【第13章】魂のない文章に、吾輩が負けるわけないのだわッ!
新宿のカフェに響く、金之助の激しいフリック入力の音。それはまるで、文明の利器に対する明治の文豪の宣戦布告であった。
数日後。
大手出版社の会議室で、編集者・佐伯はニヤニヤと悪だくみの笑みを浮かべながら、ノートパソコンの画面を金之助に見せた。
「先生、面白いの仕込みましたよ」
「なんだ、不穏な顔をして」
「名づけて、『文豪VS生成AI・ガチンコ匿名同時連載バトル』です!」
画面に並んでいたのは、二つの連載小説のページだった。
一方は、金之助が血と汗とプライドを滲ませて書き上げた新作『吾輩は猫である・令和狂騒曲』。
そしてもう一方は、佐伯が面白半分にセットした、金之助の過去作を学習したAIが秒速で吐き出した自動生成プロットのブラッシュアップ版――
『令和の猫、トーストに舌を巻く』。
どちらも作者名を伏せた「完全匿名」の状態で、とあるWeb小説プラットフォームに同時刻に爆誕していた。
「なっ……! 吾輩の魂の結晶を、あんな機械仕掛けの贋作と並べて競わせるというのか!」
「いやあ、SNSでめちゃくちゃバズってますよ。
どっちが本物の『夏目金之助』の文体を継いでるかって、今夜のネット掲示板はお祭り騒ぎです。ほら、見てくださいよ、このコメント欄」
金之助が不承不承スマホを覗き込むと、そこには容赦ない読者たちの声が並んでいた。
『A(AI側)はテンポ良くて今風だけど、なんか薄っぺらいな。でも読みやすい』
『B(金之助側)はなんか言い回しが古臭くてネチっこいんだけど、妙に毒があって笑える。これ、ガチの文豪の幽霊でも憑いてんのか?』
『AI:「スマホの画面は光り輝く現代の魔鏡である」……ってそれっぽく書いてるけど、なんか機械臭いんだよな』
『B:『朝っぱらからトーストの匂いに釣られて舌を出す卑しい野良猫の生態』ってフレーズ、キレッキレすぎて草。絶対ただのおっさんの実体験だろw』
リアルタイムで跳ね上がっていくPVと、交錯する賛否両論の嵐。
AI側は「読みやすさとスピード」で手堅く数字を稼いでいるが、読者の心をざわつかせ、考察のコメントを爆発させているのは、まぎれもなく金之助の泥臭い筆致のほうだった。
「ふん……」
金之助は鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「愚かな。どれほど効率よく言葉を並べ立てようとも、人間の業の深さ、その泥水をすするような哀愁がなければ、文字などただの記号の羅列にすぎん。機械ごときに、この吾輩の牙城が破れるものか」
「すごいです……! 先生、数字で負けてないどころか、コメントの熱量がB(先生)のほうが圧倒的に上ですよ!」
興奮する佐伯を横目に、金之助は再び黒い板に視線を落とした。
アルゴリズムの群れと、電子の海を漂う無数の読者たち。
かつては紙とインクで戦ったこの世界で、明治の文豪は今、現代の最大の敵――生成AIを相手取り、令和の文壇を揺るがす壮絶な筆の戦いを繰り広げ始めていた。




