10 仲直り
エルロード屋敷ーー。
「偉大なる〝慈愛の神・アイミー様〟ーーどうか我が祈りに答えてください。クロノさんがどうかーー無事に帰って来られますように……切にお願い申し上げますーー」
シェリカが自室で祭壇に見立てた小さな祠の前で、敬虔な姿でクロノの無事をお祈りしていた。
とーー、そこに。
「シェリカ様ーーここにいらっしゃったのですね」
シェリカの背後で静かに佇むーーエリスフィールの姿がそこにあった。
「エリスフィールさんーー。……はい、私に出来ることなんてーークロノさんの無事を祈る事くらいですからーー」
いつも話す相手を真っ直ぐ見つめるその小さな桃紫色の瞳は、話し相手であるエリスフィールでは無く……クロノのいなくなったダンジョンのある山を向けていたーー。
クロノが行方不明になった事はすぐに領内に知れ渡りーー多くの者がクロノの無事の帰還を願っていた。
シェリカはただひたすらクロノが帰ってくる事を信じ……《オスカール領》の発展に毎日時間を費やしていた。
「クロノさんが帰ってきたらびっくりするでしょうねーー《エンドラ領》も《オスカール領》も見違えるほどに発展しているはずですから!」
何とか振り絞るようにして元気に振る舞うシェリカ。
しかしーーその姿を見たエリスフィールはただ一言。
「……シェリカ様はお強いですねーー私は……領主様がいなくなってからというもの……何をすればいいのかすらーー忘れてしまいました」
あれから毎日日が昇る前に捜索に出るエリスフィールは、日が沈む前には屋敷に戻りーー業務も並行して完璧にこなしていた……。しかし、その為かほとんど睡眠と言えるような休息を取っていない為、ここ最近はずっと目の下にクマが出来ていた。
「エリスフィールさんーー」
シェリカは何も言えないーー。エリスフィールの気持ちが理解できるからこそーーただ抱きしめる事しか出来なかったーー。
「きっとーーきっと大丈夫です。クロノさんは無事のはず……ですから!!」
シェリカは振り向き、祭壇に両手を合わせて再度祈る。
「どうかーーどうかクロノさんに〝神の御加護〟があらんことをーー」
……………………。
神域内の地下洞窟ーー。
「この指輪が無かったらーー俺の勝ち目は無かっただろうなーー」
自身の神気を増幅する不思議な指輪。
これがなければ《空間の権限》を扱うのに必要な神気を操れなかったはずだ……。
正直ーー自分でもさっきの戦いは出来が良すぎて同じ事を二度やれと言われてできる気がしないーーそんな紙一重の戦いだった。
そしてーーその中でも破格の働きをしたのは間違い無くここにいるエルだーー。
メフィストセレスと中盤まで戦い、《堕落》で戦闘能力を失ったにも関わらず〝神気による抵抗〟でそこから脱出。
さらには短時間で仕留める為の策を用意して実行し、今の結果に導いたその功績はあまりにも大きい。
たった一人で大きな罠を作り、実行したエルは神気を全て使い果たしてーーその場でぐったりと倒れ込んだ……。
「エルーー!!」
ふわふわーーと《浮遊》が切れてエルが落ちてくる。
それを両腕で抱き留めると、満足そうにエルは微笑んだ。
「マスター……私、ちゃんとできましたかーー?」
頑張った事を褒めて欲しいーーまるで甘える子供のように問いかけるエルを、頭を撫でて目一杯褒めてやる。
『よくやったーー偉かったぞ』と、まるで父親か兄貴のように……。
「エル……無茶させて悪かったなーー。俺一人じゃどうしようも無かった……全部お前のおかげだ!!」
「いえ……全てはマスターの〝神がかった〟適応力と判断力ありき。さすが私のマスターですーー」
そんなエルの表情に、つられて緊張の糸が切れるクロノ。
ほっと一息吐くとーー忘れていたかのように急激な吐き気が込み上げてきた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっーーえ、あれ?」
片端から、ポタッ、ポタッーーと、血が滴り落ちる。
何故だろうーークラクラしてよく頭が回らない……。
「マスター……?マスター!!」
ドサッーー、とその場で倒れ伏す。
地べたに四つん這いになって、気づけばエルがいる事すら忘れてその場で嘔吐していた。
「はぁ、はぁ……うっ!!……ゲホッ、ガハッーー。ハァ……ハァーーこれってーー」
「マスター、大きく息を吸ってーー呼吸を整えてください!!」
視界も頭もクラクラして言う事を効かないーー。が、エルの言われるがまま、何とか荒れ狂う肺の活動を鎮めるように深呼吸を繰り返す。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっーー!!ハァ…………」
徐々にゆっくりと、やがて吐き気も気だるさも次第に収まっていった……。
目の前には、己が吐き散らかしたとは思えない血反吐の海に、顔が真っ青になる。
「はぁ……はぁ……はぁーー、一体どうしたってんだ?」
伏し目がちに、申し訳無さそうなエルがおずおずと答えた。
「マスター……すみません。まだマスターは《神の権限》を常時扱える程身体に神気が馴染んでいないんです。一度二度でも、〝かなり走ったくらい〟には体が疲労してしまうのにーーそれをマスターに何度も連発させてしまいました。……私の落ち度です、本当に申し訳ありませんーー」
そういえば、〝眷属の加護〟をエルに打診した時一度渋ったような顔をしていたーーこれはそう言う意味だったのか……。
「いや、俺がまだまだ未熟だっただけだよーー。結果的に、そのおかげでなんとかなったんだ。エルは百点満点以上の働きをしていたよーー」
「っ!!……マスター」
頬を赤らめて、照れ臭そうに笑みを浮かべながらその穂麦のような金髪を輝かせるエル。
こうして改めて見ると、やはり天使なんだなと言うのがーーこの暗闇の中で瞳に映るエルをそう認識させていた。
そんなやり取りをしていたエルがーーふと視界の端に映った奇妙なもに焦点を合わせる。
何事かと思うほど勢いよく走っていったエルは、やがて大声で俺の名前を呼びつけた。
「見てください、マスター!ここにも宝箱がーー」
ふらふらの足でエルの元へと駆け寄る。そこには見覚えのある宝箱がひっそりと置かれていた。
「今度は最初と同じ木箱だなーー」
木製の宝箱。その中にもやはりーー、一枚の紙切が入っていた。
「これ、さっきの研究レポートでしょうか?……それにしては随分小さいーーというか、マスター。これ、手紙みたいです」
「手紙?……誰から?」
エルに言われてそれを受け取る。
「っ!!これはーー」
冒頭から数行目を凝らして読み耽っていたーーその時だった。
「うっ……うぅぅぅぅ〜!!……ぐはっ!!」
「っーー!!」
「っ!!」
岩の中から、ふらふらと這い出てきたメフィストセレス。
全身ボロボロで、ふらふらながらも禍々しい力である《堕天》の神気を纏っている。
「まだ……まだーーだ。戦いは……終わってーーねぇ。俺はーー死なねぇ……ぞーー」
ドサッーー、と目の前で倒れて体をよじらせるメフィストセレス。
もはや戦うまでもなく、虫の息のその姿はなんともひどく哀れなものだったーー。
「マスター……どうしますか?心苦しいならーー私が代わりにトドメを刺します」
エルが、真剣な眼差しで見つめている。
トドメを刺すーーそれはつまり、目の前で倒れ伏しているこの〝天使〟を殺すと言う事だ。
さっきまで命のやり取りをしていたんだーーもちろん、ここで殺してしまう事を誰かに責められる事は無いだろう……いや、むしろ何故メフィストセレスが俺を恨んでいるのかわからない以上ーー不安要素となるこいつを生かしておくのは危険すぎる。
今でこそ虫の息だが、力を取り戻せば再び命を狙いにくるだろうーーその矛先が、《エンドラ領》に住む人々に向けられないとも限らない。
そんな単純な選択ならーー答えは一つだ。
その答えが……YesかNoの単純な二択ならーーだが。
本当に何故なんだろうか……今ここでこいつを殺してしまう事を〝可哀想〟だと思う以上にーー〝惜しい〟と思ってしまった……。
生かした所で、こいつが仲間になる訳じゃない事は重々承知している……いつか報復しに来て、その時再び戦うだろう事が容易に想像できる。
だがーー、それでも俺はこいつを殺したくは無いーー。
そうーー覚悟を決めた眼差しで、エルの瞳を見つめる。
「エル……悪いけどこいつを、見逃してやってくれないか?」
「っ!!一体……何を言っているんですかマスター!?」
メフィストセレスの元へ、静かに歩み寄る。
しかし対してメフィストセレスはーー先程同様怒りに染まった瞳でこちらを睨み返した。
「見逃す……だと?同情でもしてんのか!?……どこまで俺様をバカにすれば気が済むんだおめぇは!!……いや、もういい。俺の負けだ……さっさと殺せ!!」
憎悪に満ちた瞳で、俺と同様ーー口の端から血反吐をこぼしながら睨みつけるメフィストセレス。
仇討ちが叶わずーー同情され、怒りと悲しみで感情がぐちゃぐちゃとなったメフィストセレスが、涙を溢しながら叫び立てる。
「お前は……一体ーー何なんだ!!ルシフィス様を殺したくせに、俺の事は二度も見逃す……どこまで侮辱すれば気が済むんだおめぇは!?はぁ……そもそもーー何で〝翼の無い天使〟であるお前がーー、一つでも代行するのが難しい〝神技〟を二種類も権限を代行出来んだよ……意味がわからねぇ!!」
メフィストセレスの目の前で、ーーあるものを取り出す。
「メフィストセレスーーお前当ての手紙だ」
「手紙?手紙だぁ!?どこの誰からかもわかんねぇモン読む訳ねぇだろ!!」
もはや聞く耳持たずのメフィストセレスーーしかし、次の一言でその態度は百八十度一変した。
「差出人はわからないーー〝ルシフィス〟と言う名前の男からだーー」
「えっ…………ルシ、フィスーー様?」
まるで子供のような表情にコロッと変わるメフィストセレスに、ボロボロの手紙を渡す。
それを親の形見のように大事そうにメフィストセレスはーー両手でしっかりと持って手紙を隅々まで読み込む。
「メフィストセレスへーーこの手紙を読んでいる頃……私はこの世にもういないのだろうーー」
『私はーーお前に辛い選択を強いてしまった。お前に過酷な道を残してしまった。叶うかもわからないーー残酷な夢を託してしまったーー。本当に申し訳無いと思っているーー。それでもどうか、聞いて欲しい。もし俺が殺されるとすればーーその相手は間違いなく《時間と空間の神》だ。お前はきっと……あいつを恨んでしまうだろうーー。でもどうか、あいつを許してやってはくれないか?どうか頼むーー』
「ルシフィス様……許せってーー何でそんな事を……?」
ポタッ、ポタッーーと、メフィストセレスの瞳から涙が溢れ出す。
次第に、《堕天》の状態は解除されていきーー瞳の色は元に戻り、憎しみも怒りも消え去った色をしていた。
「俺はあいつにーー〝決闘〟を申し出た。場所は荒野の岩群だ。本来あいつはこの決闘を受ける義理などありはしない……だが、この決闘に受けて立つならわざわざ大軍で捜索せずともこの俺を捕える事が出来るからだ。だから俺はーーこの決闘を申し出るに当たって、ある一つの〝条件〟をあいつと約束したんだ。それはーー」
「お前をーーメフィストを……〝今までの罪を免除して自由に生きさせる事〟ーーっ!?」
メフィストセレスは、涙で顔を濡らしながら最後の文章を読み上げる。
「メフィストーー俺がかつて言った夢を……覚えて、いる……か?うぐっ、ひぐっーーいつか……〝下界〟と、〝星神界〟をーー、一つにして……誰も苦しまない平和な世界を作り出すーー事だ。勝手で悪いが……あとはーーお前に託したーー〝メフィストセレス〟。っーー!!うっうぅぅーーうわああああ、ああああああ!!うぅっ……ひぅぅ……ルシフィス様ぁーー!ルシフィス様ーーうわあああぁぁぁぁあーー!!」
静かな洞窟でメフィストセレスの号泣がこだまする。
その様子をしばらくエルと二人で、ただ見守っていたーー。
……………………。
「それで……おめぇは俺をどうしてぇんだよーー?」
目の前に落ち着きを取り戻したメフィストセレスがちょこんと座り込む。
その様子を、相変わらずエルは仏頂面で睨み付けていた。
「いくつかーー確認しておきたい事があります。よろしいですか、マスター?」
「ああ。エルはまだ納得して無さそうだしーー必要な事なら頼むよ」
「了解ですマスター♪」
ニコッ、とこちらを振り向く時だけ微笑むエルはーー相変わらず冷たい様子でメフィストセレスに問いかけた。
「それではお聞きしますがーーマスターがここに落ちてくる前……ダンジョン内で戦っていた時に一瞬意識を失う事がありましたーー。あれは、あなたの仕業ですか?」
ダンジョン内で戦っていた時ーーそうだ!精鋭骸骨剣士と戦っていた時だ。
一瞬身体から力が抜けるというかーー意識が遠ざかるような感覚に覚えがあったが……まさか?
「ああ……そうだよ。俺様の《堕落》でこいつから力を奪ってたんだーーまぁ、〝座標〟が遠すぎて一瞬しか効力は出なかったけどなーー」
「あれはお前の仕業だったのかーーなあエル、〝座標〟って何なんだ……?」
エルは静かに、天上を見上げて答える。
「〝座標〟とはーー、一部の神や眷属が特定の場所に仕掛けるトラップのようなものです。発動条件は様々ですがーー〝効力が下がった〟事を考慮してもここから発動した事に間違いは無いでしょうーー。やはり危険です、マスター。〝神域〟であるここから地上へ神気を飛ばすなんて……放っておくには脅威的すぎますーー」
「う〜ん……そうだよなぁーー」
確かに、エルの言う通り放っておくのは良くないだろうーー。
それでも俺はーーこいつには生きていて欲しいし、殺しはできるだけしたく無い……。
だから俺はーーある〝賭け〟に出る事にした。
「メフィストセレス……勝負しないか?」
「勝負ーー何を言ってるんだおめぇ?」
メフィストセレスの前に、拳を差し出す。
「三回勝負だ。先に三回じゃんけんで勝った方がーー相手に何でも一つ命令できる。負けた方は大人しく従わなきゃならないーーそれでどうだ?」
「へっーーじゃあーーもし俺がお前に〝死ね〟って言ったら……お前は死ぬのかよ?」
冗談のつもりで言ったのか、吐き捨てるように笑うメフィストセレス。
それでも、次の言葉を聞いた途端には目を丸くしていた。
「ああーーその時は死ぬさ。」
「っ!!何を考えているんですかマスター!?ダメです!!」
エルの静止を振り切って、勝負を申し込む。
その様子を受けたメフィストセレスはーー。
「へっーー面白ぇ。いいぜぇーー」
あどけなく笑ってーー勝負を受け入れた。
……………………。
「マスター……」
エルが心配そうな表情で見守る中ーー二人向き合ってじゃんけんが行われる。
もし負ければーー俺は死ぬかもしれない……が、それでも引く訳にはいかなかったーー。
「さっきも言ったけどーー三本勝負だ。どちらかが先に二回勝てばその時点で終了とする。なお、あいこの場合はその回をもう一度やり直す。いいな?」
「ああーーいくぜ!!」
両者ーー利き手を隠して構える。
そしてーー互いの緊張が噛み合ったタイミングで、その拳を繰り出した。
「最初はグー!!」
「じゃんっ」
「けんっ」
「ポンッーー!!」
メフィストセレスはチョキ、俺はグーでまずは一勝だ。
「ふぅっーーあと一本!!」
「へっーーいい気になるなよ?まだ終わりじゃねぇーー」
正直……今まで《未来眼》があったからこの手の勝負で負けた事は無かったからーー本当にすごく緊張する。
そしてそのままーー二本目が行われた。
「最初はグー!!」
「じゃんっ」
「けんっ」
「ポンッーー!!」
お互いにグー。あいこだ。
無言で睨み合ったままーー次の手に移った。
「あいっ」
「こでっ」
「しょっーー!!」
メフィストセレスはチョキを繰り出しーー俺はパーを出した。
「これで引き分け……あと一本で終わりだ」
「ああーー〝お互いに〟な……」
次が最後の一本勝負。
エルが、両手を合わせて祈りをしていたーー。
「マスター……お願いーー」
洞窟内にーー風が吹いてその音が静かに反響する。
やがて落ち着いた頃を見計らって、互いに一つ息を吐きーー最後の一本を繰り出した。
「最初はグー!!」
「じゃんっーー」
「けんっ!!」
「ポンッーー!!」
俺はチョキを繰り出しーーメフィストセレスもまたチョキを繰り出す。
互いにあぶら汗を掻きながら、大きく息を吐いた。
「へっーー初めてだぜ。……ここまでジャンケン一つで本気になったのはなーー」
「ああーー俺もだ。ここまで〝命懸け〟のジャンケンは初めてだよーー」
そしてそのままーーもう一度両者手を繰り出す。
「行くぞーー最初はグー!!」
「じゃんっ!!」
「けんっ!!」
「ポンッ!!」
俺はグー……そしてメフィストセレスはーーグーだった。
「ふぅーー!!……またあいこかーー」
「おめぇ……まさか本気でお互いに一つ命令できるって思ってんのか?俺がお前の命令を聞くと本気でかーー?」
なんともおかしいと言う表情で問いかけるメフィストセレス。
それに対しての俺の答えもまたシンプルだったーー。
「ん?ああーー本気さ。少なくとも、俺はお前の命令を聞くつもりでやっているよ……。まぁ、〝勝てば〟の話だけどなーー」
その答えを聞いて、フッと笑いかけるメフィストセレス。
「お前……ぶっ飛んで頭のネジがイカれてやがるなーー。だがーー面白ぇ」
ニヤッーーと最初に会った時のように……子供のような笑みを浮かべるメフィストセレス。
ただ、先ほどと違うのはーー今のが〝心の底から〟のような他意の無いーー本心からの笑顔だったと言う事だ。
「それじゃあ行くぞメフィストセレスーー。最初はグー!!」
「じゃんっ!!」
「けんっ!!」
「ポンッーー!!」
俺はグーを出してーーメフィストセレスは……チョキを出していた。
「マスターがーー勝った!!」
ぱあっーーと、明るい表情で笑顔になるエル。
しかしーーそれ以上に。
「いいいいいいぃやったあぁ〜!!」
まるで子供のようにはしゃぎながら大声で笑う。
まさか自分に……こんな子供みたいな一面があるとは思わなかったーー。
そんな様子を見てーーメフィストセレスは。
「ちぇっーー俺様の負けかぁ〜」
その場でペタリと尻もちをついて、天井を見上げる。
少なくともーーその瞳の中に殺意のようなものは感じられなかったーー。
「メフィストセレスーー」
メフィストセレスの傍に歩み寄り、目線を合わせるように目の前で座り込む。
バツが悪そうな表情のメフィストセレスはーーそっぽを向いて一言。
「おめぇの勝ちだよ。煮るなり焼くなり好きにしろーー」
今のメフィストセレスは、先ほどの襲って来た時の危うさも、エルの言うような恐ろしさも感じられないーーただの子供に見えた。
例え何十年、何百年の時を時を生きようと変わらないものがあるのだろう。
そんなメフィストセレスにかける言葉はーーたった一つしか思い浮かばなかった。
「なぁ……メフィストセレス。俺の領地に来ないか?」
「…………はぁ?お前の領地だぁ〜?」
何を言っているのだーー?と言いたげな表情で呆れた顔をするメフィストセレス。
しかし俺は至って本気だ。
「ま、マスター!?それはーー」
エルの表情が一瞬戸惑いーーやがて悟ったような穏やかなものになる。
「いえ……それがマスターでしたね……。例え敵であってもーーいがみ合っていた仲でもーー救うべき相手であればどんな境遇にいても手を差し伸ばすーー。それが……私のーー私たちのマスター。わかりましたーーこれ以上はもう何も言いません……マスターの判断に委ねます♪」
エルの無常の微笑みを受け、それを笑顔で返してメフィストセレスへ向き直る。
「メフィストセレス……これは〝命令〟だけど〝提案〟だ。もしも嫌なら断ってくれて構わない……どうだろうか?」
その提案を、どこか迷ったように渋い顔になるメフィストセレスーーしばらくの沈黙の後、意を決したように答えた。
「俺は……ずっとお前を憎んでいた。恨んでいた。……でも、ルシフィス様はそんな事全然無かったのに……。なぁーー何でお前は全部忘れちまったんだよ……なんでお前はいつもいつも俺を見逃すんだよーー」
胸ぐらを掴み、力無く涙を溢すメフィストセレス。
その様子をーー俺にはただ黙って見つめる事しか出来なかった……。
「すまない……俺はお前やエルが言っているような事がよくわからないんだ……。自分が何者なのかも、なんで〝神気〟を持っているのかすらーーわからない。俺はただのーー《エンドラ領》の領主に過ぎないんだ」
どうしていいかわからず、泣きじゃくるメフィストセレスの背中をポンポンッーーと軽く叩く。
長い戦いを終わらせるようにーー静かに洞窟内を風の吹く音が駆け巡ったーー。
「決めたぜ……俺、お前の領地で住んでやる」
涙を拭い、メフィストセレスが芯の籠った眼差しでそう言いかける。
「そうか!!……じゃあ、よろしくなーーメフィストセレス!!」
メフィストセレスの返答に、笑顔で答えて手を差し出す。
その様子を、エルも嬉しそうに見つめていたーー。
「勘違いするなよ?俺様はお前の〝眷属〟になる訳じゃねぇ……〝眷属契約〟は結ばねぇし、俺様はいつかお前に勝つためにお前の領地へ行く事にしたんだからな!!そこを勘違いするなよ!?」
念を押して、そう言い切るメフィストセレス。
その様子に応えて俺もーー。
「ああーーそれでいい。よろしくな、メフィストセレス!!」
終わりよければ全てよしーーとまで全部丸く収まった訳じゃ無いだろうが……恨みつらみも全部食い減らして前に進んでいこうと思う。
少なくとも、今回の一件落着と言える結果に万々歳の笑みを浮かべる、俺とエルだったーー。




