プロローグ
「逃げろ逃げろっーー!!魔物の軍勢が攻めてくるぞーー!!」
冒険者の一人が、顔を真っ青にして叫ぶ。
魔物の数ーーおよそ五千。小さな街では到底受けきれない数だったーー。
「なーー何だよあれ…………一体なんであんな数の魔物がーー!!誰かーー誰か冒険者を連れてきてくれっ!!どのくらいかだって!?この街にいる奴全員だよ!!」
「S級!!S級を呼んで来てくれ!!……あんなのどうやったってオレ達じゃあどうしようもねぇよ!!」
「誰かーーヒーラーはいませんか!?……いくら倒しても倒しても、これじゃあキリがありません!!」
「うわあああああああ!!嫌だ……死にたくない!!助けてくれぇ〜!!」
聖大陸と魔大陸の国境を繋ぐ大龍の背ーー別名〝ドラゴン大橋〟。そこからほど近く聖大陸に寄りかかったーー最も魔大陸に近い国《イーストランド公国》では、そのさらに東方ーー魔大陸からの魔族侵入を防ぐための砦である街・《アルカディア》に……今まさに魔物の大群が押し寄せていたーー。
この街は砦の街とも呼ばれている程ーー屈強な冒険者が多く、S級の冒険者パーティーが駐在するほどに軍力としては申し分の無い街だった。が、しかしーー
「た……助けてくれーー」
「な……な、ぜ…………俺が倒れているんだーー?」
「あ……ありえない。私たちのパーティーは全員S級……なのに……こんなのってーー!!」
S級五人のパーティーがその地に倒れていた。誰が想像しただろうかーー?今までどんな難敵をも打ち破ってきた《絶壁の騎士団》の二つ名を持つパーティーですら、敗れ去ったのであるーー。
進撃してきた無数の魔物を相手に……この街の冒険者全員が地に頭を垂らしていたーー。
魔物の総軍勢はおよそ五千。S級含めた冒険者一向の奮闘により三千まで数を減らしたが、一体一体が全て特別に強化された個体だ。後続の軍が後から続いてくるやもしれないと考えれば、とても相手にできる数では無いーー。
もうこの街を救う手立ては無いーー。無惨に、無慈悲に、絶望的な蹂躙を受けーー魔族側の侵攻の足がかりとして、領土を奪われる事だろうーー。
「この街はもう……終わりだ。みんな…………逃げーー」
ドドドドドドドドッーー!!と、大群がすぐ目の前まで押し寄せる。
逃げる時間ももう無いーー。助かるには、誰も間に合わない……誰も助からないーーそう……誰もが悟った。その時だ。
スパッーー!!
ブシュッーーと、ミノタウロスの魔物が一匹。グウォッ!と断末魔をあげて即殺される。
「…………ずいぶんと軽いな」
ニヤリッーーとその女性は笑う。
ズパッ、ズパッ、ズパッズパパパッーー!!
遅れて、数十匹単位の周囲の魔物が粉々に粉砕されたーー。
「…………えっ?」
ただ傍観していた冒険者の一人が、すっとんきょうな声をあげる。……が、無理も無い。
今まで自分たちは数人でやっと一匹、S級ですら大掛かりな魔法を使ってやっと数十匹単位を一掃出来るほどの強個体の魔物を豆腐でも切るかのようにあっさりーー、一撃で屠ったのだ。
何が起きたかわからない……。あまりに突拍子も無い事で、頭の理解が追いつかないと言った面々の表情。
この人一体は誰なんだ……?何故あれだけの魔物が一瞬にして散って行ったのかーー。そもそもこの人は仲間なのかーーそんな事が皆の頭を余切っていた。
「魔物の数……二千から三千って所か…………」
カツッカツッ、と魔物の大軍勢に向かって一人。歩みを進める。
獅子のように猛々しい型の緋色の髪に、帝国軍服の様式風の白黒の特注コート。その腰には一振りの剣が携えてあり、その者が放つ覇気がーー圧倒されそうな程の強者である事が遠目に見ても理解できる。
カシャリッーーと、鞘から剣を引き抜く。
「アタシとやり合うには……桁が一つ足りないんじゃねぇのか?ーー」
ズババババババッーー!!
ニヤッーーと笑いながら、群れで突っかかってきた魔物を、全てーー切り伏せる。
返り血をもろともしないその姿は、人間の常識を逸脱していたーー。
「一体…………何者なんだーーあの人?」
「私たちでさえ……やっとの魔物を……あんなに簡単にーー」
その後絶え間無く、グラアアアアアアアッーーと十匹の飛竜が飛んでくる。その飛竜は飛んでくるや否や、全軍一気に街を目掛けてブレスを放ったーー。
「きゃあっ!危ないーー」
誰が叫んだか。しかし、そのブレスもまた、たった一振りの風圧で霞と消えていく。
瞬間ーー刹那の出来事だ。女が地を蹴る威力が人間離れしていたせいか……誰一人その姿を捉える事はできない。
「何っ!?」
「グルアッーー?」
いつのまにか、飛竜の背に人影が一つ。そしてーー
『ザシュッ、ザクッ、ズシャッ!!』
飛竜を足場に、斬っては移り、斬っては移りを繰り返して、全ての竜を大地に落とす。その時間……一匹当たりの秒数が全て五秒にも満たない神速の神業だったーー。
「…………ハァ…………せっかく面白いモンが通りかかったんだからーー。退屈凌ぎくらいにはなってくれよなーー」
ボキ、バキッーーと手の骨を鳴らしながら、数千の魔物相手に大胆にも笑みを浮かべる。
「ほぉ〜う……。人間の中にも少しは面白い者がいるでは無いかーー?」
魔物達の間合いから、一人の男が姿を現す。
「あれは…………まさかーー!!」
「わたしはこの軍を率いる将が一人ーー魔族軍第三軍団長《暗法ギルベロス》だーー。貴様の力、敬服に値する。望むなら我が軍の元確立した地位と名誉をーー」
スパッーーと、生首が宙を浮く。
その距離約五十メートル。普通の剣なら到底届かない距離だ。
ギルベロスの勧誘を遮ってでのその剣技はーーとても鮮やかなものだったーー。
「演説するなら殺り合いながらにしろ。お前が誰なのかとか……魔族の地位とか……こちとらテメェになんざ興味のカケラもねぇんだよーー」
あっさりとトップが打たれた事により、軍に混乱が生じる。
そこを狙ったサリアの判断は鋭く、的確で早いものだったーー。
「うそ…………普通なら黄金の剣すら通さない上流魔族の首をたった一振りで…………」
直後、混乱した魔物の軍を一気に切り裂いていく。
その女ーー〝剣神サリア〟は、魔物の軍勢を相手にたった一人で無双劇を繰り広げていたーー。
「あれが…………〝人類最強〟の剣士ーー『剣神サリア』様ーー」
「つ……強すぎるーー。まるで、化け物だーー」
剣神サリアは言ったーー。『勝者とは己の存在価値をこの世に残した者であり、敗者とは己の存在価値をこの世に残せなかった者である』ーーと。
そんな彼女の背中はーーまさしく〝英雄〟と称えられるべきものだったーー。
「「うおおおおおおおおおっ!!」」
聖大陸と魔大陸。長きに続いた均衡は敗れ、二つに分断された戦争が苛烈なこの時代。
互いが利権を得るために争いを繰り広げる中、聖大陸にはしばしば魔の力を持つ者が現れたというーー。
魔物や魔族を従える象徴となる〝痣〟を持つ忌み嫌うべき存在ーー。聖大陸にとっての迫害の対象で、災いをもたらす諸悪の根源。世界は彼らをこう呼んだーー。
〝厄災の子〟とーー。




