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3.5 番外編 プルシュスカの涙


痛い、辛い、怖いーー


嫌だ……いかないで……お父さんーーお母さんーー。


私は誰……名前も覚えてない。


微かに残る記憶も……全て真っ赤で染まってる。


いっぱいの人が血を流して、いっぱいの人が死んでいくーー。


辺りは血だらけ……私、何もできない。


なんでこんな事するの?


なんでこんなにひどいことするの?


嫌だよ……怖いよ……


誰か助けて……誰かーー


……………………。


「おらっ、起きろ!!」


「ひぐぅっーー」


牢屋の中、うずくまってブルブルと震えるプルシュスカ。


それを見ている者たちは皆ーー煌びやかな服装で優雅私たちを見下している。


自分は見せ物ーー観客は外の全員。


自分は亜人で、奴隷ーー外の観客は貴族で、あちこち歩き回って奴隷を買い漁っているーー。


誰も自分を選ばないし、選ばれたく無い……。


ここから連れていかれれば、間違いなく今よりも不幸になる。


人間の言葉は話せないし、話したく無いーー。


お父さんを……お母さんを……皆を奪った人間なんて信じられないーー。大嫌い。


「ゥゥゥゥ……ウウウウウッーー」


プルシュスカが必死で声を抑えながら、外の人間を威嚇するーーが。


「てめぇ何様だっ!?吠えてんじゃねぇよ家畜が!!」


ガンッーーと刈り上げの奴隷商はゲージを叩き、プルシュスカは心臓が跳ね上がるような驚きを見せた。


それを見て、観客は笑う。


皆……ここに来たほとんど皆が、恐怖で震える奴隷を笑い者にしたり、物珍しい種族の奴隷を見物したり、買い物をしに来ている。


自分は商品。


観客はお客様。


首につけられた鉄の輪っかをぎゅっと握りしめて、それを自覚させられる。


齢五歳のプルシュスカにはどうやっても抗うことなどできはしなかったーー。


「う、うぅ……ぐすっ、」


ただただ、嵐が過ぎ去るのを待つ思いで、悲しく、寂しく、惨めに……屈辱的に伏して泣いていたーー。


……………………。


夜ーー。


奴隷は他の種族と群れ合う事を許されない。


皆個人でゲージに入れられて、話をする事すら禁じられている。


ここの商人はーーそう言う男だ。


奴隷を安く買い叩き、食事などは出店の廃棄物等を与えていたーー。


その日のものならまだしも、数が少なければ日の経ったものが出される。


それでもまだ、食事と呼ぶには栄養価も量も足りないーーよく食べる亜人族にとっては、それがさらに悲劇的だったーー。


「ガルルルルルルルルルッーー」


「…………うぅぅーー」


奥の方には、亜人では無いーー魔物がゲージに入れられている。


今宵買われたーー〝獅子虎〟と呼ばれた、小さな白い虎だーー。


買ったのは貴族の男で、警備獣として買い取ったらしい。


明日にはいなくなるーーそれが理解できないプルシュスカには、目の前の霊獣はただただ怖いけど……ただただ可哀想な〝同族〟だったーー。


「ゲホッ、ゴボッーー」


ベチャッーーと血が吹き出る。


聖大陸(こっち)〟に連れてこられてから、たびたびよく咳が出る。


血が混じっており、吐くと苦しい。痛い。


しばらくすると収まるけれどーーそれでも、治らない。


「おなか……すいたなーー」


ぐるるる、とお腹が鳴るがーー食事はもう無い。


次に食事が食べられるのは、日が昇ってからだーー。


毎日当たり前のように奴隷がやってきては、毎日誰かが引き取られーー体が弱りきってしまえば死んでいく。


埋葬すらも布で巻いて燃やされーー骨を纏めて埋められるだけ。


ここはーー地獄だ。


毎日が絶望的で、助けてくれる人なんて誰もいないーー。


自分なんて生まれてこない方が良かったのだーー。


そうすれば短かった両親との……楽しかった記憶も、それを失う辛さも、永遠に死ぬまで続く生き地獄を生きていく事もなかったのだーー。


明日は我が身だーー。


……………………。


今日も、客足は繁盛している。


それでも、ご飯の量は変わらない。


今日は、ご飯だけじゃなく薬をもらえた。


最近咳をしていたから、それを治す為のものだったのだろうーー。


これを飲んだところで何になると言うのだろうかーー。


ここから出られるわけじゃ無い。


ここから出ても、帰る場所はもう無い。


この世界で生きていてもーー何も変わらないまま。辛く厳しい事が前提の未来が待っているだけ。


そんな中で、どうやって生きる希望なんて見出せばいいのだろうかーー。


……………………。


今日は雨だ。


見せ物は中止となった。


こんな日は、残り物のご飯だからいつもよりおいしくない。


そんな時でも、天は味方をしなかったーー。


ガラガラガッシャアアアアン!!


唐突にふり捧ぐ雷の音が、本能的な恐怖を掻き立てる。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅーー」


目を白黒させながら、伏せをして頭をぎゅっと押さえつける。


雨が降っている日は寒く、雷も恐ろしいーー何よりご飯が少ない。


年のうちの三日に一日くらいが雨の降るこの土地はーー私たち亜人から多くの希望と命を奪ったーー。


……………………。


ここで過ごして何年経っただろうかーー。


死んでいると思ったら、今日もまだ生きていたーー。


ガチャリーー


牢のドアが開けられる。


「おいーー出ろ」


最近まともに〝見せ物〟をできない私はーー違う奴隷商の所に売られた。


……………………。


あたまがつるつるの男の人。


残飯だけど、たくさん食べさせてくれた。


日によっては少なかったけど、ここは穏やかで雨も降らない。


この人は毎日薬をくれる。毎日ご飯をくれる。見せ物もせずにーーだ。


それでも、私はどんどん痩せ細って弱っていくーー。


きっとこのまま、緩やかに死んでいくんだろうーー。


……………………。


もう何日も、横たわっている。


あまり食欲が無い……。


ご飯の味がしない。


薬も飲めない。


最近よくない夢ばかり見るーー最後に、両親と離れ離れになった時だ。


今お父さんとお母さんはどうしているのかな?生きているのかな?


もし死んじゃったのならーーせめてわたしも一緒の所に行きたいなーー。


もう、知らない人ばかりの所は嫌だよ……。


わからない言葉ばっかりで、何も頭に入ってこないよ。


でもーー最後に過ごしたここの牢屋はーーそんなに悪くなかったーー。


……………………。


ここの人が殺処分?してくれるらしいーー。


ちょっとお金がかかるけど、楽に死ねる薬だ。


わたしのゲージから、紙が剥がされた。


ここの領地はあまり奴隷が売れないみたいで、男の人は少し離れた所へ営業出張に行くらしい。


その時、薬を買ってきてくれるって……言ってた。


やっとーーこの地獄からバイバイできる……。


「お父さん……お母さん……」


……………………。


カランコローンーー


お客さんが来た。


足音でわかる。


男の人とは違う……ちょっと軽い足音だから。


……なんで、こっちを見てるんだろう?


私はもう、うりものじゃないよ?


『君は……誰?』


「っ!!」


なんで……この子は私たちの声がわかるの?


『君の名前はーー何て言うの?』


もしかして……同じ亜人なのかなーー


「…………っ!!」


違う……この子、人間だ。それに……前のとこで見たような服着てる。


わたしを……私たちを見下してた、貴族と同じような服だ。


「嫌ッ、やめて……こないで!!」


「うわっ!……どうしたんだ!?」


この人は嫌だーー買われたくない!!


「まずいっーー発作だ!」


人間だ……嫌だ、怖いーー


「……私たち、皆殺した!!嫌だ、嫌い!出ていって!!」


まさか私……買われるの?


嫌だよーーもう……やめてよ。


「落ち着けっ!おいっーー」


「嫌だ!!離して……!!ーーウガッ!!」


ビリビリする……。


頭につけられてる変な紋様のせいなの……?


痛いよぉーー。


……………………。


何か、呼ばれてる。


起きないとーーまたビリビリされるーー。


「……うっーーふぁ?」


夢……じゃない!やっぱりいる!!


「っーー!!もうやめて……これ以上酷い事しないで!!」


この子、なんで私に話しかける?


ほっといてよ……もうーー。


『聞いてくれっ!大丈夫だーー俺は君を傷つけたりしないーー絶対に!!』


『イヤッーー離してっ!!こっちに来ないでっ!!』


人間はいつもそうだーー私たちから大事なものを奪って、虐げて、楽しんで。


悪魔だよーー。


もうやめてよーー。


なんでこんなに酷い事ばっかりするのーー。


私、何も悪いことしてないよーー。


ずっと苦しいのに……助けて欲しいのに……神様も誰もーー助けてくれないよ。


辛いよーー痛いよーーもう……眠らせてよ。


「大丈夫だーー。大丈夫……大丈夫だからーー」


抱きついてくる……なんで?


「離してっーーイヤッーー!!」


「痛っーー!!」


もう〝幸せ〟になれるんだから……やっと、この苦しいのから楽になれるんだからーーもう……ほっといてよ。


「フゥーッ……フゥーッ……フゥーッ」


ガリッ、ガリッ、ガリッーー


「お……おい、お前っーー」


この人…………なんで?


「大丈夫…………大丈夫だから。君を傷つける奴は、ここにはいないーー」


なんでそんなに血が出てるのに……私、離さない?


「フゥーッ……フゥ……フゥ…………」


人間なのに、なんで私のこと見下さない?


なんでーー?


「お……おい、お前……大丈夫か?」


この男の人もそうだった。


なんで、奴隷なのにわたしの願い叶えてくれる?


なんで、苦しまずに殺してくれる?


「ま……まぁ、このくらいならギリギリ平気ーーかな」


この人達ーー変だ。


わたしの知ってる人間じゃないーー。


「お前すごいな……本当に貴族のボンボンか?」


どうして、そんなに痛そうなのにわたしの事離さない……?なんで……?


なん……で。


「すまないけど、包帯と消毒取ってきてくれないかーー?かかっているのが亜人族特有の病とはいえ、他にも病気とかあるかもしれないし……さすがに今倒れる訳には行かないからさーー」


「っーー?ははっ……こいつ寝ちまってらぁ〜」


「えっーー?ちょっと、またーー?」


人間……なのに、あったかいーー。


……………………。


「よしっ!応急処置完了!!」


「……………………。」


『初めまして、俺はクロノだ。君の名前はーー?』


『わた……し?わたしは…………』



私は……誰だろう?



『わたし、のーー名前……はーー』



名前……わからない。


前の男が読んでた名前ならある……。


私にピッタリの……名前が。



「ああ〜……こいつは自分の名前を覚えてねぇんだーー。両親を失ってからなーー。前の引き取り手がつけた名前ならあるがーー」



わたしの名前はーー



「なんだよーー、前の奴はなんて呼んでたんだーー?」


「…………プロメアだ」


プロメアーーそう。


それがわたしの名前。今の名前。


「…………プロメア……プロメアってーーまさか!!」


「……ああーー亜人語で〝奴隷〟だーー」


私はずっと……奴隷として生きてきた。


それ以外に名前なんて……ない。


お父さんとお母さんがせっかくつけてくれた名前も……もう覚えてないくらいだから、仕方ない。


「……………………」


誰も信じられなかったーー。、


いつも痛かったーー。


みんなの視線が怖かったーー。


いつもお腹が空いていたーー。


いつも病気が苦しかったーー。


いつもお父さんとお母さんに会いたかったーー。


いつもーー誰か……助けて欲しかった。


『君はーーこの檻から出たいとは思わないのかーー?』


この人はたぶん……助けてくれる。


でも、もう間に合わないーー。


『わたし……はーー外には、出られませんーー』


『……どうしてだ?』


外での生き方なんてわからない。


外に出ても、また地獄が待っているだけ。


『わたしはただの奴隷……ですから、そとには出られないんですーー。たとえ出られても……生きていく力……が、ありません』


外は怖いーー、外は痛いーー。


『それじゃあ君はーーどうしたいんだ?』


私は……どうしたいんだろう。


もう……帰る場所もない。


生き方もわからないし、生きる理由も無いーー。


『…………どうしていいか、わかりませんーーわたしには……奴隷として生きてきた記憶しかほとんどありませんからーー』


奴隷として生きてきたわたしに……いまさら他の生き方なんて選択肢は無い。あるはずがないーー。


わたしは奴隷ーーどこにも行けない。


『じゃあ、俺の屋敷に来るか?』


『…………え?』


今……何て?


『ちょうど来たばっかりで部屋がいっぱい空いててさ……生き方がわからないなら学べばいい。居場所が無いなら作ればいい。まだ、君の人生は終わってないよーー』


私……生きてていいの?


奴隷なのにーー?


でも……もう、間に合わないよーー。


『……お気持ち、ありがとうございますーー。でも……わたしは行けませんーー』


『……………………病気か?』


『………はい』


わたしの病気は治らない。


〝治せない〟じゃない。


薬が高くて、治らない。


もう……諦めた命だから……仕方ない。


ここで死ぬ……それが、わたしの〝運命(さだめ)〟だからーー仕方ない。


「……なぁ、〝亜染病〟の薬ってどれくらいかかるんだ?」


「そうだな…………だいぶ安めに見積もっても金貨五十枚と言ったところかーー」


「…………そうか」


もうーーいいよ。


ここに……信じていい人間がいるってわかった。


わたしはそれだけでーーもう……


きっと、来世があったら……信じられる人を探して生きていけると思うーーから。


「…………買うよ」


「っーー!おい、正気か!?」


…………え?


『君の薬代ーー。俺が出すよ。だからーー、一緒に来てくれないか?』


薬代……払えるの?


どうして、わたしなんかの為に払うの?


訳が……わからない。


この人はあったばかりの人。


わたしを助ける理由なんてないーー。


なのに……わたしまだーー


私……まだ、生きてていいの?


『っーー!!……本当に……いいの?』


でも私……何も無い。何も返せないーー。


お金も無いし、稼ぎ方もわからない。


稼ぎ方がわかってもたぶんーー一生かかっても返せない。


『ああーー。新しい領地に来たばっかりで何も無い……名前だけの領主だけどーーそれでもよければ』


『っーー!!』


どうしてそこまでするの?


私なんかの為に……奴隷なんかの為に、どうしてそこまでできるの?


あなたにとってのわたしって……何なの?


奴隷じゃあ……無いの?


ぽろぼろ、と涙が溢れ落ちる。


涙で目の前が見えない。


ずっと……苦しいだけの人生だった。


ずっと、真っ暗な場所しか知らなかった。


もう、病気は治らないと思って……命を諦めた。


死にたいって、何度も何度も何度も何度もーー本気でそう思った。


そんな私でも……本当に……生きてていいの?


まだ、私ーー生きられるの?


『わたし……かえすあて、なんてないーー。大金なんて、稼げない……よ?』


何もーーこの人にしてあげられない。


私には……なんの取り柄も無い。


珍しい種族でも無いし、本当に何も無いーーただの亜人。


この人が望むことも、たぶん全然できっこ無い。


わたし……人の言葉も話せない。


『ああーー俺がそうしたいんだ』


でも……この人は助けようとしてくれる。


私に、優しい言葉をかけてくれる。


わたしを……愛そうとしてくれてる。


『本当に…………本当に、信じていいのーー?』


本当に……この人を……信じていいの?


わたし……まだ生きてていいの?


お父さん……お母さんーー。


『ああ。俺が絶対ーー君の病を治して見せるよーー』


そう……なんだ。


わたし…………まだ生きられるんだ。



わたしーーまだ、生きていたいーー。


この人のそばで、恩返しがしたいーー。


『う……うっーーうわあああああん!うわあああああんっーー』


ずっと暗い場所だけが、わたしの全てだったーー。


ずっと人間に苦しめられて生きてきたーー。


それでも、目の前のこの人は私のことを救ってくれた。


命の恩人ーーこの世で最も信じられる人。


だからわたし……精一杯生きてみる。


この人と一緒なら、明日が怖く無い気がするからーー。


ねぇ、お父さん……お母さん。


まだ……わたし、生きていられるんだってーー。


わたし、初めて人間の事ーー好きになれたよ。


わたしーー初めてお友達ができたよ。


わたしーーこっちでも家族ができたよ。


お父さん……お母さんーー


わたし……もう死にたいなんて言わない。


この世界で……この街で……この人と一緒にーー精一杯生きてみせるから。


だから、応援しててねーー。


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