2.髪型・髪色自由、ネイルOKの職場
「あの……ここは一体……?」
少々強引に女の子に手を引かれて建物の中に入った私は、自分の目を疑った。建物の中にはたくさんの人がいたのだが、全員に様々な形の角が生えている。
さっき死神が女の子のことを閻魔と呼んでいたり、この建物の雰囲気だったり、建物の中にいる角の生えた人たちだったり、ここはもしかするとやっぱりそういう場所で間違いないのだろう。
「ここあたしの家兼職場」
「なるほど?」
最終的に女の子に連れてこられたのは、大きな部屋に書類が山積みになっている大きな机があるだけの殺風景な部屋だった。
建物に入ってからこの部屋にたどり着くまでに10分くらいかかった気がする。見た目の割に建物の中は広く複雑な作りをしていた。
「ん-、とりあえず自己紹介からね。あたしは閻魔。閻魔大王って聞いたことぐらいあるでしょ?」
「はい、まぁ。死んだ人間が悪い人間か良い人間か判断する人……みたいな?」
「そうそう!それ、あたしの仕事」
「え!?」
軽くパーマのかかった長い金髪に、キラキラした長い爪、つけまつげもばっちりつけて、100人が100人彼女を見てギャルだと思うような見た目だ。服装はなんとなく高校生っぽい恰好をしている。高校生ギャルにしか見えないその少女は自らを閻魔大王だと名乗った。
「???」
「ん-、まぁ信じられないと思うけど、髪型も髪色もネイルも自由だからさ、うちの職場」
そういう問題じゃないんだけど……という言葉を飲み込んで私は一旦彼女を閻魔大王だと受け入れることにした。閻魔大王が女性だろうが、どんな格好してようがどうだっていいじゃないか、多様性だ、と自分自身を納得させる。
「で、このポンコツは死神。名前はカイ」
カイ、と紹介された死神を見ると、小さく頷いていた。名前があるんだったら最初に自己紹介くらいしてほしかった、と再び死神、いや、カイにイライラしていると、いろいろ察したらしい閻魔さんは私に死神について説明をしてくれた。
まず、死神は担当する人間が寿命を全うできるようサポートしているということ。不慮の事故や事件はもともと運命で定められている場合もあれば、何らかのトラブルで突発的に起きてしまうことでもあるようで、担当する人間が寿命よりも先に命を落としそうになっている時には、死神の生命力を与えて生きながらえさせる。
ただし、完全に死亡してしまうと生き返らせることはできず、本来の寿命を余らせることになってしまうため、そうなってしまった場合、担当の死神にはペナルティが与えられるという。
「……ペナルティ?」
「そ。今回はあんたが寿命より先に死んじゃったから、あんたを守れなかったカイがペナルティを受けることになる。まぁ別にあんたには関係ないことだから気にしなくていいよ」
ペナルティと聞き、少しだけカイに申し訳ない気持ちが生まれる。そもそも私が死んだのは自分の不注意だ。私がデートに浮かれて履きなれないヒールで出かけるからあんなことになった。意識がなくなる前に見た佐々木先輩の顔を思い出し、心臓がきゅっと苦しくなる。
「そんで、死んだらこの『魂返還申請書』を記入して、あたしのとこに連れてくる。それがカイの、死神の仕事」
カイが先ほど私が記入した『魂返還申請書』を閻魔に手渡す。彼女は申請書を受け取るとビリビリと破いてしまった。
普通申請書類というものはきちんと扱うべきものだが、ここはおそらく地獄の入り口だ。なんてたって閻魔大王がいるんだから。それなら申請書類をこうして破くことは閻魔大王らしい行動といえる。
「……どういうことだ?」
カイの低い声が響く。私はてっきり書類を破くのは普通のことなのかも、と受け入れようとしていたため、カイの動揺と怒りの混ざった声にびくっとした。
どうやらここでも申請書類を破るという行為は問題らしい。カイの表情は驚き、といったところだろうか。閻魔は、明らかに不機嫌な顔をしている。
「さっきも言ったでしょ?もうあたしは限界なの。これ以上今生きてる人間の寿命伸ばしたら余計に少子高齢化がすすむっつーの」
閻魔は机の上に座り、足をぶらぶらさせている。私は再び訪れた二人の一触即発の空気に緊張して固まってしまった。
「……行こう」
突然カイが私の腕を引っ張り、どこかへ行こうとする。何にそんなに怒っているのか、どこに行くのか、聞きたいことはいろいろあったが、私は黙ってカイに連れられて部屋を立ち去った。
◇ ◇ ◇
ばたんっ、と音を立てて閉められた扉を眺めながら、閻魔は悲しそうに笑っていた。
あたしは生まれた頃から閻魔大王だった。死んだ人間が天国に行くか地獄に行くか判断するのが面倒になった神があたしを作った。
ギャルっぽい見た目なのは完全に神の趣味だ。胸糞悪い。
「申請書、いいなぁ」
閻魔は先ほど自分が破り捨てた橘あずさの申請書を拾い上げ呟いた。『魂返還申請書』には三種類ある。人間用、悪魔用、天使用。そう、死神と閻魔大王には魂返還申請書がないのだ。つまり、なにがあっても閻魔は閻魔の役割を、死神は死神の役割を放棄することはできない。不老不死故の運命だった。
天使や悪魔は不死ではあるが不老ではないため、頃合いを見計らって申請書を提出することで人生を終える。人間と同じように結婚し子供を設けることもできる。
神は最初に閻魔大王を生み出した。寿命を迎えた人間が送り込まれ、地獄か天国か判断する毎日だった。しかし、ある時を境に寿命を迎えていない者が次々と送り込まれるようになってしまった。戦う意思のない者までも巻き込む、戦争というものを人間が生み出したからだ。そこで神は死神を作った。人間の寿命を奪うためではなく、守るために。
あたしは神が死神を作ることに反対した。作るべきではなかった。カイのように人間に恋をしてしまう死神が出ると思ったから。
自分の愛した人間が死にそうになっていたら、たとえそれが運命で定められた寿命だったとしても掟を破って生命力を分け与えてしまう。
自分の愛した人間が、死んだほうがましだと思うほどつらい目に遭っていたら、たとえ寿命が余っていても掟を破って殺してあげてしまう。
絶対に報われることはない。あたしと同じ思いを味わってほしくなかった。
「おい」
突然一番嫌いな奴が目の前に現れた。あたしはこいつがここに何の用で来たか分かっている。橘あずさの年表を確認しに来たのだろう。
あたしは何も言わず一枚の紙をこの忌々しい奴に渡した。
「……やっぱりね~。カイも毎回毎回飽きないねぇ~」
「確認したんならさっさと帰ってくんなーい?」
「え?閻魔ちゃん機嫌悪いじゃん。どしたの」
……人類に問いたい。こんなふざけた野郎が神でいいのかと。黒く焼けた肌に柄シャツ白短パン。人をおちょくる話し方。本当に不愉快だ。
「閻魔ちゃん、今回の橘あずさはどんな人間?」
「……」
「今回の橘あずさも、カイがしたこと知ったら怒るだろうね~」
神から返された橘あずさの年表に再び目を通す。
『2XXX年〇月□日、午後10時32分11秒。△△駅の階段で転落しそうになったところを、会社の先輩である佐々木貴之に助けられる。』
気付けば神は姿を消しており、閻魔は何度目かの深いため息をついた。




