12. セントルイスのご令嬢
「ハッーーハッーーハッーーハッ!!」
「おらおらおらおら〜!……さっさとやらねぇと終わらねぇぞ!!」
「はっ……はいぃ〜!!」
はっきりって……今、俺はこのエドワード大先生が嫌いになりそうであるーー。
いやーー嫌いである。
今日のエドワードの練習メニュー
前菜:腕立て伏せ500回。
メインディッシュ:素振り500回
デザート:ランニング20キロ
ーー以上!
「ハッーーハッ……ハァ〜…………」
ようやくメインディッシュの素振りが終わり、七歳児が通る訓練内容では無いと、歯噛みしながらデザートに移行する。
「この屋敷から街まで直通3キロ強ってところか……キリがいいし、三往復してこい!」
「先生〜、その内容だと1キロ近くオーバーしてしまいます!」
「うるせぇ!……いいからさっさと行ってこい!!夕方までに帰って来なかったらメシ抜きだからな!!」
「えっーー?ええええええええっ!!」
しっかりと食べないと筋トレで欠損した筋繊維などが回復できずにむしろ逆効果になるのでは?
そんな当たり前体操的な正論はエドワード大先生の教科書には書いてないらしいーー。
「ハッハッハッハッちっーーちくしょおおおお!!」
「おうおういいやる気じゃねぇかーー!」
エドワードの練習メニューに負けたく無いと、全速力で街までの往復を試みる。
「ねぇ……あまりご主人様をいじめないで?」
うるうると瞳を潤わせて懇願するようなプルシュスカーー言葉のわからないエドワードだったが、しかし、今のエドワードはまるで鬼のように、その要望を却下した。
「何言ってるのかわからないが……その顔見れば言いたい事はわかるーー駄目だ……そんな可愛い顔してもな。あいつは今強くなろうと必死にもがいている……。それを邪魔しちゃいけねぇーー」
過去の自分に照らし合わせながら、心を鬼にして拳を握りしめるエドワード。
その思いが伝わったのかーープルシュスカも拳を握りしめる。
「それじゃあーー、せめてご主人様が帰ってきた時のごはん何か作ってくるね!」
とてとてーーと、屋敷へと戻るプルシュスカ。
「ふっ…………あいつは良い仲間に恵まれているなーー何言ってんのかさっぱりわからんけどーー」
……………………。
「お、終わった〜!!」
日が沈みかける頃合いになって、ようやくクロノのランニングが終了する。
とーー、そこに。
「お疲れ様ご主人様っ!はいっ!」
「ん?……なんだこれーー」
ちょっとぐちゃっとしたおにぎりとミルクの入ったコップが手渡される。
(ミルクって……あんまり飲まないんだけどなーー)
「ご主人様、いらなかった?」
悲しそうに耳をしゅんとするプルシュスカ。
「フッーーいいや、そんな事ないよ。ありがとう、プルシュスカーー」
その言葉を聞いて、とても幸せそうにーー尻尾をブンブンと振って喜ぶプルシュスカ。
塩加減もめちゃくちゃで、ノリもべちゃっとしたツナの入ったおにぎり。
しかし何故かーー今のクロノにはとても美味しく感じられた。
最後に、一気にミルクを飲み干す。
「ぷはぁ〜!……あんまり飲んだ事無いけど、意外とミルクも良いもんだなーー」
「っーーほんとっ!?」
そんな二人の様子をーー遠巻きに眺めるエドワード。
「ふっーー、一日目はこんなもんかな。しばらくは筋トレ主体のメニューになると思うが……まぁ、あいつなら大丈夫だろうーー」
夕飯前に軽く食べる分には、ちょうどお腹に染み渡る量で満足げなクロノであったーー。
……………………。
その日の夜ーー。
「先生…………これは、何ですか?」
「大食いだ」
事件が起きたーーそれは、全ての練習メニューを終えた後の出来事だったーー。
「美味しいものが食べられるのはありがたいのですが……なんで?」
「たくさん食えばそれだけ、筋力が増やせるからな!さぁ、思う存分食え!」
さっきのメシ抜き発言は一体なんだったのか……。練習をこなせるかどうかで天地の差にも程がある。
「…………い、頂きますーー」
明らかに子供一人分ではない量のご飯と、用意された店食用の鍋。
今日の献立は鶏鍋らしくーー先ほどからプルシュスカがよだれを垂らして傍で見ている。
「…………おいしそう」
目を輝かせるプルシュスカに、エドワードは静止をかけた。
「我慢しろーープルシュスカ。これはこいつの食う分だ。お前の分は別でよそったから……これでがまんするんだ」
普通に子供一人分のおぼんを手渡され、その上に乗った鶏鍋を見てやったー!と両手をあげて喜ぶプルシュスカ。
量が少ない食事を羨ましいと思うのは、正直初めてかもしれないーー。
「……こ、これはキツそうだーーいただきます」
残せば明日の練習量が増えると脅され、夜中までかけてやっと平らげたのだったーー。
……………………。
「割と消化が終わるとなんて事ない……いい塩梅の量だったと思えるの不思議だよなーー」
鍋という特性もあってか、そこまで胃が重たくは無い。
献立までしっかりと考えられてのメニューなのだろうかと、今更ながらエドワードを尊敬する。……ちょっと嫌いにはなってたけど。
「食にまで気をつけて身体を鍛えてーー〝剣帝〟の名は伊達じゃ無いって事だよなーー」
改めて思い返すと、黒い大蛇との戦いでエドワードはたったの一つもスキルを使っていなかった。
あれだけたくさんのスキルを取得するまでにどれだけの修練を積んだのかわからないが……並大抵では無かったハズだ。
素の身体能力であれなら……本気を出すと一体どうなるんだーー?
「……そう言えば先生、大剣を使わずに腰に付けている方の剣で戦ってたけどーーなんでなのかな?」
不思議で仕方ない様子のクロノだったがーー今はただ瞳を閉じて眠りにつくのだったーー。
……………………。
それからしばらく、エドワードによる筋トレ練習が始まったーー。
二日目は昨日のメニューに加えて、逆立ち練習というものが加わった……。
「せ……先生、これ……本当に意味があるんですか?」
「ああーー身体の複雑な動き方を練習する前の準備運動みたいなもんだーー体幹を鍛える意味もある!!」
各練習前に、十分間逆立ちを行うという簡単なメニュー……じゃなかった。
長時間やり続けると腕や足の負担より先にーー脳に酸素が行かなくなり、ぶっ続けてできるのは二分が限度だったーー。
「ひぃ〜、きっつ〜ーー」
「はいっ!倒れたらもう一回立ち上がれ!」
「ひぇええええ〜」
逆立ちが終わると通常の練習メニュー。
練習メニューが終わると逆立ち。
意外にもやれば慣れるものかーー練習メニュー最後のランニング後にする逆立ちは最初よりは格段に楽に感じられたーー。
三日目ーー。
何故かーープルシュスカも一緒に筋トレに参加する事になったーー。
聞けば俺と一緒に修行したいとの事だが……本音を言えば修行後の大盛りご飯が食べたいというのが大きいのだろうーー。
エドワードも、切磋琢磨する相手がいれば訓練効率があがるとの事で、プルシュスカの合流を許諾した。
結局ーー
「ハァ〜疲れたぁ…………」
「はいっ!お疲れ様、ご主人様!!」
何故か……全くと言って良いほどに疲れた表情をしていないプルシュスカ。
「亜人が身体能力高いは本当だったんだなーー」
「……ああ、こりゃかえって逆効果だなーープルシュスカは訓練から外そうーー」
俺の気がもげないうちに、クビになるプルシュスカだったーー。
ちなみに、拗ねると面倒なのでご飯だけは大盛り続行にしてあげるらしい……。この財源、どこから出てるのだろうかーー?
……………………。
七日目の夜ーー。
「ふぁああああ……今日も疲れた〜」
最近、気のせいか身体が軽くなっている気がする。
たった一週間だが、継続する事で身につく習慣の力というか、慣れる事で負担が軽くなるというのは本当らしい事を身を持って証明したーー。
最初はきつかった腕立て伏せも、今では十回くらいなら軽くこなせる。……量がバグると、相対的に基礎身体能力も少しずつバグり始めるという事なのだろうかーー?
明日は何か……不穏な事が起きる気がするーー。
「何も起きなきゃいいけどなーー」
……………………。
次の日の朝ーー。
ついに……来てしまった。
問題が発生したーーなんて生優しいものでは無い……まるで台風が来たような……そんな感じだ。
いつも通り四人で囲って朝食をとっていると、玄関をノックする音がーー。
「はぁ〜い、今出ますーー」
ガチャリッーーと扉を開けたそこにいたのはーー。とっても笑顔な様子のシェリカさんだった……。
「お久しぶりですシユウさん。……お手紙、ちゃんと届いていたでしょうか?」
「シェ……シェリカーー」
……………………。
相変わらず、この子は行動力お化けである。
手紙が届いて僅か八日で来てしまったのだからーー。
「シユウさん……私、ご迷惑じゃありませんでしたか?」
子供ながらに妖艶な紫色の瞳で上目遣いをするシェリカ。このあどけない表情に騙される大人はきっと多いのだろう……。
「ま……まぁ、狭いところだけどゆっくりしていってよーー」
一言一句がハラハラさせられるという点を除けば、別にシェリカが訪問する事自体にはなんの問題も無いーー。
「まぁ!ありがとうございます!シユウさん♪」
手を取って笑顔で微笑むシェリカ。小悪魔的と言うか何と言うか……いずれ大物になるのは間違いないだろうーー。
「あ、そうだ!シェリカーー護身用の短刀ありがとうな。……おかげで役にだったよ」
「そんな〜構いませんよ!だって……クロノさんへの贈り物ですから……万が一の事が無いように、〝アースメタル〟でできた一品にしたのですよ!」
(あ…………アースメタル!!……世界最高純度の鉱物!?)
驚愕の表情をするクロノに、クスクスと笑いかけるシェリカ。
「ふふっ、そこまで喜んで頂けたなら、送った甲斐がありました♪そうだーー!これ、貢ぎ物です♪」
「貢ぎ物って……そんな高貴な屋敷でもあるまいしーー」
シェリカがさっと案内する後方には、馬車いっぱいの高そうな品の数々がーー。
訂正ーーシェリカが訪問すると問題が発生しそうです。
「シェ……シェリカさん?これは一体ーー」
「ふふっ♪シユウさんの事だから、実家に嫌がらせされてお母様の遺産や屋敷への仕送り金など色々な面で不自由されていると思い、無用とは思いますがーー念の為に持ってきました!」
(さすがはシェリカさんーー全部見透かされてる!)
「い……いや、貢ぎ物って……これ、一体いくらくらい……相当値段張るんじゃ?」
王都でも滅多に手に入らない最上級の〝エンジェルシルク〟から、毒や大怪我すら一瞬で治るーー聖女しか作れない程の高純度の〝大聖水〟に、少量だがオリハルコンより硬いと言われる世界最高の鉱物である〝アースメタル〟まで……間違いなく王族に献上するようなーー貢ぎ物なんていうレベルを遥かに超える品々だったーー。
「う〜ん……そうですね〜。ざっと見積もって、金貨100枚相当でしょうか?」
「きーー金貨100枚っ!?」
(金貨100枚って……いくらだっけ?銅貨100枚で銀貨一枚……銀貨1000枚で金貨一枚……金貨100枚でーーいくらだっけ!?)
プルシュスカの薬代が金貨50枚ーー母様の遺産も同額だ。
こんなものーー辺境領主に送る貢ぎ物じゃないーー絶対!!
「シェリカ……さすがにこんなにもらっても、俺には返せないよーー。……そのーー」
受け取れないーーそう言おうとした矢先に、シェリカが倒れ込む。
「シェ、シェリカ!?」
「シユウさん……わたしはただ、シユウさんの住むこの《エンドラ領》がもっと豊かに……もっと発展して行く事を願っているだけなのです。……そのお気持ちすら…………受け取ってもらえないのでしょうかーー?」
ほろりーーと、どこで覚えた演技なのかーーシェリカの瞳から一雫の涙がこぼれ落ちる。
演技だとわかってても……演技じゃないというもしかしたらに釣られて、つい受け取ってしまう。
「わ、わかったーーわかったから。……それじゃあ、せめていずれ返すという形でならーー」
「っーー!!シユウさん…………よかったーー」
手元の涙を拭うそぶりがまた、童心を掻き立てる。
ドキリッーーと、頬を赤らめたその小悪魔的な笑顔は本心にも見えて……心をくすぐってくる。
「あ、ああーー。でも本当にいいのか?もしここの統治が上手くいかなかったら返せないかもしれないぞーー?」
そう言うとシェリカは、ポンッと手を叩いた。
「わかりました!それじゃあーーわたしをここで雇って頂けませんか?」
「……………………は?」




