第33話 ありえないと思っていた状況の只中
今回は沙也加視点からのスタートです。
「やっほ、早いねぇ」
「沙也加さんこそ」
さっきまでの落ち着きのない行動とは対照的に、充は落ち着いた語り口だ。
なんなら、笑顔まで浮かべている。
おのずとこちらも肩の荷が下りて、スムーズに話すことができた。
「ちょっと早いけど、お店入る?」
「そうしようか」
引き戸を開けて、店内に入る。
すると、いつか見たような光景が目に入る。
席は、夕方という時間帯も影響しているのか、接待や飲み会で大いに賑わっている。
ジ・居酒屋、って感じだ。
シーフードのいい匂いがどこからともなく漂ってきて、すでに旺盛な食欲を刺激される。
だけど、今日の本命は料理ではない。
まぁ、合コンの時に来た時も、私のせいで料理どころじゃなかったみたいだけど……
そんなことを考えていると、充から笑みがこぼれる。
「どうしたの?」
「いいや、なんでもない」
充は、その笑みを崩さないまま雑にごまかした。
この緩い雰囲気が、私たちらしくてすごく居心地がいいと感じる。
「変なのー」
私は私で、軽く笑い返した。
席に着くと、それまで続いていた会話も落ち着いて、しばらくの沈黙が訪れた。
その沈黙を破ったのは珍しく、充の方だった。
「沙也加……今日は、話したいことがあるんだ。いいかな?」
「えっ……」
思わず困惑の声がこぼれてしまう。
充の発言に違和感を覚えた私は、その違和感の原因は呼び捨てにあることに気づいた。
高鳴る胸の鼓動と反対に、私の身体はしばらく硬直してしまう。
現実味のない呼びかけにフワフワしていた私は、ハッと我に返ってコクリと頷く。
それに応じて、充は口を開いた。
「この場所で沙也加に再会して、仲良くしてもらって、気づいたことがあるんだ。」
突然の雰囲気に、私は思わず息をのむ。
「十分料理が上手なのに、僕の料理を食べたがって、いっぱい褒めてくれて……すごい嬉しくて。」
その声は少しばかり震えていて、充はそれを戻すために息継ぎをする。
私は途中で口を開くことなく、黙って充の話に耳を傾け続けた。
「なにより、一緒に食べるご飯が楽しくて……」
ふと、充の面持ちがキリリとしたものに変わる。
「今までは、それだけだったけど……今は違くて。」
私は充のその言葉に、心臓が握られているみたいな、心がきゅっとなる感覚を覚えた。
「僕、沙也加が好きみたい。」
「……っ!?」
私は静かに目を見開き、口元を両手で覆っている。
充のいつになく真剣なまなざしは、崩れることはない。
「親友とか、家族とかと一緒に食べるご飯とは違くて。沙也加の隣で一緒に食卓を囲むのは僕が良くて、ほかの人じゃ嫌で。」
そしてこれに続いた言葉は、私が今日、伝えようと思っていた言葉だった。
「だから、僕と付き合ってください!」
充は目をつむりながら、私に向かって片手を差し出してくる。
今、目の前の彼がどんな顔をしているのか、見ることができない。
片手を差し出すのに伴うように、頭を下げられているから……
今私は、ありえないと思っていた状況の只中にいる。
耳まで赤くして、手は震え、きっと私よりよほど緊張しているのだろうと思った。
この手を握れば、私は夢だった日常を手に入れることができる。
脳みそがそれを理解するころ、私の手の中にはすでに充の手が握られていた。
顔を上げた充と目が合い、数秒後、私は口を開く。
「海鮮居酒屋で告白なんて、ムードもへったくれもないけど……こういうのも、私たちらしいね。」
そして席から立ち上がり、今度はありったけの笑顔でこう言った。
「これからよろしくね、充!」




