11. 追放
母様が死んだーー。その訃報を受け取ったのは、あのパーティーのあと廊下で母様と会話したすぐ後の事だった。
「母様…………母様……母様!!」
ポロポローー、と。涙が止まらない。
母様が亡くなって三日後の朝、葬式が終わった事をエレミア姉様から手紙をもらって知った。
葬式にはーー行かなかった。いや、行けなかった……。
父様からは一言ーー〝お前が殺した〟……そう言われたからーー。
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「父上、少しよろしいでしょうか?」
納骨を終えて墓へ手を合わせた後、ランスロット家第一子・グルーヴィスがアルメテウスに話しかける。
「……何だ?」
いつもより一層険しそうに、父ーーアルメテウスは息子であるグルーヴィスの顔を睨みつけた。
「母上の事でうやむやとなっていたーーキース卿に暴行を働いたシユウの処遇ですが、家臣の間では国外追放が妥当という意見となっております。あんなですが俺の弟です。《ランスロット家》の血を引いている者を暴行程度で処刑まで持っていくと流石に家名に泥を塗ることと思いますがーー」
「奴の処遇は決まっておるーー」
アルメテウスは目に見えて不機嫌な表情になり、そう言い放った。
「……奴はミーリアが死ぬ間際、〝何かしらの力〟でミーリアを殺した。それが全てだ……。この国で最も重い者に課す刑罰ーー〝炎獄の刑〟に処せーー」
炎獄の刑ーー俗に言う火炙りである。
主に《国家反逆罪》などの重い罪を犯した者に課される刑罰ではあるが、法務なども担当する《ランスロット家》であればそれも可能なのだろう。
完全にアルメテウスはシユウを殺す腹づもりだ。
「……母上から〝遺言〟を預かっております」
「くどいっ!!キース公爵への不当な暴力沙汰に、ミーリア殺害の第一容疑者。それだけで証拠は十分だ。民衆へは〝厄災の子〟を処刑すると言う方便も成り立つーー」
「……………………」
黙り込むグルーヴィス。彼は常日頃、シユウを疎ましく思っていたーー。〝厄災の子〟と呼ばれる弟のせいで、彼自身も裏で被る面倒事などもあったのだろうーー。
しかし、やはり血の繋がった弟を見殺しにするのは気分が良く無いのかーーあるいは母・ミーリアの遺言故か、今回は食い下がった。
「父上……状況をお考えください。現在の《ランスロット家》は十二爵家〝最下位〟。このままでは他家に示しがつきません。アメリア嬢との婚姻関係も破談になれば、《セントルイス家》とも疎遠になり、ますます我が家の威光は下がる一方でしょう……。確かにシユウを抹殺したいのであれば、今が適切な時期でしょうし、必要であれば父上に許可を得ずとも、私自らあいつを始末しますーー。が……しかし、昨今他国と戦争が続く今……何が価値を生む存在になるかは見通しが聞きません。……ましてや〝厄災の子〟ともなればーー得られる恩恵はまさしく〝天災級〟と言えるでしょうーー」
我が子の博打とも言えるような提案に、少しばかり目を丸くするアルメテウス。
「グルーヴィス……まさか貴様ーー謀をするつもりかーー?生かしておいた所で、あんな奴が化けるはずもあるまい。あれは災いをもたらすだけの化け物だぞーー?」
もちろん、グルーヴィスもシユウが大成を成すなどとは微塵も思っていないーー彼はただ冷静に、〝駒を捨てるか野に放つか〟の選択をしているのだ。
シユウがいつか《ランスロット家》に利をもたらす〝もしかしたら〟に、投資をしようとしているのだ。
それでもーー〝厄災〟と呼ばれる者の前例を鑑みればあまりにも綱渡りで、危険な〝賭け〟だったーー。
「お前の言い分はわかった。しかし……それでもあやつが災いとなって、この家を滅ぼす確率の方が高いぞ……?……現に《ベディヴィア家》と《トリスタン家》は災いとなった者の手で滅んでいったのだーー。」
〝厄災の子〟ーー厄災の種とも呼ばれるこの者達は、災いをもたらす災禍の元として人々から恐れられ、隔絶されて生きてきた。
……しかし、言い方を変えるならそれほどまでに大きな力を持つ者が多かったとされている……。
今なお世界中でその猛威を振るい続けている彼らは、国家ですら太刀打ちできぬほどの絶大な力を持っている……。
その力をコントロールしようなど、とても一朝一夕でできる芸当では無いだろう。しかしーー
「父上……、これは私だけではありません。エレミアの〝警告〟でもあるそうですよーー」
「エレミアだと……奴が何と言ったのだ?」
グルーヴィスは、血相を変えた先刻のエレミアとの対話を思い返す。
「〝もしシユウを処刑するようであればーーその時はエレミア自身もまた《ランスロット家》の家名を捨てる〟だそうですよーー」
「っーー!!…………愚かな」
額に手を当て、妻の墓を静かに振り返る。
(そこまでしてお前は守りたいと言うのかーーミーリアよ?……〝痣持ち〟の奴を、それでも愛するというのか?)
アルメテウスは再びグルーヴィスに向き直る。
「……ミーリアの遺言は?」
「それはーー」
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荷造りを終え、馬車へと向かう。次の行き先は《エンドラ領》と呼ばれる所である。
(いい思い出なんて殆ど無かったけど……それでもお世話になった家だ。)
一礼をし、立ち去る。その時ーー
「待ちなさいよ!!」
はぁ、はぁ、と荒い息を立ててアメリアが走ってくる。
「…………アメリア?」
まだ息も整わないまま深呼吸をした彼女は、髪を整えてーー静かシユウに向き直る。
「アンターー引っ越すんだって?」
「…………ああ」
まるで別れを告げるようにーーささやかな風が二人の間を横切る。
「エルドラ領か〜。……確かあそこって、〝掃き溜め〟って言われてるくらいどこの都市からも通いづらい立地にあるのよね〜。…………それじゃあ、あんまりアンタともこうして話せないわね…………」
多少無理矢理な笑顔を作りながら、アメリアは寂しそうにそう言う。
「…………ああ。……そうだね」
静かに吹く風が、アメリアの背中を小さく押した。まるでーー最後のお見送りの華向け代わりのように……。
「お母さんの事は残念だったと思う…………本当に。……ごめんね、シユウ。あたしが馬鹿だった。…………あんたが止めてくれなかったら、今頃どうなってたか……。……わたし、やっぱりアンタがいないとダメだからさーーだからさ、シユウ。あたしも一緒にーー」
アメリアが声を振り絞ろうとするーーが、スッとシユウが静止の意で手を差し出した。
「…………アメリア、この前言った通りだよ……。もうボク達は許嫁じゃない……。君とボクとはもうーー関係無い間柄だ。だから、君が付いてくる理由も無いーー」
「そんなっーーそれはアンタが一方的に決めただけじゃない!!……あたしはそんな事認めた覚えなんて無い!!」
涙目で懇願するように訴えかけるアメリアを……それでもシユウは拒絶する。
再度シユウはアメリアの方へ振り向き、別れの言葉を告げるーー。
「アメリア……君は美人だよ。……確かに、性格には少し難があるけれど……それを差し引いても立派な貴族だ。……これからは、社交の場にはシェリカと一緒に出るといい……。みんなシェリカの方に言い寄ると思うけど、それでも多少は貴族としての振る舞いとか見習えると思うし……何よりーーそんなシェリカの側にいても君の事を本気で好きになってくれる人がいればーーきっとそれが、〝運命の人〟だからーー」
寂しそうに、悲しそうに、それとも何かを諦めたようにーーシユウはそう言い放った。
〝ボクらの関係は、これでもう終わりだ〟ーーと。
「っーー!!ふざけんじゃないわよっーー!!絶対に嫌よ!!お堅い貴族の振る舞いなんていらないわよ!……シェリカの側には、アンタがいてあげなさいよ…………あの子、本気でアンタの事好きなんだから!!……あたしも、それくらいは許してあげるから……。あたしは……運命の人なんかいらない!!……あんたがいなかったら……何も楽しくない!……あんたがいなかったら…………何も、笑えないわよ…………」
ポロ、ポロ、とアメリアの瞳から涙が溢れ落ちる。〝行かないでーー〟そんなささやかな願いさえ、叶う事はなかったーー。
「……ボクは〝厄災の子〟だーー。そんな大役は務まらないよ……。それに、世界は広いんだーーボクがいなくなっても、代わりなんていくらでもいるさ…………」
(この先ーー《ランスロット家》の後ろ盾の無いボクなんかがいても……アメリアにとっては辛いだけだーー。それに……いつどこで命を狙われるのかたまったもんじゃない……辺境の地ならなおさら。人攫いに会う可能性だって無くは無い訳だしねーー)
「それじゃあ、そろそろ行くねーー。バイバイ……アメリアーー」
そうーー、静かに告げて、立ち去るーー。
「ふぅっーー!!」
彼女に別れを告げて馬車に乗り込む。それからしばらくの間ーー、馬車の後方からは泣き叫ぶ少女の声が響いていたーー。
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