7.カイの部屋の秘密
「どうって、言われても……」
「いやもうそこは正直に言ってよ。バシッと」
そう言いながら私を見るリュウの瞳は、まるで私を品定めしているかのようで不愉快だった。ただ、相手は死神で、人間の心を読むことが出来る。リュウが神の事をどう思っているのか、私にどう答えてほしいのか分からなかったが、正直に答えることにした。
「……すごく、嫌な人でした。なんかムカつきました」
「……」
リュウはそれを聞き、ゆっくりと咥えていたタバコを灰皿に押し付け火を消し、持っていたビールの缶をテーブルの上に置く。
そして、いきなり私の右手を両手でガっと力強く握った。
「だよな!?だよなだよな!?あいつムカつくよな!?あっはっは~お前分かってるな~!」
てっきり、神のことを悪く言ったのを叱られるかと思ったが、リュウの反応は真逆で、嬉しそうな顔で私の手を握ったまま上下にぶんぶん振っている。
「安心したわ~お前が俺ら側の人間で。カイのこと嫌になって逃げ出したりとかもしてねぇし、ようやくカイの長年の恋も実ったか~?」
「え、え?ちょっと、あの……」
「あ、お前ビール飲める?いや、飲め!あっはっは~」
リュウはどこかからかビールの缶を取り出し、私に手渡した。タバコといい灰皿といいビールといい……そんな荷物持っているようには見えないが、どこに隠し持っていたのだろうか。
「ほれ、カンパーイ」
お互いポコンと缶で乾杯をして、ビールを一気に喉に流し込む。美味しい。久しぶりに何かを口にしたので、感動してしまった。
「うんうんいい飲みっぷり。これも食べるか?腹減っただろ?」
「えっ、おいしそうな焼肉弁当!一体どこから!?」
「あ?こんなもん指ぱちんて鳴らせば一発よ」
テンションが上がった私に気分が良くなったのか、次々といろんな食べ物やお酒を出してくれる。ここで私はある疑問が浮かんだ。
「あの……なんで死神はこうやって自由にいろいろ出すことができるのに、カイは家に冷蔵庫なんて置いてるんですか?」
リュウは次々と一瞬で食べ物や飲み物を出した。つまりカイにも同じことが出来ると考えられる。でも、それならば冷蔵庫なんてものは必要ないはずだ。
「あー、そこ?アホなのに意外と鋭いとこもあんのね。」
リュウは再びタバコに火をつけ、私に目の前の食べ物を食べろと勧めた。
余計な一言が聞こえた気もするが、無視してテーブルの上のフライドポテトに手を伸ばす。
「まぁ、なんつーか、分かりやすく言うと、元カノとの思い出の品的な?」
元カノ、という単語に一瞬モヤッとする。
アクセサリーならともかく、家電製品が思い出の品というのはなかなか珍しい。
「そもそも俺たち死神は、食事も水分補給も睡眠も必要ないから。知ってると思うけどカイの元カノは人間だからさ、当時そいつの為に冷蔵庫とかベッドとかをこの家に用意したってわけよ」
「それで、別れてからもそのまま、ってことですか?」
「そーそー、そーいうこと」
基本的に死神の家にはそれぞれのコレクションが並べられている場合が多く、カイのような部屋は異質だということだった。
更にすでに死んだとはいえ一応人間である私は、この世界にいるから空腹や眠気を感じないだけで、身体はエネルギー不足になるし、適度に睡眠を取らないといけないらしい。
私はリュウの話を聞きながら、次々とビールの缶を空けていく。気が付いた頃には、私はもうすっかりできあがっていて、リュウに向かってカイへの文句をぶつけていた。
「だからぁ、カイは最初から説明不足なの!」
「はいはーい、わかったからとりあえずお水飲もうねぇ~」
持っていた缶をペットボトルの水にすり替えられ、仕方なく水を一口飲む。こんな風に酔っぱらうまで飲んだのは久しぶりで、自分が自分ではないみたいだった。リュウともだいぶ打ち解け、おしゃべりもすすむ。
「にしても、神ってなんなの?今まで散々重要な時は神様お願いしますって祈ってきたのに……正体があれって何の冗談!?」
「まず見た目からして神様っぽくないよな。なんかチャラいし」
「いや……あんたら死神がそれ言う?」
カイやルイもそうだが、このリュウもかなり死神っぽくない見た目だ。少し伸びた坊主頭のリュウは、本来の姿のカイとは違い細身で、きりっとした目に、眉毛と下唇にピアスがついている。少し前に見かけた女性の死神もすごく美人だった。
「……死神ってピアス流行ってるの?」
「あー?あー、俺はカイが突然ピアスだらけになってたから真似しただけ。つっても、さっき会ったら元のカイに戻ってたけど」
リュウの話を聞いているうちに、だんだんと瞼が重くなっていく。リュウの声もまるで遠くで話しているみたいに遠くなっていって、ふわふわとした感覚になってきた。
「おいおい、せっかくベッドがあるんだからそっちで寝ろよ」
「……やだ」
「はぁ?何言ってんだお前」
「だって……あのベッドは……」
――カイの元カノが寝てたベッドだから。
私はソファの上で猫のように丸くなり、瞼を完全に閉ざす。しばらくしてリュウが私の体の上に何かをかけてくれたが、その時にはもう私の意識は完全に夢の中だった。
◇ ◇ ◇
「なんなんだよ、これ」
「……口では文句言ってても、すげぇほっとした顔してるな」
俺が溜まっていた仕事を片付けて家に戻った頃には、部屋には空になったビールの缶が散乱しており、橘あずさはソファの上で小さくなって眠っていた。
リュウの言う通り、俺から離れないでここにいてくれたことにすごくほっとして肩の力が抜ける。
『カイが愛しているのは君自身ではないのに』
神があずさにそう言ったとき、彼女はどんな顔をしていたのだろう。その時は心の声も聞こえなかった。
「なんでベッドがあるのにこんなところで寝てるんだ?」
「あー、うん、まぁ、いろいろあってさ」
目線をそらしながらはぐらかそうとするリュウ。人間一人をベッドに運ぶことくらい容易であるはずのリュウが、彼女をそのままここに寝かせているというところから考えて、おそらくあずさ本人がソファで寝ることを望んだのであろうということは想像がついた。酒の飲みすぎで変なわがままを言った可能性もあるが、あずさはそんなに酒に弱いわけではないことを俺は知っている。
「……言え」
「えーっと、俺はベッドで寝ろって言ったんだけどさ、やだって言われたんだわ」
「なぜ?」
「えー?そんなの俺にはわからないよ」
リュウが右手で自分の左耳を触っている。これは嘘をついている証拠だった。それに、あずさは人間だ。死神なら人間の心を読むことができるはずだから、リュウはその理由を確実に知っている。
「分かった分かった、言うよ。……あのベッドは、カイの元カノが使ってたベッドだから、そこで寝たくないんだとよ」
最初は聞いてもよく意味が分からなかった。だから何だ?としか思わなかった。彼女は潔癖ではないはず。
しばらく考えて、ふと思い出した。あずさが夢中になっていたミュージシャンが結婚したと知った時、毎日のように聴いていたそいつの書いたラブソングを一切聴かなくなったことを。
その理由が知りたくて彼女の心の声を聞いた。
『特定の一人のために書いた歌なんだったら、もう聴きたくない』『あんなに共感できる歌詞だったのは、付き合ってた彼女が私と同じファンという立場だったからなんだ、最低』
理解できたわけではなかったが、なんとなく自分の好きな人から自分以外の女の影が見えたのが許せなかったからなのかもしれないと思っていた。……しかし、なぜ俺にも同じ感情を?
「リュウ。元カノっていうのはなんだ?」
「はぁ?元カノは元カノだろうよ。元彼女の略だ」
「……俺に彼女がいたことがあったか?」
よく人間たちが振り回されている彼氏・彼女という関係は、俺には心当たりがない。ああいうのは大体片方が付き合ってくださいと交際を申し込んで、相手が了承したことで成立する関係だ。どちらも俺は経験がない。
「おいおいおい。カイ。まさか告白してないしされてないからあの子は彼女じゃないですって言いたいんじゃないだろうな?」
「……そうだが?」
「はぁ~~~~」
リュウは俺とあの子は周りから見たら完全に彼氏・彼女のソレだったと言った。お互いがお互いを好きで、しかもそのことをお互い知っていて一緒にいたらそれはもうそうらしい。
あの子というのは、今の橘あずさのずっと過去世の橘あずさのことだ。俺にいろいろな感情を教えてくれた人間。不幸な人生を不幸なまま終え、神のきまぐれでこの世界に閉じ込められ、そして神の身勝手で突然再び人間として生まれ変わることを命じられたかわいそうな人間。
つまり、あずさはあの子に気を遣ってベッドで寝ることを拒否したのだろうか。……それとも、あのミュージシャンに対する感情と同じものを俺に抱いてくれたのか。
俺にはどちらなのかわからなかったが、前者であれば非常に橘あずさらしい考えだと微笑ましく思うし、後者であれば、と考えようとしてやめた。
次回更新は2024年12月21日(土)です。
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