第32話 充の決意
無敵状態の僕は、しばらく胸を張って突っ立っていたが、そもそも集合時間よりも早い時間だし誰も来ないことを思い出し、結局肩を落とすことになった。
しかし、そんな僕の感情などまるでお見通しだったかのように、聞きなれた声が聞こえてくる。
「やっほ、早いねぇ」
少し前まで会うことを躊躇していた人物が目の前にいる。
「沙也加さんこそ」
だけど、僕はすんなりと受け答えすることができた。
なんなら、今の僕は笑顔まで浮かべている。
そんな僕の様子を見て、沙也加さんは切り出す。
「ちょっと早いけど、お店入る?」
「そうしようか」
店に入ると、数か月前に見た景色と同じような光景が瞳に映る。
見るからに居酒屋っぽい店内の雰囲気は、如何にも茶武郎が好きそうな感じだ。
合コンの会場にチョイスされていたのにも頷ける。
鼻をくすぐるシーフードの香りが食欲を刺激する。
しかし、今日の本命は料理ではない。
まぁ、前回も料理どころではなかったが……
そう考えたところで、ふっと笑みが漏れた。
沙也加さんにも気づかれたようで、どうしたの?と声をかけられた。
「いいや、なんでもない」
「変なのー」
雑にごまかすと、沙也加さんはいつものように僕をからかうでもなく、軽やかに笑い返してきた。
席に着くと、それまで辛うじて続いていたぎこちない軽口も止み、やがて沈黙が訪れた。
それを破ったのは珍しく、僕の方だった。
「沙也加……今日は、話したいことがあるんだ。いいかな?」
「えっ……」
僕の言葉を聞いた沙也加さんは、しばらく硬直する。
恐らく、馴染みつつあったさん付けを外しての呼びかけに驚いたのだろう。
やがて硬直が解けた沙也加さんは、気を取り直したようにコクリと頷いた。
それを確認して、僕は言葉を続ける。
「この場所で沙也加に再会して、仲良くしてもらって、気づいたことがあるんだ。」
向かい合わせに座った沙也加さんから、息をのむ声が聞こえる。
「十分料理が上手なのに、僕の料理を食べたがって、いっぱい褒めてくれて……すごい嬉しくて。」
緊張で震えてきた声をもとに戻すために、息継ぎをする。
けど、呼吸すらうまくできなくて、少しむせそうになる。
それを我慢して、僕はさらに言葉を並べる。
「なにより、一緒に食べるご飯が美味しくて、楽しくて……」
事前に用意していたセリフも、もうすぐ終盤に差し掛かる。
「今までは、それだけだったけど……今は違くて。」
心臓を握られているかのように、心がキュっとなる。
「僕、沙也加が好きみたい。」
「……っ!?」
沙也加さんは声を発することなく、静かに目を見開き、口元を両手で覆っている。
「親友とか、家族とかと一緒に食べるご飯とは違くて。沙也加の隣で一緒に食卓を囲むのは僕が良くて、ほかの人じゃ嫌で。」
今から僕は、今一番伝えたいことを、今一番それを伝えたい人に向かって伝えるのだ。
覚悟を決め、息を吸う。
「だから、僕と付き合ってください!」
目をつむり、片手を沙也加さんに向かって差し出す。
心臓の鼓動が見る見るうちに加速していく。
今、目の前の彼女がどんな顔をしているのか、見ることができない。
沙也加さんは僕を嫌ったりしないと分かっていても、今の僕は無敵だと何度言い聞かせても、顔が熱くなるのは止まらな――
触れた。
そう思った次の瞬間には、僕の手はすでに彼女に握られていた。
顔を上げると、頬を赤く染めつつ、呆れたような笑みを浮かべる大食いギャル。
僕たちの目が合い、数秒後、沙也加は口を開く。
「海鮮居酒屋で告白なんて、ムードもへったくれもないけど……こういうのも、私たちらしくてアリかもね。」
そして席から立ち上がり、今度は見慣れた屈託のない笑顔で続けた。
「これからよろしくね、充!」




