第二十五話 国防軍の横槍
——時は少し遡り、空也が王宮を飛び出した直後。
「ちょっと瀬川君、本当なの⁉︎ 九条家が襲われているって——」
ミサは隣を走る少年に大声で問いかけた。
「本当だよ。さっき【索敵】したから」
有効範囲広すぎるでしょ、と思ったが、ミサは口にはしなかった。
「……状況は?」
代わりに、短い問いを投げかける。
空也は意外そうな表情を浮かべた後、それに答えた。
「かなり悪い。複数に襲撃されているみたいで、一人厄介そうな魔法師がいる。今は籠城しているみたい。それと、外では複数の魔法師が混戦になっているっぽい」
「国防軍とやり合っているのかもしれない。あいつら、貴族の厄介事にはすぐに首を突っ込んで恩を売りたがるから」
「なるほど」
空也は少し考える素振りを見せた。
「じゃあ、僕が籠城組に加勢するから、片桐さんは国防軍の方をお願い。多分、押されているから」
「……私に、安全な方へ行けって?」
ミサは多少の非難を込めて聞いた。空也の実力が申し分ないのはわかっているが、戦闘の中心は確実に籠城している方だ。魔力を取り戻したばかりの空也は心配でもあり、ミサの中にもSランク冒険者としてのプライドもあった。
ミサの問いに対し、空也は直接的な返答はしなかった。
「片桐さん、体術は得意?」
「……いいえ。貴方ほど得意ではないわ。多分、足元にも及ばない」
これが普通の会話での質問だったなら、ミサは「そこそこ得意だ」と答えただろう。他の魔法師に比べたら、ミサも体術は扱える方だ。
しかし、空也の質問は他の魔法師を比較対象としていなかった。彼が聞きたかったのは、自分と比べて体術が得意かどうか。それを理解していたからこそ、ミサも首を横に振った。
「だったらさっきの役割が良いと思う。それに、何の実績もない僕より片桐さんの方が国防軍とうまくやれるだろうし」
「……わかった」
空也の考えには筋が通っていたため、今度はミサも反論はしなかった。その代わりに小言を一つ付ける。
「でも、やばそうだったら無理はしないでよ。多分、九条家の敷地内くらいなら私も【索敵】で探れるから」
「了解。ありがとう。そっちも気をつけて」
「うん。お互い、健闘を祈ろう」
方針を立て終え、二人はさらに速度を上げた。
◇ ◇ ◇
戦闘が行われていたのは九条家の正門付近だった。
ミサの推測通り国防軍と襲撃者がやり合っており、空也の言葉通り国防軍が押されていた。
襲撃者と思われるのは二人。どちらも黒いフード付きのマントを羽織っている。
その片方は剣を持っていた。魔力量を探るに【無能力者】ではない。
剣使いの魔法師とは珍しいな、と思いながらSランク冒険者【光の女王】として活動する際に使用する仮面を被り、ミサは戦場のど真ん中に降り立った。
「お、お前はっ!」
「……光の女王か」
驚愕の声を上げたのは国防軍の一人で、正体を告げたのは襲撃側の男だった。
「状況は?」
ミサは国防軍のリーダーらしき初老の男に尋ねるが、その男は苦々しい表情を浮かべただけですぐに返事をしなかった。
その隙を見て、襲撃者たちが魔法を放ってくる。それを【魔の結界】で防ぎながら、ミサは再度尋ねた。
「状況はどうなっているのですか?」
「九条家が賊に襲われました。この二人はおそらく足止め。賊の主力部隊はすでに屋敷内に侵入していると思われます」
答えたのは国防軍の若い女だった。
「お、おい、宮城っ」
「渡会さん、我々だけでは奴らに勝てません」
初老の男——どうやら渡会というらしい——が咎めるような声を発するが、宮城はどこ吹く風だ。
ミサも聞きたいことは聞けたので、額に青筋を立てる渡会のことは放っておき、意識を襲撃者たちに戻した。
「目的は何?」
「素直に言うと思うか?」
「言わないなら言わせるだけよ」
ミサは、【魔弾】をいくつも生成した。
◇ ◇ ◇
よりにもよってなぜ光の女王がここに——。
シュウとミキはため息を吐きたい気分だったが、戦闘モードのSランク冒険者の前ではそんな余裕すらなかった。
ミサが生成していた【魔弾】を放った。ミキは【氷の障壁】を作ってそれを防ごうとするが、
「ぐっ……!」
予想以上の威力に、ミキは慌ててさらに魔力を込めた。【魔弾】は比較的誰でも使える代わりに威力は高くない技だが、それでも使い手が強ければ一撃も重くなるのだ。
ミキの様子を観察するように【魔弾】を放っていたミサが、今度は小さな炎の塊を何個も作り出した。
ミキは目を見開いた。
「【火弾】——!」
「ご名答」
ミキがその技の名を叫ぶころには、無数の炎の銃弾が氷の壁に降り注いでいた。ミキは耐えきれないことを悟り、横に大きく跳躍した。
そこに、ミサが【身体強化】を使って接近してくる。
至近距離からの攻撃。ミキに防ぐのは不可能な状況。
しかし、それはシュウとミキの狙い通りだった。
「背後、もらった!」
「【氷炎圧縮】!」
敵を挟み撃ちにして初めて発動できる、シュウとミキの正真正銘最強の切り札だった。
二人から放たれた氷と炎の息吹が球を形成してミサを包み、小さくなっていく。極寒と灼熱に圧縮された彼女の体は見るも無惨な姿になって——、
いなかった。
「……はっ?」
「……えっ?」
シュウとミキとて、死なないかもしれないとは思っていた。
しかし【氷炎圧縮】はAランク冒険者すらも葬ったことのある必殺技。それを無傷で切り抜けたミサを前にして、二人は平常心ではいられなかった。
全く通じていない。そのことを脳が理解したときには、二人の体は吹き飛ばされていた。
「ぐあ……!」
「がっ……!」
それぞれが屋敷の門に背中を打ちつける。シュウは何とか意識を保ったが、彼より体の弱いミキは完全に気絶していた。
ミサが一瞬で距離を詰めてくる。
「悪くはない技だったけど……まだ足りないかな」
その表情には余裕があった。圧倒的強者にしか許されない絶対の自信を前に、シュウはどう足掻いても叶わない相手が目の前にいることを認めざるを得なかった。
そして、同時に悟る。先程の【氷炎圧縮】。目の前の画面の女は——、
「あえて……避けなかったのか」
「まあね」
「……ははっ」
シュウの口から、乾いた笑い声が漏れた。彼はもはや、悔しさすらも感じていなかった。
その胸に広がるのは、諦念だけだった。
◇ ◇ ◇
気絶したミキと満身創痍のシュウを見て、ミサは【索敵】を使用した。数秒も経たないうちに空也が敵を圧倒している様子が感じ取れたため、ミサの心にも余裕が生まれる。
こいつらを回収して、さっさと屋敷内を援護しに行こう——。
ミサはシュウとミキの身体を拘束して持ち上げ、屋敷へと歩き出そうとした。
「おい、待て!」
しかし、背中から決して友好的とは言えない声がかけられ、ミサは足を止めて振り返った。
「何ですか?」
「そいつらは元は我々が相手をしていた。大人しく身柄を引き渡してもらおう」
それが当然であるかのように手を出してくる渡会に、ミサは危うく吹き出しそうになった。数の利がありながらも押されていて、ミサが来てからは観戦することしかできていなかった彼らのどこに、襲撃者たちの身柄を確保する権利があると言うのか。
平時ならば、ミサは少なくとも嘲笑は浮かべていただろう。
「お断りします」
しかし、ミサは今回は務めて丁寧に断りを述べた。九条家の護衛として裁判に参加していたミサの言動は、場合によっては九条家に不利益を与えかねないからだ。
だが、丁寧に断ったからと言って引き下がるほど、相手に可愛げはなかった。
「なぜだ? 王宮の元で国家を支えている貴族への襲撃は、もはや国家を脅かしていると言っても過言ではない。その身柄を我々国防軍が引き受けるのは至極当然だと思うが? ああ、もちろん汝にも、逆賊逮捕に協力した功績として何か褒美をやるぞ——Sランク冒険者」
その態度は冒険者を、ミサを明らかに馬鹿にしていた。最近の国防軍は冒険者、そして特にミサを含むSランク冒険者に戦力的に大きく遅れをとっている。相当鬱憤が溜まっているのだろう。
ただ、舐められている理由がわかったところで怒りが収まるわけでもないし、その理由が理不尽なものであるなら尚更だ。
ミサは何発か殴りたい衝動に駆られたが、それは仮面の下に鎮めた。そして、丁寧な口調、穏やかな物腰で反論する。
「しかし、此度の襲撃は九条家の敷地内で起きたこと。九条家側の被害も出ている。その処遇を我々だけで決めてしまうのは、王宮の元で国家を支えている九条家に対して不義理ではありませんか?」
「ぐっ……!」
相手の言い回しをそのまま使ってやれば、渡会は怒りに顔を赤くしながら顔を歪めた。
「……だが、そもそもお前は冒険者だ。魔物を殺すのが冒険者の役目で、民や国家を守るのが我々国防軍の役目だ。ならばその逆賊の身柄は、少なくとも今は我々が預かるべきであろう」
「いえ、ですから——」
大義名分を振りかざす渡会を内心で鼻で笑いつつも、ミサは同時に不審感も覚えていた。
犯罪者の身柄の所有権に関しては、線引きが曖昧な部分が多い。平民への犯罪に関しては見て見ぬふりをすることが多い国防軍は、貴族が関わると途端にしゃしゃり出てくる。
しかし、今回に関しては往生際が悪すぎる。貴族、それも王宮との関わりも深い九条家の敷地内で、その九条家と繋がっているミサを相手にここまで食い下がってくるのに、ミサは違和感を覚えていた。
この黒いフードの一団は、王宮でマークしている犯罪組織なのかもしれない——。
ふとそんな考えが浮かんだとき、ミサは自らの背後にいたシュウとミキの魔力が突然膨張するのを感じた。
「何⁉︎」
まるで自爆する前の魔物のようだ、とミサが頭の片隅で思ったとき、二人の体が弾け飛んだ。
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