02. 奴隷の少女
「本日よりここの新領主となりました《クロノ・ゼルディウス・エルロード》です。若輩者ではありますが、みなさんよろしくお願いしますーー」
エンドラ領の中央広場にて行われた新領主の就任式。
はっきり言ってその成果は壊滅的とも言えるものだったーー。
辺境の領地ーーこれがいかなるものかを甘く見ていた己が今更ながら恥ずかしく思う。
現在の領民はおよそ五百人と言ったところだろうかーー?
前領主が在籍していたのが五年も前だった事もあり、三つの村の各村長達が何とか現状維持の統治をしており、政治と呼ぶには壊滅的な有様であったーー。
広場に集まったのは約三十人程度で、その殆どが事前告知も知らない通りすがりの住民だ。
まばらな拍手が妙に寂しく、風に消えていくーー。
「……いきなり来て『統治は俺たちに任せろ』だなんてーー大丈夫なのか?」
「まだ幼子じゃないかしら…………後ろ盾も無さそうな子だけど、本当にこの街の領主なんて務まるのかしらねぇ〜…………」
ヒソヒソ、と陰口や不安を漏らす住民の声が聞こえてくる。
正直ーー、逆の立場だったら俺もそう思っただろうーー。
この小さな少年に、五百を超える領民の統治など出来るのか?ーーと。
ランスロット家はれっきとしたこの国を代表する公爵家の一角だ。……そう考えると、今までどれだけの庇護下に支えられて来たのかとその力を痛感する。
「……………………ハァ〜」
一通り喋り終わって、どっと疲れが押し寄せる。
「演説お疲れ様でしたーーお坊ちゃま。それでは、屋敷に帰りましょうか?」
「……………ああ」
馬車に乗ろうとして、ふと帰り際に数人の子供達達が目の端に留まる。
服はボロボロ、見た目は痩せこけており、箱でできた家に寝泊まりしている。その姿はとてもじゃないが……恵まれた境遇とは言い難いものだったーー。
行くぞーー。と、最年長の少年が子ども達を連れてーー路地裏へと消えていく。
彼らは何を食い扶持として生きてきたのだろうかーー?
それを考えただけでも、胸が苦しくなったーー。
………………。
屋敷に着く頃には、日が夕刻に差し掛かる頃だったーー。
俺とアーモンド。二人だけにしては広すぎる食卓で質素な夕食を食べる。
「本日のご演説お疲れ様でした。新領主として、堂々として素晴らしい晴れ舞台でございましたよ」
「の割に、あまり集客はできていなかったみたいだけどなーー」
ため息混じりに愚痴をこぼす。
そうだーー最近覚えた〝スキルチェック〟をアーモンドにもしてみよう。
(どれどれ〜ーー)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
氏名 アーモンド・シュバルツ 58 男
所有スキル 《短剣》Lv.3 《槍術》Lv.4
ステータス 《筋力》56 《敏捷》78
《知力》135 《反射》99
《体力》107 《魔力》76
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(ほうほうなるほどーー。やっぱり、家事関連のスキルは存在しないのか……。それであの技術力ってよほど努力したんだろうなーー。)
そしてもう一つ気になった事がーー。
(レベルって表記……アーモンドや他の人には無いんだなーー。何で俺やキツネガミにはレベル表記がされているんだろうかーー?)
改めて見ると俺の名前の横には、レベルが3と書いてある。
(もしかしてこれっていわゆるーー〝神気〟を扱えるかどうかが関係してくるのかなーー?)
俯瞰して考えてみるがーー答えは出ない。そもそも考えても仕方ない事だ。それより、アーモンドの持つスキルについて気になった事がある。
〝スキルレベル〟だ。これは熟練度が一定数を越えないと上がらないーー。つまり、アーモンドはそこそこには実力がある者だという事の証明ーー。
だったらーー
「なあ、アーモンド。一つ聞いてもいいか?」
「ーー?どうかされましたか?お坊ちゃまーー」
ずっと気になっていた疑問を、問いかけてみる。
「お前はどうして俺についてきてくれたんだーー?俺がここに飛ばされた時、他の屋敷の人達は誰もついて行こうとはしなかったし……こう言っちゃあなんだけど、自慢じゃ無いがーー俺は人望なんてほとんど無い。《ランスロット家》の家名も失った。父様からの手切れ金も母様からもらった遺産も、領主経営するには足りないくらいなんだろうーー?なのになんでアーモンドは、俺と一緒にこっちに来たのかな……ってさ」
正直言って、給料なんてまともに払える程の蓄えは無いーー。……それに、老い先短いアーモンドが付いてきたところで、仕事量が多すぎてとても割に合うとは思えなかったーー。
だから、疑問に思ったーー。
何故そこまでして、俺に尽くしてくれるのか……それだけがずっと、腑に落ちなかったーー。
とーー、その疑問に答えるかのようにゆっくりとアーモンドが口を開く。
「…………クロノ様。私がかつてお母君のミーリア様に仕えていたことはご存知ですな?」
「……?ああーー」
今でこそベテランのアーモンドも、かつては母様の元で見習い執事として修行をしていたというのは、母様が生きてた頃にこっそりと教えてもらった事がある。
「これはその恩返しなのです。ロクでなしのゴロツキで役立たずだったわたしはーーミーリア様に拾われて、初めて自分の人生に意味を見出す事ができましたーー。だから、そのご子息であらせられるクロノ様にお仕えしようと……あなたが生まれた時に決めたのですよーー」
「…………そうだったのかーー」
それ以上は聞くことをしなかったーー。大事なのは今アーモンドがどうしたいかだ。それが俺の傍で仕える事ならば、もう何も言うことは無いーー。
(明日は領内を少し見て回ろうーー)
領主というのはーー思ったより大変そうだったーー。
……………………。
次の日ーー。
今日はやけに曇り空が暗い。
果たしてこの辺りの地形が故か、不吉の兆しかはわからないがーー妙な胸騒ぎを憶えていたーー。
しかしーー、
(ふ〜ん…………結構こんな天気でも出回っている人は多いんだなーー)
ランスロット家が収める《ベンリングル領》にいた頃は暗い天気の日は良く無い事が起きるからと、外出を控える人が多かったーー。
そう考えると、この領に住む人たちの精魂逞しい事たるや見習わなければならないーー。
りんご屋、呉服屋、本屋、肉屋魚屋などーー相場を調べる為の市場調査を兼ねて、屋敷の必需品を色々と買い回っている中で、一つ不便な事に気がついたーー。
「競争があまり無いから仕方ない事だけど……あっちこっち歩き回って買い物をするというのはとても大変なんだなーー」
「……これも、従者であれば必要な事にございますよ。お坊ちゃまーー」
改めて、仕えてくれる人の偉大さを思い知る。買い出し、仕分け、調理、掃除、洗濯、庭の手入れ、馬の世話に主の身の回りの世話などなどーー、一人で全てこなす事はあまり無いとは言えーーこの仕事量は流石に俺にはできる気がしなかったーー。
あらかた買い物が終わり、荷馬車に荷物を詰め終える。
「それではお坊ちゃま、夕刻の頃合いを見計らってお迎えに上がりますので、定刻になりましたらこの噴水辺りでお待ちくださいませーー」
「わかったよーーありがとう、アーモンド」
御者台に乗り、屋敷へと戻るアーモンドの背を見送る。
まだ他にも見て回りたい所があるからと残った俺を気遣って、アーモンドは一足先に屋敷へと戻っていったーー。
「さてーーと、他にはどんな店があるのかなーー?」
それからというもの俺はーー菓子屋、武器屋、領民で結成された兵団や農家、卸売屋、路地裏の生活難民者など様々な所を訪れたーー。
そこで知った事はーー今までどの本にも書かれていなかったような、汗水垂らしてその日を生きる人達の生き様そのものだったーー。
(この領地には……掃き溜めなんて言われながらも懸命に生きる人たちがいるんだなーー)
それを開拓していく事は容易いことでは無いだろうーー。
信用を得る事もまた大変だーー特に〝厄災〟の俺がどこまでできるか正直……わからない。
それでも新しい領主ならば、やらなければならない事が山ほどあるーー。
「さてとーーあと一ヶ所くらい見て帰ろうかな……。そろそろ日暮れだし。…………ん?あれはーー」
ちょうど路地裏を通りかかったその時、奇妙な店を見つける。
細い通路の階段を降りた先ーーその突き当たりにある店だ。
看板だけで中の様子は全く見えないが……目線の先には、〝奴隷屋〟という文字だけが見えたーー。
「……奴隷屋…………ねぇ」
公爵家だった頃何度か見かけたがーーあまり良い気分とは言えない。人の手足に枷をつけて、首輪をつけて飼い慣らす。
主に奴隷に落ちるのは罪人か借金を返せなかった者ーーあるいはその縁者。戦争孤児や魔大陸から流れ着いた亜人などがそうだった。
大半の貴族は奴隷に対して情なんて合わせ持っちゃいないーー。が、中には奴隷を買い戻して元の場所に送る貴婦人などもいるというーー。
是非ともそういう紳士淑女の振る舞いを見習いたいものだーーと、心の中で皮肉を言う。
「……そういえばアーモンドも最近……力仕事が辛そうにしてたなーー。手ごろな値段で奴隷って買えるものなんだろうかーー?」
若干の抵抗感を覚えながらーー奴隷屋に足を踏み入れる。
カランカランッーー
中は思ったより広く、照明のランプは最小限灯しているだけだったーー。
入った所ーー受付のような場所には奴隷はおらず、一人の店主と思しき人相の男がいたーー。
「…………いらっしゃいーーってガキか。こんな所に何のようだーー?」
奴隷商の男はそこそこガタイが良いスキンヘッドで、髭が特徴の威圧的な雰囲気だったーー。
「初めましてーー。俺は、新しくこの地の領主となった《クロノ・ゼルディウス・エルロード》ですーー」
警戒を解こうと失礼のないように、軽く自己紹介をする。
「ほぉ〜う。……なるほど、貴族様って訳かーー。新しい領地になって人手がいるーーか。なら、案内してやるーー付いてこい」
わかりやすく態度の変わった奴隷商が店を案内する。
受付付近には人気が無かったが……奥に行くと薄暗いだだっ広い空間が広がり、そこには檻に入れられた奴隷達が虚な目でどこかを見ていた。
「っーー!!」
その光景に、絶句する。
檻にはそれぞれ値札が貼ってあり、安いものだと銀貨三十枚〜で、高いものだと金貨十枚と書かれていた。
奴隷商の説明によると基本女は男より安いらしいーー。理由はシンプルで、男手は金になるからだそうだ。女の中でも子どもは更に安く、理由は調教に時間と金、労力がかかるからだそうだーー。ちなみに老人は使いものにならないからと、奴隷にされる事はほとんど無いらしいーー。
稀にーー〝希少種〟と呼ばれる亜人などは貴族や王族が好むらしく、高値で取引されるそうだ。金貨十枚の値札の奴隷がそうだったーー。
父様の手切金が金貨二百枚。母様の遺産が金貨三百枚。領地経営を考えると、買える奴隷はせいぜい金貨一枚が限度だろう。
色々見て回る中ーー、一つ気になる檻を見つける。
亜人族と思しき茶髪の少女が入ったその檻には値札が貼っておらず、檻の中の彼女は青ざめた表情でぐったりと横たわっていたーー。
最近はご飯もしっかり貰えていないのかーー食器の中も水を入れるような銀のたらいの中も空っぽだったーー。
しかしそれより一つ、気になる事がある。
この少女ーー値札が貼られていないのだ。
「この子は一体…………?」
「そいつぁ……〝売りもん〟じゃねぇよーー」
奴隷商の言葉にふと引っかかる。奴隷商が奴隷を売らずに保管しておく事などあるのだろうかーー?
「じゃあ……この子は一体何なんだ?」
一瞬、沈黙が流れた後、吐き捨てるように奴隷商は言ったーー。
「そいつは売りもんじゃねぇーー〝廃棄処分〟するガキだーー」
「……………………なっーー」
一瞬、思考回路が回らなくなる。
廃棄処分って何だーー?……この男は何を言っているんだーー?
「……廃棄処分って一体ーー」
「…………ハァ、そのままの意味だよ。〝廃棄処分〟。言い換えるなら〝殺処分〟するガキだーー」
ますます意味がわからなくなる。
奴隷商は奴隷を売る職業だ。奴隷を始末なんて聞いた事が無いーー。
死よりも辛い事など山程あるとは良く言うが……今の現状の彼女は果たして死ぬよりも辛い立場にあると言えるのだろうかーー?
こんな幼い子供が、家族と離れ、奴隷に落ちたのにーー殺処分される?
僅か七年しか生きていない俺の思考をバグらせるには……十分の仕打ちだった。
「…………ハァ、こいつは訳ありなんだよーー」
「…………訳あり?」
奴隷商は愚痴でも溢すように、頭を掻きながら語りかける。
「ああ。こいつは亜人族特有の病にかかっているーー。〝亜染病〟ってやつだーー。治療費が莫大にかかる上、こいつは亜人族だ。…………七年前ーー魔大陸から大軍で攻め込まれたってのは聞いた事があるか?」
「……?ああーー」
確かこの数十年で一番の大戦となった戦いだ。
聖大陸でも大勢死傷者が出てーー結局今もその延長戦で小競り合いは続いている。
「その報復で五年前ーー聖大陸が逆に侵攻してバンバン亜人族を狩りまくったって話だ。こいつはその時連れて来られた奴なんだよーー」
「…………それで?」
「〝亜人族にも人間が大量に殺された〟ーーその影響もあってか、今じゃ亜人族の奴隷ってのは暴落してるんだよ。……まあ、〝希少種〟なら多少は値が張るがーーこいつはたただの《ニュートリア種》。魔大陸に行けばそこらじゅうに転がっている普通の亜人族だ……。」
「……それだけで、殺処分するのか?そんなちっぽけな理由で…………」
「…………ハァ、奴隷商ってのは慈善活動じゃねぇんだよーー。腐った肉や魚を売る店がどこにあるーー?それと同じだーー。……こいつはもう助かりっこねぇんだよーー。だからこいつは売りもんじゃねぇーーそれだけだーー」
ただの亜人族。
ただの奴隷。
ただのーー消えゆく一つの命。
たったーーそれだけだ。
『おめぇの本質は〝人殺し〟だよーー』
そう……俺は人殺しだ。
今更どこにこの子を庇う義理がある。
こんな命ーー他の奴隷屋にだっていくらでもある消えゆく命の一つだーー。
なのにーー何故こんなにも心が重いんだろう。
「……ハァ、…………ハァ…………」
苦しそうな少女の吐息がーーより一層胸を締め付ける。
「……ハァ、…………ハァーーぅぅぅ」
痛くて、寂しくて、悲しくてーー辛くて、苦しくて、いっそ楽になりたいーー。
まるでそう言っているように聞こえるほどーーあまりにもこの少女が背負わされている業は深いものだったーー。
「たかが…………一人の奴隷ーー」
目の前が真っ暗闇に包まれる。
感情が闇に支配されるーーそんな感じだ。
が、その瞬間ーーふと、思い出す。
大切で、優しくて、暖かかった大事な人のーー最後のあの言葉をーー。
『……血のつながりだけが、家族だけが、尊い絆の形ではありません。……あなたを愛してくれる人はきっと、あなたを想い、あなたを慕い、あなたの事が大好きなはずですーー』
目の前の暗闇が消え去りーー目の前の一人の亜人族の少女が……その瞳に映る。
「…………ハァ…………ハァーー」
アーモンドは、血のつながりの無い俺の事を本当の我が子のように育て、見守ってくれたーー。
人との繋がりは、決して〝義理や人情〟みたいに一括りにして見定められるものでは無いだろうーー。
この子を助けたいーー理由なんていらない。
そう決めた俺の行動はーー至ってシンプルなものだったーー。
檻の近くまで駆け寄って、横たわっていたその亜人族の少女にーー話しかけてみる。
「……ねぇ……君ーー聞こえるかい?」
返事がない。顔色は多少悪そうなだけで、眠っているようには見えないけれど……あまり人と話すのが好きでは無いのだろうかーー?
「体調が悪い中話しかけてごめんね……少し、聞いてほしいーー」
とーー、そこまで言いかけた時の事だ。
「お前、知らねぇのかーー?そいつは亜人族。つまりーー、人間の言葉はわからないんだよ……。だから、人間の言葉で話しかけても意味がねぇんだーー」
呆れたような面持ちで、奴隷商の男が突っ立っていた。
「…………つまり、亜人語じゃ無いと伝わらないーーってのか?」
「ああ、その通りだ。連れてこられた時の精神的ショックなのか……人間語もロクに喋れないままだ。な?ーーこいつはそう言う〝訳あり〟なんだよーー」
確かに……それじゃあ対話のしようがないーー。
「……………………」
この子は見知らぬ土地で、家族も親戚も……信じられる人さえいないーー。
ふと思ったーー。
(まるで俺と同じだなーーいや、領主と奴隷じゃあ天と地程の差があるかーー)
それでも……俺はこの子を見捨てたくは無い……。
今この子を放っておいたら……自分の中の大切な何かが……壊れそうな気がした。
ゆっくりと、確かに聞き取れるようにーー言葉を言い放つ。
この子の心に染み渡るように、言葉では無く……感情で伝わるようにーー。
「エドゥアルカバリカ、サルドトゥリブディマラーー?」
一つ一つの思いを感情に乗せて伝えようとして、言葉を選ぶ。
「っーー!……お前…………」
奴隷商の反応には目もくれず、少女の顔いろの変化を伺う。
「エルサマティ、ブラッシュパカー?」
「…………?」
ぴょこり、と少女の耳が反応する。
自分の発しているその言葉が亜人語だとはーーこの時、喋っていて自分自身気がついていなかったーー。




