19. ミミナシのハーフエルフ
「…………エリス、答えてくれーー何でこんな事を?」
月夜の中、クロノがエリスに問いかける。
「……………………答えられませんーー」
エリスはそう告げて、密かに目を閉じる。
「…………ならエリスーー君は……俺たちの敵かーー?」
クロノはエリスにーー、訴えかけるように問う。
「…………はい、敵です。なので…………ここであなたには死んで頂きます!!」
エリスの蹴りの一撃を瞬時に察知したクロノは、それを交わす。
一瞬の怯みを利用してエリスはクロノの拘束を振り解き、バックステップで距離を取ったーー。
敵対するエリスの目を、クロノは悲しそうに見つめていたーー。
……………………。
シェリカの部屋ーー。
ピクピクッーー、とプルシュスカの耳が震える。
「ッーー!……ご主人様ーー?」
書類を整理しているシェリカの目を盗み、プルシュスカが部屋から退場しようとしてーー捕まった。
「プルシュスカさん〜、どこに行くつもりなんですか〜?」
ビクリッ!とプルシュスカは全身で硬直する。
「え……えっとその〜……ちょっとトイレに〜」
しかしシェリカはジト目で亜人語を話す。
「へぇ〜。……それじゃあ私はこの書類をクロノさんの部屋に届けに行こうと思うのですがーーまさか鉢合わせする事はありませんよね?……だって、ここは三階。クロノさんのお部屋は二階にあるんですからーー」
核心を突くような、シェリカの問いかけに汗をたらたらと流し始めるプルシュスカ。
言い逃れできないーーそう悟ったのか、プルシュスカは大声でシェリカに言い放つ。
「な、なんだかわかんないけど……ご主人様が大変そうな気がするの!……さっきから、ご主人様の部屋から大きな音がするしーー」
「大変な事ーーですか?……私にはそんな音は聞こえないのですが……亜人の五感は人間よりも優れているとは言いますしーー」
シェリカもまた、言い知れぬ不安を感じる。
実際には暗殺者同士のせめぎ合いのような応酬が繰り返される事もあってーー、クロノとエリスの戦いの余波は屋敷に響く程、大きなものでは無かったーー。
つまりはーーシェリカの〝女の勘〟である。
「…………わかりました。そこまで言うのなら確かめにいきましょうーー。間違っててもまぁ……クロノさんの可愛い寝顔が見れるから私にとってもそこまで悪い話じゃ無いですし……」
頬に手を当てうっとりとするシェリカ。
プルシュスカはコクリッーーと頷き、シェリカに「ありがとう!」と微笑む。
「ふふっ♪構いませんよ……それに、間違っててもプルシュスカさんが恥をかくだけで済みますから♪」
シェリカのドSな発言に一瞬でズンッーー、と重苦しい表情に変わるプルシュスカ。
それをシェリカは笑って受け流した。
「それじゃあ、確かめに行きましょう。クロノさんが何してるのかーー」
……………………。
「エリス……どうしても俺を殺さなきゃダメなのかーー?」
クロノは未だにーーエリスが自身の命を狙う事を信じられないと言った表情で悲しげに見つめる。
「……これが私の本当の姿です。……人の信頼を裏切って、命を奪って生きながらえるーー私はあなたのように〝綺麗な〟人間じゃありませんーー」
そう言った、エリスのほんの僅かな悲しげに顔を歪める一瞬をーークロノは見逃さなかったーー。
「エリス……君はーーっ!?」
窓から溢れる風に靡いて一瞬ーーエリスのメイド服の裾が揺れ動く。
手首に巻かれた白い布ーーその中から、見覚えのある刺青のようなものが目に映ったーー。
「っーー!!エリス……まさか君はーー〝エルフ〟なのかーー!?」
「っーー!!…………何故…………それをーー」
今までずっと冷静だったエリスの声が、翻ったように驚嘆したものに変わる。
クロノはかつてーーこの刺青を見た事があったーー。
……………………。
四年前ーー。
王都の街ゆく人々をーークロノは見ていた。
この時はまだ、名を変える前ーーシユウとして。
それはふと……露商を歩いていた時の事だーー。
道を行き交う人々が、一人の亜人に目を注ぐ。
「あれは魔大陸の……」
「…………〝汚れた血〟めーー」
「ああ、〝ミミナシ〟かーー」
ヒソヒソーー、と自身に向けられたものと同じ視線を浴びるーー〝耳の尖ってない人〟を、遠巻きに眺める。
「…………あれはーー何?」
不思議そうに見つめるシユウの目にはーー、その光景は酷く悲しげに見えたーー。
その日の夜ーー。
母ーーミーリアに、《聖天大使》と呼ばれる、自身と同じ名前ーーその名付け元となった英雄の子供向け絵本を読んでもらうシユウの姿が。
「…………こうして、《聖天大使》シユウ様は私達人間の住む聖大陸と、魔族の住む魔大陸に平和をもたらす偉業を成し遂げたのでしたーー」
何度も読み聞かせてもらった子供向けの絵本。色々な史実がわかりやすく描かれていて、毎日新しい発見がある。
今日もまたーー、新しい発見をしたシユウは、ミーリアに問いかける。
「ねぇねぇ……母様〜?このえるふさんの腕に描かれているものは何なの〜?」
そこに描かれているエルフは〝耳の尖っている〟姿で描かれており、手首には白い刺青が彫られていたーー。
「これはね……刺青って言って、一部の部族の人達が何かしらの意味を込めて入れるものなのよ〜」
母ミーリアは、知的好奇心あふれる愛息子の発言に嬉しそうに笑って答える。
「イレズミ?って言うんだぁ〜……へぇ〜」
シユウは刺青の入った絵本のエルフと、今日街ですれ違ったエルフの姿を見比べる。
その少しの違いが気になったシユウは、思い切ってミーリアに問いかけた。
「…………ねぇねぇ母様〜?このエルフさんは何で〝耳が尖っている〟の〜?」
「えっーー?……それは彼らが魔族……だからよ?」
どうしてそんな質問をするのか?と言いたげにミーリアは答える。
「ん〜……でも、昼に街で見かけたえるふさんは耳がボク達と同じ〝人間みたい〟だったよ〜?」
その言葉に、どこかショックを受けたような表情のミーリアは、目を伏せて答える。
「っーー!!……そう…………〝ミミナシ〟に会ったのねーー」
「ミミナシーー?」
そのシユウの問いかけに……頭を悩ませながら、ミーリアは天井を見上げーー顎に指を当てて答える。
「えっとね〜、シユウちゃんにはちょっと難しいんだけど……その人たちはね、〝ミミナシ〟って言ってーー耳が私達人間と同じ耳の形をしているの。……それがエルフの一族では、迫害の対象にされているのよーー」
「ん〜……はくがい?」
「迫害って言うのはね、住んでる村から追い出されちゃう事なの。……だから、シユウちゃんがお昼に見たエルフさんは、元いた《エルフの里》からも魔大陸からも追い出されてここまで来ちゃった人たちなのよーー」
「それってなんだかーーかわいそう…………」
しゅんとするシユウを、ミーリアは優しく抱きしめる。
「…………そうね、お母さんもいつかーーもう一度……人と魔族が手を取り合って生きていける世界になったらいいなって思うわ……」
その日の母の言葉を、シユウは……クロノは忘れる事は無かったーー。
……………………。
「〝ミミナシ〟のエルフーー」
「っーー!……………………」
エリスはどこか後ろ暗そうに、右耳元を手で押さえる。
「何故……私がエルフだと分かったのですかーー?こう見えても人を騙す事には自信があったのですが……」
「…………昔、同じような人を見たんだーー。君と同じーー〝ミミナシのエルフ〟をーー」
クロノもまた、静かに問い返す。
「教えてくれーーどうしてこんな事をーー?」
何故クロノを暗殺しようと企んだのか。エリスの答えはシンプルだった。
「私は……〝ミミナシのハーフエルフ〟です。…………エルフの里も、魔大陸にも……ましてや人間の住むこの聖大陸にすら、私の居場所は無いーー。それも何十年も…………何百年も生きながらえてしまう〝ハーフエルフ〟が、ですーー。それがどう言う事か……あなたにわかりますか?」
どこか悲しげに……訴えかけるように……エリスは戦う意志を失った目でこちらを見つめる。
クロノには……ほんの少しだけエリスの境遇が理解できた。
「…………正直、俺は大陸を跨ぐほどの冒険はした事が無いから、エリスの気持ちが理解出来るとは言わないーー。でも、少なくともーーエリスが選んだ選択肢が〝間違っている事〟だけは断言できるよーー」
「……だからーーあなたに一体私の何がっ!?」
「そんな悲しそうに感情を押し殺して……人を殺そうとする〝人間〟がーー幸せになんて絶対になれない!」
「っーー!!」
クロノの言葉に、青ざめた表情で歯噛みするエリス。
「…………じゃあ、一体どうしろと言うのですかーー?……居場所の無い私はこの大陸で……人間のフリをしながら生きるしか術は無いーーようやく得た信じられる仲間も……私がエルフの一族だと知ればすぐに目の色を変えて関わりを断とうとしたーー。……もう何度も何度も……。この世界はーー私が生きるには辛すぎるーー」
ポロポロッ、と涙を溢すエリスの事葉に……自身の姿を重ねるクロノ。
ああーー、丸でかつての自分と一緒だーーと。
エリスは首元に、自身の所有するナイフを押し当てる。
「っーー!!……何やってるんだエリスーー!?」
静かに目を閉じーー涙ながらに微笑むエリスは、最後の言葉を振り絞る。
「…………領主様ーーご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたーー。私はもっと……早くこうするべきだったのにーー」
「待てっ、エリスーー」
さようならーーそうエリスがクロノに別れを告げたーーその瞬間の事だったーー。
コンコンッーー
ドアをノックする音が二つ。
「クロノさん〜、明日の書類出来上がったのでお持ちしたのですが……今よろしいでしょうか?」
ピタリーーと一瞬止まったエリスの挙動に、クロノは反射的に身体が動く。
クロノはエリスの手元を掴んで、エリスの前に立ち回り、エリスを押し倒す形となったーー。
「っーー!!」
一瞬の不覚を許したエリスは、クロノの意図が読み取れ無いままに抵抗を諦めた。
「ど……どうぞ〜」
「失礼しまーー何しているんですか?」
部屋に入るや否や、第一声でジト目に代わるシェリカ。
「や……やぁ、シェリカ……。ちょっとエリスに体術を教わってたんだーー。エ、エリス。そろそろいいや。ありがとうーー」
「……クロノ様ーー何を、言ってーー」
クロノの意図を目線で察知したエリスは、そのままクロノにナイフを渡す。
「そ……そうですね。今日はこれで終わりとしましょうーー」
「ご主人様〜、さっき暴れてたような音したけど大丈夫〜?」
シェリカの傍から、ふと心配そうな声で問いかけるプルシュスカの姿がーー。
「……プルシュスカじゃないんだから、別に暴れてませんーー」
「えっ!嘘だよ〜、絶対何かしてたもん!」
ブンブンと尻尾を振ってぷりぷりと怒るプルシュスカに対して、手元でナイフをくるくると回しながらクロノは答える。
「だから……エリスに近接術を教えてもらってたんだよ……。だから、特に何も問題無い!」
ビシィッ、とナイフを向けてそう言い訳するクロノにーー何か裏がある事を確信しながらも、目を伏せて後ろを向くシェリカ。
「…………わかりましたーークロノさんがそう言うなら、〝そう言う事〟にしておきましょうーー。行きましょう、プルシュスカさんーー」
「え〜?絶対何かあったのに〜〜!?…………わかったーー」
終始尻尾を振って不満を露わに退出するプルシュスカ。シェリカはドアを閉める前に一つ、ウィンクだけ残して退出した……。
(ありがとうシェリカ……この恩は絶対に忘れないーー)
手を合わせながら、誰もいなくなった扉に向かって一礼をするクロノだったーー。
「ふぅ…………それで、エリス。君にはまだ聞きたい事があるーー」
月明かりが照らす中ーークロノは改めてエリスに向き直った。




