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1章8話 微睡み《まどろみ》の抱擁と公開告白

 皆さん、こんにちは。花菱 葵です。

 第7話でクラスの平和おねしょを守ったタカシ君。

 第8話の舞台は、穏やかな午睡のひととき。

 しかし、隣で眠る『赤い旋風』茜ちゃんの寝相は、賢者の計算を遥かに超えていました。

 無意識の抱擁、とろけるような寝言、そして……タカシ君、一生の不覚!?

4 歳児たちによる、甘酸っぱすぎる「公開処刑(告白)」が幕を開けます。

 リサ先生と一緒に、尊死する準備はよろしいでしょうか?

 

 1章8話 微睡み《まどろみ》の抱擁と公開告白



 ようやく訪れた、穏やかな時間。


 カーテンの隙間から差し込む午後の陽光は、埃を金色の粒子に変えて躍らせ、教室全体を琥珀色の光で満たしていた。


 園児たちの規則正しい寝息が重なり合い、遠くの車の音が心地よい子守唄のように響く。


 ウサギ組は今、世界で一番深い安らぎの中にあった。


 リサ先生は、教卓の隅に置いたデスクライトの明かりを頼りに、連絡帳の記入や計画作成といった事務作業を静かにこなしていた。


「……運動の時間に……驚異的な身体能力を見せてくれました……と」


 ペンが紙の上を滑る微かな音さえ大きく聞こえるほど、室内は静まり返っている。


 バサッ!


 突如として、その静謐せいひつを切り裂く乾いた音が響いた。


 リサ先生が驚いて音のした方へ視線を向けると、そこには案の定、お転婆娘の茜の姿があった。


 「ふふっ、お手本のように綺麗な『大の字』ね。

 暑かったのかしら」


 茜は豪快な寝相でタオルケットを蹴り飛ばし、文字通りのポーズで眠っていた。


 その無防備で生命力に溢れた寝顔は、午前中に園庭を駆け回った『赤い旋風』の残影を感じさせる。


 リサ先生がタオルをかけ直そうと立ち上がった、その時だった。


 茜の体が『ムクッ』と起き上がった。


「あら?

 起きちゃった?

 大丈夫よ、まだ寝ていていいのよ」


 リサ先生の囁き声は届いていないようだった。

 

 茜は焦点の定まらない瞳で周囲を見渡すと、獲物を捉えた鷹のように、一点を凝視した。


 「……たぁくん……いた……」


 茜は親猫の体温を求める子猫のように、隣で眠る貴の布団へと這い寄った。


 そして、そこが世界で一番安全な場所だと確信しているかのように、貴の温かな懐に収まると、再び安らかな寝息を立て始めた。


 一部始終を「尊さ」の特等席で目撃していたリサ先生は、自分の心臓が激しく鐘を打ち鳴らすのを感じた。


(待って……何これ、映画?

 それとも天国なの!?)


 しかし、本当の「神展開」はここからだった。


 数秒後、仰向けで眠っていた貴の体が、無意識のまま隣の塊を慈しむように、茜の方へと向きを変えた。


 貴は自然な動作で彼女をギュッと抱きしめると、自分のタオルケットを丁寧に手繰り寄せ、茜の肩まで掛け直したのだ。


 4歳児の小さな手が、迷うことなく大切な人を守るための軌道を描く。


 貴の右手は、吸い付くように茜の背中へと添えられた。


 ……トントン……トントン。


 無意識のうちに刻まれるそのリズムは、世界で一番優しい魔法となって、彼女を深い安らぎへと包み込んでいく。


 眠りの中にありながら、彼の本質は『守るべき者』を最優先に定義していたのだ。


「……ッ!!」


 リサ先生は口元を両手で押さえ、悲鳴を肺の奥に封じ込めた。


 それは教えられた技術ではない。


 大切な人を守りたいという本能が紡ぎ出す、完璧な『騎士ナイト』の仕草だった。


(無理……尊すぎて呼吸が止まる……!

 4歳児が、寝ながらにして完璧なエスコートをするなんて、この子のスペックはどうなってるのよ!?)


 脳内で暴走する「萌え」と「感嘆」。


 リサ先生は、保育士としての義務感と、一人の観客としての欲望の間で激しく葛藤していた。


 午前中のリーダーシップも、ハリセンで見せた掌握術も凄まじかったが、この無垢な優しさこそが、白沢貴という少年の真髄なのではないか。


 リサ先生はスマホを構えたい衝動と戦いながら、ただ見守るしかなかった。




 ――それから、どれほどの時間が過ぎただろうか。


 貴は、右腕から胸元にかけての異様な重量感と熱量で、微睡みの底から浮上した。


(……なんか……あったかいな……)


 夢うつつのまま瞼を開けると、いつも隣で見ている筈の鮮やかな赤髪が視界を占領していた。


 隣にいたはずの茜が、まるで大好きなぬいぐるみにでもしがみつくように、両手両足で貴をガッチリとホールドしている。


(……あれ?

 なんで茜が?

 ……まあ、いいか……)


 冷静な思考が働く前に、貴の感覚は「心地よさ」を優先した。


 茜の体温、お日様のような甘い香り。


 その柔らかな重みはあまりにしっくりと収まっており、そこに彼女がいることが「世界の正解」であるかのような錯覚さえ覚える。


 貴は幸福な重みに身を任せ、再び眠りに沈もうとした。


 ここが自宅なら、両親は目を細めて二度寝を許しただろう。


 しかし、ここは貴たちを除いた――


2()8()()()()()()


 ――がひしめく教室だった。


「あー!

 タカシ君と茜ちゃんが一緒のお布団で寝てる!」


 一人の叫びを合図に、目覚めたばかりの子供たちが磁石のように群がってきた。


「ホントだ!

 くっついてる!」


「知ってる!

 男の人と女の人が一緒に寝るのは、夫婦なんだよね!」


「じゃあ、二人は夫婦?

 さっき結婚したの?」


 純粋ゆえに容赦のない憶測が飛ぶ。


 貴は一気に覚醒した。


 そして、その明晰な頭脳で状況を一瞬にして理解した。


 しかし、理解することと解決することは別だ。


 顔を赤く染めて起き上がろうとするが、茜の「タカ君ホールド」は眠りの中でさらに強化されていた。


「……っ、茜!

 起きて! 茜!」


 狼狽ろうばいする貴。


 そこへ、最悪のタイミングで『核弾頭』が投下された。


 茜が貴の胸元で幸せそうに顔を擦り寄せ、夢うつつのまま、とろけるような声で呟いたのだ。


「……んん……たぁくん……」




「…………だいすき……」


 ――沈黙


 ……。


 ……。


 ドォォォォォォォン!!!


 ウサギ組の教室に、目に見えない衝撃波が走った。


「キャーーーーーーッ!!

 茜ちゃん、大好きって言った!」


「やっぱり結婚だー!

 おめでとー!」


 貴の脳内CPUは、未曾有みぞうのオーバーヒートを起こしていた。


 顔面は、熟れたトマトよりも赤く染まり、耳からは蒸気が出そうなほど熱い。


(だめだ、このままじゃ……。

 誤解が、いや、本当のことが……。

 違う、とにかく早く収めないと!) 


 焦燥が思考を追い越し。


 貴は自ら『致命的な一撃』を、最大音量で放ってしまった。

 

「……茜!

  早く起きてよ!

 僕も、『()()()()()()()()』だから!

 早く起きて!!」

 

 ――その瞬間


 ウサギ組の空間から音が消えた。


 あまりにストレートで、あまりに潔い。


 逃げ場のない、純度100%の公開告白。



「…………………………あっ」



 自ら超特大の地雷を踏み抜いた貴が「今、自分が()()()()()()()()」を脳内で再生し、顔面を真っ青に染め上げた時には、すべてが手遅れだった。 



「「「「…………わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」


窓ガラスが震え、園舎全体が揺れるほどの歓喜の爆発。


「タカシ君も大好きって言ったー!」


「両想いだ!

 結婚だぁぁぁ!」


 お祭り騒ぎの渦中で、ようやく茜が目を覚ました。


「……ぅん……たぁくん……?

 なんで、みんな騒いでるの……?」


 ぽやぽやとした顔で、貴を見上げる茜。


 その無邪気な瞳が、追い詰められた貴の理性をさらにガリガリと削っていく。


「……お、おはよう茜……。

 と、とりあえず、体を離してくれるかな……?」


「……たぁくん、お顔真っ赤……お熱……?」


 茜は心配そうに眉を寄せると、貴のオデコに自分のオデコを「コツン」と優しくくっつけた。


 小ぶりな鼻先がくっつき、しなやかなまつ毛が触れ合うほどの、桜色の小さな唇が掠める至近距離。


 ――マシュマロみたいに柔らかくて


 ――卵焼きみたいな甘い匂いがして


 ……茜の唇が、ほんの少しだけ触れた。


 その事実に気づいた瞬間



 ――――ボンッ!!!



 貴の理性が焼き切れた。


 貴の脳内にある『賢者の辞書』が火を噴き、全ての言葉が消し飛んだ。


(!?……あ、茜!!!

 ち、近すぎ!!)


「「「キャーーーーーーーッ!!

  チューだ!

  チューするぞ!!」」」


 もはや、そこは幼稚園の教室ではなく、熱狂的な結婚披露宴の会場と化していた。


 貴は絶望的な思いで、救いを求めてリサ先生を探した。


 しかし、彼女は教卓の陰で頭を抱え、「尊すぎて死ぬ……」と小刻みに震えながら撃沈していた。

 

 絶体絶命のその時、廊下から勢いよく扉が開く音が響いた。


 ガラッ!!


「ちょっと!

 ウサギ組、騒がしすぎッスよ!

  何事ッスか!?」


 隣のリス組から、サオリ先生が飛び込んできた。


「……あ!

 サオリ先生!

 助け……」


 貴が希望の光を見つけたのも束の間、園児たちが情報の濁流をサオリ先生に浴びせる。


「サオリ先生!

 タカシ君と茜ちゃんが結婚したの!」


「さっき『大好き』って言い合ったんだよ!」


「今からチューするところだったの!」


 凄まじい誤情報の三段活用。


 サオリ先生は、一瞬で状況を把握(誤解)した。


 彼女の瞳が、鋭い「特ダネ」を見つけたジャーナリストのように『キラリ』と輝く。


 「なるほどッスね!

 つまり……」


 彼女はエプロンのポケットからスマホを取り出すと、プロのような手つきでカメラを構えた。


「シャッターチャンスって事ッスね!!」


(……だめだ

 ……29人目の敵が来ただけだった……)


 貴は静かに目を閉じ、4歳にして「世界を敵に回す」ことの過酷さを、その身で深く噛みしめるのだった。

 


 

第8話をお読みいただき、ありがとうございました!

「……僕も、大好きだから」

 言っちゃいましたね、タカシ君(笑)。

 どんな難解なパズルも解き明かす知性が、茜ちゃんの「だいすき」一言でオーバーヒート。

 自ら逃げ場をなくしていく姿は、賢者というよりはただの「ウブな男の子」でした。

 「タカシ君の自爆が可愛すぎるw」

「サオリ先生、その写真あとで売ってください!」

と思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(☆☆☆☆☆)で応援いただけると嬉しいです!

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