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03. 亜人族


「イセムプブティーーシャハムヘセラッーー!!」


(あっ…………ああっーー)


人が……たくさん死んでいくーー。


「アジャムタヤッーーサルバパヘソプレッ!!」


(嫌だっーー行かないで……父さん……母さん……)


「アジャムタヤ、ケルベペヘセローークラシャムヤハッーー」


(嫌だよッーーもっと一緒にいたいよ…………なのになんで…………なんで…………)


「◾️◾️◾️◾️◾️ッ!!」


「っーー!!」


目をーー覚ます。


とーー、今度は全身を駆け巡る痛みと気だるさに苛まれる。


寝ている間は永遠に忘れられない悪夢と恐怖をーー。


起きている間は病に侵される苦しみと絶望をーー。


未来の無い奴隷の彼女に願えるのはただーー早くこの苦しみが終わる事だけであったーー。


「ナヒィ、ヤミィーー」


愛する両親の顔を思い浮かべながらーー暗闇の中に意識が溶け込んでいく。


……………………。


『ねぇ君ーー大丈夫?』


そこにーー、一人の少年の声が聞こえる。


いつもの理解出来ない言語じゃなくーー彼女のわかる故郷の言葉だ。


『なんて呼べばいいんだろうーー君の名前は?』


耳がぴょこんっ、と反応する。


栗色の大きなくりくりっ、とした瞳をゴシゴシと擦り……檻の外へと目を向ける。


「ベリッシュ……パカー…………?」


少女の反応に、クロノは大きく目を開く。


「聞こえた…………通じたーーのか?」


しかし、驚いているのはクロノだけではなかった。


「お前……何もんだ?奴隷商でも無いのに亜人語がわかる奴なんてそうそういねぇぞーー」


しかしーーそれも束の間。


「っーー!!イヤァァアッ!!パサベロニカッ、シブププレッ、ラターシャァ!!」


「うわっ!……どうしたんだ!?」


クロノの顔を見るや否や大声で叫び恐怖を露わにする亜人族の少女。


「まずいっーー発作だ!」


亜人族の少女は酷く怯えた表情で……後ろずさりながら縮こまって小さくすくんでいる。


「……アジャラータ……ヒィッーーアジャラーターー」


茶色い髪をくしゃり、と両手で掴みながら、上目遣いで警戒する。


少女は目尻に涙を浮ばせながらーー泣き叫ぶように助けを乞う。


「ナタムシャカーヤ……アジャラータ……」


「落ち着けっ!おいっーー」


「イシャラーヤッ!!イラッ、アジャラータ!!」


涙ぐみながら抵抗する少女に対して、奴隷商は無理やり額に手を当てて《奴隷紋》を発動させる。


「キヤーラッ……アジャラッーーガアッーー。」


電流を流されるような力で強制的に気絶させられた亜人族の少女は、そのまま涙を流しながら倒れ伏したーー。


「一体どうしたって言うんだよっ!?」


声を荒げて問いかけるクロノ。


「…………言ったろ?こいつは〝訳あり〟だってーー。病気も言葉もそうだが何よりーーこいつは襲われた時の精神的ショックで人には懐かねぇ……。誰も飼いならせねぇんだよ。」


奴隷商の言葉に絶句する。


〝飼い慣らす〟というワードが当たり前に出てくる事に対して、酷く嫌悪感を表した。


「…………なぁ、もう一度起こしてくれねぇかーー?」


亜人族の少女の前に跪き、奴隷商に頼み込む。


「……なぁ、悪い事は言わねぇからこいつはやめておけーー関わるだけ無駄だ。お前が不幸になるだけだ。それこそ〝厄災〟みてぇになーー」


厄災ーーか。まるでどっかの誰かみたいだなーー、と心の中で嘲り笑う。


それならなおさらーー放っておく事が出来なかったーー。


「…………頼む」


意地でも引かないクロノに対して、両手を上げて奴隷商はお手上げのポーズを取る。


「…………わかった。ただし、次発作が起きても俺は何もしないからなーー」


「わかったーーそれでいい」


奴隷商は亜人族の少女の額に手を当て、《奴隷紋》を発動する。


どうやら今度は電流を流すような強烈な刺激では無く、睡眠から引き起こす緩やかな強制力のようだ。


「……うっーーふぁ?」


朧げな景色に頭を軽くゆすって、静かに瞳を開く。


が……やはりーー


「っーー!!ヒィッーーアジャニア、ベヘッーー」


クロノを見るや否や再び恐怖の色を顔に表す。


どうやら彼女の中にある人間への恐怖心はよほど根が深いらしいーー。


「エルププレッーーシャヒャアッ!!」


しかしクロノも、亜人族の少女の腕を掴み、訴えかけるように言葉を紡いだ。


『聞いてくれっ!大丈夫だーー俺は君を傷つけたりしないーー絶対に!!』


『イヤッーー離してっ!!こっちに来ないでっ!!』


先程のように檻の中で縮こまる亜人族の少女。


正直クロノ自身、手詰まりの状態だったーー。


(このままじゃ、彼女を救えない……一体どうしたらーー)


亜人族そのものを初めて見るクロノには、彼女とまともに会話できる器量など持ち合わせてはいなかったーー。


それでもーーやるしかない。


『大丈夫だーー。大丈夫……大丈夫だからーー』


少女の顔を抱き寄せて、ゆっくりと、ゆっくりとーー語りかける。


『離してっーーイヤッーー!!』


少女は爪をーークロノの背中掻き立てる。


『痛っーー!!』


『フゥーッ……フゥーッ……フゥーッ』


ガリッ、ガリッ、ガリッーー


亜人族特有の発達した鋭い爪がクロノの腕や背を引っ掻き、真っ赤な血がしたたり落ちる。


「お……おい、お前っーー」


それでもーークロノは抱き止める手を離さない。


『大丈夫…………大丈夫だから。君を傷つける奴は、ここにはいないーー』


頭を撫で下ろし、ゆっくり……ゆっくりと、言葉を投げかける。


『フゥーッ……フゥ……フゥ…………』


やがてしだいにーー少女のクロノへの抵抗は落ち着き、引っ掻く手も気が付けば止まっていたーー。


「お……おい、お前……大丈夫か?」


奴隷商の男が心配そうに問いかける。が、無理も無いーー。鋭利なナイフで何度も何度も切りつけられたかのように、クロノは腕、肩、背から何ヶ所も血を溢していたのだからーー。


「ま……まぁ、このくらいならギリギリ平気ーーかな」


少し青ざめた顔のーー血だらけのクロノを見て、呆れたような感心したような表情で驚く。


「お前すごいな……本当に貴族のボンボンか?」


そう思うのも無理は無いーー。


今のクロノの肝の据わり用は七歳やそこらの貴族からは程遠いものだったのだからーー。


「すまないけど、包帯と消毒取ってきてくれないかーー?かかっているのが亜人族特有の病とはいえ、他にも病気とかあるかもしれないし……さすがに今倒れる訳には行かないからさーー」


気づけば亜人族の少女はクロノの胸元で服の裾をギュッと掴んでおり、とても離れそうな状態ではなかったーー。


「っーー?ははっ……こいつ寝ちまってらぁ〜」


「えっーー?ちょっと、またーー?」


酷く疲れたような表情だが、どこか先程より少し落ち着いた顔で眠る亜人族の少女。


「待ってろーーもののついでだ。治療もしてやる」


どっと疲れたクロノもまた、その場で足を伸ばして落ち着きを取り戻すのだったーー。


……………………。


「よしっ!応急処置完了!!」


少し休憩して、対話を仕切り直す。


今度は落ち着いた様子の亜人族の少女は、クロノと対面してちょこん、と座り込んでいた。


(俺が何で亜人語がわかるのかーーそれは後でいい……。とりあえずーー)


『初めまして、俺はクロノだ。君の名前はーー?』


落ち着きはあるーーが、どこか挙動不審だ。


『わた……し?わたしは…………』


ふと、口に詰まる。


『わたし、のーー名前……はーー』


嫌がるそぶりを見せた少女を、見かねた奴隷商が再び呆れたように口を開いた。


「ああ〜……こいつは自分の名前を覚えてねぇんだーー。両親を失ってからなーー。前の引き取り手がつけた名前ならあるがーー」


何故かーー、言いづらそうに口篭る。


「なんだよーー、前の奴はなんて呼んでたんだーー?」


一瞬言うべきか迷った奴隷商はーー、観念したように吐き捨てた。


「…………プロメアだ」


「…………プロメア……プロメアってーーまさか!!」


「……ああーー亜人語で〝奴隷〟だーー」


一体どうして世界はここまで残酷なのだろうかーー?


いや、今まで侮蔑や嘲笑なら自分も受けてきたはずだーー。


(でもーーそれでも…………これだけの地獄で生きてきたこの子にそんな名前をつけるなんて……あんまりじゃないか!!)


「……………………」


誰も信じられる人がいない所で、鞭打つような苦しい日々を過ごしーー、侮蔑の対象のような名前をつけられ……一体どれだけの絶望をその小さな体で受けてきたのかーー。


想像するだけでーーはらわたが煮え繰り返るような思いになる。


『君はーーこの檻から出たいとは思わないのかーー?』


少し平静を保ちながら、再び少女に向き直る。


今の俺はあくまでただの客でしかない……。この子にとっても、この奴隷商にとっても部外者の一人……毎日来る見者客の一人でしかないのだ。


少女はどこか迷いながらーー、震えるような小さな声で答えた。


『わたし……はーー外には、出られませんーー』


『……どうしてだ?』


俯きながら、言葉を絞り出す。


『わたしはただの奴隷……ですから、そとには出られないんですーー。たとえ出られても……生きていく力……が、ありません』


確かに……言われてみればその通りだ。


奴隷だからと言って、解放されれば幸せな訳ではないーーむしろ見知らぬ土地で右も左もわからずに生きていく方が苦しむ事だってあるのだろうーー。


『それじゃあ君はーーどうしたいんだ?』


シンプルな質問ーー故に、言葉に詰まる。


『…………どうしていいか、わかりませんーーわたしには……奴隷として生きてきた記憶しかほとんどありませんからーー』


無理も無い。非常に残酷だが、おそらく彼女の住んでいた集落ももう、無いのだろうーー。


そもそも魔大陸に帰れるかどうかも怪しいのに……今更無い故郷に想いを馳せても苦しいだけだ。かと言って、信じられる人もいない、人間相手では恐怖で発作も起きる。自然に帰っても生きる術を持たないーー。


もはや彼女にはーー生きる術も行く当ても何もなかったーー。


ならーー


『じゃあ、俺の屋敷に来るか?』


『…………え?』


未だ虚ろな目線を、クロノに向ける。


『ちょうど来たばっかりで部屋がいっぱい空いててさ……生き方がわからないなら学べばいい。居場所が無いなら作ればいい。まだ、君の人生は終わってないよーー』


その言葉に、ほんの僅かだけーー希望を瞳に宿す。


しかしーー、そのかりそめの希望はすぐに闇へと塗りつぶされた。


『……お気持ち、ありがとうございますーー。でも……わたしは行けませんーー』


『……………………病気か?』


『………はい』


莫大な治療がかかると言う〝亜染病〟。特効薬が作られたのも最近で、使うのが亜人族しかいない為に、どうしたって流通量には限りがある高値の貼る薬だ。


「……なぁ、〝亜染病〟の薬ってどれくらいかかるんだ?」


ふとーー、奴隷商の男に問いかける。


「そうだな…………だいぶ安めに見積もっても金貨五十枚と言ったところかーー」


「…………そうか」


そんな大金、一人の奴隷に使う奴なんていやしないだろうーー。金貨五十枚といえば、一生遊んで暮らせる金額だ。


それこそ奴隷がどうしたって返せる額じゃ無いーー。


(母様の遺産を使えばギリギリ捻出できるかもしれない……けどーー)


元は執事のアーモンドが楽を出来る為に入った奴隷屋。


そこまでの金額を使えば、むしろ仕事量が以前にも増して逆効果でしかないだろうーー。


それでもーー


(今目の前にいるこの子を見捨てて領主になるくらいならーーこの子を助けて領主を辞める方が百万倍マシだなーー)


「…………買うよ」


「っーー!おい、正気か!?」


腹はーー決まった。


きっと母様だったらそうするだろうーー。


きっとアーモンドなら()()()()()()()()()でいてほしいだろうーー。


たとえ全財産投げ打っても……悔いはーー無い。


『君の薬代ーー。俺が出すよ。だからーー、一緒に来てくれないか?』


手を、差し伸べる。


『っーー!!……本当に……いいの?』


少女の瞳には、再び光が宿る。


『ああーー。新しい領地に来たばっかりで何も無い……名前だけの領主だけどーーそれでもよければ』


『っーー!!』


ぽろぼろ、と涙が溢れ落ちる。


一体今までどれだけ痛々しい茨の道歩いてきただろうかーー?


一体どれだけの間出口の無い暗闇を彷徨ってきただろうかーー?


一体何度救いようの無い絶望に苛まれてきただろうかーー?


彼女が数年振りに初めて見る光はーーとても色鮮やかで、今まで灰色だった世界に色を取り戻した。


ずっと願い続けてきた苦しみの終わりがーー救いだなんて夢にも思わずにーー。


『わたし……かえすあて、なんてないーー。大金なんて、稼げない……よ?』


『ああーー俺がそうしたいんだ』


クロノの言葉がーーだんだんと少女の胸にーー心に、染み込んでいくーー。


『本当に…………本当に、信じていいのーー?』


最後にもう一度、確かめる。


嘘じゃ無いーーそう言って欲しくて、懇願するように問いかける。


『ああ。俺が絶対ーー君の病を治して見せるよーー』


その言葉を皮切りに、我慢し続けてきた感情が悲鳴を上げたーー。


『う……うっーーうわあああああん!うわあああああんっーー』


手を取って、信じられる事が嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらない。


大声で泣き叫ぶ少女の邂逅はまさに、運命的な出会いそのものだったーー。

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