04. 名前
ー五年前ー
「おらっーーこっちに来い!!」
「エドレドナッーーナタプーシャカ!!」
魔大陸に攻め込んだ軍の者たちが、捕虜となった者たちを拘束して連れていく。
「総督ーー少し、よろしいでしょうかーー?」
「うむーー何だ?」
黄金のたてがみのような髪を靡かせながらーー〝覇気〟を纏う剣士が一人。
《カイザー・レ・アルア・グランレギオン》ーー。世界に七人しかいない〝剣帝〟の称号を持ち、現〝聖天大使〟から《レ・アルア》の名を授かった《四大英星》が一人ーー〝東方の戦神〟と呼ばれる男であったーー。
ちなみに、セリスの父親である。
「ここから帰還予定の我が国イーストランドまでは日数にしておよそ一ヶ月あります。その間ーー捕虜に食べさせる食料があまりに多く……兵士たちから不満の声が上がっているのですが……いかがいたしましょうか?」
ドラゴン大橋と呼ばれる聖大陸と魔大陸を繋ぐ橋は長く、魔大陸の軍からの追撃を避けながら自国へと帰還するには当然ーー道中での戦闘や夜間の見張りなどに割く人員も増加する。
戦争の終わりには必ず直面する問題の一つであったーー。
「確かに……今ここにいる亜人族全てを賄うには食料不足は否めんなーーが、それは却下だーー」
「それは……何故でしょうか?」
腹心の兵が跪きながら、疑問を呈す。
「このまま野放しにすれば彼らの怒りや憎しみは増大し、やがて我々へその牙を突き立てる事になるだろうーー。此度の捕虜だけでもその数一千は超えると聞く。それだけの兵が敵に付く事は避けたい……」
「それでしたら……いっそここで皆処刑してしまってはーー」
「それも却下だーー」
ガコンッーーと自らの大剣を地に突き刺し、圧倒する。
「罪のない者、家族を失った者達に我らが道理で命を断つのは勝手が過ぎるーー。たとえ奴隷に落ちたとしてもーー生きる限りその希望がゼロになる事は無いーー」
「っーー!!わかりました……捕虜は全て、総督のご命令通りに連行しますーー」
兵が立ち去りーー風が靡く。そのたてがみをゆらゆらと揺らしながらーー。
(そうだーー。たとえ行き着く先が地獄でも……救いの手を差し伸べる者がいればーーいずれあるいはーー)
……………………。
「それじゃあ……本当にこいつでいいんだな?」
奴隷商の男が、しぶしぶとした顔でクロノに視線を流す。
「ああ。それでーー契約の方はどうすればいいんだ?」
両手両足に付けていた鎖を外し、少女を檻の外へと出したクロノ達は受付へと戻り、商談の話をしていたーー。
「こいつは元々殺処分する予定だったからなーー。代金はいらねぇーー」
「ーー!いいのか、それでーー?」
クロノは目を丸くしながら奴隷商に問いかける。
「ああーー、殺処分するにしてもどのみち金がいる。それが浮いたと思えば……何て事は無いーー」
少々拍子抜けしたように、クロノは肩をすくめた。
「君もーーそれでいいかい?」
対面して椅子に座る亜人族の少女を前に、クロノは問いかける。
「はいっーー私でよければこれからよろしくお願いします!えっとっ…………その……ご主人様っーー!!」
ニコッーーと満面の笑顔で挨拶する。
「ご……ご主人様って…………」
「よかったな領主。これでお前も立派な貴族の仲間入りだーー」
「…………世間の貴族に対するイメージどうよ…………」
呆れ顔でぶつぶつとぼやくクロノ。
ため息一つついた後、笑って再び向き直る。
「わかったよーー。改めてよろしくな、プロメーー」
そうーー言いかけて、固まった。
(そうだーープロメアって名前は前の商人が付けた〝奴隷〟って意味の名前だーーそうだな……一体なんて呼ぼうかーー?)
クロノの意図を汲み取った少女はーーどこか申し訳無さそうに口を開く。
「……構いませんよ?その……ご主人様になら私、その名前で呼ばれても…………」
「でもお前なぁ……あっ!!」
とーー、そこでクロノは一つの閃きを思い浮かぶ。
「なぁ奴隷商〜?奴隷の名前って変えてもいいものなのか?」
クロノの急な問いかけに何事かと身構えていた奴隷商だったがーー内容に拍子抜けしたのか、しかめっ面をした。
「ああ?当たり前だろーー。奴隷なんだから好きに名前を付けてやればいいーー」
「そっかーーわかった」
クロノはしばらく考え込む。
亜人族の奴隷の少女。
そんな呼び方ではなくもっとこの子を形容したーーちゃんとした名前をつけてあげたい。
そう言う思いをーー意図を、必死で手繰り寄せるようにうなり……黙り込む。
「…………ご主人様?」
いくばくかの沈黙の後、意を決したようにクロノは口を開いた。
「ーーよしっ、決めた!!今日から君の名前は《プルシュスカ》だーー!!」
「っーー!!プル……シュスカーー!!」
どこか満足そうに、ほっぺを赤らめながら嬉しそうに何度も繰り返し囁きかけるプルシュスカ。
その笑顔はまるで……親から宝物をもらった事を、心の底から喜ぶ少女姿そのものであったーー。
「プルシュスカかーーなるほどな。なかなか良い名前をつけるじゃねぇか、領主様よーー」
「ああ、この子にはいつかーー人間と亜人族を繋ぐ〝架け橋〟になって欲しいーー。そう……思ったからなーー」
プルシュスカーー亜人族の言葉で《架け橋》と言う意味の言葉だ。
「改めて、これからよろしくなーープルシュスカ!!」
「っ!!はいっーー!!これからよろしくお願いします!!ご主人様っ!!」
喜び、嬉し涙まで溢れてきたプルシュスカ。
そこでパンッーーと、キリの良いところで奴隷商が手を叩く。
「それで、領主様よーー。〝奴隷紋〟についてはどうするんだ?」
「奴隷紋……?ああ、あの強制的に従わせるあれか〜。すっかり、忘れてたーー」
奴隷紋ーー対象となる者に隷属を強制する力を込める魔法である。
主に扱えるのは闇属性魔法である《隷属魔法》を扱える者か、それを代替できる魔道具を所有する者ーー中にはスキルでそれを使える者がいると言う。
一般的には奴隷紋は上書きできず、また、奴隷紋を施された者は主となる者に逆らう事ができない。
故に、国際法で厳重に使用が制限されたーーある種の〝禁術〟に該当する魔法である。
あくまで、人間に対して使用する場合に限っての話ではあるがーー。
ずっと奴隷として生きてきたプルシュスカが、ようやく人並みに生きる希望を見出す事ができた。
そんな彼女にとっては、今更〝奴隷紋〟を付けるかなど、どちらでも良い事だったーー。
しかしーー
「…………ご主人様になら、つけられてもいい……ですよ?」
ボロボロの服を捲し立てて、お腹を見せるプルシュスカ。
奴隷紋はどこにでも付けられる上、日常的には見えないように隠す事も出来る。その為ーー、各々好きな所に付ける事が多い。
亜人にとって腹部を見せる事は、相手に対して降伏や隷属を意味する事が多い為ーー、この場合はクロノに懐いているプルシュスカの思いの現れともとれる。
が、しかしーー
「…………はぁ〜。いや、いい。奴隷紋はいらないから、今プルシュスカに付けてあるやつを解除してやってくれーー」
「…………えっ?」
クロノの反応に、ちょっとだけ残念がるプルシュスカ。
「おいおい……良いのか?万が一逃げられでもしたら赤字食うのはお前だぞーー?」
奴隷商の言う事はもっともだったーー。
薬代で金貨五十枚。そんな大枚を叩いて、奴隷を買って奴隷紋を付けないなどーー前代未聞の事態だっただろうーー。
「……ご主人様、なんで?」
すこし寂しそうに、プルシュスカが問いかける。
「…………まぁ、逃げられたらそこまでの事だ。俺は無理やり誰かを付き従わせるような事はしたくないんだよーー。だから、君には奴隷紋は使わないーー」
よしよしーーと頭を撫でる。
その発言は意外だったのかーープルシュスカの頬が再びぽっと赤く染まる。
「…………ハァ、わかったよ。そこまで言うなら止めねぇーー好きにしな」
「悪いなーー結局一銭も払う事が無くってさーー」
あどけなく笑うように、クロノがおちょくるように奴隷商を流し見る。
「アホぬかせ。ほらよっーー」
クロノの手元に、少々大きめの瓶が手渡される。
「ん?っーー!!これってーー」
丸い蓋の瓶の中に詰められた緑色のドロっとした液体。
クロノは瞬時に理解した。
「そいつが〝亜染病〟に効く薬だ。代金はツケといてやるから、金が用意出来たら持ってきてくれーー」
その言葉に、クロノは唖然とする。
「……いいのかよ、これーー高いやつ何だろ?もし俺が持ち逃げしたらーー」
「フンッ!奴隷紋一つ付ける度胸もねぇ矮小なガキがツケ踏み倒せるかよーー。それに、身元もきっちりバレてんだーー。万が一踏み倒そうもんなら屋敷に乗り込みに行ってやるから覚悟してろーー」
冗談めかして笑う奴隷商を前に、クロノの……己の中での奴隷商と言う職業への認識が一変する。
彼らは決してーー奴隷をモノのように売り買いするだけの者達ではない……。ちゃんと話の通じる、血の通った人間なんだなーーと。
「フッーーわかったよ。資金が調達でき次第ーー持ってくる。行くぞ、プルシュスカーー!!」
「はっ、ーーはいっ!ご主人様っ!!」
満面の笑顔で旅立つプルシュスカの背中を、奴隷商は笑って静かに見守る。
「……よかったなーー。良い主に出会えて。こいつはいずれ必ずーーこの辺境の土地に収まらない……とんでもねぇ領主に化けるぜ!」
こうしてーー《エンドラ領》にて初めての仲間ができたクロノ。
久々に外の空気を吸うプルシュスカは、とても満足げに笑みをこぼしていたーー。




