11 最下層
「それで、お前ら出口はどこにあるのか知ってんのか?」
メフィストセレスの唐突の問いかけに、エルと二人目を見合わせるーーが。
「いいや」
「知りません」
「だろうなぁ〜……」
エルの言うこの〝神域〟がどれくらいの広さなのかも、誰が何の意図で作ったものなのかも、どうしてあのダンジョンの地下にここへ繋がる《転移陣》があったのかも謎だ。
どこへ向かえば出口に繋がるのかも、正直さっぱりだ。
「ハァ……仕方ねぇなあ。俺様が案内してやろう!」
メフィストセレスが胸に手を当てて自慢げに言い放つ。
「あなた……どこに出口があるのか知っているんですか?」
エルが不思議そうに問いかけるーーそれをメフィストセレスはドヤ顔で答えた。
「俺様を誰だと思っている……出口に繋がるめぼしい場所の検討くらいついているさ♪」
「すごいなメフィストセレスーー味方だったらここまで心強いなんて……」
感嘆の声を上げると、メフィストセレスが渋い顔で静止の手を差し出した。
「おっとーー!!俺様はあくまでお前と〝和平〟を結んだに違いねぇ……お互いに盟友ではあるが仲間じゃねぇ事を忘れるなーー」
「あ、ああーーわかった」
メフィストセレス……盟友と仲間は、たぶん一緒の意味だぞ。
心の中でそう呟きながら、メフィストセレスの差し出した手を握ろうとしてーーヒョイッと逃げられた。
「騙されたか?騙されたなぁ〜あ!!……つくづくお前能天気な奴だなぁ、そんなんでこの先大丈夫かーー?」
相変わらず軽口を叩いて挑発するメフィストセレス。しかし、それよりも疑問に思うのがーー。
「この先?それってどう言うーー」
俺が問いかけると、ハッーーと、表情が固まるメフィストセレス。
ぎこちない動きでこちらを振り返るとただ一言。
「ナ、ナンデモナイゾ……?」
冷や汗を垂らしながら青ざめた表情をしている。本当に大丈夫だろうか?
(あぶねぇ〜!!あの女の名前を出したら〝あいつの兵〟が処刑しに向かってくるの……忘れる所だったぁ〜!!……でもまぁ、出口に繋がるでろうあの場所に案内するくらいなら大丈夫だよな?)
メフィストセレスは咳払いを一つして、更に下へと続く階段を目指して前進する。
「さぁ〜行くぞ!!このメフィストセレス様についてこぉ〜い!!」
唐突にコロコロと変わるメフィストセレスの表情が何やら怪しいが……。
俺とエルは互いに頷き合って、メフィストセレスへとついていったーー。
……………………。
「エルーーそういえばさっき、メフィストセレスに攻撃を受けた時だいぶ怪我負ってたみたいだったけど……大丈夫か?」
平然としていた為、すっかり忘れていたがーー相当な深傷を負わされていたと思う。……何故か、水色のローブにも、内側のピンク色のブラウスにもほつれ一つなかった為にすっかり忘れていたがーー。
「マスター……。心配して頂いてありがとうございます!!でも、大丈夫ですよ!私には《天使の祝福》と言う特殊効果があるのでーー時間さえ経てばどんな傷でも完治しちゃいます!!」
「へぇ〜……すごいな。さすが〝天使だな〟!!……その服も時間が経てば一緒に治るのか?」
天使と呼ばれ、嬉しそうに喜ぶエル。
ローブの裾を摘みながら、エルは問いかけに答えた。
「服は私の《天使の祝福》では治らないのでーー《時間の権限》を使って〝巻き戻し〟の力で治しました!」
「〝巻き戻し〟ーー《時間の権限》にはそんな能力もあるのか!?」
時間を巻き戻す能力。そんなもの、歴代の大魔法使いですらできたかどうかーーかの伝説的とも評される歴代最高位の錬金術師〝ステラ〟でさえ、そんな該当出来るかどうかわかりゃしない。
それこそーー〝厄災の魔女〟でも出来るかどうか……。
「もちろんーー容易ではありませんよ。《時間の権限》の代行が出来るのは私だけですし、その《時間の権限》を扱えるのは私以外ではマスター唯一人ですからーー」
「そ……そうなんだーー」
本当にーーここはよくわからない世界だ。
何より俺自身が……何で《時間と空間の権限》なんてーー。
「よしっ!!今日はこの辺で休むか!!……俺様は疲れたからひょっとねよぅと思う……ふわぁ〜」
あくびをしながら喋っていた為、よく聞き取れなかったがーーどうやらメフィストセレスはお休みしたいらしい。
「エル……時間は今どうだ?」
「現在十七時三十二分以下略ーーですマスター」
相変わらず時間に正確なエル。
もしもエルがいなかったら……この〝神域〟で知らず知らずに何年も過ごす事になっていたかもしれないーー。
そう思うとーー、一緒にいてくれてありがたい限りだ。
「そうかーーじゃあ、ちょっと早いけど休もうか。今日はちょっと疲れたし……俺も休みたい気分かもーー」
「了解ですマスター。晩ご飯の準備が出来たら、起こしにきますねーー」
「いつも任せっきりで悪いなエルーー料理の手伝いくらいならやるから、食材取ってきたら教えてくれ」
その様子をニコッ、と微笑み返して。ふわふわと《浮遊》で飛んでいくエル。
相変わらず仕事の出来る天使だ……。
「お、お前らメシ作ってくれんのか?じゃあーー俺様の分も頼んだぜぇ〜」
ニタリ顔で寝転びながら手を振るメフィストセレスなのだがーー
「もうっ!私はあなたの眷属じゃ無いんですからーー自分で取ってきてくださいよ〜!!」
ぷりぷりとしながらも、どうやら取ってくる気でいる様子のエル……さすが気の利くと言うか優しいと言うかーーメフィストセレスを見ていると同じ天使とは到底思えないな……。
しかし……俺もあまり人の事は言えないかもしれないーー。
「ふわぁ……俺も疲れたしーーエルには申し訳無いけど、ちょっとだけ休もうかなーー」
そう言って、しばらく横になる。
この油断がーー後々後悔する事になるとは……梅雨ほどにも知らなかったーー。
……………………。
「…………ん?」
料理の匂いに釣られて、目が覚める。
ふわぁーーとあくびを一つ。目の前に広がるのはーー想像を絶する地獄絵図だった。
「っーー!!エル……メフィストセレス……二人とも一体ーー何をしているんだ!?」
まるで返り血のようにべっとりとソースらしきものが……黄金の金髪にかかったエルにーー全身べとっと塗りたくったようなメフィストセレス。
そんな二人は対照的な見た目同様にーー対照的な挙動で言い争いを繰り広げていた。
「ちょっと、メフィストセレスさん!!どうしてそんなものを入れるんですか!?ああっ、お鍋が台無しに……」
「いいじゃねぇか!!ほら見ろーーいい色をしてるだろ?何とも香ばしい香りじゃねぇかーー」
そう言ったーーメフィストセレスが作ったであろうお鍋の中は、まるで深淵を覗くかのような暗い紫色になっている……。まさしく、〝闇鍋〟だ。
「え、エル……メフィストセレスーー。一体、何を作っているんだ?」
冷や汗をかきながら、そう問いかけると俺以上に真っ青な顔で振り返るエルがーー。
「ま……マスター。申し訳ありませんーー私、眷属失格ですーー」
うるうると涙目でそう言ったーーエルの隣で悪い笑みを浮かべながら闇鍋のスープを一口啜るメフィストセレス。
満面の笑みを浮かべながらーーメフィストセレスは。
「うぅん!うんめぇなぁ〜!!ほらっ!お前らできたぞ!!メフィストセレス様特製ーー〝天使鍋〟だ!!」
きゃあああああああ!!ーーと、脳内で若い女性の叫び声が響き渡る。
この闇鍋で……一体どれだけの命を奪ってきたのかーーそんな意味不明な妄想さえ頭の中で広がっていく。
「天使鍋……天使鍋ってもっとこうーー神々しいものだと思うんだが……そこのところどう思うーーエル?」
「マスター。これはもはや天使ではありませんよ。堕天使鍋……いえーー〝悪魔鍋〟ですーー」
エルの意見に同一致の俺だったがーー対してメフィストセレスは反論の意を示した。
「どこが〝悪魔鍋〟だ!!これはれっきとした堕天使鍋さ!わぁーはっはっはっは!!」
メフィストセレス……堕天使とはつまりーー悪魔なんだよ。……少なくとも一般常識では。
エルがおずおずと震える手でスプーンを掴み取り、メフィストセレスの作った堕天使鍋に手を伸ばす。
「ま、マスターの分は私が後で作りますからーーとりあえず、毒味だけしますね。……こう言うゲテモノ程上手いとよく言いますしーー」
顔が真っ青で絶対に行きたくない表情をしているエル。
味見ではなく毒味と言っているあたりが、相応の拒絶反応を物語っている。
やめておけ!それに手を伸ばしたら死ぬぞ。と、声を大にして言いたい。言いたいが……作った本人のいる手前、そこまで攻めた発言は出来ない。
ゴクリーーと冷や汗ひとつかいてあぶら汗が滲み出る。
どうやら俺はーー覚悟を決めなければならないらしい。
俺の事をマスターと呼んで慕ってくれているエルにーーこれ以上負担をかけるわけにはいかないーー!!
「……エルーー何かあったら後の事は頼んだぞーー」
そう……一言言い残し、エルの持っているスプーンを取って〝毒味役〟を変わる。
「っ!!マスター!!ダメですーー」
エルの静止より早く、そのスープを一掬いして口へと運ぶーー。
その結果はーー
「うぅっ!!……ゴホッーー」
苦い……と言うよりは一周回って甘い味がする。
脳内細胞が破壊されていくような……ぐわんぐわんと視界が回って気分がおかしくなってきたーー。
「ま、マスター!!しっかりーーしっかり!!」
たった一口でこの威力……改めて〝堕天使〟の恐ろしさを身に沁みて体感したーー。
意識が遠のく中、エルの心配そうな表情が一層際立ってよく見える。
「……エ、ルーー」
「……スター……マスター」
次の瞬間ーー驚いたような、あるいはケタケタと笑っているようなメフィストセレスの顔を尻目に意識が底へ沈んでいったーー。
……………………。
「ぅ……ううーーあれ、ここはーー?」
「マスター!!よかった……目が覚めたんですね!!」
気づけば介抱してくれていたエルが、心配そうな表情でこちらを見つめている。
俺はと言うと最悪の気分のはずなのにーー何故か気絶する前より体が軽かった。
「マスター、一時間程眠っていたんですよ。このまま目覚めなかったらどうしようかとーー」
エル……流石にそれは言い過ぎーーとも言い切れないのか。食中毒って意外と手強いって聞くしな……。
「でもおかしいな……何でこんなに気分がいいんだろうかーーまさか、あれヤバい薬の成分みたいなのとか入ってるとか?」
幻覚作用と言うか、感覚が狂わされていると言うかーーそれだったらここまで気分が晴れやかなのも頷く。
先程からずっと会話を聞いていたメフィストセレスが何かを言いたげに、俺とエルが話終わるのを待っていた。
「お前……起きて早々人が頑張って作った天使鍋に言いたい放題いちゃもん付けてくれるじゃねぇかーー」
腕も足も組んだなかなかに不躾な態度で、少しご機嫌斜めの様子のメフィストセレス。
やはり何かーーあの鍋に細工がされてあったのだろうか?
「頑張って作ったのは私です!!メフィストセレスさんは最後に、〝神草薬〟と〝ビリビリダケ〟をむちゃくちゃに混ぜ込んだだけじゃ無いですか!!……他にも私の知らないうちに何か入れてたみたいですし!!」
俺が少し休んでた間にそんなことをしていたのか?
せめて聞いた事のある名前のものを入れて欲しいのだが……。
「なぁーーエル、メフィストセレスは一体何を混ぜ入れたんだ?」
エルがハァッーーと一息ついて座り込む。
「〝神草薬〟ーーこの神域にもいくつか生えているのですが、これは身体の中の〝神気の流れ〟を整えてくれる効果があると言います。あとでマスターに薬として調合したものをお渡しする予定でしたがーーどうやらそれをメフィストセレスさんは使っちゃったみたいですーー」
「なるほどなーーもう一つの〝ビリビリダケ〟?だっけ、それは……何なんだ?」
エルが額に手を当てて、渋々答える。
「〝ビリビリダケ〟は身体中に電流が流れるような不快感に襲われた後ーー、一定時間意識を失う山菜の一種です。これは〝星神界〟に生えている特殊なキノコなのですが……どうやらこの神域にもあったみたいです。効力としては他の薬草や毒の効き目をアップさせるもので、仕組みとしては一定の短い間摂取した者の免疫力を下げる事で薬の効き目を上げるーーと言ったものらしいのですが……その副作用に耐えきれず気絶してしまうらしいですーー」
「な、なるほどなーー」
《インクリア》でも多分ーー認可が降りないだろうな……この薬は。
だって、スープ一口で気絶したの初めてだもん!!
でも……その効力はどうも折り紙付きらしい。
メフィストセレスのおかげで、神気の乱用によって重だるかった身体がーーずいぶんと楽になった。
形は違うがどうやらーーメフィストセレスなりに気を使ってくれていたらしい。
「悪かったなメフィストセレスーーおかげで身体が軽くなったよ。ありがとうーー」
「なっーー!?……別に、俺様が食いたかっただけだから、感謝されるような事しちゃいねぇよ……」
高飛車だったメフィストセレスが珍しく照れくさそうに頬をかく。
「もうっ……私が作った料理を台無しにされたのにーーふふっ♪」
そんな様子を、ヘソを曲げながらもーー元気になった俺を見て、どこか微笑ましそうに見守るエルだったーー。
……………………。
メフィストセレスと行動を共にしておよそ二ヶ月ーー。
これもやはり〝時間の流れ方〟の体感時間故かーーこの二ヶ月がひどくあっという間に感じる。
この神域と呼ばれる地下階段も、百七階目に差し掛かっていたーー。
「ようやくーーだな。次が最後の階層だぜ、準備はいいか?」
メフィストセレスが軽く笑いながら問いかける。
「私は問題ありません。マスター、準備はいいですか?」
ここに来るまで、あれから三つの宝を手に入れた。
一つは用途のわからない、紺色のミサンガ。
二つ目は、〝ある力〟のこもったコンタクトレンズ。
三つ目は金色のチョーカーだった。
とりあえず、ミサンガは懐に仕舞いーーコンタクトレンズは俺自身が付けることにした。
どうやらこのコンタクトレンズ……〝神気の流れ〟がより鮮明に見えるものらしい。今までより数段、この神域に流れる神気がよく見えるようになった。
「すごいですねーーこんな小さなレンズ一つで、〝神眼〟シリーズの効力を持っているなんてーー」
スキルを人や武器に付与する《スキル魔液》は聞いた事があるがーーそれに似た効力で付与したものなのかもしれない。
何にせよ、拾い物にしてはあまりに大きすぎる収穫だった。
最後に、チョーカーはエルにあげた。何故エルなのか……?
それは、〝眷属〟に効果のあるものだったからだ。
「〝眷属のレベル制限によるパラメータ補正を一部解除されるチョーカー〟……か。相変わらずここの宝箱から取れる品物はとんでもないチカラを持っているなーー」
「全くですーー作った者、管理している者は只者ではありませんね……。戦う事だけは避けたいですが、そもそも何故こんなーー誰かに拾われる事を前提として置いているのか理解が及びませんーー」
そんな俺をエルを遠巻きに見つめる、メフィストセレスの姿が。
その瞳は何か、言いたげにしていた。
「どうしたんだ、メフィストセレス?」
「…………いいや、何でもねぇよーー」
(ここを作ったダンジョン主については、どのみち次の最下層で知る事になると思うしーー俺の口から言ったところで〝余計な奴ら〟を引き寄せるだけだからなーー)
「さぁ!!さっさと降りようぜーーこの下に地上へ出られる《転移陣》があるはずだーー」
そう言って、先導するメフィストセレスに黙ってついて行く。
ようやく《エンドラ領》に帰れる事にーーどこか期待に胸を高鳴らせていた……。
……………………。
最終階層ーー。
地上のダンジョンから転移させられて、合わせて三ヶ月の月日が流れていた……。
屋敷のみんなは元気にしてるだろうか?領内の人たちは笑顔で暮らせているだろうか?
毎日していたそんな心配もーーもうすぐ終わる。
「すっごいーー広いなぁ……」
最終階層の地下洞窟は今までよりもはるかにだだっ広く、天井もより高かった……思えば、階段もだいぶ時間をかけて降りていた気がする。
「悪ィがーー正直《転移陣》はどこにあるかわからねぇ。手分けして探すぞ。」
メフィストセレスが単身で翼をはためかせて、その場から移動しようとする。
「わかったーー何かあったら知らせてくれ」
「メフィストセレスさん……あまり変なちょっかいとかかけないでくださいね?ここに来るまで何度神獣に襲われたかーー」
「わ、わかったよーーメンドクセェなぁ……」
道中、神獣達に襲われた事を思い返して口酸っぱくメフィストセレスを静止するエル。
その様子に、振り向きながら眉を細めて承諾するメフィストセレスだったーー。
……………………。
最終階層ーーここには今までの階層のように、天使達の亡骸等はほとんどなかったーー。
どうやら人も天使もーーこの階層に閉じ込められていた気配が無いらしい……。
「マスター……気をつけてください。何がいるかわかりませんからーー」
「ああーーこう言う静かな場所に限って、何かしら罠があるのは〝お約束〟だからなーー」
地上の《転移陣》で既に、最下層の恐ろしさは体験済みだ。もうこれ以上はお腹いっぱいだから、さっさと《転移陣》を探し出して地上に帰りたい……。
そうやって……エルと二人で探索していたーーその時だった。
「っ!!エル、こっち!!誰かいるぞ!?」
「っ!!マスター!!」
祭壇のような広場で、中央には巨大な柱が建っている。
両手を手錠で繋がれた、紺色の髪の女の子。
囚人服だろうかーー茶色の生地はボロボロで、その手錠は柱に固定されている。
もう何年ここにいたのかーーそもそも何でこんなところにいるのかもわからない……。
「大丈夫か?君……どうしてこんなところに?」
囁きかけるーーと、その少女は虚な瞳でこちらを見つめ返した。
「あなた……誰ですか?」
紺色の……ひどく憔悴しきった悲しい瞳。
こんな最下層の大きな祭壇で唯一人ーー。
この子は一体……何者なのだろうか?




