番外編 《アメリア・イザレア・セントルイス》
はじめて出会った彼の第一印象は、〝嫌な奴〟だったーー。
公爵家の嫡男に婚約破棄された私の気分は……別になんともないものだった。強いて言うなら、「顔も見たく無い程ーー腹が立つ」くらいのものだろう。
愛していなかったからというのもあるけど……それ以上に、彼のせいで大切な師匠を失った私の心の穴はそれほど大きかったのだ。
次の婚約相手にも期待はしていないーー。パパの言った通り、何不自由無く慎ましく、普通に子供に恵まれて幸せを演じていればきっとーー満足に暮らせる。
そんな未来に嫌気が差した私の対応は本当に酷いものだったと今更ながら思うーー。
「はじめまして、アメリアよ。ーー安心して。別にあんたの事はなんとも思ってないから。好きでもないし……ましてや嫌いでもない。公爵家だからって偉そうに指図しないで。あと、一緒にいる時も私に話しかけないでちょうだい」
悪気は無かったーー。今思えば、本当はわたしはシユウの事が少し目障りに感じていたのかもしれない……。師匠を殺した〝あの女〟と同じ〝痣持ち〟の厄災の子ーー。そんなあいつを無意識に遠ざけていたのだ。
しかし、そんなわたしにあいつは反論した。
「……許嫁なんだったら、そうは行かないだろう。……君にとってはなんて事ないただの婚約かもしれない。ーーけど、自慢じゃ無いけどボクは家柄以外何の取り柄も無いんだ……。せめて仲良くしてくれるくらいーー」
ペチンッーーと、頬を叩く。
「…………え?」
「言ったでしょ。わたしに指図しないで……。あと、話しかけないでーー」
きっとーー、シユウにとっても辛い出来事だったと思うーー。
四歳ーー。齢四歳の彼が、三つ上の許嫁から受けた最初の挨拶は、頬を叩かれて終わったんだからーー。
わたしはシユウが……屋敷でどんな扱いを受けているのかも全く知らなかったのにーー。
一週間後ーー。
貴族がよく通う王都の来賓殿。いわゆる、貴族専用の交流場に、今日もわたしは足を運ぶ。
彼はあの後、毎日わたしの元を訪ねてくる。
いらないーー頼んでもいない、花やお菓子を持って来ては、追い返されるのを繰り返していた。
甘えた子供が私は大嫌いだーー。
〝厄災の子〟だかなんだか知らないけれどーー、いちいち絡みにくるのも面倒くさい。
そもそも許嫁とはあくまで婚姻関係であって、絶対に結婚すると決まった訳では無いのだ。
貴族社会では家柄の変動によってそれが変わる事も珍しくは無いし、そもそも私は前の婚約者さえちっとも愛していなかったような女だーー。
そもそも…………私はいつかーー師匠のように世界を旅する冒険者になりたい。
だから、パパの外面や体裁を慮って《ランスロット家》の人間と許嫁になってあげただけにすぎないーー。
……そんなある日の事だった。
「なあなあ〜、あの〝暴力公女〟の話聞いたか〜?」
「ああ、前の婚姻関係にあった《カルメイア家》の嫡子に暴力振るった奴だろ〜?いるもんなんだな〜……上流貴族にもなって恥晒すような〝バカな女〟ーーあっははははははは!!」
通りすがりの貴族の少年達がーー下賤な笑い声を響かせる。
反論はーー出来ない。事実だから。
後悔はないと言っても……やはり名誉を汚された事には、若干の腹が立つものがあった。
しかし……そこに。
「ねぇ…………人の悪口ってそんなに楽しいの?」
もう一人のバカが、そこにいた。
「ああっ?ーーうわあ!!〝痣持ち〟だぁ〜!!…………汚ったねぇ、〝厄〟が移る〜!」
「お前、あれだろう。屋敷の使用人にいっつも兄弟と別の物食べさせられたりしてんだろ〜?家畜みたいなエサをさぁ……わはははは!!」
「……………………」
(なんで言われたまま黙っているんだろう……公爵家の人間なんだから堂々と言い返せばいいのに…………バカなの?)
最初はそう思った……。でも違ったーー。あいつは、シユウはーー屋敷の使用人にすら人間扱いされてない。上の兄二人からも差別を受けて、母親に会わせてもらえず、父親からは毎日冷たい視線で見下される。
それがーー《シユウ・ヴィ・ランスロット》にとっての当たり前の日常なのだーー。
ー次の日ー
わたしはずいぶんと久しく人と口げんかをした。
それも三つも下の子供に、大人げなくだ。
「なんでそんなに人ごとなんだよ!他の令嬢を殴ったって……もしかしたら報復されるかもしれないのにーー」
「あんたには関係無いって言ったでしょ…………もう放っておいて!!」
前の婚約者だったキースに大怪我を負わせた事を根に持ったーーキースを慕っていた女が一人、わたしの元へ謝れと言ってきた。
無論黙らせた訳なんだけど……やり方がシユウは気に食わなかったみたいだ。
帰った私は無性に虚しくなり、師匠の事を思い出しては泣きじゃくっていたーー。
更に一週間後ーー。
「おねえさま〜!今日の晩ご飯はママも一緒なんだって〜!だから、それまでにパパ、今日のお仕事終わらせないといけないんだって〜。あとでいっしょに呼びにいこ〜」
「はいはい……分かったわシェリカ」
三歳の妹は聡明で、いつもいろんな事に気が回る。パパもふらつき棒の私よりもシェリカに仕事を覚えさせており、その才覚はすでに頭角を表しているらしい。
最近彼はあまりここに姿を現さないー。
どうやらわたしの所に来ても無駄だと悟ったみたいだーー。
そんなーーある日の事だった。
「聞いた聞いた〜?《ランスロット家》の〝彼〟の話〜。」
「ああ〜…………伯爵令嬢に刺されたって話でしょ〜?本当に物騒よね〜」
なるほど。最近姿を現さないのはそういう事情だったのかーー、と腑に落ちる。
しかしなんともまぁ……〝厄災事〟に巻き込まれる体質なのか?……実に可哀想なものだーー。
しかしーー、そんな呑気な私の傍観と事実は全く……擦り合わないものだった。
「……確か、その刺した本人ってのが本当は《セントルイス家》の令嬢の事を刺そうとしてたんだよね〜。キース様の事慕っていたから、アメリアさんの事許せなかったらしいよ〜」
(……………………え?何それーー)
「止めに入るにしたってもうちょっとやり方あったと思うんだけど……今回ばかりはシユウさんがちょっと可哀想に見えてくるね〜。あんな許嫁持っちゃったばっかりに…………」
(つまり……アイツが刺されたのは……私のせいーー)
何であんなにも令嬢を殴った事を怒っていたのかーー。私はその時、初めて理解した。
彼がーーあいつが、こんなわたしの事を慕ってくれていたのだと……。
家柄しか取り柄の無いーーそれも彼には劣る爵位の家柄だ。
そんなわたしの事を本気で気遣って、悩んで、口ごたえまでして必死で怒ってくれていたーー。
それをーー私は突き放してしまったのだーー。
気がついた時には体が勝手に動いていた。
「ねぇねぇ〜、それよりその《ランスロット家》の嫡男のグルーヴィス様ーー」
もしかしたらーーわたしがずっと一人でいるから、不憫に思っていつもわざわざ会いに来てくれていたのかもしれない。
いつも持ってくれてきた花は、『アカヒノの花』。わたしの師匠・ローラが好きだった花だーー。お菓子は日持ちが効くクッキーのようなものが多かったーー。
きっと、お墓へのお供えに持っていけるよう気遣ってくれたんだろう。
甘えた子供だから、ただ気を引きたいだけなんだと思っていたーー。
でも違ったーー子供はわたしだ。甘えていたのはわたしだったーー。
何であんなに上から目線な物言いができたんだろうーー。あいつはまだ四歳なのに……。誰からも愛してもらえない、期待をしてもらえない、人並みの幸せすら望めない、友達もいない、呪われた痣持ちの〝厄災の子〟なのにーー。
ずっと一人だったはずだーー。
ずっと苦しかったはずだーー。
ずっと甘えたかったはずだーー。
ずっと夢見ていたはずだーー。
いつかきっと、自分を理解してくれる人に出会える事を……密かに願っていたはずだーー。
私はーー許嫁だ。
ただの許嫁だ。
ただのアメリアだ。
酷い事をたくさんしてしまったーー。
酷い事をたくさん言ってしまったーー。
そんなわたしを……あいつは許してくれるだろうか?
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァーー」
《ランスロット家》の病室の一角ーーその窓際に、見覚えのある姿が。
「っーー!!シユウ!!」
外の景色をーー静かに眺めている。
そんな彼はゆっくりと、振り返る。
「やぁ、おはようアメリアーー。見て、今日はとてもいい天気だよ」
笑顔でニコッ、と笑う彼を見てーーこの日、わたしは生まれて初めて恋をしたーー。




