13 凶刃
巨神兵はーーただ圧倒的な力で襲いかかる。
それを……俺たちは悪戦苦闘しながら戦っていたーー。
「マスター……《時間の権限》を使って私が一人ずつ倒します。《空間の権限》で援護をお願いできますか?」
エルは冷や汗を垂らしながら、そう打診して来た……おそらく目の前にいる〝巨神兵〟は、それ程の難敵なのだろうーー。
俺は、エルに背を向けながらーー全体に指示を出す。
「わかったーーそれで行こう。メフィストセレス、《転移陣》を探しながら戦ってくれ!……ここは俺たちが引き受ける。」
「んあ?ああ……探しはするがーー固まらなくて大丈夫か?」
バッサバッサとーー、己の翼をはためかせながらメフィストセレスが問いかける。
それをコクリーー、と小さく頷きながらーールーナの方へ視線をやる。
「……ルーナは俺とエルの側にいてくれ。相手はかなり危険なーーん?何をやっているんだ、ルーナ?」
ルーナは静かに精神を整えながらーーボソボソと言葉を紡ぐ。
その姿はーーまるでエリスフィールの〝黄泉送りの儀〟と似ていた……。
「〝《死霊の神の代行者》〟ーールーナの名の元にーーこの場で残留する魂に命じるーー。我が祈りに答え、その力を我らに貸し与えたまえーー〟〝《死霊の権限》〟ーー発動!!」
ルーナが説き終えた途端ーー地面から無数の残留思念がふわふわと現れる。
その姿はまるでーー幽霊のようだった。
「クロノ君……私も戦わせてください。……私にどこまで戦えるか分かりませんがーーお役に立てるように、頑張りますから」
初めて、フッーーと不敵な笑みを浮かべて見せたルーナ。
どうやらーー戦う事自体には問題が無いようだが……。
「なぁエル……ルーナは【封印状態】だったはずだろ?……さっきの罠を解除したから本来の力が戻ったのは説明がつくけどーーそもそも〝捨てられた眷属〟であるはずのルーナがどうして代行権限を持っているんだーー?」
状況が状況で、急ぎ口調にエルは簡潔で答える。
「マスター、ざっくりと説明しますがーー《神技》と言うのは〝神が持つ権限〟であり、〝その神が育てた者が扱う事の出来る権限〟でもあるのですよ……つまりですが、《死霊の神デス》とは別に、彼の眷属である彼女もまたーー取得した《神技》を扱う事が出来ると言う訳ですーー」
「じゃあーー俺が今持っている《空間の権限》はーー」
エルは小さくコクッ、と頷いた。
「ええーーお察しの通り私の《神技》です。マスターの本来の神技では無い為、不完全ではありますが……それでもマスターなら上手く扱えるはずです。……何より、この三ヶ月でマスターはずいぶんと成長なさいましたからーー」
確かにエルの言う通りーーこの三ヶ月間のこの〝神域〟での戦闘を通じて《空間の権限》をだいぶ上手く操れるようになってきたーー。
目の前にいるのは強大な力を持つ〝巨神兵〟ーー。それを、絶望的な戦力差までは感じられない程にーー。
「わかったーー。それじゃあ二人とも……左右は任せた!!」
「はいっ!マスター!!」
「了解です、クロノ君ーー」
二人と会釈を交わす。そしてーー巨神兵との戦いが、幕を開けたーー。
……………………。
ピクピクッーーと、キツネのお面の中からはみ出た耳が動く。
「どうやら始まったみたいだねーーさて、今の彼に果たしてマーリンの眷属を倒せるかな……?」
キツネガミはそう言って、どこかの木の上から《千里眼》でクロノの様子を観察する。
「《死霊の神の眷属》かーー。かつて、〝第九天〟と〝暗黒神七神〟の戦いの際に、彼女を見逃したのも〝君だった〟ねーー。果たしてどう決着が着くのか……見ものだよーー」
キツネガミは小さく微笑む。
そんな彼の頬をーー風が緩やかに撫でていた。
……………………。
ガギッーードドドドド!!
巨神兵の剣による薙ぎ払いが一つ。
それを軽快に、かわして飛んだ。
タッタッタッタッーーダンッ!!
クロノは大きくジャンプし、叫ぶ。
「〝《空間の権限》〟!!発動ーー」
クロノの姿が虚空に消え、巨神兵の王ーー巨神王の頭上にふと現れる。
その一瞬の攻守の反転は、巨神王に僅かな判断ミスを与えた。
「さすがは〝《空間の権限》〟……直前まで何処へ転移するか全くわからないその力は敬服に値しますーー」
ガギィィィィンーーズバッ!!
しかしーークロノの短剣は、巨神王の鎧の如く頑丈な表皮には通らない。
「なっーー!!」
クロノは宙に捕えられる形で、落下する。
それを、エルがーー
「〝スピード・タイムデバフ〟!!」
《時間の権限》によってクロノに流れる時間を緩やかにする。
しかし、神気を纏っているクロノの体感速度は下がらないーー実に有用で実践的な扱い方だ。
「さんきゅー!エル!!もういっちょ行くぞ!!」
「はいっ!マスター!!」
そんな二人に向かって、他の巨神兵が襲いかかる。
「《時間の権限》!!」
「《空間の権限》!!」
息ぴったりな俺とエルのコンボにより、近づく巨神兵が悉く遠くへと飛ばされていく。
フィールド・エスケープによって発生する裂け目を利用した転移は、神気を纏っていても効果てきめんの技だ。
故に、《時間の権限》で一瞬だけ固まった巨神兵はそのまま飛ばされるーーそしてこの行き先にも、ちゃんとした意味を持っていた。
「頼むぜ!!メフィストセレスーー!!」
「お前らちょっとは自分で倒せよ!?……全くーー〝《堕落》〟!!」
メフィストセレスに力を抜かれた巨神兵の一体が倒れ伏す。
そのままメフィストセレスは、次いで神気による攻撃を放った。
「〝ダークフレイム・ボンバー〟!!」
炸裂する破裂音と共に、直撃した巨神兵の一体が動きが止まる。
そのコンボを繰り返す事で、飛ばされる巨神兵が次々とメフィストセレスの手に沈んだ……。
メフィストセレスはパッパッと自身についた誇りを振り払い、ニヤリとドヤ顔を決め込む。
「おいおい……頼むぜ?こっちは《転移陣》の捜索もあるんだからーーよっと!!」
くるんっ、と反転して飛んだメフィストセレスのグーパンチが、接近してきた巨神兵に直撃する。
メフィストセレスのレベルはああ見えても百を超えているーーその為、俺たちとは根本的な基礎身体能力が違うのだろう。
最初に出会った時ーー俺が使うのが、メフィストセレスにとって相性の悪い《空間の権限》で本当に良かった……。でなければ、一瞬であの破壊的な拳で木っ端微塵に粉砕されていただろうと思うと、若干の身震いをする。
「……とりあえず、巨神兵はメフィストセレスに任せよう。役回りが変わるけど、俺たちが《転移陣》を探す方が早いかもしれない……エル、《転移陣》がどんなものかはわかるか?」
エルはコクリーー、と頷く。
「《転移陣》はマスターも一度見た通り、光を放つ、転移型の魔法陣のようなものです。近くまで行けば、すぐに分かりますーー」
三ヶ月前ーー転移された事を思い出す。
確かに……あれは魔法陣のような光を放っていた。
「わかったーー。なぁエル……それと一つ気になったんだけどーーあれって?」
指差す先にはルーナの姿が。
彼女もまた、巨神兵を相手に平然と戦っていたーー。
「〝今は亡き天使の魂たちよーー今一度だけ、私たちに力を貸してくださいーーネクロス・ダンシング・ソウル〟!!」
ルーナの《死霊の権限》によって発生した天使の亡霊達が、群れを成して巨神兵達に襲いかかる。
ルーナ自身のレベルは俺よりも少し低いが、それを補って余りある能力自体の強さにポカンと口を開いた。
「ルーナって……ある意味〝使役〟みたいな《神技》を持っているんだなーー。エル?」
かつてーー〝使役者〟アーガスと対峙した時の事を思い出す。
思い出すのも憚られるが……確かに《使役》による能力は強力的だったーー。
そんなーー腑抜けたような俺の発言に、コクッとエルは肯定の頷きをした。
「ええーーさすがは〝暗黒七神〟の眷属です。これは本当に凄い力ですよーーマスター」
現在、三十を超えた巨神兵はメフィストセレスとルーナによって十体程減少した。
一対一なら、メフィストセレスは巨神兵相手でもやりあえる。
ルーナは《死霊の権限》の絶大な効力によって、死した天使達の力で巨神兵の群れと渡り合っている。
「じゃあ俺たちの相手はーー」
目の前でーー大胆不敵に剣を持ち構えている巨神王。
奴もまた、俺たちを敵と認識して襲いかかって来た。
「行くぞエル!!〝フィールド・エスケープ〟!!」
「はいマスター!!ーー〝エターナル・タイム〟!!」
エルが巨神王の動きを止め、俺が短剣で弱点と思しき場所を片っ端から斬りかかる。
時間はかかれど……このやり方が現実的かつ、効果的にダメージを与えていた。
(やっぱりだーーこの巨神兵だけ、他の奴らよりも硬いけど、所々にある古傷の部位だけダメージが通りやすい。ならーー)
ガンッーーガガッーーガガガガガッ!!
遠慮はせずに、ラン&ガンの勢いでガガガッと高速で剣戟をお見舞いする。
その様子を訝しむように、巨神王は不敵な笑みを浮かべていたーー。
「なるほど……この私の身体に傷を与えるとはーーその見た目からは想像がつかない程の力が溢れ始めておりますなーー」
巨神王の言葉の真意は理解できない……が、おそらく俺の神気が最初より濃くなっているーーという事なのだろうか?
「行くぞ巨神王!!勝負はまだこれからだーー!!」
……………………。
数十年前ーー。
「この少女の封を解いた者を殺せとーー?それは構いませんが……いささか私達に命ずるには容易すぎるのでは無いでしょうか、〝女神様〟?」
ヘイルダムがひれ伏したーー〝幻想的な魔女〟……もといその〝女神〟は、星空を連想させる紫色のローブを羽織っていた。
その黒いトンガリハットからは煌びやかな紫色の髪と、同色の瞳が覗かせておりーー別の意味で人間で無いと思わせる魅力を放っていた。
「ああーー。お前の言う通りだヘイルダム。……しけし、おそらく〝その者〟はこの神域を作る意味そのものなのだからなーー手を抜く訳にはいかないのだよ」
「その者……?女神様がここまでする程のお方がここに……?」
主の言っている意味がわからず困惑するヘイルダム。
しかし、意図がわからないのは今に始まった事では無く、彼は忠実にその使命を全うしようとーー跪いて答える。
「ははっーー仰せのままに。女神様ーー」
……………………。
ヘイルダムは、目の前の少年の瞳を見て確信する。
この者こそがーー自身の主が待ち続けた者その者だと言う事をーー。
「最初にあなた様だと気づいた時ーー正直言ってがっかりしました。このようなか弱いお姿で……このような脆弱な存在に成り下がっている事にーー。しかし、なるほどーー。……確かにこれは、女神様の〝予言〟そのものを体現しておりますなーー」
「さっきからお前……一体何の話をしているんだ?」
ヘイルダムの意図がわからず、首を傾げる。
多少意図を理解できたエルは、伏し目がちに目を逸らした。
(すみませんーーマスター。いずれ時が来たらーー全てをお話ししますからーー)
再びヘイルダムへと対峙してーー構える。
「行くぞーー!!」
カキンッーーガガッガンッ!!
幾度と無く鍔迫り合う音ーー苛烈する戦闘の熱。
《空間の権限》を利用した高速戦闘の流れに釣られてーー気づいていなかった。
ヘイルダムとの戦いが苛烈する中、背後からの巨神兵の攻撃が迫っていた事に……。
(あと一歩……あと一歩近づければ、もう一度攻撃できるーーたぶん、今までで一番強く!!)
先程から、自身の神気の〝濃さ〟が、自分の一撃一刀の力を引き上げている。
油断しているつもりは毛頭無かった……が、しかし。
このまま行けば勝てるーーそんな、思い込みが脳裏を過ぎったーーその時だった。
「っ!!マスター危ないーー」
「えっ……?」
エルの静止の声を境に、俺の視界が真っ白な光に包まれる。
背後から近づいた巨神兵の一撃。
まさか自分の腹を掻っ捌かれたなんて、思いもせずにーー。
……………………。
俺は誰だ……?シユウ……クロノ?
俺は何だ……?人間……神様?
俺はーー何者なんだ?
公爵家の子どもか?
厄災の子か?
《エンドラ領》の領主か?
《時間と空間》の神か?
本当の俺はーーどこにあるんだ?
何で俺にこんな能力がある?
何で俺は生まれつき厄災の痣がある?
何で俺には《未来眼》がある?
何で俺には眷属がいる?
何で俺はここにーーいる?何でーー
死んだ……のか?
嫌だ……死にたく無い。
死んじゃだめだ。
息をしなきゃ……
意識を取り戻さなさいと……
あいつらはまだ戦っているーー。
いやーーそもそも何で、こんな事に巻き込まれているんだ?
俺はただの領主だ……何でこんな事になったんだ?
ただの人間が……神気なんて使えるか?
ただの人間に……ここまでやり合えたか?
ただの齢八歳の子どもが……何でこんな所にいるんだ?
心のどこかで、認めようとしてーー信じたく無かった。
自分が自分じゃ無くなる気がして……言えなかった。
それでもーー全ての辻褄を合わせる答えはこれしか無いだろう……。
俺にはーー〝前世の記憶〟がある。
いや、正確には前世の記録だろうか?何も覚えていないのだから……。
キツネガミが現れた理由、俺が神気を扱える理由、メフィストセレスが俺を恨んでいた理由、俺だけがここに飛ばされた理由、巨神王が俺の事を知っていた理由、
エルがーー俺の事をマスターと呼ぶ理由。
その全てが、生前の俺が神だったのなら説明がついてしまう。
どうして?とか、どうやって?とかーー考える必要なんて無かったんだ……。
ただその事実を認めればーー全て変わった結果だったかもしれない……。
俺はーー死んだのか?
いや!まだだ!!
起き上がるのが億劫なだけだ。
立ち向かうのを恐れてるだけだ。
自分で自分を認める事をーーどこかで拒絶していただけだ!!
簡単な事だ。目を開けば、もう一度目覚める事ができる……それがわかる。
だったら俺のやるべき事は一つだ。
唱える呪文は知っている。……いいや、何故か覚えているーーか。
もう躊躇している場合じゃないーー誰かが死んでしまう前に戻らなきゃいけない!!
だったらーー立ち上がれ!俺はまだーー死ねない!!
「〝死したる我の根命よーー数多ある恩恵と寵愛を受けしその身に魂を舞い戻しーー蘇れ。新たなる生命の息吹よーー我が依代に盛大なる祝福を〟ーー」




