんを空へ放り投げ、最後は茜ちゃんが貴君を引き上げる……。

 あの瞬間の二人の信頼関係、尊すぎて語彙力が消失しそうです(笑)。

 そして今回描きたかったのは、タカシ君の「王者の思考」です。

 単に勝つだけじゃなく、周りを引き上げて「全員で本気で遊ぶ」環境を作る。

 4歳にしてこの器の大きさ……リサ先生が「太陽」と呼びたくなるのも分かりますね。

「二人の連携に鳥肌が立った!」

「タカシ君の教育者っぷりがスゴイw」

と思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(☆☆☆☆☆)で応援いただけると嬉しいです!


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