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6.嫌われ者の神様


 私は目の前に差し出された男の手にそっと自分の手を合わせ握手を交わした。


 「ふーん。今回の橘あずさは肝が据わってるんだね」


 神、と名乗った男の瞳は黄金色をしていて、ひどく恐ろしかった。

 まるで値踏みするかのように私の頭のてっぺんから足の爪先まで観察している。顔には笑顔が浮かんでいたが、その瞳は笑っていなかった。


 「なぜ疑わない?」


 神がお互いの鼻先がくっついてしまいそうなくらい顔を寄せ、低い声で尋ねた。全身の毛が逆立つ。


 「……な、何をですか?」


 やっとの思いで喉の奥から掠れた声を出すと、神は私のおでこを人差し指でトントン、と叩いた。


 「あぁ、肝が据わってるんじゃなくて、頭の中が空っぽなだけか」


 さっとカイに腕を引かれ、神から引き離された。何が恐ろしいのか分からないが全身がぶるぶると震えていて、立っているのがやっとだ。


 「やだな~そんな顔しないでくれよカイ。……閻魔ちゃんも、殺しでもしそうな目やめてくれる?」


 神は降参とでも言うように両手を顔の高さまであげて、ヘラヘラと笑った。


 「それにしても本当に君はすごいよ!突然死んで、訳の分からない書類を書かされて、挙句の果てにトラウマを植え付けられ、異性の愛に恵まれず、両親まで殺されたのに、全ての元凶であるカイの側にいるなんて」

 「そ、それは……!」


 反論しようと震える唇を動かすが、上手く言葉が出てこない。

 確かに、私はなんで全てに納得してカイに着いてきてる?なんで全てを受け入れてる?なんでこんなに冷静でいられる?


 「カイが愛しているのは君自身ではないのに」


 私の腕を掴むカイの手にぐっと力が入る。神はニヤリと不敵な笑みを浮かべながらカイの方をちらりを見ると、スーッと黒い影に戻っていき、やがて姿を消した。


 「クソ野郎が。全部あんたのせいだっつーの」


 閻魔が低い声で呟く。カイは、私の腕を握ったまま何も言葉を発さない。顔も見えず、どんな表情をしているかも分からなかった。

 『カイが愛しているのは君自身ではないのに』という神の言葉が頭の中で響く。


 「とりあえず、あんたたちは家に帰りな。カイも、仕事はちゃんとやって」


 閻魔がパチンと指を鳴らす。次の瞬間、私たちはカイの部屋にいた。


 「仕事を片付けてくる。お前は、ここにいろ」

 「え、ちょっと!」


 部屋に戻るなりいきなり私を置いてどこかへいこうとするカイを私は咄嗟に引き止めていた。

 カイは振り向きもせず、私に背中を向けたままだ。


 「……少し時間がかかる。もし……いや、なんでもない。何かあったら、最上階に住む死神を訪ねるといい」


 カイはそう言うと目の前から姿を消した。

 ……ここにいろって言われてもなぁ、とため息をつきながらソファに腰掛ける。そういえばこの不思議な世界に来てから一度も食事をしていない。それどころか飲み物すらも口にしていない。もちろんそれどころじゃなかったというのもあったが、そもそも空腹やのどの渇きを感じていないのだ。暑い、寒い、なども感じない。眠気もない。そもそもこの世界に来てからどのくらい時間が経った?

 この世界に来てから初めて一人ぼっちになって、私は寂しさを覚えていた。ソファの上で体育座りをし、全部夢だったらいいのにと呟く。


 ◇ ◇ ◇


「お前は2XXX年〇月□日、午前8時33分10秒。〇〇町5丁目にある交差点にて信号無視の車に跳ねられ、死亡した。」


 淡々と目の前の死者に死亡時刻と志望理由を伝え、ろくに説明をせず『魂返還申請書』の記入を促す。

 ルイにはちゃんと説明したほうが後々楽だと言われるが、黙って見つめているだけでたいていの人間はそのうち自ら申請書に記入し始める。いつまでもぎゃーぎゃー喚く人間は時々いるが、そういう時は自分の死んだ姿を見せてやると大人しくなるのだから説明するだけ体力の無駄だ。まぁもっとも、死神に体力の限界など存在しないが。


 俺は最初からそうだった。ルイやほかの死神のように人間の気持ちを考えることが苦手だった。生まれ変われるのに、なぜ今世での生にこだわるのか、残された人間の気持ちを考え涙するのか、自分の死を悔やむのか……俺には何も理解できなかった。

 ほかの死神と違う俺に、神が『ごめん、ちょっとミスった』と笑いながら言ってのけたを見てはじめて苛立ちという感情を覚えた。


 「ない、急に呼び出して」


 何人目かの魂の返還手続きが終わったころ、カイの元に一人の死神が訪れる。カイがルイ以外で信頼しているただ一人の友、リュウだった。

 

 「悪い。頼みたいことがあって」

 「うん、まあいいけど。ルイから事情は聞いてるし」


 リュウは俺の頼みを聞くと、それだけ?と驚いたような顔をして去っていった。

 


 ◇ ◇ ◇


 ……どのくらいこうしているんだろう。

 ソファーの上で小さくなってじっとしたまま私はカイの帰りを待っていた。

 決してカイにここにいろと言われたからではなく、シンプルにこの部屋の外に一人で出る勇気がなかったのだ。


「にしても、この家、暇すぎる……」


 テレビもなければ、本や漫画などもない。冷蔵庫の中は空っぽだし、本当に何もすることがない。


「お邪魔しまーす。……ってまぁ誰もいないと思うけど」


 突然玄関の方から音がして、誰かが入ってきた。カイの声ではない。おそらくルイでもない。

 私はこの世界にも泥棒とかいるのかな、と思いながらさっとソファの陰に身を隠した。

 

「うん、やっぱりいないね。さっ、カイのとこに報告しにいこーっと」


 カイという単語が聞こえ、思わずがたっと物音を立ててしまう。

 しかし、侵入者はその音に気づいていないようだ。私はほっと胸をなでおろしながら、再び息を殺した。


「まぁでも急ぎじゃないし、ちょっと一休みしていこうかなー。カイの部屋久しぶりだしなー」


 出ていくかと思われたが、くるっと方向転換をしてどかっとソファーに腰を下ろす侵入者。……これ非常にまずい。少しでも相手が体勢を変えれば私の姿が見えてしまう。


「ここにいるって聞いてたけど、いないってことはカイのこと嫌いになって逃げちゃったんだろーなー!あー、カイかわいそー!ナイチャウカモナー!」


 侵入者はカイの知り合いのようだった。不自然に大きすぎる独り言の内容から、どうやら彼は誰かからここに私がいると聞いてやってきたのだろうと想像できた。

 ただ、気のせいだろうか。彼の口調がとてつもない棒読みで、まるで演技をしているかのように聞こ――


「ねぇ、死神が人間の心を読めるって知ってるよね?」

「っ!」


 突然彼が私の頭の上に顔をのぞかせ、尻もちをついてしまう。

 殺される――もう死んでいるはずなのにそう思いぎゅっと目をつぶった。


「殺されるって……お前、ルイの言ってた通りのアホだな~」

「……へ?」


 ルイ、という名前を聞いて少しずつ緊張が解けていく。カイのことも知っているし、ルイから何か話を聞いてここに来たのであれば、敵ではないと安心した。


「そんなとこいないでこっち座れば?アホがアホ面してアホみたいだぞ」

「……アホじゃありません」


 初対面なのにどこか馴れ馴れしく失礼な態度に少しムッとしながらも、カイとルイの知り合いにも関わらず侵入者だと勘違いしたことを心の中で詫びた。

 まるで自分の家かのように足を組んでソファに座っている彼は片手にビールの缶を持っている。


「あ、あの……」

「あぁ、俺はリュウ。カイともルイとも仲良し。お前がカイの元から逃げ出したかどうか自分で確認するのは辛いから代わりに見てきてくれって言われたからここに来た。以上」

「そ、そうですか……」


 息継ぎもせず一気にそう説明され、私はリュウの言ったことを理解するのに少し時間がかかった。リュウはビールだけではなく、どこからともなくタバコと灰皿を取り出し、呑気に一服している。


「……お前さ、神のことどう思う?」


 口から煙を吐き出しながら、リュウは私に問いかけた。


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