第40話 透き通るような酸味とほのかな果実の香り
「充、今日はこっち飲も!!」
戻ってきた沙也加は元気よくそう言った。
「それって……ワイン?」
「その通り!!」
沙也加が手に握っていたものは、まごうことなきワインの瓶であった。
ニコニコ笑顔を崩さずに沙也加は続ける。
「やっぱり、付き合った記念日はぱーっとやりたいじゃん?」
「確かにっ!」
ワインを飲んだことがない僕だったが、沙也加の笑顔に免じて快く了承することにした。
―沙也加視点―
今日、私と充による交際がスタートした。
自宅で充との初の共同作業を終えた私は、そのほとぼりが冷めないうちに、押し入れにしまっていたワインを持ってきた。
今日はこれで乾杯したい。
今日のために蒼が準備してくれていた、このワインで。
私たちは向かい合って席に着き、熱々のアヒージョと、冷めてしまったほかの料理を見渡した。
ふと、充と目が合う。
その目は笑っていた。
ふと、こちらも笑みがこぼれてしまう。
私たちは、タイミングを合わせるようにして合掌して、お決まりのセリフを口にした。
「「いただきます!」」
私がアヒージョに手を付けようとした傍ら、思い出したように充が立つ。
「どうしたの?」
「ワイン、注いであげる。」
言って、高級レストランのウェイターの如く、私の真横に立った充がグラスへワインを注いだ。
幸せ。
これが、今の感情を表すための最適な言葉だった。
でも、私ばかりもらってばかりではいけない。
「じゃ、充の分は私が」
充はにこりと微笑む。
「では、お言葉に甘えて」
ふと、夕方ごろの会話がよぎる。
私は充に告白したくて居酒屋へ行った。
結局充から告白をしてくれたので、その事実は追及されなかったけど……
今なら言える……そう思った。
席に戻って、私は口を開いた。
「ねえ、居酒屋での話の続きなんだけど……」
「え?居酒屋の……?」
少し考える仕草をしてから、ピンと来たのか、充の顔が強張る。
どうやら覚えていたみたい。
「その……やっぱり、沙也加もっ……!?」
「まって!!自分で言いたいから!」
すぅ…と大げさに息を吸って、ゆっくり吐き出す。
漂うワインの香りで肺がいっぱいになる。
「私も……」
言うんだ。
「充のことが、」
あとちょっとのところで息が詰まりそうになる。
せき込むのを我慢して、言葉を紡ぐ。
告白をしてくれたとき、充もこんな気持ちだったのだろうか……
そんなことを考えながら。
「大好きでした!」
充の息をのむ音が聞こえる。
ついに言えた、ずっと言いたかったこと。
「告白してくれて、ありがとう!!」
――そこからは早かった。
冷めても美味しいお刺身などから攻めつつ、パエリアやイカリングフライは小皿にとって温めて食べ進めた。
最初は面倒な作業のように思えた温めなおしも、自然と二人の会話が増えるきっかけになっていたので、それほど気にならなくなっていた。
「ねえ充、」
私の呼びかけに、ワインを飲む充の手が止まる。
「どうしたの?」
ただただ一緒にいられるのがうれしくて、ただただご飯が美味しくて。
そんなことを言うために、私は彼の名前を呼ぶ。
「私ね、今すっごい幸せだよ!!」
彼は顔を赤らめながらも、優しく微笑み返事をする。
「僕も、幸せ」
返事に機嫌をよくした私は、ワインを一口含む。
透き通るような酸味とほのかな果実の香りが、熱々のアヒージョによく合う。
その味はどこか、優しくも頼りがいのある充に似ていて。
その味はどこか、胃もたれしちゃうくらいに重い過去を持った私たちが、お互いに求め合っているような心地よさで。
こんな時間がいつまでも、いつまでも、死ぬまで続いたらいいなと、そう思わせてくる。
だけど、時計の針が止まることもなければ、ゆっくり飲み進めていたワインも終わりが近づいてくる。
でも大丈夫。
だって、私たちは恋人なんだから。




