【第14章】鉄馬の魔力と、電子の筆
「……おのれ、この『クリート』とやらの調整が、いささか厳しすぎるわッ!」
とある休日の早朝。
新宿御苑の周りを周回するアスファルトの上で、かつて立ちゴケの屈辱を味わった金之助は、今やロードバイクのサドルに跨り、狂気的なまでの執念でペダルを踏み鳴らしていた。
黒いスウェットを翻し、髭をなびかせながら風を切る。
最初のうちは「自転車に敗北した」と咽び泣いていたはずが、いざその速度と軽快さに魅入られて以来、金之助はすっかりこの鉄馬の虜となっていた。
「見よ、この空気抵抗を切り裂く流線型のフレームを! ママチャリという名の鉄の塊とは訳が違う。これはもはや、肉体の拡張であり、風の精霊との契約なのだわ!」
ペダルを回すたびに、ふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げるが、それが心地よい。
仕事の合間を縫っては皇居周辺や新宿の坂道を駆け抜け、気づけば愛車のメンテナンス方法までYouTube(動画の絵草紙)で独学するほどの本格派ロードバイク乗りへと変貌を遂げていた。
「ふう、、、」
コンビニの脇にバイクを立てかけ、金之助は冷たい緑茶と、お気に入りの宝石箱(チョコあ〜んぱん)を口に放り込む。
そして、片手で愛用のiPhone15(黒曜石の板)を取り出した。
画面を開くと、現在進行形で開催されている投稿サイトの「文豪VS生成AI・ガチンコ匿名同時連載バトル」ページが映し出される。
あれから数日。
AI側(作品A)の連載は、相変わらず「万人受けする完璧な構成と、淀みのない美しい語り口」で安定したPVを叩き出していた。データ学習の粋を集めた、まさに効率の結晶である。
一方、金之助側(作品B)の連載は――。
「ふん。相変わらず、猿どもの言動が荒れ狂っているな」
画面をスクロールすると、読者たちの熱狂的な書き込みが並んでいた。
『Bの主人公の描写、昨日のエピソードで突然チャリ(ロードバイク)のパーツの変速機について異常に熱く語り出して草』
『待って、これ絶対作者リアルで最近チャリ買ったおっさんだろwww』
『AIには出せない、この「無駄なこだわり」と「謎のリアリティ」が最高すぎる』
『文章は明治っぽくて硬いのに、描いてる内容が現代のガチ自転車ライフなのジワる』
AIが「効率的で美しいプロット」を出力するのに対し、金之助は自身のリアルな「ロードバイク体験」と、日々のウーバー配達で痛めた尻の痛み(門の記憶)を、そのまま登場人物の葛藤として作品にぶち込んでいたのだ。
効率でも、綺麗事でもない。
そこにあるのは、血の通った「人間の業と、趣味への執着」であった。
「……機械ごとのに、この吾輩の『ペダリングの歓喜』が模倣できるか」
金之助はふっと不敵な笑みを浮かべ、冷えたチョコあ〜んぱんを飲み込んだ。
その時、スマホの通知音が鳴り響く。
【速報:AI対抗戦、中間発表。読者投票および熱量ポイントにおいて、作品B(匿名)がAI作品を逆転首位へ!】
「ほう……?」
画面に踊る「逆転」の二文字。
金之助は、愛車のドロップハンドルを優しく撫でた。
「佐伯君とやら、見ているか。文字とは、冷たいアルゴリズムの産物にあらず。汗と、涙と、サドルの摩擦熱によって初めて魂が宿るのだわ」
新宿の空に、朝日が昇る。
ロードバイクのペダルに足をかけ、金之助は再び疾風の如く走り出した。
AIがどれほど進化しようとも、人間が「好きのあまり暴走する愚かさ」を描き続ける限り、文豪の筆が折れることはない。
令和の文壇を揺るがす自転車乗り(文豪)の快進撃は、まだ始まったばかりであった。




