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12 捨てられた眷属


《エルロード家》屋敷ーー。


「相変わらず敬虔な事ですなーーシェリカ様」


部屋から戻ってきたシェリカに、コトッーーと紅茶を差し出すアーモンド。


それを肩を落とした様子のシェリカが、微笑み一つ溢して受け取った。


「ありがとうございますーーアーモンドさん。代々《セントルイス家》では《慈愛の神》を信仰していますからーー日課みたいなものですよ」


明らかに以前と比べてお祈りの時間が長くなったシェリカに、心配の念が消えないアーモンド。


その表情を察したのかーーシェリカは話題を切り替えた。


「プルシュスカさんは……今日もクロノさんのお部屋ですか?」


沈黙をもって、アーモンドは答える。


クロノがいなくなって三ヶ月ーー。ここ最近、プルシュスカは入り浸るようにクロノのベッドで毎日寝転がっていた。


いなくなった主をどれだけ大切に思っていたのか……その行動だけでよくわかる。天真爛漫なプルシュスカも、流石に精神的に限界が来ていたのだろうーー。


シェリカもあまり強く……プルシュスカに言い止める事は出来なかったーー。


「皆……辛い気持ち、心配する気持ちは同じですねーー。だからこそ、〝領主補佐〟である私がしっかりとしなくちゃいけないのですがーー本当に面目無い限りですーー」


「シェリカ様は十分やっていらっしゃいます。この数ヶ月で《エンドラ領》も《オスカール領》も見違えて発展して行きましたーー。きっと、クロノ様が見れば目を丸くするでしょうなーー」


「それでも……一番見てほしいその本人がいない事はやはりーー辛いものですね……」


しんみりとした空気が流れる食卓。


そんな二人に割入るように、カランコロンッーーと玄関のドアを開ける音が響き渡った。


「ようっ!……久しぶりーーって、辛気臭ぇ顔してんなぁーー。シェリカの嬢ちゃん……顔色悪ィぞ?大丈夫か?」


確かに、シェリカの目の下にはクマが出来ている。


指摘されたシェリカは、誤魔化すように紅茶を啜った。


「ゴクッ、ゴクッーー。はぁ……、エリスフィールさん程ではありませんよーー」


シェリカの言葉通り、エリスフィールはしばらく屋敷を離れてクロノの探索に専念していた。


この三ヶ月間ーーもはやダンジョンは隅々まで探し尽くしたというのに……何かをしていないと気が済まないのだろう。


そんなエドワードもまたーー、しばらく屋敷を開けた帰りだったーー。


「それで、どうだったんですかエドワードさん、〝心当たりのある人物〟の所へ行ってきた……という事ですが?」


エドワードは片手で丸を作りながら、席に着く。


「ああーー〝師匠〟の話によれば、《転移陣》はその多くが古いダンジョンにしか設置されていないらしいーーというのも、今の魔法の技術で《転移魔法》を構築するのが難しいからだそうだ……」


「なるほど…………えっーーエドワードさん、お師匠さんがいたのですか?」


驚いた表情のシェリカ。


エドワードは首を傾げながら顎に手を当てる。


「あれ、言ってなかったっけかーー?まぁ、そこは今は良いだろうーー。で、その師匠いわくもし仮に……《転移陣》で飛ばされるとして、何ヶ月も行方がわからないとなればーー飛ばされる先はおそらく〝神域〟の可能性が高いらしいーー」


「〝神域〟ーーどの神を崇める教会も、伝承でその存在を言い伝えているそうですが……具体的には〝神域〟とは何なのですか?」


それには両手をあげてお手上げのポーズで答えるエドワード。


「さぁなーー師匠の話は難しくて俺にはよくわかんなかったぜ……」


「真面目に答えてください!……というか、本当に探す気はあるんですかエドワードさん?」


いつものシェリカならここまでムキになる事は無いだろうーークロノが絡んでいる事案で無ければーーだが。


シェリカのその意思を受けて、半ば投げやりにエドワードは答える。


「じゃあ師匠が言ってた言葉を丸々言うぞーー本当に!!マジで意味わかんねぇからーー。『〝神域〟とは神の権限を持つ者あるいはその従者が作り出す〝星神界〟と同様の効力を持ち得る領域を作り出す能力だ。その多くが人間界に出入りする自身の存在の隠れ蓑にするか、神の権限を持つ者同士が対立する際に使われる事が多い。〝神域〟の効力がもたらす恩恵は主に二つ。一つ目は戦闘時における自身の〝神技〟の効力の強化。二つ目は〝神気〟を人間が感知できない為の、〝人祓い〟としての効果。もし探している人間が〝神域〟にいる場合は人間にはその居場所を感知することが出来ないから、〝神域〟が術者によって破棄されるか、その中の人間が自力で出てくるより他は無いだろうーー』だそうだ!!ハァ〜全ッ然意味がわかんねぇ!!……どう思うよアーモンド?」


マシンガントークの分量で喋り続けたエドワードが大きく溜息をついて、椅子にもたれ掛かる。


「〝神域〟ーー。クロノ様がそこにいるのならばーー私たちにできる事は何も無いという事になるのでしょうなーー」


「だろーー?ハァ……つぅ訳で、俺らにゃどうしようも無さそうだーー」


悩ましい表情で考え込むアーモンドとエドワード。


しかしその様子をーー微笑む一つ溢すシェリカだったーー。


「ん?どうしたってんだよシェリカの嬢ちゃん?」


そう言って訝しむ表情のエドワードに対してーーシェリカは一言。


「もし……仮にクロノさんがいるとすれば〝神域〟内部。そして私たちにできる事は無い状況ーーだったら私達はクロノさんの帰りを大人しく待つしか無いーーという事ですよね、エドワードさん?」


シェリカの出したひどくシンプルな答えを、天井を見上げて答えるエドワード。


「何もできねぇ……かーー。情けねぇ話だなーー。でもその何が嬉しいんだ?」


シェリカは元気を出したように、椅子から立ち上がる。


「クロノさんは〝不可能を可能にするお方〟です。今回もきっと、何とかするでしょう。……少なくとも今の私たちにはそう信じる事しか出来ませんからーー私達は私たちにできる事をやるしかありません!!」


その瞳に力を取り戻したようなシェリカはーー紅茶をグビッ、と勢いよく飲み干す。


そしてそのままーー踵を返して自室へと向かった。


「仕事をして来ますね!何かあったら教えてくださいーー」


その様子を、しばらく無言で見つめていたエドワードとアーモンド。


時間差でシェリカの笑顔が伝染するようにーー自然な笑みが溢れる二人だった……。


……………………。



「君は一体……何者なんだ?」


虚な紺色の瞳で、見上げるように視線を動かした少女はーーボソリと呟く。


「神気を纏ったーー人間……?」


人形のように整った顔立ちの少女は、ボサボサの髪を揺らしながら、瞬きをする。


少しだけーー遠い記憶を探るようにして、再びボソリと口を開いた。


「わたし、の……名前……はーー、ルー…………ナ。〝ルーナ〟ーーです」


「ルーナちゃん……か。俺はクロノ。よろしくなーー


「クロノ……君」


コクンッ、と首を傾げるルーナ。


その紺色の瞳を向けて、じっと見つめながら記憶するように俺の名前を復唱していたーー。


「どうして君はここに縛り付けられているんだーー?」


ルーナと名乗った少女はーー目を伏せて、寂しそうに答える。


「わたし……捨てられたんです。〝眷属〟なのに……マスターに逆らったーーから」


「眷属ってーー捨てられたって、一体どういうーー!?」


ふとーーエルが言っていた言葉を思い出す。


『ここにいる天使達は、神に逆らったから投獄されたんですーー』


眷属とはすなわち天使という事だ。しかし、目の前の少女には天使特有の〝翼〟らしきものが見当たらないーー。


その事が、ひどく俺の中で引っ掛かっていたーー。


「なぁエルーー確か天使は普通〝翼〟が生えているはずだよな?……この子もエルと同じで生まれつき翼が無いのか?」


その言葉を、否定するようにエルがふるふるーーと首を横に振る。


「眷属は神に逆らって牢獄に入れられる時、〝翼〟をもがれます。それはーーいわば〝罪人の烙印〟。眷属にとって翼を失う事はーー私みたいな生まれつきの〝ハネナシ〟以上に屈辱となる事ですからーー」


神に逆らい、翼を奪われた眷属ーー。ここに来るまでに出会った天使の亡骸も、〝まるで人間みたい〟に翼の生えた形跡は無かったーー。


この子も同様なのだろうか?理由こそわからないが、眷属を捨てるなんてよっぽどの事でも無い限りしないんじゃーー?


ふとーー壁際に描かれた見慣れた文字列が目に入る。


この神域で至る所に使われていたーー〝神文字〟だ。


エルの〝眷属権限〟によって俺には〝ステータスシールド〟に《言語翻訳》が適用されている為、何を書かれているかが自動的に翻訳されている。


故に、今ここに書かれている文字が、翻訳された状態でステータスシールドに映る。


『旅人よーー選べ。〝反逆の罪〟を肩代わりするか、〝無実の罪〟を見捨ててゆくか。前者を選べば過酷な旅路をーー後者を選べば後悔の旅路をーー其方は背負う事になる。旅人よーー選べ。《運命の羅針盤》は常に其方の心の内にあるーー』


「……どう言う意味だ?」


それはつまり……この子を見捨てて後悔の念に苛まれるか、連れて行って神々を敵に回すかって意味なのだろうかーー?


今まで出会った者達……宝箱の中身……そしてーー目の前にいる眷属の少女。


もしかして〝旅人〟はーー俺なのか?


思案する俺を前に、目の前の少女は少しだけ寂しそうにして語り出すーー。


「マスターはわたしに命令しました……。人間の亡骸が必要だから、子供を百人殺して連れてこいってーー。それを拒んだ結果ーー〝もうお前はいらない〟ーーそう言われて、ここへ追放されましたーー」


「っ!!何だよそれ……そんなの断って当然じゃあーー」


ふと、エルの方を振り向きーー俺の考えている事などお見通しなのかーーエルは悲しそうな表情で首を横に振った。


「マスター……以前にも言いましたが、それが〝神にとって〟の普通なのですよ。ほんの少しーーたったの一度でも、神の気に触れれば……眷属である天使は処刑されるか牢獄に入れられるーー。それが()()()()()()()()の事なのです。……マスターの様に眷属を大切に扱う者など……ましてや対等に扱う神なんて、ほんの一握りです」


「なんだよ……それーー」


神ーー。俺にとってそれは〝キツネガミ〟以外に心当たりのある存在はいないーーが、少なくともあいつからはそんな空気は感じられなかったーー。


()()()()()()()()()()()()()()()なら……俺は一体何なんだ?


「わたしは眷属……マスターは神様。だからーーこれは当然の報いなのです。逆らう者を許すような方では無いとわかっていたのに……わたしの〝自己満足の正義〟で命令を拒否してしまったーー本来これは眷属にとって許される事ではありません……。だから……これでいいんですーー」


既に、悟ったような表情で諦めの言葉を口にするルーナ。


この子は一体ーーどれだけの長い間ここで一人で過ごしていたのだろうか?


髪もボサボサ、両手は壁に括られ……全身(すす)だらけで翼も奪われて唯一人。


誰と会話する事も出来ずに独りぼっちで……この暗い洞窟の中でーー終わりなき苦痛の中に身を置いていたのだろう。


この子のマスター……神は、一体何を企んでいたんだ?

なぜ自分の眷属に対してこんな事ができるんだ?


再びーーステータスシールドに書かれた神文字を見返す。


「反逆の罪と無実の罪ーー《運命の羅針盤》は……つまり〝俺の意思〟……かーー」


捨てていく。その選択が《エンドラ領》にとっては最善だろうーー。


神なんて、絵本でしか見ないような相手を敵に回すなんてまっぴらだ。


俺には……守るべきものがある。


もしここに書かれている事が本当ならーー俺はこの子を見捨てていかなくちゃいけない。


プルシュスカやエリスフィールの時とは訳が違う。


連れて行ったってただ〝厄介事〟になるだけだーー眷属と言われるくらい長い時を生きているんだ。ここに置いて行ったって死にはしないんじゃ無いか?


そんな考えが過ぎったーーその時だった。


「死にはしない…………厄介……事?」


ふとーー思い返す。今まであった出来事を。


舞踏会場で暴力沙汰となってーー処刑されてもおかしく無かった俺が、《ランスロット家》から追い出されて《エンドラ領》でアーモンドと二人で再出発をした。


プルシュスカが、先生が、シェリカが、エリスフィールが、領地の皆がーーそしてエルが、メフィストセレスがーー俺についていこうと言ってくれた。


守るべきもの?ーーそれって、何だ?


屋敷の仲間か?《エンドラ領》の領民か?


母様との約束か?


それともここにいるエルやメフィストセレスか?


それともーー目の前にいるこの子か?


「違うだろ……」


本当に守るべきものは……何より間違っちゃいけないのはーー〝俺自身の意思〟だ!!


誰かを見捨てて帰った俺を……誰が手放しで喜んでくれる?誰に誇って〝ただいま〟って言える!?


言える訳が無い!!


歓迎はしてくれるだろう……心配もしてくれているだろう……帰ったら〝無事でよかった〟と抱きしめてくれるだろう。それでも、誰かを犠牲にして選び取った生を『正しかった』だなんて本気で心の底から喜ぶ仲間が、あの屋敷にーーあの領地にいるはずがない!!


そんな事をしても何も心が痛まない仲間がーーあの領地にいるはずが無い!!


何よりーー〝厄介払い〟されるつらさは……苦しさは……寂しさは……もどかしさはーー()()()()俺が知っているはずだろう。


母様や姉様、アメリアやシェリカがいなければーー生まれてからのこの数年間どれだけ孤独の中で生きてきたかわからない。


人々から向けられる悪意の視線に屈して……生きる事そのものが地獄だったかもしれない……。


目の前にいる少女はーーまるで俺の鏡写しだ。


一歩間違えれば死んでいたかもしれない……。


一歩間違えれば一生を牢獄の中で過ごしていたかもしれない……。


一歩間違えればーー()()()()()()()()()()()()()()()()!!


だったら……俺が取るべき選択肢はーーただ一つだ!!


「んぁ?お前らこんな所にいたのかーーって、何だここ!?すげぇなーー」


覚悟を決めた俺の元にーーバッサバッサと翼をはためかせて降り立つメフィストセレスが。


着くなり祭壇を見渡しながら、相変わらず軽い口調で対話を仕掛けてきたーー。


「よう!あっちの方は特に何も無かったぜーー。んあ?誰だこいつ?」


全く気づいていなかったのか……目の前まで来てようやく反応を示すメフィストセレスだった。


降り立って疲れた様子で肩を回すメフィストセレスにーー、一つ頼みを申す。


「メフィストセレスかーーちょうど良かった。この子の手錠を外したいんだけど手伝ってくれないか?」


俺の提案がそんなにおかしなものだったのかーー。


エル、メフィストセレス、ルーナの三人がーー同時に驚いた表情をしていた。


「マ、マスター!!ここにある警告文を見なかったのですか?……眷属一人牢獄から出した所で、神であるマスターなら咎められはしないと思いますーーが、少なくともこの子の(マスター)は快く思わないと思いますよ?マスターが今の状態で神を敵に回すのはあまりにも危険すぎます!!」


そんなエルの静止をーーメフィストセレスが同調しながらも、否定するように言葉を発する。


「おいエル……たぶんそこじゃねぇぞ?お前ーー〝ステータスシールド〟でこいつの主が誰か確認しなかったのかーー?」


「この子の主ーー?っ!!これってーー」


メフィストセレスの言葉を受けたエルが、ルーナのステータスシールドを確認する。


エルの表す驚愕の表情に釣られてーー俺もルーナのステータスシールドを確認する。


そこには確かに、ルーナの神らしき者の名前が書かれていたーー。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前 《死霊の神の代行者》ルーナ 【眷属契約解除】


年齢 56


女 Lv16


種族:天使

 

所有神気 《暗転》、《鑑定》、《言語翻訳》、


代行権限 《死霊の権限》


パラメータ  《筋力》66 《敏捷》207

《知力》365 《反射》198

       《体力》668 《魔力》0

《神気》985


神気シリーズ一覧

 

眷属シリーズ《鑑定》、《言語翻訳》


マジックシリーズ《暗転》



特殊効果1:《天使》


1:スキル、魔法効果によるダメージとその効力を無効化します。


2:精神異常、状態異常を無効化する能力が適応されます。


3:眷属権限により、一定の条件を満たした場合に限り《神の権限》を代行する事ができます。【封印状態】


4:眷属権限により、神と《精神の領域》を通じて意思の疎通を図る事ができます。【封印状態】


5:眷属権限により、神のステータスシールドに書き換えを行う事ができます。【封印状態】


6:眷属権限により、神の現在地を把握する事ができます。【封印状態】


特殊効果2《闇世界の住人》


1:闇属性の神気を扱う事ができます。


特殊効果3:《死霊の神の眷属》


1:互いに神気の受け渡し譲渡が可能となります。【封印状態】



称号:《死霊の神の代行者》【封印状態】


《死霊の権限》の代行権限を所有します。

種族:《アンデッド》から受ける効力を一定数値無効化できます。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「《死霊の神》ってーー〝暗黒七神〟の一角ーー《死霊の神・デス》ですか!?」


暗黒七神ーーキツネガミ含む六人の《第九天》と合わせて《上位神》と呼ばれる神達の総称らしい。


十ある神の格位の中でも《第九天》が最上位に位置するなら、《暗黒神》はそれに次ぐ二位に位置する神々らしい。


つまりーールーナは《上位神》である十三人の神々の《眷属》と言う訳だーー。


それならばーーメフィストセレスが止めようとする気持ちもわかる。


でも俺はーー


「メフィストセレス……エル。確かに二人の言い分はわかる。今の俺がどう足掻いたってーー二人の知る〝神〟の力には到底及ばないものなのだろうーー。それでも俺は……この子をーールーナを置いてはいけない!!例えそれが間違った選択だとしてもーーこの子の神を敵に回す事になったとしてもーー俺が罪を肩代わりする事になったとしてもーーここに見捨てていくのは〝俺自身の罪〟だ!!何か反論はあるかーーエル?」


芯の籠った眼差しでエルを見据える。


当のエルは何故か嬉しそうにーーフッと笑みを溢した。


「マスター……私がマスターの下した決定に対して文句なんてあるはずが無いですよ。それがーー〝貴方が心の底から決めた事〟であるならばーーたとえそれがどれだけ周りから反対された事であってもーーたとえ〝世界を敵に回す〟選択だったとしてもーーそれでも私はあなたについていきますーー」


呆れたように、眉を顰めながら……それでも心のどこかでほっとしたようにーーエルは微笑んだ。


その様子を見てーーメフィストセレスも頭をくしゃくしゃと掻きむしる。


「んあああああっ!!おめぇら本っ当に頑固で馬鹿な奴らだなぁ!!わかったよ!!俺は知らねぇから好きにしやがれ!!」


どうとでもなれというようにーー、メフィストセレスはそっぽを向く。


なんだかんだでーー同じ〝眷属〟であるルーナを見捨てて行きたくは無かったんだろうなという事がーーその小さな背中からは感じ取れた。


「それじゃあマスター。行きますよ?」


「ああーーやってくれ、エル」


エルはルーナに近づき、自身の手を翳す。


「〝《鍵の手》〟ーー」


エルの神気《鍵の手》。


封鎖されている鍵や手錠を開ける能力だ。


やがてーーこの子を縛っていた枷や手錠の数々も、開錠音と共に剥がされていったーー。


「わたし……縛られていない。マスターに逆らった私は罪人ーーなのに、いいのでしょうか?」


自由になった今でも尚、ルーナは疑念をその胸に抱く。


果たしてーー罪人である自分が自由になってもいいのかーーと。


その言葉に対する俺の答えは、情けない事に何とも安っぽいものしか思いつかなかったーー。


「ルーナ。誰かに許されたいと思うなら、誰かを救えばいいーー。ここでただひっそりと生きているだけじゃ救えない命がーーこれから先の君の人生にはあるんじゃ無いのかな?」


「っーー!!……私の……これから先の人生ーー」


少なくとも、不自由より自由な方が選択肢の幅は広がる。


そこから先、どれだけ自分を許せるか……どれだけ多くの者を救えるかは彼女の選択肢次第だろうーー。


それでも、この暗い洞窟の中でただ緩やかに死を待つよりはーーきっと明るい未来がこの先に広がっているーー。


そう信じた思いが通じたかはわからないが……両手の指を合わせてもじもじしながらーールーナはただ一言。


「あ、……ありがとうーークロノ君」


神域の最下層で出会った眷属の少女は……ひっそりと、慎ましい笑顔でそう言って答えたーー。


「それじゃあ引き続き《転移陣》を探そうかーーエル、悪いけどルーナの事見ててあげて……」


そう言ったーーその時だった。


この場にいる四人全員が、おびただしい程の神気の圧力を感じる。


敵意、悪意、戦意ーーありとあらゆる感情が交錯したその気配の群れはーーゆらり、と〝虚〟の中から姿を現す。


「おいおい……冗談じゃねぇぞーー。何でここで〝あの女〟の眷属が出てきやがる!?」


メフィストセレスがそう言って、青ざめた表情で〝ソレ〟を見つめる。


高さ十五メートルはあるだろうか。


巨大な武器を持った石像。


巨大な槍を持った石像。


巨大な盾を持った石像。


巨大な弓を持った石像。


巨大な斧を持った石像。


巨大な拳を構えた石像。


周囲を散会する翼の生えた石像達ーー。


まるで恐怖を体現するようにーーその中心たる石像は言い放った。


???「汝ーー〝罪を背負いし者よ〟。試練をその身に受ける覚悟はあるかーー?」


声だけで、心臓が握りつぶされそうな程の恐怖に襲われる。


何なんだあれは?どうして俺に対して武器を構えているんだ?


その鎧を纏った巨大な石像はーー右手の剣を地面に突き刺してこちらを見下ろしている。


気迫だけでわかるーー『こいつには勝てない』と……。


そしてその裏付けは、メフィストセレスの青ざめた表情からも見て察し取れた。


「メフィストセレス……あれは何なんだ?」


メフィストセレスは唾を飲み込み、ただ一言呟いて答える。


「あれは……あいつらはーー《古の巨神兵》だーー」


「古の……巨神兵ーー?」


それを聞いたエルがーー目を見開いて吐き捨てた。


「どうして……だって貴方達は!!……何故私たちを襲うのですか!?答えてください!!」


いつも冷静なエルにしてはやけに困惑した顔をしており、ただ情で訴えかけるように巨神兵に問いただしていた。


しかしーー巨神兵達はただ一言……。


「〝さるお方〟による命だーー。その眷属の封を解いた場合はーー殺せとな。我々は〝眷属〟だ。故に命令を実行し、お前達を粛清するのみだーー」


巨神兵の冷淡な言葉を前に、エルは激昂した。


「控えなさい!!〝このお方〟を誰と存じているのですか!?貴方達に命を下した者が誰であれ、〝眷属〟である貴方達が手を出して良い相手ではありませんよ!?」


珍しく、キッと鋭い瞳で睨みつけるエル。


その様子からはーーどれだけ必死で今この衝突の危機を回避しようとしているのかを物語っていたーー。


「我々に命を下したお方はーー何人も逆らう事の許されない。故に我々はただその命に従うのみーーん?」


俺の前まで来たーー巨神兵の王らしき者が突然立ち止まる。


何を見ているのかーー次の瞬間にはその表情が初めて揺らいだ。


「まさか……そんなーー何故あなたがここに!?《時間と空間の主》よーー」


驚愕の表情で一歩後退し、跪く巨神兵の王。


俺にはエルと目の前の巨神兵のやり取りが何を示唆しているのかーー全く検討がついていなかった。


「あの巨神兵が……敬語を使うなんてーー」


「ああーー俺も初めて見るぜ。〝あの女〟以外にあの巨神兵が跪く姿なんてよーー」


その様子に、とりあえず一息吐くエルだったがーー巨神兵の王はすぐに立ち上がり、再び剣を構えた。


「〝あのお方〟が何故あなた様を殺せと命令されたかはわからないーーしかし、我々が命令に従い刃を向けねばならぬのも真実。無礼を承知ではあるがーーご覚悟されよ!!《時間と空間の主》よーー」


「なっーー」


巨神兵の王に釣られて、他の者達も一斉に武器を構える。


巨神兵の数だけでも三十体以上ーー周囲の翼の生えた石像達でさえ三メートル程の大きさがある。


圧倒的に状況は不利ーーそれでも、ここで引く選択肢は無かったーー。


そしてそれはーー皆同じ思いだった。


「マスター、ご指示を!!」


「いっちょーー暴れてやるか!!」


「えっと、クロノ君……私も戦いますーー」


圧倒的な数的差。


圧倒的な戦力差。


圧倒的に不利な状況…………それが何だ!!


ルーナを見捨てないと決めたーーその選択が正しかったと証明するなら、どんな局面でも負ける訳にはいかないーー。


相手が〝巨神兵〟だろうと、〝死霊の神〟だろうと関係無い!!


今ここで俺が取るべき選択肢はーー『目の前のこいつら全員倒してーーみんなで帰る』一択だ!!


迷いが消えた俺の瞳はーーひどく冷静だった。


「行くぞ……〝()()()〟ーー」


《古の巨神兵》達との戦いの火蓋がーー今、斬って落とされるーー。


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