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プロローグ


はるか上空ーー。


分厚い入道雲の上に垣間見える、一つの浮遊する巨大な城がそこにはあったーー。 


天空城ーー〝空の廃墟(ロストスカイ)〟。稀に、その姿を目撃した者は皆そう呼ぶ。


全長およそ十キロメートル、高さおよそ百五十メートル、階層にして三十階層あるこの浮遊城は、二千年以上の歴史を誇る古城の遺跡だ。


そしてそれをーーたった一人の存在の魔力で補っているというのだから末恐ろしいーー。


……………………。



最上階ーー。


城主の間ーー。


外の景色がスリガラスで遮断されたこの部屋は、この城の主たる者の為に作られた〝聖域〟である。


そこに鎮座する、二千年の時が経ったとは到底思えない玉座ーー空席のその玉座を讃えるように、三人の男が跪いていた。


その玉座の傍らには、妙齢の〝黒紫色の髪〟、同色の宝石のような煌びやかな瞳のメイドが佇んで微動だにしない……。


カツッカツッカツッカツッーー


一人の白髪の少女が玉座に近づきーーやがてそこに座り込む。


「おかえりなさいませーーイア様」


玉座のその大きさからは見合わない、小さな少女は全身を包み込む白羽のシルクドレスをふわりーーと靡かせながら、足を組み替えた。


「それで、報告は?」


「こちらにーー」


イアはその無機質な黄金の瞳をメイドの女に向ける。


傍に仕えたメイドが、手を持ち上げるような動作をするーーと、それに反応して、少女の《ステータスシールド》に、メイドが渡したと思しき情報の羅列が表示された。


一通り目を通したイアはただ一言……。


「なるほどーーご苦労だったわね。退がっていいわーー〝ナフシャ〟」


「はっーー」


目を伏せて、一歩引くメイドのナフシャ。


その機を伺っていたように、跪く内の一人の男が、玉座で鎮座する少女に話しかけた。


「恐れ入りますーーイア様。近頃人間と魔族の対立が激しくなっており、《聖域国》から我々に協力の要請がーー。この要請、受諾してよろしいので?」


〝炎帝ゼルフォード〟。炎帝の名を冠する、燃えるような赤い長髪の男は、全身赤づくめの騎士の鎧を着た特徴の男だ。


獅子のような鋭い眼光をちらつかせながら、意を伺うように少女の返答を待つゼルフォードだったがーーその少女〝イア〟はーー


「……言ったはずよ。〝下界〟の事に私は関知しないーー。あなたの好きにすればいいわ」


「はは、ありがたく」


無機質に答えるイア。


その言葉に感謝の意を述べ、一歩退くゼルフォード。


その一連の様子を横目で見ていたもう一人の男ーー水のように青みがかった髪に同色の淡い瞳。青い魔道服に身を包む男、〝水帝レイス〟もまた口を開く。


「イア様ーーならば是非……皆が不在の間のこの城の防衛を私にお任せ頂きたいのですが……如何でしょうか?」


その言葉にも、イアは無機質に応える。


「ええ。……私の結界が破られる事は無いけど……あなたがそうしたいなら、好きにすればいいわ」


「ありがたく存じますーー」


一礼して、退くレイス。


今度は自分の番だと、その隣ーー野生のように猛々しい銀髪の傭兵風の男ーーローウェンが、イアに問いかける。


「へっーー、なら俺も好きにやらせてもらうぜ。最近は人間側がボンクラすぎて、前線じゃあ魔族に好き勝手やられてるみてぇだからな!!」


ガシンッーーと拳を手のひらに合わせて意気込むローウェン。


〝剣帝〟の名を冠する彼もまた、《聖域国》からその絶大な武の力を信頼されるーー、一人の男だった。


そんな男がーー不遜にもイアに問いかけた……それが間違いだったと気付くのは、イアの表情を察した後の事だ。


「全く……イア様もこんな狭っ苦しい所で眺めて無いでーーもっと戦場に身をおけばいいものを……。弱者を圧倒的な力で屈服させるあの快感は他に変えがたいですぞ?」


ローウェンがイアに問いかける一連の文言を話し終えた……その時。


ゆらりーーと、イアが〝多少の殺気〟を放つ。


「ねぇ……あなたーー私に今……〝命令〟したの?」


ぞあっ!!ーーと、その場全員が戦慄を覚える。


口が開けないーーとか、そんな次元では無い。


その殺気を向けられていない者でさえーーそれが〝帝〟の称号を持つ者でさえ、その場にいるだけで息ができなかったーー。


「もう一度聞くわーー。ローウェン……あなた今ーー私に向かって〝命令〟したの?」


黄金の瞳が齎す(もたら)戦慄。


全員がその場で、跪きながら深く顔を下げる。


中でも無礼を働いたと自覚したローウェンは、一際青ざめた表情で深く謝罪した。


「も、申し訳ありません!!……イア様ーー。口が過ぎた事をどうか……どうかお許しくださいませーー」


皆の反応にメイドの女ーーナフシャが小さく呟く。


「このお方が人間の世に腰を据えていたならーー間違いなく〝剣神サリア〟と同等……〝神〟の称号を与えられていたーー。これが……この世で唯一ただ人ーー〝天帝〟の名を冠するお方の力!!」


イアの瞳で圧倒され、地面に顔を伏しつけるローウェン。彼もまた〝剣帝〟の名を冠するはずだがーーそれでも、例え〝天地がひっくり返っても勝てない〟その実力の差を、思い知らされる。


やがての沈黙の後、ただただ三人を見下ろすイア。


イアは殺気を抑え、皆を解放するとーー


「もういいわ。退がってーー」


ただそう一言言い放ち、目を閉じる。


イアの殺気を間に受けた三人は、恐怖の念をその胸の内に留めさせながら反応する。


「はっーー。御意にーー」


イアからの退室を命じられた三人の〝帝〟は、音を立てずにその場から消え去る。


圧迫された空気が入れ替わる……そんな三人が退出するタイミングを見計らったように、新しく一人の女が虚空から姿を現した。


「全くもう〜、イアちゃんったら……部下を少しは思いやってあげたらどう〜?」


その様子を見たイアはイラついたように、侮蔑の視線をその女へと向ける。


「一体ここに何しに来た訳ーー?〝毒蛇のベルセポネ〟」


全身羽根のような黒いドレスで身を包み、その片手には蛇のトグロが彫刻された大杖を持っている。


黒いカールの長い髪が特徴的で、見る者を惹きつけるようなその妖艶な瞳と引き締まったスタイルの良さに加え、大きく美しい両翼の黒羽根はまさしく〝女神〟そのものを彷彿とさせる。


イアのその反応を面白おかしく微笑むベルセポネは、頬に手を当ててイアに視線を向けた。


「イアちゃんの可愛い顔を見に来たんだけど〜、駄目かしら?」


それを聞いてなお機嫌を悪くするイア。


「本題を早く言ってくれないかしらーー?あなたみたいな下賤な神に構っている時間は無いの……。これ以上巫山戯る(ふざけ)ようならーーあまり手加減はできないわ」


イアの苛立ちの視線を、目を細めて威嚇するベルセポネ。


「〝人間に堕ちた天使〟がーー〝神〟である私に勝てると思ってるの?」


挑発するように、笑いかけるベルセポネ。


それをイアは先程以上の殺気を放って答えた。


「…………私にそれが出来ないと……本気で思ってるの?」


イアの怒りが最高潮に達する。


ベルセポネに向かって右手を差し向けたーーその瞬間、あどけない様子でベルセポネは両手をあげて降参した。


「わかったーーわかったわ。……さすがにイアちゃん相手じゃあ……私も無傷とはいかないわね……さすが、〝最強の眷属〟と呼ばれただけあるわーー。〝慈愛の神〟には本当に勿体無いくらいに……ねぇ、あたしの眷属になる気は無い?」


その言葉で興が削がれた様子のイアは手を下ろし、左方向へと身体を向ける。


「興味無いわ……〝あなた程度〟の神に仕える気は無いーー。それと、一つ忠告しておくわ……。〝あの方〟の名前を穢すような言動は控える事ね……。〝次は無い〟ーー」


圧倒するようなイアの瞳を、余裕の表情で笑みを浮かべるベルセポネ。


それを相変わらず笑ってふざけながら、余裕の笑みを浮かべる。


「やっぱり……女の子の怒ってる顔ってーー最っ高に可愛いわよね〜」


狂気とも呼べるベルセポネの反応をーー日常茶飯事かのようにため息一つつくナフシャだったーー。


……………………。


話を切り替えるようにベルセポネは、パンッーーと両手を叩く。


「そういえば、あなたに一つ情報をあげに来たんだった〜」


イアの元へ近づき、馴れ馴れしそうに肩に手を置く。


「いらないわーーあなたの協力なんて。用が済んだのならさっさと帰って」


ベルセポネの手を軽くあしらって、話は終わりと言わんばかりにイアが背を向いて吐き捨てる。


「釣れないわねぇ〜……せっかく、()()()()()()()に繋がるかもしれない情報なのに〜」


あまりにしつこいベルセポネ。


そこまで聞いてハァ……と、面倒くさそうにベルセポネの方を振り返るイアは。


「……………………何?」


ベルセポネはイアとは反対の方へ数歩歩きながら、


「《インクリア》の辺境に、〝神気を宿した人間〟の気配があったのーーどう思う?」


「…………人間が神気を?……確かに、それは引っかかるわねーー」


しばらく黙り込むイア。


イアの興味を引けたのが嬉しいのか、その表情を見てベルセポネは、補足するように軽快な表情で語るーー。


「しかも彼、〝厄災の子〟なのよ〜。……とっても甘い顔の坊やで……お姉さんーー食べちゃいたいくらい!」


恋する乙女のように、ひとりはしゃぎ立てるベルセポネを、意に介さず顎に手を当てて黙り込むイア。


「神気を持ったーー厄災の子……。場所はーー?」


やっと興味を示したイアに、あどけなくベルセポネが答える。


「確か〜、《インクリア》の端ーー《エンドラ領》だったかしらね〜?……直接会いに行ってみたらどう?なんなら、代わりにお姉さんが〝おしゃべり〟しに行ってあげてもいいわよ?」


イアが背中の羽根をふりふりと揺らしながら、部屋の中を小さく歩き回る。


「《エンドラ領》……ね」


ニタァ……と、悪そうに笑みを浮かべるベルセポネ。


両者の間には、クロノという存在の興味に対して……計り知れないほどの温度差があったーー。

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