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4.死神に愛されるということ


 「その女の子はね、中学生になった頃、初めて恋人が出来たんだ。相手は同じクラスの真面目な男の子。だけど付き合い始めて1週間くらい経った頃――」

 「その男の子はお父さんの急な転勤で転校することになった。離れ離れになってからもスマホでやり取りしてたけどある日突然返信が来なくなって自然消滅?」

 「あははっ、正解!」


 腹が立つほどの清々しい笑顔で笑うルイ。私は、笑えなかった。この後、ルイが話す内容がすべてわかるような気がするからだ。


 高校生の時、彼氏の家に遊びに行って、いざそういう雰囲気になった時、彼氏が突然股間を痛がり救急車を呼ぶ事態になったこと。

 結局その彼氏は別の女の子に寝盗られてしまった。

 そして――


 「お母さんと、お父さんが死んだのって……」


 自分の声が震えているのが分かる。違うと言ってほしい。しかし、その願いは叶わなかった。


 「……別にカイは君の両親に死んで欲しいと願った訳じゃないよ。ただ、君の婚約が破談になればいいって、ただそれだけだったと思う」


 当時付き合っていた彼氏にプロポーズをされ、両家の顔合わせ会場へ向かう途中のことだった。

 車で会場に向かっていた両親は、飲酒運転の車に後ろから猛スピードで追突され、前方のトラックに挟まれた二人は命を落としてしまった。

 幼い頃のトラウマと相まって結婚どころじゃなくなった私は、狂ったように仕事に打ち込むしかなく、婚約者にも見放された。


 「……君の両親は、自分たちが自動車事故で死んでしまったことで、君の過去のトラウマを呼び起こしてしまうことを、君のその後の人生を、とても心配していたよ」

 「え?それって……」

 「僕が二人の担当だったんだ。まぁ、神に頼んで無理やり担当にしてもらったんだけどね。カイの願いが、君の大事な人に迷惑をかける可能性があったから……まぁ、力及ばなかったけど」


 僕の責任でもあるんだ、と小さく呟いたルイは悔しそうに唇を噛んでいる。


 私の両親が死んでしまったと知ったカイは酷く取り乱し、何度も何度も自分の首を鎌で切り落とそうとしていたらしい。

 しかし、死神が守るべき人間は一人ではない。そうこうしている間にも寿命を迎え『魂返還申請書』の記入をさせなければならない者、寿命よりも早く死んでしまいそうな者がいつ現れるか分からない。


「……それで?どうなったの?」

「僕と、もう一人の死神で分担してなんとか、ね。カイのせいでこれ以上人間たちに迷惑をかけるわけにはいかなかったから」


 そのもう一人の死神というのは、カイととても仲の良い死神ということだった。

 なんとかカイの分の任務をこなし、時間があるときはカイを励まし、ようやくカイは自分の首を切り落とそうとすることをやめたという。


「カイがすっかり元通り任務をこなせるようになった頃、君もまた少しずつ日常を取り戻していた」


 そうだ。両親が亡くなり、思い出す暇を作らないように狂ったように仕事に打ち込んでいた私を助けてくれたのは、佐々木先輩だった。

 連休中にも家で仕事ができるように、持ち帰ってもいい仕事か確認するため佐々木先輩を訪ねた時、即答で却下され、「橘が今しなきゃいけないことは、思いっきり泣くことだ」と怒ったような顔で言われたのだ。

 その言葉を頭で理解するよりも早く勝手に涙が頬を伝っていて、佐々木先輩は本当に泣き出した私を見てオロオロしていて、それがちょっと面白くて、でもなんだか温かい気持ちになって――それから私は佐々木先輩のことが気になり始めたんだった。


「はい、これ。閻魔から預かったんだ」


 いろいろ過去のことを思い出し泣きそうになっていると、突然ルイに一枚の長い紙を渡される。


「なに、これ……?年表?」

「そうだよ。君の、橘あずさの、ね」


 『2XXX年□月〇日、午前11時46分25秒。✕✕病院にて生まれる。』


 一行目は私の誕生日から始まっていた。生まれた時間までは知らないが、生まれた病院は✕✕病院で間違いない。

 普通なら信じられないだろうが、私は今日起こった様々な出来事からもうこれが本当のことであると悟った。これは、私の人生年表だ。

 初めて言葉を発した、初めて歩いた、初めて幼稚園で友達と喧嘩をした、初めて嘘をついた……自分でも覚えていないような出来事がその年表には事細かく綴られていた。


「……これって……」


 ふと、所々黒く塗りつぶされたような箇所があることに気づいた。


「その塗りつぶされたところは、カイが変えてしまった君の運命」

「……こんなにたくさん」


 ざっと見ても十か所は黒く塗りつぶされている。私は何が書いているのか分からなくなった箇所をそっと指でなぞった。

 本来訪れるべきだった出来事が一体何なのか、私にはわからない。もしかしたら私にとって良くない出来事だったのかもしれないし、ただカイにとって都合が悪い出来事を自分勝手に変えてしまっただけなのかもしれない。私はもう終わってしまった自分の人生年表をゆっくりと読み進めていく。


 『2XXX年〇月□日、午後10時32分11秒。△△駅の階段で転落しそうになったところを、会社の先輩である佐々木貴之に助けられる。』

 

 ふと、年表に事実と違う出来事が記されていることに気が付いた。これは、きっと――


「……今回は、カイはなにもしてない」


 ルイの真剣な瞳に嘘は感じられない。では、一体どうして?

 私は目の前の年表を眺めながら、カイのことを考えていた。どうしてはカイはこんなに私の人生に関わってくるのだろう。私の運命を変えてしまうほどの強い願いって何?


「……読んだのか?……話したのか?」


 突然カイの声が聞こえ顔を上げる。カイは額に汗を滲ませ、呼吸も荒いが、先ほどよりはいくらかマシな様子だった。


「読んだし、話も聞いたよ」


 私は噓をつかず、正直に答えた。いつまでもルイから話を聞くだけではいけないと思ったから。本人の口から聞きたかった。


「……っ、どうして?」


 いろいろ聞きたいことがあったはずなのに、口から出たのは何の具体性もない言葉だった。

 視界の端に、部屋を出ていくルイの姿がちらりと映った。


「約束したからだ」


 カイがそう言った途端、激しい頭痛に襲われ、思わず頭を押さえてしゃがみ込む。

 痛い、なにこれ、頭が割れそう――

 だんだんと意識が遠のいていく中で、カイが焦った顔で私の名前を呼んでいるのが聞こえた。


 ◇ ◇ ◇


 『生まれ変わりたくない!カイのこと、忘れたくない!ずっと一緒にいたい!』


 誰かが泣き叫んでいる。


 『大丈夫。あずさが俺のことを忘れても、俺だけはあずさのことをずっと覚えてる』


 男の人の声?そしてもう一人は、あずさ?……これって私のこと?でもこの声は私じゃない。……誰?


 『何度生まれ変わっても、俺があずさを幸せにする。絶対に』

 『……約束だよ?』

 『あぁ。約束だ』


 二人の声が遠くなっていく。これはなに?誰かの記憶?


 『信じられない!なんなの!?ありえない!』


 しばらくするとさっきの声とはまた違う女性の声が聞こえてきた。ひどく怒っているようだった。


 『あんたのせいで私は!なんで余計なことばっかりしたのよ!私はあんたなんか知らない!約束もしてない!』

 『……』

 『絶対に許さない!返してよ、私の人生!』


 バチンっと鋭い音が聞こえ、女の人の泣き声だけが聞こえる。

 さっきとは違う女の人?すごく怒ってるけど、どうして?


 ◇ ◇ ◇


 「おい!……あずさ!」


 はっと目を開ける。目の前には今にも泣きだしそうな顔のカイがいた。

 目を開けた途端、カイが私をきつく抱きしめる。


「死んだかと思った」


 ふいに聞こえてきたカイのセリフに思わず笑ってしまう。


「……私、もう死んでるよ?」


 少し間を開けて、カイの小さな笑い声が聞こえてくる。

 私はその顔が見られないことをすこしだけ悔しく思いながらも、ただただカイに抱きしめられていた。

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