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09 エルの作戦


《時間と空間の権限》を持ったエルと《堕落の権限》を持ったメフィストセレスの戦いーー。


俺はただーー、何もできずに傍観しているだけだったーー。


ボウッーーパキンッーーゴゴウゥッーーシュルシュルッーードォオオォン!!


どうやらメフィストセレスの《堕落の権限》には二つの効力があるらしい。


一つは《堕天》による、《天使》の特殊効果喪失と引き換えによる、新たな《堕天使》による能力付与と身体能力等の強化。


そしてもう一つはーー


「〝《堕落》〟!!」


「もうっ!……とっても面倒です!!」


《堕落》ーー触れた者を対象の能力に大幅に低下させる能力だ。


先程からエルが《堕落》による攻撃を全て回避しているのだが……どうやらこれは、《状態異常無効》と呼ばれる部類の能力らしく、《状態異常耐性》を持っているエルでさえ貫通してしまう能力らしい……。


故に、エルはその攻撃を避けざるを得なかったーー。


フォンッ、フォンッーーと、宙を舞う二人の天使。


「俺に……何かできる事は無いのか?」


エルが俺の事をマスターと呼び、助け、戦ってくれているのならばーー俺にはエルを助けるために何か打開策を打つ責任がある。


しかし……あんな相手を前に、一体どうやって戦えと言うのかーー。


スキルも無効化され、魔法も無効化され、神気に至ってはまだまだ扱いは序の口。下手に出てエルの足手纏いになるだけなら何もしないほうが良いのかもしれないーー。


そんな考えがよぎったーーその時だった。


「〝《堕落》〟!!」


「しまっーー!!」


メフィストセレスの手に捕まり、神気が封じられるエル。


そのままドサッーー、と地に落ち……重たそうに体をよろめかせていた。


「エルッ!!」


何もできない……何も守れない……己の無力さに歯噛みし、口を切って血が滴る。


無力なのは百も承知だ。それでも今何かをしなければーー何も変えられない……何も救えないと思った。


「っ!!そうだ……《眷属の加護》!!エル!俺に《眷属の加護》を付与できるか!?」


《眷属の加護》。〝使役者〟と戦った際に一時的に与えられていた力だ。


俺の推測が正しければーー神気を使った権限が使えるようになるはずだ。


「ま……マス……ター。はい、付与はできーーます。でもーー」


「時間が無い、急いでくれ!!」


そんなやり取りを見ていたメフィストセレスがーー横槍を入れる。


「クヒヒヒヒッ、《眷属の加護》だぁ〜?やらせる訳ねぇだろ!!」


ザグッーーと、その鋭い鉤爪でエルに深傷を負わせる。


「ひぐぅっ!!」


「エルーー早く!!」


傷口から若干の血を垂れ流しながら、エルが囁く。


「わかり、ましたーー〝眷属権限を発動します。一時的に私の力を……マスターへ譲渡。【選択ーー時間及び空間の権限。対象ーー《クロノ・ゼルディウス・エルロード》】!!〟」


エルの詠唱のようなセリフの後、内側から湧き上がるような力を感じる。


これがーー神気の()()()()なのか。


途端ーー、エルから急激に力が抜ける。


「ま、マスター……。申し訳ありませんーー私はもう……力がーー」


「エル!!」


ふっーーと、糸が切れたように意識が途切れるエル。


そんな様子に悪い笑みを浮かべたメフィストセレスはーー。


「ヒヒッ、なら先に権限を失ったお前からズタズタにしてやるよーー!!」


再びメフィストセレスの鉤爪がエルを襲うーーしかし、その刹那まるで反射するようにクロノは〝右手〟を翳す。


対象とした場所に異空間へのゲートが生成され、そこからワープすることでクロノは、メフィストセレスとエルの間に入る形で姿を現した。


反射的に、メフィストセレスの攻撃を短剣で引き受ける。


「チィッ!!」


一歩、バツが悪そうな表情のメフィストセレスは後退する。


今この場で戦えるのはーー俺しかいない。


「メフィストセレス……ここから先はーー俺が相手だ!!」


……………………。


千年前ーー。


???「ここまでだ、諦めろルシフィス。お前では俺には勝てないーー」


周囲が岩山に囲まれた荒野の中ーーその頂上で戦う三人の姿がそこに。


ルシフィスと呼ばれた白髪の男は、全身血を流しながらーー相対する黒髪の男を睨みつけていたーー。


「ハァ……ハァーーまだーーだ。私の野望は……まだーー終わらない!!」


岩盤に刺さったーー神々しいまでに研ぎ澄まされた長剣を引き抜き、ルシフィスは荒い息を吐く。


「ルシフィス様!!一旦ここは引きましょう!!このままでは死んでしまいます!!」


幼い頃のメフィストセレスが、ルシフィスに進言するーーが。


「ハァ……ハァーーメフィスト。お前は退けーーここは……俺が引き受ける」


「無茶ですよ……そんな傷だらけなのに、放っていける訳が無い!!俺だってーー」


ルシフィスは、メフィストセレスに視線を送りーー、一言。


「俺たちの夢はーーいつまでも終わらない。……そうだろうーー〝メフィストセレス〟!!」


「っ!!」


ずいぶんと久しくーー主にフルネームでその名を呼ばれたメフィストセレス。


しかしそれはーー最後の言葉と悟ったルシフィスの遺言にも似たものだったーー。


「うおおおおおおおおっ!!」


ルシフィスは男に斬りかかりーー無惨にもその攻撃は空を斬る事となる。


「お前はーー罪を重ねすぎた……ルシフィス。」


何もしていないーーにも関わらず、ルシフィスの胸元が切り付けられたかのように鮮血が宙を舞う。


「っーー!!ルシフィス様ぁぁぁぁぁ!!」


倒れ伏したルシフィスの元へ駆け寄るメフィストセレス。


その様子を流し見る事すらせずに、男はそこから立ち去ったーー。


「っ!!よくも……ルシフィス様をーー貴様ぁぁぁぁ!!」


涙を流しながら立ち向かうメフィストセレス。


しかし幼い眷属の攻撃など、〝上位神〟の前には何の効力も無い。


姿はそこにあるのにーーメフィストセレスの攻撃はまるで空振ったかのようにそのまま勢い余って転げていった。


「くっーーぅぅぅ……」


何も出来ない……何の役にも立てないーーそんな無力さが、メフィストセレスの胸を締め付け、涙をながさせる。


「せっかく生き延びた命だーー無駄にするなよ」


無慈悲に……残酷に、たったそれだけ残して立ち去ろうとする男に対して、言い表せない程の殺意と憎悪がメフィストセレスの内に湧き上がる。


ギリッーーと、歯軋りしながらメフィストセレスは目の前の男を睨みつけた。


「何でだよ……何で!!ーー何で俺は見逃す!?」


メフィストセレスは屈辱だった。主を殺されたばかりか、自身をその眷属とすら認識しないように……手を下す事さえしない目の前の神に対して。


不条理な運命に対してーー何より……無力で何も出来ない己に対してーー。


そんなメフィストセレスをさらに絶望の底へ叩き落とすように、男は口を開く。


「簡単な話だーー。お前は〝殺す価値〟すらないーー。お前が率いたところで、魔族が人間達を支配し、覇権を握る未来は無いーー。あいつらの長く続いた平穏を……俺たち()()()()()()()が……()()()()()に首を突っ込むな。ルシフィスは己の野心の為に魔族と人間を利用し、俺たち神との戦争を目論んだーーお前はあいつに〝ただ利用されただけの存在〟。それだけだーー」


男はそのまま虚空へと消え去るーー。


悲しい風が、メフィストセレスの涙を拭うようにーー頬をさすった。


「ちくしょう……ちくしょうぅっ!!う……うぐっーーうわあああああぁぁぁぁぁぁっーー!!!!!」


……………………。


相対する敵メフィストセレス。


《堕天》した今の姿は〝下位神〟と遜色は無い力と風貌だろう。


クロノの今まで対峙したどの敵よりもーー圧倒的に力の差がある相手だった。


「この日をずっと待っていた……ずっと。お前を殺してーールシフィス様の仇を取るこの日をーーずっとずぅっとなぁっ!!」


メフィストセレスが神気を展開ーー途端、周囲から禍々しい棘の刃が無数に現れる。


「もう〝殺す価値〟が無いだなんて言わせねぇぞ?何せ今ーーこの場で最も弱い存在はお前なんだからな!!あれだけ散々〝下界〟と関わる事を拒んでいたお前が……まさか〝人間〟になってのうのうと生きているとはなぁ!!どうだったんだ!?この数年間ーー平凡な人生に平凡な暮らし。貴族とはいえ所詮は下界!!満足なんて出来なかったんじゃあ無いのか!?〝己の罪〟も〝己の過去〟も一切合切忘れてこの数年間は一体どうだったんだよぉ!?ああっ!!」


「お前はさっきから何を言ってるんだ……。訳がわからないぞ!?」


眉をひそめるクロノに対して、怒りと憎悪を掻き立てるメフィストセレス。


その際限なく溢れ出るメフィストセレスの神気にーー生唾を呑んでクロノは警戒していた……が、対照的に心のどこかで冷静を保ってもいた。


「何でだろうなーー、一瞬でも油断したら即あの世行きなのはわかるんだが……それでも負ける気がしねぇーー」


心の思うままにーーこの手が舞い踊るままにーー自然にやれば出来そうな気がする。


〝神気〟を使ったーー〝神の戦い方〟をーー!!


「俺とお前の最後の協奏曲だ……行くぞぉ!!うぅりゃあああああ!!」


メフィストセレスが力任せに己の神気の刃を振り撒く。


しかしそれをクロノはーー


「〝エターナル・タイム〟」


パキッーーと、時間が一時停止する。


しかもそれはーークロノと、メフィストセレスを除いたーーこの空間全ての時を止める程効力の高いものだった。


「神気の消耗が激しいなーー調整が必要みたいだ。慣れるまで範囲攻撃は極力避けた方がいいかもしれないなーー」


「そんなの効かねぇよ!!おめぇの未来は破滅一択だ!!」


メフィストセレスは続いて、禍々しい鎌のような形状の神気を振り翳す。


「〝死絶の鎌ァッ!!〟」


クロノの首元にその刃が襲いかかるーーその刹那だった。


「〝フィールド・エスケープ〟」


クロノの姿が一瞬で消え去り、メフィストセレスの眼前に現れる。


そしてそのまま、短剣を振り切った。


「じゃあーーこいつはどうだ?」


ザクッーーと、寸前で回避したメフィストセレスから鮮血が撒き散る。


ギリギリで与えた一撃は、思いの外メフィストセレスにダメージを与えた。


「チィッーー!!」


軽傷とはいえーーメフィストセレスは痛感した。


やはりーー《時間と空間の権限》は危険であるーーと。


「決まりだーーてめぇは地獄行きだよ……!!」


「地獄?ここが地獄じゃなかったらーー地獄が一体どんなもんなのか、ぜひ知りたいもんだねーー」


軽口を叩きながら、クロノは再び構える。


メフィストセレスはーークロノのその様子を訝しげに睨みつけていたーー。


……………………。


カキンッーーパキッ、スタッ、クルンッーータンッ!!


メフィストセレスは主に神気の刃で攻撃を……クロノは《空間の権限》を使った細かい移動と体術による回避、剣術による攻撃で戦いを展開していた。


メフィストセレスの攻撃は当たれば即死性が高いが、それを一歩クロノの〝死の直感〟が上回り、両者拮抗を続けている。


「ま、マスター…………」


エルに対する《堕落》の効力が落ちかかっている。


そして真っ先に映った主の見違えるほどの成長に、目を丸くしていた。


「っーー!!マスター……この短時間で一体どうしてここまでーー」


クロノには四つーーこの拮抗を維持できるカラクリがあった。


一つは、長年《未来眼》を使い続けてきた事による行動パターンの推測、二つめは保険として《空間の権限》を用いた移動は距離をとった形を先行して一瞬の判断時間を確保していたから、三つめは何度も死線を潜り抜けて来たーー〝死の直感〟である。


なんとなく……説明の根拠もないその〝勘〟の鋭さが、間一髪での攻撃からクロノを幾度と無く救っていた。


その動きは拙くはあるがーーまさしく《S級》に匹敵するもの。


当然ーーエルの口から感嘆の言葉が漏れ出る。


「マスター……本当にあなたという人はーー」


カキンッ、ドドドッーータンッタンッタタンッ!!


短剣と神気の刃の擦れ合う音が、洞窟内に響き渡る。


エルはその瞬間ーー一つの違和感に気づいた。


「っ!!……〝暗黒界〟の効力がーー下がっている」


メフィストセレスの展開した〝暗黒界〟。その効力が消え掛かっており、だいぶ色が薄くなっていた。


エルが《堕落》から抜け出す事が出来たのもーーこれが一つの作用となっているだろうか。


しかしそうなった原因があるとすればーー唯一つ。


「彼がーー《堕天》したからですね」


神気による能力を複数同時に扱う事の難易度はエルが一番よく理解している。


《時間の権限》と《空間の権限》ーー口で言うのは簡単だが、この二つを織り交ぜて戦うなど頭がおかしくなりそうなほど難易度の高い技術なのである。


現に、クロノでさえ今現在《時間の権限》を放棄して《空間の権限》による移動をメインとした回避行動に移っている。


そこにーーエルは一つの〝勝利への地図〟を頭に思い描いた。


「〝眷属権限によりーーマスターの《時間の権限》を回収ーー自身に帰属します。〟」


……………………。


「おらおらおらおらっ!!どうしたぁ〜?逃げるだけかぁ〜?」


最初のスタート地点からおよそ三百メートル程、戦いの流れで離れた地点まで来ていた二人。


クロノはメフィストセレスの行動に……一つの違和感を覚えていた。


「〝フィールド・エスケープ〟」


「チィッ!!」


先程から何故か、メフィストセレスを《空間の権限》で移動させようとすると直前で逃げてしまうのだ。


クロノが思案しているとそこにーー〝ステータスシールド〟に新たな情報が。


「っ!!……これはーー」


クロノの〝ステータスシールド〟から、《時間の権限》が失効した事を知らせる通知が入る。


「どうしたどうしたぁっ!?他所見とはずいぶん余裕だなぁ!!」


それでも、今現在の《空間の権限》を保有している状態からそこまで深刻な事態でない事を悟ったクロノはーーメフィストセレスの攻撃を避けながら一つの仮説を思い浮かぶ。


「〝ステータスシールド〟に何か情報を書けるの俺自身かその眷属ーーつまり、エルだけだ。《時間の権限》が失われた事の意味ーーもし仮に、エルが目覚めて……俺に今《時間の権限》が扱いきれてない事を理解した上での行動ならこれはーー!!」


途端ーークロノの動きが緩やかなものになる。油断からでは無い……一つ、思いついた事があるのだ。


「そうか……神気による攻撃はーー〝神気〟を持つ者には通用しづらい……だよな。エルーー」


クロノは立ち止まり、メフィストセレスの攻撃を迎え撃つ。


それをニタリと笑みを浮かべ、メフィストセレスはより強い殺気をクロノに向けた。


「もうネタ切れかぁ〜?大人しく降参するつもりにでもなったか!?でも残念でしたぁ〜!!お前はこのまま〝死〟確定だぁ〜っ!!」


メフィストセレスが、そのままクロノに突っ込んでいく。


それをクロノは不敵な笑みを浮かべてーー答えた。


「メフィストセレス……一つ教えてやるよ。神気による攻撃は〝通用しずらい〟であってーー〝通用しない〟訳じゃ無いんだよ!!だからお前は逃げてたんだよなーー〝フィールド・エスケープ〟!!」


ギュルリンッーーと、クロノを中心とした広範囲を包み込むように《空間の権限》による移動が作用されたゲートが開かれる。


「うっーーしまっ!!」


そしてそのままーークロノとメフィストセレスはほんの少し位置のズレた場所ーーエルがついさっきまで倒れ伏していた場所まで飛ばされる。


ザザッーーと、クロノとメフィストセレスはそのまま綺麗にその場で着地したーーが、そのままクロノは再び自身を《空間の権限》でワープさせる。


「エルーー今だっ!!」


事前にやり取りをする時間は無かっただろう……エル自身も、クロノがギリギリの中で集中している事を察知してーー〝眷属権限〟による〝念話〟を行わなかった。


そしてそれはーーメフィストセレスに勘付かれる可能性を下げる事にも繋がった。


「まーーまさか!!」


メフィストセレスが上を向いた途端ーー《時間の権限》で押し留めていたエルの罠が、メフィストセレスに向けて解き放たれる。


「〝《時間の権限》ーー解除〟」


ふわりーーと、上空からありったけの大岩の嵐が降り注ぐ。


それに直撃する形となったメフィストセレスはーー〝神気の刃〟で可能な限りの攻撃を防ぐが……その全てを捌ききるまでには至らなかったーー。


「うぅっ……うぐっーーうわあああああ!!」


ドドドドドドドドッーーと、容赦なく降り注ぐ岩雪崩にやがてメフィストセレスの姿が見えなくなっていく。


その様子を見届けながら、ほんの少しだけ憐れむようにーークロノは口を開いた。


「……メフィストセレスーー。お前は俺の……何を知っていたんだ?」


やがて静寂が訪れる。


洞窟の中で起きた〝神気〟を使った戦いはーークロノとエルの勝利で幕を閉じたのだったーー。


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