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27. 覚醒者


いつからだっただろうかーー。


私が物心ついたのは、まだ手も足も動かせない程小さな頃の事だったーー。


産声をあげた時の声、初めて食べた離乳食、僅か一歳にも見たない赤子を見る人々の表情。


私はいわゆるーー〝特異体質〟だ。


脳の発達が人より優れていたから、簡単な読み書きは一歳の頃には出来た。


その頃だったと思うーー。


他の貴族令嬢からの忌避の視線を浴びていたのはーー。


「……あの子、一度見たものを記憶できるんですってーー」


「まぁ怖い。ーー私たちが裏で話してる内容も全部知られてしまったかもーー」


「あの子……公爵家のルイス様と親しげに話していたわーー。赤子の顔をして、何て下劣なーー」


私は貴族社会というものが大嫌いだったーー。


女はいつもどこの御曹司を取り合うかで話し合ってばかりだし、


男はいつも〝政治〟の為に汚い事を平気でやるーー。


幼い私には、それが耐えられなかったーー。


『あんた賢いんだから、あたしみたいに容量良く生きなさいよね〜』


お姉ちゃんはいつも身も蓋も無い事を言うーー。


楽して稼いで楽して生きる。


それは私には非常に簡単な事だったーー。


生まれて二歳の頃には父の手伝いをする為に、いろいろなパーティーに参加させられた。


大人達を相手に、まるでしゃべる人形のように笑って話をする。


私はみんなとは違うーー。みんなが遊んだりお喋りしている間ーー私は〝仕事〟をしている。


だから、時折羨ましかったーー何も考えずに、今日何して遊ぶかで話し合っている同い年の子達を見ていると、自分がどれだけつまらない人間か……そんな事を悩む日もあったーー。


いつもそばにいてくれたお姉ちゃんは、許嫁のキースというーー公爵家である《カルメイア家》の子息といつも一緒にいた。


いつも言っていた……許嫁なんて、ただの伴侶。


一緒にいても、大して何も楽しい事なんか無いーーと。


それを鵜呑みにしていた訳では無いが……私はいつも婚約の申し出を断った。


女には嫌われる事の多かった私も、それを差し引いて余りある程に……貴族令息は選び放題だったのだ。


ちょっと頼ったり、甘えたフリをしただけで勘違いする。


願っても無いのに、バカな男だなと思いながらーー私はいろんな家柄の人たちと〝パイプ〟を繋いで両親が楽を出来るように頑張った。


いっぱい頑張れば、いっぱい褒めてくれる。


家族は私にとって、何にも変え難い宝物なのだーー。


なのに……《カルメイア家》は私のお姉ちゃんから笑顔を奪ったーー。


子息のふざけた正義感で〝厄災の魔女〟を刺激して、お姉ちゃんの大事な師匠がその流れで命を落としたーー。


私は、心底〝公爵家〟が嫌いになったーー。


誰も彼も責任を負おうとしないーー何かあればすぐ下の者を切り落とす。


大切な師匠を失ったお姉ちゃんを、キースは難癖付けて厄介払いした。


呆れた、がっかりした、見損なったーー。


偉ければ偉いほど、腐った貴族が多すぎる。


その子供達も同様にーー酷い人格をしている。


そんなキースが何度か私に言い寄ってきた。


お姉ちゃんをダシにして近づいてこようとした事もあったーー正直、あの人の顔を見るだけでも吐き気がしそうだったーー。


他の公爵家も一緒だ。


私に言い寄る人のほとんどは、〝私〟なんか見ていないーー。 


私の頭がーー力が欲しいだけ。


いつもそうだーー貴族社会は下の者を利用して、都合が悪くなったら容赦無く切り落とす。


そんな人達の家に嫁がなければならないと思うとーー齢四歳の私は絶望したーー。


最初は〝あの人〟も嫌いだったーー。


お姉ちゃんから笑顔を奪った男と同じ、公爵家の人間。


お世辞にも良い評判を聞かないーー《ランスロット家》の当主の息子。


だから、お姉ちゃんを守ろうと思ったーーでも違った。


あの人は優しかったーー今まで出会ったどんな人達よりも、思いやりに溢れて、困っている人にいつも手を差し伸べている。


自分はあんなに苦労する境遇なのに、それを全く意図しない顔をしていたーー。


私は、そんな人がお姉ちゃんの許嫁なんだと思った時、とても嬉しかったーー。


でも、それ以上に……お姉ちゃんが惹かれていくたびに、私から離れていくたびに、あの人が羨ましかったーー。


あんなに笑顔のお姉ちゃんは見た事が無かったーー。


いつも空ばかり見つめて、生きる気力さえも失っていたお姉ちゃんがーー毎日楽しそうにあの人の元を訪れる。


蚊帳の外の私に出来る事は何もーー無い……。


そんな私にも、あの人は手を伸ばしてくれた。


『三人で、一緒に遊ぼうーー』そう言われた時はムキになって断ったけど、時間をかけてあの人のいろんな側面を知るたびに、私もあの人に惹かれていったーー。


そして、同時に運命を呪った。


私が初めて好きになった人は、お姉ちゃんの婚約者ーー。


どれだけ頑張っても、あの人達に割って入る事は出来ないーー。


何より、再び笑顔になってくれたお姉ちゃんが……また泣いている所を想像したくなかったーー。


好き。そんな気持ちを胸にしまい込んでからの私は、いつもあの人の〝妹〟を演じていた。


たとえ結ばれなくても、子供心の恋でも、あの人に振り向いてもらえなくても、この感情に嘘は無いーー。


それなのにあの人はーーお姉ちゃんとの婚約を破棄した……。


もちろん、お姉ちゃんを気遣っての事だというのは理解できる。


《ランスロット家》という後ろ盾を失えば、この先誰に命を狙われてもおかしくないし、その時自分の身を守る事すらできない……。


今の私を見れば、あの人が恐れていた事がどういう事だったのかがよくわかるだろう。


何よりーー、あの舞踏会での一件は、お姉ちゃんを守る為にあの人が変わって罪を被ってくれたのだ。


でもだからこそーー思ってしまった。


もしかしたら、今ならあの人のそばにいられるんじゃないかーーと。


今すぐじゃなくていい……五年後十年後に、一緒になれるなら……後ろ盾なんていらない。私があの人の分も稼げば良いのだから。


そんな淡い期待もちょっぴしあったけど、何よりーーもう一度あの人のそばにいたかったーー。


あの優しい瞳で、笑顔で、語りかけて欲しかったーー。


……今思えば、本当にわがままだ。


両親は後押ししてくれたとは言え、あの人に許可も無く屋敷に訪れて、そのまま居座ってしまったのだからーー。


それでもーー《エルロード家》の屋敷で過ごす時間は初めての事だらけで、退屈とは無縁のーー本当に幸せな日々だったーー。


毎日プルシュスカちゃんとお風呂に入って、毎日エリスフィールさんと紅茶を嗜んで、毎日アーモンドさんと昔のクロノさんの話に花を咲かせて、毎日エドワードさんとクロノさんの訓練を眺めてーー


毎日クロノさんに、部屋へ起こしに行っておはようーーと言い合う。


ただ、それだけで心地よかった。


辺境の領地の開拓は大変だけど、領民の人たちもしっかりしていて毎日勉強になる事が多くて、雑草魂溢れる仕事ぶりにおかしく笑って、発展していく様子を見るたびにーー本当にここに来て……みんなの役に立てて良かったと実感する。


ただーー、そんな日常が欲しかっただけなのにーー。


ごめんなさいーー、クロノさんーー。


私がいなかったら……こんな事には巻き込まれなかったはずなのに…………。


……………………。


「クロノさんっ!!」


クロノに対する〝使役紋〟の施しが完了するのを歯噛みしながら見届けるシェリカ。


やがて拘束から解放されると、一目散にクロノの元へと走り込んでいったーー。


「クロノさん!しっかりしてくださいーー。」


「あれ……シェリカ?」


意識が朦朧とした様子で、シェリカの顔を視界に捉える。


「ごめんなさい……私のせいで……クロノさんーー」


ポロポロッーー、と目の前の彼女が涙をこぼす。


何故泣いているんだろうーー?


一体、何が悲しいと言うのだーー?


そんなクロノ達の元にーーコツッコツッと、〝使役者〟がクロノに歩み寄る。


「さぁ……それでは、行きましょうか?」


ニコリーー、と微笑みかける。


「行くってーーどこに?」


クロノの問いに、司祭は笑って答える。


「もちろんーー〝あなた達の屋敷〟にですよーー」 


……………………。


ボクは誰だーー?


ボクはただのシユウだ。それ以外の誰でも無いーー。


それでも時折ーー誰かの声が聞こえる。


忘れ去っていたーー昔の記憶のように、


あるいはーー宇宙のように広大な夢の世界のようにーー、


見た事も聞いた事も無い景色をたまにーー見る。


残虐な戦争による混沌とした地獄絵図。


勝利し、高らかに奪う者とーー敗北し、絶望しながら奪われる者。


そんな世界をーーまるで〝神〟のように上からただ眺める事しかできない。


苦しいーーとても苦しい。


この世界には絶望で満ち溢れている。


希望を持てずに生きる事を苦しむ者、故郷も無く……救う手を差し伸べられずに病で消え入りそうになる者、愛する者を失いながらも……その忘れ形見を守る為に付き従う者、守るべき者を守れず……己の力のあり方を見失う者、


そしてーー愛する者に振り向いてもらえずとも……愛されたいと願いながらも……何に代えてでも命懸けで守ろうとする者ーー。


世界はーー〝試練〟という名で人々を試している……もうずっと何百年もーー何千年も。


……………………。


地下牢から出ようと着いていくクロノーーその腕を掴みながら、シェリカが問いかける。


「…………待ってください」


その様子に穏やかな表情で、〝使役者〟の男がーー


「むーー?どうかしましたか?シェリカ様ーー」


〝使役者〟の男は立ち止まって、シェリカの方へと振り向く。


「私はーー、あな、たにーー付き従いません!!」


〝使役紋〟に抗い、ひどく睨みつけた表情のシェリカ。


その様子を驚いたように、〝使役者〟は見つめているーー。


「なんと……使役されながらも尚、これだけ意識があるとはーーさすがと言いますか……まさかこれほどまでとは!……しかし、もはやあなた達は()()()()。大人しくして頂かねば困りますなーー」


〝使役者〟はそう言って、シェリカの〝使役紋〟への効力を強める。


身体中に流れるその痛みに、シェリカは声をあげて抵抗した。


「うっーー、こん……なの、全っ然ーー痛く……ありません!!」


「っーー!!……まさか…………」


シェリカの意志の強さに、驚愕で顔が固まる〝使役者〟。

(《精神異常耐性》を持っている?いや、それならそもそも私の《使役》が通らないはずだ。そんなものを持っていない事は、この子がこの《エンドラ領》に来る前の〝鑑定士〟の情報でわかっている。《状態異常耐性》では……精神への攻撃は防ぐ事ができないはずーー。まさか、それほどまでにこの子の精神力が強いというのかーー?使役されながらこれほど抵抗するまでにーー)


青ざめた表情でシェリカを見つめる〝使役者〟。


「……どうやら力づくで大人しくさせるしかありませんねーー。クロノ様ーー今こそシェリカ様を、〝お救い〟する時ですーー。その力と人格を、私に委ねさせなさいーー」


「…………はい」


まるで傀儡の人形のように、ゆらゆらと歩み寄るクロノ。


クロノは、腕を掴んでいるシェリカの方へと向き直り、その首に手をかける。


「…………クロノさん」


シェリカはクロノの瞳を見つめながら、訴えかけた。


「私……クロノさんにだったらーーいいですよ、殺されても」


バッーーと、両の手を広げるシェリカ。


「あなたの為になるならーーどんな命令でも付き従います。あなたの為なら、あの人の言いなりになってもかまいません。あなたの為ならーーここで命を落としても悔いはありません。それでもーー」


シェリカはいつものあどけない表情で笑いながら、クロノにーー


「せめてあなただけはーー何があっても……これから先もーー誰かの意志に支配される事無く……あなた自身でいてください。〝シユウ〟さんーー」


「っ!!」


俺は誰だーー?


俺はシユウじゃない……クロノだ。


そうか……〝その名前〟で呼ばれるのはずいぶん久しぶりで、忘れていた気がするーー。


この子にとってはまだ、俺は〝穢れて無い〟ーーあの屋敷にいた頃の〝シユウ〟と何も変わらなかったのだ。


変わっていたと……思い込んでいたのは俺だけだった。


死線を潜るたびに、力を経て……人格が変わっていくーーいや、()()()()()()()ような感じだった。


これが本来の俺だとーー俺だけが思っていたーー。


それでも、シェリカ達にとって俺はーーあの頃と何も変わらないーーただの〝シユウ〟と同じに見えているらしい。


それはきっとーー根幹の大事な部分にあるものが……変わってなかったからだーー。


だからーー、こんな〝人殺しの厄災〟である俺を……まだこんな眼で見ていてくれている。


自分だって苦しいはずなのにーーそれをおくびにも出さずに……必死で語りかけてくる。


クロノは微笑み一つ溢して、シェリカにかけた首を頭に回す。


「本当に……()()はおせっかいだなーーシェリカ」


「っーー!!クロノさんーー」


どちらの人格が俺だとかーーこの力が何なのかとかーーもうどうでもいい。


俺はコイツにとってのシユウであり、この領地をまとめる領主ーークロノだ。


クロノは、黙って〝使役者〟の方へと振り返る。


「お前の命令は……もう聞かねぇよーー」


怒りを露わにして、その視線をぶつける。


「チッーーシェリカ様もあなたも……私の〝祝福〟を拒むとはーー恐れ多くも度し難い。許し難い。今一度己の使命を思い出せーー」


苛立ちを見せた〝使役者〟はクロノの使役紋への効力を強めた。


「くっ、グッーーウウウ」


「クロノさん!!」


痛い、苦しい、辛い、全身を電流が駆け巡るみたいだ。


それでも何故だろうーーさっきみたいな抗いがたい強制力をあまり感じない。


シェリカがこんなに心配した顔で見ているからだろうかーーそれとも、さっきから聞こえる〝声〟が影響しているのか。


戦えーー守るべき者の為に、こいつを倒せーーと。


クロノの瞳に、もはや曇り一つ無い。


「お、前……の。言う事は……もうーー聞かねぇよ!!」


パリィィィィィンッーー。


そうーー音を立てて〝使役紋〟が破壊される。


「っーー!!クロノさんーー」


粉々に砕け散った使役紋は、空の中に霞んで消えていったーー。


「ば、馬鹿な……ありえない!!これはーー」


ふと、強制的にステータスシールドが展開される。


『条件を満たしました。特殊効果・《反逆の意志》が《反逆者》へと変わりました。追加として、《精神異常耐性》が付与されます。また、一時的に神気を〝条件付き〟で使用可能になります。また、神気の使用可能領域の向上により、情報集積能力が向上します。』


その途端ーーふわり、と。クロノから言い知れぬオーラが発せられる。


「クロノさん……あなたはーー」


シェリカが見つめながら、そう問いかける。


神気の力が、俺に囁いてくる。


進むべき道を、己の力で切り開けーー。


守るべき者を、その手で守れーー。


もう二度とーー〝あの悲劇〟を繰り返すなーー。


クロノは微笑み、シェリカの方へと振り返る。


心配そうに見つめているシェリカを笑って、安心させるように答えた。


「もう大丈夫だ。シェリカ……あとは俺に任せろ!」





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