01 褒賞と商談
旅人よーー試練を乗り越えなさい。
旅人よーー過去と向き合いなさい。
旅人よーー己が何者かを理解しなさい。
常に危険と隣り合わせにある道の先にーーいずれ必ず来る選択肢の答えがある。
来るべき時に備えなさい。
常に抗い、常に迷いながら光を求める者に……その勇気を振り絞って先を進む者にーー我はその者に相応しい力を与えよう。
追憶と幻想の神・マーリン
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ここ数日は本当にいろんな事があった。
〝使役者〟アーガス・フォルモンドの起こした事件は規模こそ小さいものの、被害が拡大した場合の想定と比べて遥かに損失が小さく済んだ事からーー俺はその事件の功労者として《聖域国》から褒賞を与えられる事となったーー。
もちろんーー皆が協力してくれた上でのこの結果だし、何より無事にシェリカを救出出来ただけで俺としちゃ十分な心づもりだったーー。
さてーーここで問題です。
この褒賞は〝十二爵家〟から選ばれた家柄が渡す事になりましたーー。
一体……どの家から受け取る事になったでしょうか?
「…………はぁ、〝災厄〟だ。」
「まぁ、気持ちは察します。クロノさんーー」
気持ちの良い朝ーー気分は最悪だ。
朝食を嗜むこの時間を……まさかまだ実家との関わりで邪魔される事になると夢にも思わなかったーー。
今日、グルーヴィス兄様が屋敷に来る。
勿論ーー褒賞を渡すだけ……のはずなのだが、あの人の心は正直読めない。どうもそれだけで終わらない気がしてならないのだ。
できればエレミア姉様に渡しに来てもらいたかったものだが……あの人はあの人で忙しいのだろう。優秀で顔が効く人格者と言うのはどこに行っても重宝されるらしい。
カイル兄さんの時は〝使役〟されていたから例外だったとしてもーーそれを差し引いても、グルーヴィス兄様の来訪はとても悩ましい。
あの人がただやってきて手ぶらで帰るはずが無いのだろうからーー。
ダンジョン探索はいつになったらできるのかーー不満を頭に抱えているのは俺だけじゃ無かったーー。
「つくづく大変だなぁ……領主ってのはーー」
腰かけてため息を溢すエドワード先生。
今日はどこへ出かけるのかーー例の〝大剣〟を背に携えていた。
筋トレ用と言っていたが……果たして本当に実戦では使わないのか?そこがとても気になる。
「正直、面倒な事になるんじゃないかってーー内心ヒヤヒヤしてますよ。……少なくとも、褒賞がもらえると手放しで喜ぶのは時期尚早かもしれませんねーー」
そうーー呆れ顔で物語る俺の前に、アツアツの紅茶がコトッと置かれる。
ふと気付くと、そばには話を聞いていたエリスフィールの姿が。
「相変わらず領主様の苦労は絶えませんねーー。何事も無く過ぎてくださるのが一番ですが……何かあれば、いつでも頼りにしてくださいね」
心配そうな表情で微笑みかけるエリスフィール。
朝からこの笑顔が見れただけでも憂鬱はだいぶ軽減されそうだ。
本当に……何事も無く終わって欲しいものだーー。
……………………。
「訪れるのは初めてだなーー《エンドラ領》。」
優雅に馬車の中で、一人足を組んで外の景色を眺める好青年の姿がーー街道に。
金髪に自然感じる翠色の瞳が特徴の爽やかな青年ーーグルーヴィスは、馬車の中で密かに名を呼ぶ。
「…………シユウーー」
……………………。
「どうせやるこたぁねぇんだ!さっーーやるぞ!!」
「…………ですよね〜」
「いくぞーー!!」
先生との稽古もこれで何日目だろうか。
最近ではよく動きが見えるようになってきた。
未来眼……これもスキルレベルの影響か、随分と滑らかに未来が見える。
カンッーーカキンッ!スパッ、ドッ!!
木刀だが、それでももはや木刀の撃ち合いとは思えないような甲高い音を繰り出す。
穿ち合い、体を捻って交わしーーその流れで回転しながら木刀を振り上げ、防がれーーまた回転して宙に浮いたところを突きで狙われるがーーすんでのところでそれも交わすが、そのまま横断するように振られた一撃を捌ききれずに木刀でガードして吹っ飛ばされる。
そんな感じのせめぎ合いが、ずっと続いていた。
無論ーー先生は手加減した上でだろうが。
「最初に会った時より随分といい動きするようになったじゃねぇか!!」
《未来眼》には欠点がある……まあ、正確に言うなら俺の欠点とも言えるが。未来が見えたからと言って、何でもできる訳じゃない。どうしても見えた未来が変えられない時もある……。
現に今《未来眼》で先を読みながら打ち合っているが、見えても反応できなかったりして防ぎきれないケースが時たまにある。
ゴンッーー!
「痛でっ!」
しかしそれを差し引いてもこの力は有り余る代物だろう。
何故ならーー不意にでも反応できる方が体を硬直したりしてダメージの軽減が通るからだ。
一番避けたいのは不意打ちを食らって致命傷になるパターンだ。攻撃全てを防げなくても、それだけで決着が決まるわけでは無い……。
それでもやはりーー
サッーーと、首元に木刀が押し当てられる。
「どうだ……?」
「こ、降参です」
体力的な限界など、子供の体ではまだまだ勝てない要素が多かったーー。
……………………。
屋敷に戻ってシャワーを浴びる。
グルーヴィス兄様は〝鷹〟と呼ばれるほど目端が効いて鋭い。
もはや出たとこ勝負ではあるけれどーー何故あれだけの人が橋渡しの役になったのか……そこが今日の焦点になるだろう。
「よしっ!やるか!!」
ガチャリーーと、食卓のドアを開ける。
「お待たせしましたーー」
こんな短期間で再会すると思っていなかったのか、兄様は機嫌良さげに挨拶をする。
「久しぶりだなシユウ……。お前の活躍は聞いているぞ?……まさかこの短期間でここまでの大仕事をやってのけるとは思ってもいなかった……。〝聖天大使〟様もお喜びだったよーー」
席に座ると、隣にはシェリカが先に話を進めており、ニコッと微笑みかける。
挨拶も程々に、グルーヴィスは懐から包みを取り出す。
何が入っているのかと思いきや……そこには、金貨の山がーー。
「に、兄様ーーこれ、一体いくらあるんですか?」
「……金貨三百枚だーー」
「き、金貨三百枚ぃ!?」
大金……ああ、間違いなく大金だろう。
この領地の租税が月二回、一人銀貨五枚と言った所だ。
銀貨一枚が外食一回分の相場と言われているのだが……これを領民五百人×2で大体一月金貨五枚相当分となる。
他の徴収要項を殆ど無くしてしまった為、よほど高水準の給与がある者を除けば大体の月税はこんな感じだ。
ちなみに《インクリア》では月の税額が金貨十枚を超えない場合は納税しなくて良いので、今のところ《エンドラ領》からは収めなくて良いらしい。
まぁつまりはーーこれはすなわち……《エンドラ領》の税収五年分相当の褒賞金となるのだ。
ちなみにこれは《聖域国》からの〝褒賞金〟のため非課税対象らしい。これはシンプルにありがたい。
「どうしたーー受け取らないのか?」
グルーヴィスがクロノに問いかける。
「ええ、ありがたく頂戴しますーー」
おずおずとそれを受け取って、気まずそうに目を伏せるクロノ。
しかし……そこでグルーヴィスが。
「シユウよ……一つ商談というか交渉があるのだが……どうだろうか?」
出た出た出た出た!
グルーヴィス兄様お得意の〝交渉術〟。
ここは安易に流されてはいけないーー。
「すみませんが……うちにはそんな余裕はとてもーー」
クロノの気まずそうな表情を笑顔で掻き消し、グルーヴィスは続ける。
「安心しろ。何もお前達が破産する程のものを売りつけるつもりは無いーー」
なるほど。取れなかったら元も子も無いから、破産しないギリギリのものを用意なさったんですねーーさすがです。
「それにこれはーーお前にとっても悪く無い話だ」
それはさすがに詐欺師の常套句……では無いですよね、兄様?
「…………ハァ。わかりましたーー、一体何を売りつけようって言うんですか?」
観念したようにグルーヴィスの顔をまじまじと見つめるクロノ。
その様子を見たグルーヴィスは大変満足そうにして答えた。
「〝売りつけよう〟かーー。やはりお前は良く頭が回るなーー。……実は、ランスロット家が抱える《オスカール領》だが……お前達に買い取ってもらいたい」
「……………………はぁ?」
何でそんな事を?
「この領地は無人領なんだが……最近赤字続きでな。お前が買い取ってくれるなら好都合何だが……そうだな……そっちの利便性も考慮して《オスカール領》と《エンドラ領》を繋げる街道もオマケしてやろう。そうすれば交通の際に交通手形が取れて租税も増える。なかなかに良い提案だろう?」
確かに良い条件での取引だ。
本来なら赤字とはいえ、領地なんてそうそう買えるものじゃ無いーーまあ、《エンドラ領》みたいな辺境ならまだしもだが……あれは元はといえば母様の遺産みたいなものだ。
しかしそれでもーー
「今回は何を企んでいるんですか?兄様?」
クロノの訝しむような視線に、降参したようなポーズで両手を上げるグルーヴィスは話を続けた。
「……はぁ、父上が『赤字の領地は切り捨てろ』ーーとさ。全く……〝あれ〟が父とは情け無い限りだ。政治の手腕も人格も褒められたものでは無いが……まさか先祖代々守り続けてきた領地まで売り払おうとはーー。お前も知っているだろう?一定の領地を持つ家はその分の税を国に支払わなければならないのだ。だが……しかしまぁ、この土地は何十年も赤字を垂れ流し続けているのも事実だ。ここら辺で売り払うべきなのやもと思ってなーー」
「…………なるほどーー」
話は大体わかった。有事の際は、買い戻しがしやすい〝元身内〟に売っぱらってしまおうと。いま《エンドラ領》が盛り上がって来ている事もあって《オスカール領》も黒字転換するのはあながち不可能では無さそうだ。税収の少ない俺たちなら《オスカール領》の所有分の税が取られなくて済むからーー。そうすれば取引先としてと良いパイプになるし、逆にこちらからも《ランスロット家》を通じて物流の輸入がしやすくなる。
これは、そういう政治の話なのだろう。
非常に悪く無い……いや、むしろこっちにとってはいい事尽くしの話だ。……まぁ、『因縁がどうこう』とかーー『お前はそれで良いのか?』とか言われたら、思う話が無い訳ではないがーー
何より、今肝心なのはーー
「仮に引き受けるとして、いくら必要なんですか?その《オスカール領》の土地の購入費ーー」
グルーヴィスは爽やかな笑顔で、右手を開いてあげた。
「金貨五百枚だーー」
「き、金貨五百枚!?」
今回の褒賞と差し引いても金貨二百枚を支払わなければならない金額。とてもじゃないが、到底払えるものでは無いだろうーー。
「…………それ、本気で受けると思ってますか?」
クロノの抵抗する様子を見て、やれやれ……と呆れた顔でグルーヴィスが問いかける。
「……ハァ、この切り札はできるだけ切りたく無かったんだがなーーお前、ここの領民に話したのか?自分が〝厄災の子〟だって事をーー」
「っ!!」
今ーー全てを理解した。
この人は初めから交渉などする気は無いーー。
一方的に持ちかけた話を呑ませる気でここに来たんだ。
「そ、そんなの横暴です!!脅しじゃ無いですか!?」
ずっと横で黙っていたシェリカが、声を荒げて反応する。
「こんなもの交渉だなんて言いませんよ!!それ、本気でこっちが呑むと思ってーー」
血相を変えたシェリカを、ひどく冷静にあしらうグルーヴィス。
「やはり……お前は優秀だな。シェリカーー。反抗する姿勢は脅す側にとっては非常に不利に陥らせる良い対処方だ。……だが、これは脅しじゃないーー〝交渉〟だーー」
「これの……どこがーー!!」
怒りを露わにしてわなわなとするシェリカ。
本当は内心でわかっているのだろうーー俺たちに拒否権が無いことを。
「安心しろーー言ったはずだ。これは〝交渉〟だと。」
交渉……聞こえは良いが、果たしてどうなのだろうか?
「……具体的には?」
クロノの問いかけに、グルーヴィスは目を閉じて詳細の解説する。
「そうだな……前金としてこの金貨三百枚はそのままもらうとしてーー残りの分は猶予をやろう。ここの財政がまだ厳しいのは俺も承知している。いくら発展してきたとは言え、所詮は辺境の地だ。金貨二百枚分を浮かせるにはまだまだ時間がかかるだろう。そうだな……二年待ってやる。お前達ならそれだけあれば十分この領地と《オスカール》の二つを上手く扱えるようになるだろうーーさぁ、どうする?」
全てを聞いた上で納得の事前準備された交渉内容。
全て兄様の手のひらの上ーーもはや、俺にできる事は無さそうだ……。なら、ここはーー
「……シェリカが決めてくれないか?」
「っーー!!……クロノさん?」
全身の力を抜くようにして、シェリカの返答を待つ。
「これだけ高い買い物……俺の一存じゃあ決められないーーシェリカはこの一件……どう思う?」
もし、この条件を呑めばこれから先《ランスロット家》に借金を作ることになる。
色々と不都合が出てくるのは間違い無いだろう……。
顔色が良く無いのはシェリカも同様だったーーが。
しかしシェリカの中で答えは出ていたのかーーため息混じりに、それでも笑顔で答えた。
「……わかりました。では、お支払いしましょうーー」
「っ!!……本当にいいのか、シェリカーー?」
シェリカはクロノの方へ振り向いて、語り始める。
「クロノさん……確かに金貨は大事ですよ。金貨五百枚ともなれば、色んな事業に手を出せるようになりますから……。でも、それ以上にあなたが……クロノさんがいたからこの領地はここまで発展したんです。今あなたへのこの地の方々からの信頼を守る為ならーー金貨五百枚くらい安いものですよ」
「シェリカ…………」
確かに渋い顔をしているが、それでもまるで本心であるように笑顔で微笑むシェリカ。
うちの領主補佐が言うのであれば、間違いないのだろうーー。
答えは出たーー。
「はぁ……わかったよ。そういう訳だーーグルーヴィス兄様。買うよ、《オスカール領》。」
クロノのその返答を、嬉しそうにグルーヴィスは手を差し出す。
「そうか……それはよかった。では、今後ともよろしく頼むぞ。シユウーー」
最後に握手を一つ交わし、無事に交渉を終える。
こうして、グルーヴィス兄様来訪の嵐は……カイルの時と比べて呆気ないほど早く去っていったーー。
多くの問題を残しながらーー。
……………………。
帰りの馬車の中ーー。
一人の御者台の従者が、グルーヴィスに問いかける。
「グルーヴィス様ーーあれでよろしかったので?」
「…………どういう意味だ?」
グルーヴィスは窓の外から景色を眺めている。
《エンドラ領》からのーー絶景の夕陽を見ながらーー。
「あの交渉内容ーーもう少し絞ろうと思えば出来た筈ではーー?いつものあなたならーー」
「確かに……そうだな。」
グルーヴィスは小さく吐き捨てる。
「俺も正直言って、シユウの事はただの手駒として置いておこうと思っていたが……まさかこの短期間であれほど成長した顔をしているとは思わなかったーー今のアイツとシェリカなら、金貨五百枚くらい、安いものだろうな」
「では何故ーー?」
グルーヴィスは顎に手の甲を当ててほくそ笑む。
どこか、遠くを見つめながらーー。
「これからの……成長していくあいつらへの投資のようなものだよ……爺。あいつらなら多少領地が増えようが、うまくやってのけるだろうーー」
その様子を嬉しそうに、御者台の男は笑いかける。
「あなた様もまた人の子……という事ですかな。実に甘いーー」
その言葉を、嘲るように笑いながらーー
「フンッ、俺は母さんやエレミアとは違うさーー」
そう言って、どこか穏やかな顔で去っていくグルーヴィス達であったーー。
……………………。
《エンドラ領》外れにあるーーダンジョン周辺。
そこにーー、一人の女性の姿が。
美しい濃いめの水色の帽子に、そこから垣間見える淡い紺色の瞳。同色の髪は腰まですらっと伸びており、全身を包む薄い紫色の服から連想される聖女のようなその人は、ダンジョンの目の前で立ち尽くしていたーー。
???「では、始めましょうかーー」
女性がそう語りかけると、ダンジョンが不思議な光で包み込まれる。
「あとはーー〝あの子〟の努力次第ですねーー」
去り際に一言そう言って、淡い光と共にーーその女性は姿を消したーー。




