第44話 穏やかな春
「……で、デジャヴ」
「ごめんって、春もやってるって聞いたから、ついな」
瀬戸内さんに言い渡された約束の日。
僕のつぶやきに、茶武郎が謝る気のない謝罪を返した。
長袖一枚でも問題なく過ごせる気温が心地よい、穏やかな春。
僕たちを囲むのは、桜の木と幸せそうなたくさんの人々。
立ち並ぶ屋台、多種多様な料理の香り。
そして――
「ぷはーっ!!キンキンに冷えてる!」
ひと際大きな冷蔵庫を構えた屋台が一つ。
その前で、ビールをごきゅごきゅと喉に流して感嘆する沙也加。
前回は秋開催だったが、春もやっていたなんて……
あ、もうすでに茶武郎が例のハンバーガーを……
ビール祭り、開催である。
「――ねえねえ、充! これが充が感銘を受けたピザじゃない!?」
僕が唖然としていると、沙也加が屋台を指差しながらそう言った。
「ほんとだ、懐かしいな……」
そうか、あのピザを食べたのは沙也加と付き合う前だった。
何なら、合コンもまだだ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか沙也加がピザを頬張っていた。
「えへへ、充のおごりだー」
「え、おごり……?」
ほんとだ、僕、財布持ってる。
確か、前にも同じようなことがあったような。
大学をお昼に切り上げた日、沙也加に付きまとわれながら、振られる会話に適当に相槌を打っている間に、僕の自宅前に到着していたのだ。
催眠術でも使えるのか、ってぐらい、本当に無意識のうちにすべてが終わっているのが怖かった思い出。
懐かしい……懐かしんでばかりだ。
「あぁ!見て、カレーライスだって!!」
ピザを片手ピョンピョンと跳ねる沙也加。
左手は紙皿に乗ったピザ、右手はそれが切り出された一部を持っている。
そんなに暴れたら具が落ちるぞ……
「カレーライスか、ビールに合うのかな……」
僕は眉間に皺を寄せてそうは言ってみるものの、やはり気になってしまったので、手に持った財布の口を開けた。
「ーー沙也加、何か持とうか……?」
ピザにカレーに、いつの間にか、串物が2本ほど追加されている沙也加の手元を見て、僕は思わずそう口にした。
僕の財布からはもれなく北里が二枚程度消えてしまった。
「じゃあ、この二本の串を持ってもらおうかな!」
そう言って渡されたのは、鮎の塩焼き二本。
おいおい待てよ、一番値段の高かったカレーとピザは渡してくれないのかよ!という言葉はグッと飲み込み、鮎の塩焼きを受け取った。
尾びれから頭にかけて全身を串に刺して焼いてあるそれは、二本持ちすると、なんかこう…ワイルドな感じだ。
塩が密集して固まっている部分に齧り付きたい衝動に駆られる。
が、我慢だ。
屋台巡りにかなり時間がかかったので、拠点であるテントにて麦田夫妻と瀬戸内さんが待ちぼうけしていることだろう。
早く戻って、それから食べよう。
そう心に決め、僕たちはテントへ足を向かわせた。
テントに着くと、僕たちは思わず立ち尽くした。
背中合わせに黙って食事をする麦田夫妻の姿が目に映ったからだった。
そして、瀬戸内さんの姿が見当たらない。
これってまさか……
「充、これってもしや……修羅場ってやつ?」
「どっちかって言うと、もう修羅場は終わっていたみたいだね……」
拠点に影を作っていた桜の木が風に吹かれ、桜吹雪を巻き起こす。
……さらば、穏やかな春。




