5.本来の姿
「お前は、全然混乱しないんだな」
「してるよ。してるけど、考えても分からないことは、考えないようにしてるだけ」
「……そうか」
カイはゆっくりと私を開放すると、目尻を軽く拭った。泣いていたのだろうか。
私は頭の中で情報を整理してみることにした。私がずっと不運だと思っていたことは全部カイの強い願いが引き起こしたものだということ、でも私が辛い目に遭うことは望んではいなくて、でも結果的に私は死んでしまったということ。
たとえ私の人生がカイの願いに左右されていたとしても、私はカイを責める気にはなれなかった。だって私の人生は、そこまで悪くないものだったから。辛い出来事も沢山あったけど、それでも私は私で生まれて幸せだったと思える。
「……そうか。それなら、良かった」
再びカイに抱きしめられ、体が固まってしまう。そうだった、カイは私の心が読めるんだった。そう思い出した時にはもう遅くて、密着したカイの冷たい体から温かい感情が流れてくるように感じた。
「何度も失敗してごめん。本当にっ……」
ごめんって言えるじゃん、ずっとすまないすまないって形だけの謝罪ばっかりだったのに……と私はわざと心の中で叫んだ。
私には詳しいことはよく分からないけど、とりあえずカイに悪気はなかったこと、なにかしら大きな事情があったであろうことは理解出来る。そして、カイから伝わってくる大きな愛情にも気付いていた。
「カイって本当はどんな顔してるの?」
「……気になるか?」
「うん。すごく気になる」
「お前のタイプではないと思う」
段々とカイの声が低くなっていき、私を抱きしめる腕も太くなっていく。ゆっくりと私の体を離したカイはさっきとはまるで違う男らしい姿になっていた。
「全然違うじゃん」
「……嫌いか?」
「好きとか嫌いとかじゃなくて……」
中性的で細身だったカイは、筋肉質な見た目になっていた。眉も太くキリッとしていて、長く伸びきった髪型もスッキリしている。先程まで着ていた服はキツイのかシャツのボタンもはち切れそうになっていて……
……かなり良い。
「っっっ!」
カイが信じられないというように後ずさり、口元を手で隠している。そうだった、彼は心の声が――
「お前は痛い思いをして全身に飾りを付ける、女か男かも分からんような人間が好きなんじゃないのか?」
「……彼はミュージシャンとして好きだったのであって……」
「でもお前はあの男が結婚したと知ってひどく落ち込んでいたよな?」
「……」
確かに私は彼が結婚したと知ってからそれまで行っていたライブにも行かなくなったし、グッズも全て売り払った。でもそれは結婚したのが自分と同じファンの子だったから、というわけであって、もちろん自分が彼とどうこうなりたいと思っていたわけでは無いけど――
「わ、わかったわかった」
カイが少し引き気味に私の思考を停止させた。
「でも、俺はあの時少し嬉しかった。お前も、自分の好きな人が、自分以外の誰かと幸せになるのは許せない質なんだと知って」
お前も、という言葉に思わず顔が赤くなってしまう。いや、好きな人というのが私って決まった訳では無いか、と必死に赤くなった顔を冷まそうと手でパタパタとあおいだ。
「いや、合っている。俺は橘あずさのことが好きで、お前が俺以外の誰かと幸せになるのが許せなかった」
真剣な顔でそう言われ、余計に顔が熱くなっていった。
「な、なんか、カイってこんなにおしゃべりだったっけ?見た目だけじゃなくて、性格まで変わっちゃったの?」
「あれはあの見た目に合う話し方をしていただけだ」
「へ、へぇ~、……ちょ、ちょっと、近いよ」
話しながら近付いてくるカイに私はドキドキしていた。今までこんな風に誰かに真っ直ぐ堂々と好きと伝えられたことがなかったからだ。
「お前は…俺が憎くないのか?」
「え?」
予想してなかったカイの言葉に間抜けな声で返事をしてしまう。
数々の不運な出来事。両親の死の真実。それが全部カイのせいで起こってしまったことだと知って、傷付かなかった訳では無い。でも、不思議と、カイを憎む気持ちは少しもなかった。
「……憎くないよ」
「何故?」
「何故って…言われても…うーん」
必死に理由を探すが、何故私はカイに対して憎しみという感情が湧かないのか自分でもよく分からなかった。
好きだと言われて絆されてしまったのか、私自身がもう過ぎた出来事で、どんなに怒っても変えることができないと割り切ってしまったのか。
「分からないけど、とりあえず私はあなたを憎んでないし怒ってもない!……それより、私はこれからどうなっちゃうの?」
言葉にした途端一気に不安感が押し寄せた。
そう、私は死んだ。ここまでは理解出来た。でも、その後は?人は死んだら、どうなるの?
「……前回までは、閻魔が『魂返還申請書』を問題なく受理して、天国行きが宣告され、神の手によってすぐに生まれ変わった。ただ今回は……」
目の前で破られた申請書を思い出す。死後の世界なのに書類なんかに縛られてることに違和感を感じる。
ふと、生きている時役所の手続きでいろんな課をたらい回しにされたことを思い出した。死んだ後の世界も似たようなものなのかもしれない。
「もう一度閻魔の所へ行こう」
しばらく何かを考え込んでいたカイが、突然私の手を握り、パチンと指を鳴らす。
すると、瞬きの間に景色はカイの部屋から先程の閻魔の家兼職場の目の前に立っていた。
……瞬間移動ができるのに、さっきここからカイの住むマンションへ向かった時は歩きだったのはなんでなんだろう。
「お前に触れられたことが嬉しくて瞬間移動するのはもったいなかった」
顔色ひとつ変えず相変わらずの無表情でそう言い放ったカイを見て、私はもう余計なことを考えるのはよそうと誓う。
私たちは手を繋いだまま、閻魔に会うために再び薄暗い建物の扉をくぐるのだった。
「ん?おーっと!……カイのその姿を見るのは久しぶりだ~」
ノックもせず部屋に入るカイを咎めもせず、閻魔は姿が変わったカイの元へ走りよってきた。先程の険悪なムードなど忘れてしまったかのように体中をベタベタ触っている。
「閻魔、こいつのこと、何とかならないか?」
「……」
閻魔はカイの体に触るのをやめた。
「あたしはね、カイのことを、死神みんなのことを、自分の子どものように大切に思ってる」
閻魔の声には深い悲しみと葛藤が滲んでいた。カイも私も閻魔の次の言葉を静かに待つ。
「……だから、あたしはもう、カイの苦しむ姿は見たくない。この子が生まれ変わったら、カイはまた同じことを繰り返す。今までと同じように」
「でも、地獄行きでは無い者が生まれ変わるのは神が定めた運命だ」
「あはっ、運命?カイの口から運命を重んじる発言が出るなんて驚き~。……橘あずさの運命を幾度となく変えてきたのは誰だっけ?」
「……」
二人は睨み合ったまま、お互いに譲る気はないと目で訴えている。その時、ふと部屋の隅に何者かの影が見え、得体の知れないプレッシャーが襲いかかってきた。とっさにカイの背中に隠れる。
「おや?バレちゃったかな?もう少しこの親子喧嘩を観察しようと思ってたんだが」
影がふわりと大きく膨らみ、さっきまで影があるだけだった場所に男の姿が現れる。
黒く焼けた肌、派手な柄シャツに白い短パン、長く黒い髪を後ろで束ね、口にはタバコを咥えていた。
「久しぶり、橘あずさ。もう何度目の自己紹介になるかな?この世界の神です。よろしく」




