08. 剣帝エドワード
「んじゃ改めてーー俺はエドワードだ。まさか、おめぇがここの領主様とはなーー。全く……昼間は俺のことダマくらかしやがってよぉ〜……まぁ、過ぎた事だ。気にしちゃいねぇよ……よろしくな、〝領主〟ーー」
エドワードと名乗った剣士は笑顔でニコリと微笑む。
別に騙した訳ではない……ただ、勝手に勘違いされただけだーーと目線で訴えるクロノ。
「初めまして。《エンドラ領》の現領主ーー《クロノ・ゼルディウス・エルロード》です。この度は剣術指南役を引き受けて頂きありがとうございます。細かい指導内容などは後にして、とりあえずーー」
と、そこでエドワードの方からストップがかかる。
「待ったーー。俺はまだおめぇの剣術先生やるとは言ってねぇぞーー?」
「ーー?えっと……どう言う事でしょうかーー」
エドワードの意図がつかめず、クロノは困惑する。
「シンプルな話だーー。俺が剣術指南をするかどうかはおめぇの力量を見て判断する。素質がねぇのに教えるってのも酷なこったからなーー。剣の世界ってのは甘っちょろいもんじゃねぇんだ…………文句はねぇだろ?」
確かにーー道理ではある。
しかし、品定めされているようで釈然としないクロノだったがーー、同時に良い練習の機会だと、心の内に燃えるものがあったーー。
「なるほど……。いわゆるテストというやつですねーー。わかりました。それでは、表でやりましょうーー!」
木刀を持ち、外へ出ようとするクロノーーしかしーー。
「おめぇ……こんな夜更けにやるバカがいるか!明日の朝だ朝!……今日は一日中歩き回って疲れちまったしーー飯だ!飯をくれっ!」
…………アーモンドの言っていたとおり、やはり変わり者であるーー。
……………………。
翌朝ーー。
「いいか、どちらかが参ったと言うか降参したらそこで終わりだーー!」
クロノは一つ、疑問に思う。
「…………あの〜、参ったと言うのと降参するのとでは何か違いがーー?」
たぶん、一緒である。
「ん……?ああ、そうかそうか!どちらかが参ったというか降参するか、〝気絶したら〟だ!!始めるぞーー!!」
(…………やっぱり、この人天然だなぁ〜。なんていうか……あまり剣術に詳しく無いけど隙だらけな構え方だし相変わらず大剣持ったままだし靴あれ屋敷用のスリッパだしーーいろいろデタラメ…………)
内心の評価は今のところ芳しく無いーー。
しかしクロノも本気である。
互いに木刀ーー互いに初見。しかしクロノには軍配が上がる秘策があったーー。
(いくら試験とはいえ……いや、試験だからこそ本気で行かせてもらわなきゃなーーステータスチェック!!…………!!これはーー!!)
クロノとエドワードが相対するその少し離れた位置で、両者を見届けるように佇むアーモンドがーー。
「ふむ…………エドワードの奴はまるで、やる気が無いような格好じゃの……?手加減は良いが、クロノ様はおぬしでも侮れんぞ?」
「ご主人様〜!頑張って〜〜!!」
審判は無し。全てはエドワードの独断という形式で試験。
「それじゃ…………いくぜ、〝領主〟!!」
「はじめっーー!!」
アーモンドの掛け声から僅か一秒足らず……エドワードがクロノの目の前まで一気に距離を詰める。
その距離ーー約十メートルを一瞬でーーである。
「っーー!!」
エドワードが木刀を振るう瞬間、クロノは《未来眼》を使い、エドワードの動きを先読みする。
(斜右下から対角線上に振り上げる一刀ーーこのゼロ距離だからこそ死角になる一撃か……早すぎる!!)
間一髪ーー、木刀を構え防ぐーーが、
「っぎぃ〜!重ったいーー!!」
数メートルの距離を一気に吹き飛ばされるクロノ。
今の一太刀で分かる……エドワードは明らかに只者ではない事が。
しかし当の本人であるエドワードもまた、クロノの力量に唖然としていたーー。
「おいおい……嘘だろーー?」
吹っ飛んだ勢いで頭がクラクラするクロノだったが……ギリギリで持ち堪える。
(手加減したとはいえーー確実に吹っ飛ばすつもりで切り込んだ一撃ーー。今のを食らっても意識を保ててたら指南役の件引き受けてやろうと思ってたんだけどなーーなるほど、アーモンドがわざわざ頭を下げてまで頼みにくるだけはあるーーこいつは面白ぇ…………)
しかし驚愕しているのはむしろ、エドワードよりクロノの方である。
「やっぱり……こいつ、ステータスが以上に高すぎるーー。こんなん化け物じゃねぇかっ!?」
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エドワード・ヴァン・ベルセルク 18 男
ステータス 《筋力》562《敏捷》363
《知力》266《反射》432
《体力》681《魔力》305
所有スキルーー 《瞬速》Lv5 《空脚》Lv4
《斬波》Lv5 《剣圧》Lv5
《重心》Lv3
特殊効果1 《剣気》
特殊効果2 《抵抗の逆襲》
特殊効果3 《守りの誓い》
エクストラスキル《剣炎の覇者》
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「とくに筋力が異常に高い。……たぶん、今の一撃だってだいぶ手加減していたけれど……それでもこの威力だ。それにこの反射……俺が《未来眼》で読んで防いでも、そこから反射で攻撃の軌道を変えることなんて十分にありえる……。今まであった中じゃキツネガミと厄災の化け物を除けばーーダントツで一番手強い……本当に強いっ!!」
たった一太刀でーークロノは悟った。
今の自分では、この男にどう足掻いたって勝てないーーと。
しかしそれ故にーー高揚感で満たされる。
〝絶対に負けたくない〟ーーと。
(現実的には無理でも……一撃くらいは絶対に浴びせてやるっ!!)
今度はクロノがエドワードへと突進する。
その息を快く受け止めるエドワードだったーー。
「へぇ〜、じゃあ……お手並み拝見といこうかーー〝領主〟!!」
エドワードは相変わらず木刀を差し出すようなぶっきらぼうな構え方で迎え撃つーーが、直前で足元の石ころを投げ込んだクロノが、エドワードの不意をついて死角からその懐へと潜り込む。
(この角度ーーこの速さーーこのタイミング!!ここだ!!)
クロノは体を反転捻り、下から穿つようにエドワードの足元を斬りつけるーーがーー
「っーーな!!あほな防ぎ方ーー!!」
デタラメ。まさにその言葉がクロノの脳裏を過ぎる。
エドワードの木刀の先端部分の〝切先〟に当たる部位ーーその僅か数センチの所で、クロノの全身全霊の一撃を防ぐ。
「ツメが甘かったなーー〝領主〟?」
「チッーー」
そこからさらに力を入れて木刀を振り上げたクロノはその反動を利用して体を回転ーー華麗に舞いながらエドワードと五歩離れた位置で向かい合う。
(本当にまじぃなーーこいつ、さっきからてんで本気を出すそぶりを見せねぇ……にもかかわらずこれだ。一体どんな奥の手隠してやがんのか……スキルを見たいけど、その暇すらなさそうだーー)
相対するエドワードは不適な笑みを浮かべ、クロノに問いかける。
「………なぁ〝領主〟、……一つ聞いてもいいか?」
「ーー?…………何だよ?」
唐突の問いかけに、一瞬困惑するクロノ。
「俺がおめぇに喰らわせた最初の一撃ーーなんで防げた?」
エドワードの純粋な疑問だった。
格下相手、甘やかされた貴族の坊主、たった七歳のーー子供。
そんな相手に、手加減したとはいえ、エドワードは仕留め損なったのだーー。しかも、自身が予想だにしない形でーー。
それが何故なのか……気になって仕方が無かったーー。
「…………教えてもいい。ただ、一つ、約束できるか?」
「…………何だ?」
クロノはパッパッ、と自身の服についた砂埃を払いながら問いかける。
「俺が今から言うことは絶対に誰にも言わねぇってーー」
クロノの真っ直ぐな目線を真正面で受け止めたエドワードは、静かに返答する。
「……ああ……約束する。この〝剣帝〟の名に誓ってなーー」
「っーー!!剣帝っーー!?」
クロノの表情が、目に見えて変わる。
「おや?言ってなかったっけか?……てっきり気づいてるものだと思ってたんだが……最初から警戒心バリバリだったしさーー」
警戒心があったのはエドワードのステータスを見たからではあるが……それは彼の強さの裏付けだからというものだったーー。
剣帝ーー。
(思い出した……。〝剣帝〟ーー〝剣帝エドワード〟!!……世界に七人しかいない剣帝の称号を持った天才剣士だーー)
クロノはエドワードという名の目の前の剣士に、改めて敬意を表する。
本来〝剣帝〟など各国が重宝する逸材だーー。それこそ、辺境の地で剣術指南をするほど、安い地位では無いーー。
それだけでも、エドワードの変わった人柄が伺える。
「でーーどうなんだ、おめぇはどうやって俺の攻撃をかわしたのか……教えてくれんのか?」
一瞬、クロノは頭の中を整理してーー風のせせらぐ音を皮切りに、答える。
「……………………俺は、未来が見える。《未来眼》ってスキルがあるからなーー」
クロノがこの事実を他人に話すのは初めての事であったーー。
「ねぇねぇ、アーモンドさんーーご主人様達何を話しているのですか?」
先程から続く二人の会話の内容が全く聞き取れないプルシュスカが、不満混じりに問いかける。
しかしそれはまた、アーモンドも同じであったーー。
「……そうじゃのうーーわしには二人の会話が遠くてよく聞こえませぬがーープルシュスカは聞こえるのかの?」
うんうんっ!と首を縦にふるプルシュスカ。
現在クロノとエドワードが戦っている地点は開始よりだいぶ離れたところにあったーー。
「……なるほどのう。やはり亜人であるプルシュスカは通常の人間よりも高い聴力を持っているのやもしれませんなーー」
二人が見守る中ーー、唾を飲み込みエドワードの返答を待つクロノ。
クロノの問いかけに対し……唖然とした顔をするエドワードだったが……
しばらくの沈黙の後ーー盛大に吹き出した。
「……………………ぷ、あっはははははははははっ!!」
「……な、何だよ?俺が嘘言ってると思ってんのか?」
自身の秘密を暴露したにもかかわらず片腹抑えて笑われるクロノは、思わずムキになって問いかける。
しかし、エドワードはーー
「あったりめぇだろお前!よりによって未来が見えるなんざ……ありえねぇよっ!……嘘つくならもっとマシな言い方しやがれ…………あははははっ!ああっ!こりゃあ傑作だーー」
クロノには未来が見えるーー。確かに一見、未来が見えるなど聞いてみればおかしな事だとは思うだろうが……スキルを使えばあり得ない話では無いーー。
自身のカミングアウトをここまで高らかに笑われると、クロノもあまり良い気分とはいかなかったーー。
「…………なんでそう言い切れるんだよ?」
クロノは問いかける。
未来が見えるーーそれを否定するのはただ馬鹿にしたからでは無い。
短時間だがそれがわかる相手だからこそ、エドワードの思うところが気になるクロノ。
しかしエドワードから帰ってきた返事はーークロノの予想を遥かに超えて理解の及ばないものだったーー。
「……あっ?だっておめぇよぉーー未来が見える奴なんざ……古今東西過去現在含めても唯一人だけだぜ?」
この世で……たった一人だけ。
「っーー!一体……誰なんだ!?」
自分以外に未来の見える者ーー。それが誰なのか、クロノの内情を思えば知りたくもなるのも無理はないだろうーー。
エドワードが語ったーーその者の名はーー。
「……………………〝厄災の魔女〟だーー」
「っーー!!」
〝厄災の魔女〟ーー。大陸中探しても、その名を聞いた事の無い者など一人もいないだろうーー。
五百年の時を生きる魔女。
十の国で百の大罪を犯した魔女。
一晩で一国を滅ぼした魔女。
アメリアの師匠〝炎帝ローラ〟を殺したーー魔女。
「っ!!俺のステータスの特殊効果ってーー」
ふと、自身の記憶の中に眠る違和感に気がつくクロノーー。
パパッと己のステータスシールドを展開してその内容を確認する。そこに書いてあったのはーー
「っーーあった!…………特殊効果2 《魔女の権能》。…………魔力の消費が85%軽減される事と、《未来眼》と《天啓眼》の使用限度が無制限に…………なる。」
不明だったパズルのピースが繋がっていくーーが、繋がっていけばいくほど、その埋まらない部分の謎がより色濃くなる。
《魔女の権能》ーーここから連想される人物など、今のこの状況で唯一人を置いて他にいないだろうーー。
(なんで……俺に〝厄災の魔女〟の能力があるんだーー。一体何故ーー?)
〝厄災の魔女〟のステータスを確認した事はないが、おそらく彼女にも同じスキルがあるだろう事を思案するクロノ。
しかしそれなら何故ーークロノに〝厄災の魔女〟と同じ能力があるのかーー考えれば考えるほど、思考が絡まってうまく理解できない。
そんな中ーー、一人でぶつぶつと呟くクロノを前に、眉をひそめるエドワードだったーー。
「おい……お〜い!……大丈夫かおめぇ?」
エドワードの声を聞きハッとなるクロノ。
結局考えても謎はわからないまま……。
しかし今は、それよりも大事な事がある。
「そうだーーまだ勝負の途中だ……。いろいろ気になって集中もだいぶ削がれたけどな…………」
それからしばらく、両者一歩も譲らぬ鍔迫り合いが続く。
カカカカカカカッカキンッーー!
エドワードが振るった木刀を、ギリギリでクロノが弾き飛ばし、反転して懐に入ったクロノの一撃を、エドワードが軽く薙ぎ払うーー。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァッーー」
(この〝領主〟ーーなかなか筋がいいじゃねぇか……。まさか……ここまで楽しめるたぁ、思ってなかったぜーー)
体力的にはクロノの方が圧倒的に限界が近くなってきていた。
「ふぅ…………このままじゃらちが明ないなーー」
膠着状態が続く中、クロノは一つエドワードに対して提案する事にした……。
「なぁ!一つ良い勝負方法を思いついたんだけどーーどうだ?」
エドワードに問いかける。
「ん?何だ、勝負って?」
その〝勝負〟をする為に、クロノはエドワードから距離を取る。その距離およそ二十メートル。
「三、二、一の合図でお互いにすれ違う瞬間斬り合うっていう勝負方法なんだけどーー勝敗は……斬られた方ならわかるだろ?」
高らかに木刀を差し出して、自慢げにクロノは挑戦を叩きつける。
それをエドワードもまた、笑って快諾した。
「……いいだろう。その勝負ーー受けてやる」
両者位置につきーー、互いに身構える。
やがて風のせせらぐ音だけが響く程の静寂が訪れるとーーカウントダウンを開始した。
「3!」
「2!」
「……1」
「「〝ゼロッ!!〟」」
両者ーー走り出す。
すれ違いざま同時に、スパーンッ!!と、木刀の弾くけたたましい音がする。
そしてーー勝負に勝ったのはーー
「…………まさか、俺がおめぇみたいな子供に一太刀浴びせられるとはなーー。〝降参〟だーー」
クロノの方であった。
……………………。
最後の一瞬、クロノはスキル《隠密》を発動した。
姿が消えきらないーーしかし、その存在を見失う一瞬を作り出して、すれ違う瞬間にクロノは木刀を叩き込んだのだ。
それでも尚ーーその差は僅か一センチ。あとほんの一瞬抜刀するのが遅ければ、負けていたのはクロノの方であったーー。
《未来眼》と《隠密》の二つのスキルを使ってーーようやく通常のエドワードに一瞬差で勝利したというクロノの内情は、勝った嬉しさよりもそれだけの条件が揃ってようやく五分に持ち込める程、力の差がありすぎるという焦燥感であったーー。
(……もし、あいつが大剣を降ろして戦っていたら……ちゃんとした靴で戦っていたら……スキルを使っていたら……《隠密》の事がバレていたら……負けていたのは俺の方だったーー)
楽観はできないーー。今の自分は、まだまだ世界では格下なのだからーー。
「これが実践だったらーー間違いなく負けていたのは俺だったーー。……実践なら逃げ切れるかどうかだって怪しいしなーー」
もっと強くならなければならない。
その為にも、〝剣帝〟から学ぶ機会を得たクロノは静かに、その喜びを噛み締めたーー。




