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3.死神だって弟のことが大切


「黙ってついてきてあげたんだから、ちゃんと説明して」

「……」


 カイに腕を引かれるままたどり着いた先は、大きなマンションの一室だった。

 閻魔さんの家兼職場からはそう遠くない距離に異様なくらい大きなマンションが見えた時は、周りの景色との不相応さに思わず笑ってしまった。


「ここは死神の住処だ。死神は全員ここに住んでいて、それぞれ部屋が与えられている」

「じゃあさっき廊下ですれ違ったきれいなお姉さんも?」

「……きれいかどうかはわからないが、あいつも死神だ」


 私はカイに許可も取らず部屋を探索した。キッチン、トイレ、バスルーム、寝室……どうやら人間と同じような生活をしているらしい。ただ、ものすごく違和感があった。

 その違和感を言葉にできず考え込んでいると、突然背後に何者かの気配を感じた。

 カイは目の前にいる。では、後ろにいるのは誰……?

 私はおそるおそる後ろを振り返る。


「やぁ♪」


 振り返った先にいたのは、黒いフードを被った骸骨だった。手には大きな鎌を持ち、いかにも死神という見た目だ。

 私は恐怖のあまり絶叫し、カイも死神だということを忘れて彼に抱き着きその胸に顔をうずめた。


「……兄貴、やりすぎだ」


 頭の上から兄貴、という単語と、クスクスというカイ以外の人物の笑い声が聞こえ、ぱっとさっきの骸骨の方を見る。

 もうすでに骸骨の姿はなく、代わりにカイとよく似た顔の金髪の男が立っていた。


「ごめんごめん。そんなに驚くとは思ってなくて……あははっ!」


 ごめん、と言いながらもお腹を押さえて目に涙を浮かべながら笑っている。

 無邪気な笑顔を見ていると、カイも笑ったらこんな顔をするんだろうか、見てみてたいな、と思った。


 「ん?あぁ、カイは僕と違ってこんな風に笑ったりしないからね~。僕もカイの笑顔は見てみたいよ」

 「!?」


 心の声が口に出てしまっていたと思い口を塞ぐ。恥ずかしすぎる。

 ちらっとカイの方を見ると、相変わらず何を考えてるのか分からない無表情で彼には聞こえてなかったのだと少し安心した。

 そういえば、カイの顔は学生の時に好きだったミュージシャンにそっくりだ。当時はバイトで稼いだ給料を全部使ってライブに行ったりグッズを買ったりイベントに参加したりとかなり夢中になっていた気がする。


 「そうそう。君があの全身穴だらけのミュージシャンが好きだからってカイがそいつそっくりに姿変えたのよ。そんで、お兄ちゃんである僕も顔だけは寄せたって訳」

 「……?え、私今声出てました?」

 「……あ、知らない感じ?僕たち死神には心の声が聞こえるって」


 私はカイを睨みつける。心無しか気まずそうに目を逸らされた気がするが、それよりも気になることをこの金髪の死神は言っていた。


 「僕はルイ。聞きたいことがあるなら僕が教えてあげるよ。……カイに怒られない範囲でね」


 ルイは星でも出てきそうなほどキレイなウインクをした。聞きたいことなんか山ほどある。だけど1番気になるのは――


 「何でカイが君の好きだったミュージシャンの姿をしてるのか知りたい、ってとこかな?」


 ……心の中を読まれるのは気分がいいものでは無い。


 「……なんでですか?」

 「うーん、僕は人間の心は読めるけど、死神の心は読めないんだよね~。……まぁ、だけど」


 ルイはカイの顔を見て、ニヤニヤしながら言った。


 「好きな人の好きな人になりたいっていう甘酸っぱい恋ごふぉ!」


 突然ルイの頬にカイの拳がめり込み、ルイの顔から笑顔が消えた。

 その後はもう片方の拳も振り上げているカイの腕を必死に掴んで諌め、殴られたルイの頬を冷やそうと冷凍庫を開けると、氷どころかなんの食材も入っていないことに驚いたり、そんなことをしている間にルイとカイが取っ組み合いをしていて急いで間に割って入ったり、落ち着いた頃には三人ともぐったりとソファに座り込んでしまっていた。


 「いい歳して取っ組み合いの喧嘩なんて…」

 「兄貴が余計なことを言うからだ」

 「カイがいつまで経っても素直にならないからでしょ」

 「そ、そういえば!私、これからどうしたらいいの?」


 再び始まりそうな兄弟喧嘩を止めようと私は大きな声でカイに話しかける。

 カイは少しバツが悪そうな顔をした。もしかしたら閻魔があの書類を破ったことは想定外のことで、それはかなり大変なことなのかもしれない。


 「その話はもうちょっと待ってくれる?」


 ルイがソファから立ち上がり、カイの目の前に立った。

 また喧嘩が始まるのかと思い半ば呆れつつ止めようと声をかけようとした所で、ルイの手に大きな鎌が握られているのを見つけ、ヒッと情けない声が出た。


 「ちょ、ちょっと!ただの兄弟喧嘩でそんなもの持ち出さないで!」


 いくら死神同士の喧嘩だからといって、私は人間だ。目の前で鎌なんか振り回されたらたまったもんじゃない。……私はもう死んでるけど。


 「……いや、いいんだ。罰は受ける」

 「え?」


 鎌を持ち出したルイを止めようとした私をカイが制止する。

 次の瞬間、大きな鎌がカイの首をはねた……と思ったがカイの首はくっついたままだ。しかし、ガクンとカイが膝を付き、苦しそうに呻き声を上げている。

 そんなカイにルイは肩を貸し、寝室へ向かっていった。先程確かに持っていたはずの大きな鎌はどこにも見えない。

 私はただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 「ごめんね。でも、カイは大丈夫だから心配しないで」


 しばらくすると寝室からルイだけが戻ってきて、笑顔で私にそう告げた。私が余程不安そうな顔をしていたのだろう、ルイは「本当に大丈夫だから」と付け加えてそっと私の頭を撫でる。


 「……死神は不老不死だけど、死の苦痛は感じる。だからカイがペナルティを受ける時はいつも僕がやってあげてるんだ。自分でやるのは、怖いだろうから」


 ルイは悲しそうに笑い、なんで?と言いかけた私の唇を人差し指で止める。

 その時、閻魔が言っていた話を思い出した。たしか、自分が担当する人間が決められた寿命より早く死んでしまった場合、その担当の死神はペナルティを受ける、というような内容だった気がする。


 「違うよ」


 私のせい?という言葉に出せなかった問いかけに、ルイは真剣な顔で否定する。


 「君が寿命より早く死んだのは、カイのせいだから」


 ルイは悲しく優しい声で教えてくれた。

 まず、死神は自由に姿形を変えることができるということ。つまり思いを形にすることができるということだった。

 強く願えば自分の姿形以外のことも変えることが出来てしまう場合があるらしく、カイは思いの強さから度々人間の生死に影響を与えてしまっているようだった。


 「5歳の女の子にね、イタズラしようとした近所のおじさんが許せなかったんだろうね。強く願いすぎたあまり、女の子の目の前でおじさんがトラックに轢かれるっていう運命を呼び込んでしまった」

 「!?」

 「……本当は、女の子はイタズラされて、その後たまたまそれを目撃した人からの通報で、おじさんは現行犯逮捕されるはずだったんだよ。それがその女の子の定められた運命だったのに」


 目の前にいた人間が、所々潰れてピクリとも動かなくなった光景を思い出し、こみあがってくる吐き気を必死に抑えた。


 「確かに、女の子はイタズラされずに済んだ。だけど、女の子は目の前で人が轢き殺されたという別のトラウマを抱えることになった。おじさんは現行犯逮捕され司法の元で裁かれるはずが、一瞬にして命を奪われた。そして、トラックの運転手は、人殺しのレッテルと罪悪感を抱えて生きていくことになった」


 私はこの事故のその後を知っている。

 亡くなった男性の一人暮らしの自宅から、幼い女の子の写真が大量に見つかり、中には自身の暴行の様子を撮影したビデオまであったことから、大きな騒ぎとなった。

 お母さんは、もしかしたら私もあんな目にあわされていたかもしれない、こんなこと言っちゃダメだけど、トラックの運転手には感謝してもしきれない、と泣きながら私を抱きしめた。

 私はしばらく車が走る音に敏感に反応し怯えてしまうため、外出することが出来なくなったけど、時間と共にトラウマは薄れていった。


 「……君は全てを知るべきだと思う。ごめんね、僕はカイのことが大事なんだ。たった一人の弟だから」


 ルイは震える私の手をぎゅっと握りしめた。


 

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