第45話 大切な人になれなくても
―茶武郎視点―
桜が吹き荒れるある春の日、ビール祭りの会場になっていた公園の只中で事件は起こった。
充と若月さんが出店のご飯を買いに出ていて、拠点としている広場には俺と蒼と音々ちゃんの三人が残されていた。
「茶武郎、これ美味しいよ!」
「ああ、そのハンバーガーなら俺も食べたことがあるぞ。二つ食べると七つ食べるまで止まらないから気をつけろよ」
「なにそれ~」
秋に充と行ったときは、あのハンバーガーがMVPだったな……あぁ、食べたい……
そう考えてしまったのが、今思えばよくなかったのかもしれない。
「……俺も一口もらっていいか?」
「いいよ、口開けて」
「んー!やっぱ美味い!」
口の中が幸せでいっぱいになっていたその時だった。
ハンバーガーを飲み込んだ俺の目の前に、音々ちゃんの顔があった。
「……っ!?」
瞬間、唇に何かが当たる感覚があった。
そして、顔を遠ざけた音々ちゃんが自らの唇を指でなぞったことで俺は察した。
――音々ちゃんにキスをされた。
唖然とする俺と蒼をおいて、音々ちゃんは涙をこぼして俯いた。
「ずっと……ずっと前から私、茶武郎さんと約束してたのに。帰りの路線が同じなだけの女とくっついて。私なんて、最初から存在しなかったみたいに……」
服の裾をつかむ手に力を入れた音々ちゃんは、その瞳から零れる涙の量を増やしながら、顔を上げた。
ひどい顔だった。
信じていた何もかもが偽りだと確信した、あの日の充のような顔だった。
「もう隠せないから言いますけど、私、合コンに誘われるよりもずっとずっと前から、茶武郎さんが好きだったんです!!要領が良くてかっこいいところも、たまに見せる無邪気な顔も、全部!!」
「音々ちゃん……」
胸の奥が脈を打った。
トキメキではなく、俺に対する嫌悪や、罪悪感によるものであることは確実だった。
「でも、大学であなたを見かけるたび、あなたを特別に思っているのは私だけだって、もう諦めようって、ずっと思ってたんです。」
「じ、じゃあ……なんで、さっき……」
「そこが私の悪いところで。」
音々ちゃんは目に涙をためたまま、にこやかな笑顔を顔面に張り付けてこう言った。
「――あなたに、私の存在を覚えていてほしかったんです。あなたの大切な人になれなくても、敵として、あなたの記憶にずっと残っていられたらいいなって。」
「……」
返す言葉が見つからずに黙っていると、彼女は立ち上がった。
「ごめんなさい、急にこんなことしてしまって。飯田さんたちが戻る前に帰りますね。」
そう言い残して、彼女は立ち去って行った。




