第二十四話 本来の実力
侑斗の【魔の波動】は、空也の実力の一端を把握していた沙希にさえ防ぐのは不可能なタイミングと速度だと思われた。それだけ侑斗の技は完成されていた。
にも関わらず、空也は文字通り片手間でそれを防ぎきってみせた。
「まさか、あの一瞬で障壁を構築したってのか⁉︎」
襲撃者の一人が挙げた悲鳴にも近い声は、その場にいる全ての者の心の声を代弁していた。
「違うよ。魔法発動の兆候は感じ取れていたから、前もって準備していたんだ」
空也の簡潔な説明に、沙希はヒナを見た。彼女は首を振った。
つまり、九条家で一番の【索敵】使いであるヒナをもってしても感じ取れなかったその兆候を、空也は感じていたということだ。それも、複数人の剣を相手にしながら。
「【絶対領域】といい【魔の波動】といい、難しい技を使いこなせてるね。どこで習ったの?」
そんな圧倒的な強さを持ちながら、空也はコウのときのようにすぐにトドメを刺すことはせず、悔しさからか拳を地面に叩きつける侑斗に話しかけていた。その顔は、いっそにこやかと言っても良かった。
侑斗のことを格下だと思って油断しているのか、と沙希は思ったが、それは違うのだと空也の横顔を見てすぐに思い直した。
一見穏やかな笑みを浮かべている空也の表情には、よく見れば一寸の隙もなかった。格下だと思っているわけではなく、彼は侑斗のことをしっかり警戒している証拠だ。
しかし、沙希がそのことに気づけたのは、ともに死線をくぐり抜けた仲だったからだ。
ほとんどの者は空也が侑斗のことを舐めていると感じていた。護衛隊の中には「何で早くやらねえんだよ」と、小声で不満を呟く者もいた。
そして侑斗も、その場の大勢と同じように空也に舐められていると感じていた。
地面に手を打ちつけて悔しがる演技——と自分では思っている——を続けながら、馬鹿なやつだ、と侑斗は内心で笑った。
(天は二物を与えない。いくら強くても頭が馬鹿じゃどうしようもないね)
内心で空也への罵倒を続けながら、侑斗は自身の体内に存在する【魔法展開補助装置】に意識を向けた。
その【魔法展開補助装置】は、発動速度に重きを置いたもの。先程の【魔の波動】への対応を鑑みても、空也が反応できないことを侑斗は確信していた。
せいぜい、守れるのはお前自身の命だけだ、雑魚が。ざまあみろ——
「……【自爆球】」
侑斗は【魔法展開補助装置】に魔力を注ぎ込んだ。空也を含めた数名が顔色を変える。
しかし、それは無意識下で反応しただけで、「侑斗が魔法を発動させた」と彼らの脳が認識するころには、その場にある十二個の爆弾が爆発している——はずだった。
しかし、実際には爆発は起きなかった。
「……はっ?」
侑斗の口はあんぐり開けられたまま固まった。疑問符がその脳内を飛び交う。
——なぜ、爆発していない?
——魔法が発動しなかったのか?
——いや、ちゃんと発動はされていた。
——では、なぜ爆発は起きていない?
——なぜ、彼らは生きている?
——なぜ、自分は生きている?
混乱する侑斗が唯一理解できたこと。それは、自分の魔法を阻止したのが両の手のひらを広げている空也であるということだけだった。
◇ ◇ ◇
現状を把握できていないのは空也も一緒だった。
彼は確かに侑斗の魔法発動を阻止することには成功していたが、それがどんな魔法なのかは理解していなかった。
それでも、空也にもわかっていることはあった。
自分のすべきことだ。
侑斗にほとんど魔力が残っていないことを【索敵】で確認した空也は、裁判で浩二郎にしたように、土の縄で敵の総勢十二名を確保した。ついでにコウの止血も済ませる。体は丈夫なようだし、すぐに死ぬことはないだろう。
侑斗をはじめとして、敵は誰一人として抵抗する様子を見せなかった。その空也を見る目には、ただ畏怖のみが浮かんでいた。
「……何が起こったのですか?」
「わかりません」
佐々木の問いに空也は首を振った。
「彼が魔法を発動した直後、彼を含めた賊の全員の体内に異様な魔力を感知したので、咄嗟にそれを消滅させたのですが……」
空也の言葉に佐々木は息を呑んだ。しかしそれは一瞬のことで、彼はすぐに冷静な表情に戻った。そして呟く。
「それは……【自爆球】かもしれませんな」
「【自爆球】?」
「自爆のための【魔法展開補助装置】です。使用者本人の魔力を吸い取って膨張し、爆発します。使用者の体内に埋め込んで使用するもので、形状が球体なので【自爆球】という名前がついたのですが……魔法の使用者は彼だけでしたか?」
「はい」
二人の視線は侑斗に固定されていた。
「他の者にはあれを発動させるための魔力はありません」
「ふむ……そうなると、【自爆球】を改良したものを使用したのかもしれませんな。あれには本来、他人の体内の爆弾まで爆発させる能力はなかったはず」
「なるほど」
一つくらいは破壊せず残しておくべきだったか、と空也は後悔したが、その後悔は長くは続かなかった。それは空也が元々ウジウジ悩まない性格だったというのもあるが、今回は、
「瀬川さま」
ヒナが話しかけてきたため、意識を切り替えたのだ。
「何?」
「ミサさまも来ているんですか?」
「うん。正門付近にいるよ」
ヒナが頷く。ミサがどこにいるのかなど、【索敵】が得意な彼女にもわかっていただろう。
だからこの空也の言葉は、隣にいた佐々木や沙希への説明の意味合いが強かった。
「……無事なの?」
「うん。怪我もしていないっぽい」
沙希の簡潔な問いを肯定すれば、彼女はホッと息を吐いた。
「一緒にどなたかいるようですが……」
「ああ、それは多分国防軍第三隊の人たちだね」
「……なぜ、第三隊の者たちが? ここら一帯は第一隊が警備を行っているはずですが」
佐々木が首を傾げた。
「それは多分、というか確実に僕のせいです」
「裁判は終わったのでしょう?」
どうして、という抽象的なものではなく具体的な質問をしてきた佐々木の頭のキレに感服しながら、空也は答えた。
「裁判は無事終わったのですが、その直後に少し強引に王宮を抜け出してきてしまったので」
空也を止めようとした王宮の者たちがその場にいたら間違いなく「少し」ではなかったと抗議するだろうが、それは空也にとっては関係のないことだった。
「……豪快ですな」
佐々木は呆れたような笑みをこぼすが、沙希とヒナはまだ衝撃で固まったままだ。
そのとき、何気なく二人に目を向けた空也は、とあることに気がついてしまった。
「沙希さん。ちょっと」
空也は沙希の左側から肩を組むように彼女の右肩に手をかけた。
「えっ、ちょっ……?」
沙希が戸惑いの声を上げるが、空也は半ば強引に彼女を物陰に連れて行った。
その一歩間違えればナンパにしか見えない行為は、あまりにも唐突に素早く行われたため、近くにいた佐々木とヒナですらも反応できなかった。
◇ ◇ ◇
ナンパされている——などという勘違いはさすがにしなかったが、それでも沙希は突然の空也の行動に戸惑いと恥ずかしさを覚えていた。
が、彼女はこの後すぐにそれ以上の羞恥を味わうことになる。
「うん。ここなら良いかな」
「どうしたの……?」
沙希の質問に、空也は視線を逸らしたまますぐには答えなかった。人の目を真っ直ぐに見て話す空也にしては珍しい態度だ。
沙希が不審に思っていると、彼は歯切れの悪い口調で答えた。
「本当はもっとスマートにやるべきなんだろうけど……ごめんね」
視線を外したまま、空也は人差し指を沙希の身体へ向けた。
その指先を辿り——、
「っ!」
沙希は腕を自分の身体の前でクロスさせた。
沙希の戦闘服のちょうど胸の辺りが真一文字に破れていたのだ。そこからは、沙希の真っ白の下着が顔を覗かせていた。
なぜこうなってしまったのか。
タイミングとして考えられるのは一つ。沙希がコウに切られそうになった瞬間だ。間一髪で空也がコウを殴り飛ばしたため切先が沙希の服を裂いてしまったのだろう。
首から下げていたペンダントが無事だったことは不幸中の幸いだが、空也が来て以降ずっとこの下着を見せた状態だったこと、そしてそれをよりにもよって空也に見られていたことを自覚し、沙希の顔は赤みを帯びた。
「ごめん」
「……別に。空也が悪いわけじゃない。むしろ感謝してる」
それは沙希の本心だった。先程の行動も、沙希の下着が周りからは見えないようにしてくれていたということは沙希にもわかった。裏を返せば空也が沙希の現状を把握しているということでもあるが、それは仕方のないことだろう。
それに、別に空也になら見られても——、
「えっ?」
沙希は思わず声を出してしまった。何を考えているのだ、自分は。
「どうしたの?」
「う、ううん。何でもない」
さらに顔が熱を持つのを自覚しながら、沙希は首を横に振った。そして、空也の背中に告げる。
「私、着替えてくる」
「わかった」
沙希は素早くその場を離れた。九条家護衛隊副隊長としてそうすべきだと思ったし、いくら感情の起伏が薄いとは言っても沙希も年頃の少女だ。
その場に留まり続ける——空也の近くにいるのは、精神衛生上よろしくはなかった。
◇ ◇ ◇
沙希を見送ると、空也は元いた場所に戻って佐々木とヒナに事情を説明した。
「そうだったのですな」
「おっ始めるつもりじゃなかったんですね——イタッ!」
ヒナが頭に手を当てる。空也が叩いたからだ。もちろん軽く、ではあるが。
「メイドとしても年頃の少女としても、今の発言はいただけませんな」
「はい、申し訳ありません。つい……」
佐々木に叱られ、ヒナはシュンと小さくなった。
その微笑ましい(?)やり取りに頬を緩ませた空也だが、その表情はすぐに引きしまったものとなった。前後から人間が近づいてくる気配に気がついたからだ。
空也は【索敵】を自身を中心とした円状に、最大限まで広げた。
前方の人数は一名。おそらくは——、
「瀬川さま」
どうやらヒナも気がついたようだ。
「誰かが前方からこちらに向かってきています」
「多分、その人も第三隊の人だね。何となく気配に覚えがある」
「瀬川さまを捕まえに来たんでしょうか……」
「うーん、まあ、大丈夫でしょ」
不安そうな表情を浮かべるヒナに対し、空也は人によっては適当とも取れる返事をした。
それはしっかり返答するのが面倒だったからではなく、
「空也さまっ!」
「萌波ちゃん」
九条家の見習いメイドである山下萌波が抱きついてきたため、会話を中断する必要があったからだ。
美穂やメイドたち非戦闘員はまとめて八城の【魔の結界】内で待機していたはずだが、その結界は外からの侵入を防ぐもので、中から出ることは制限されていない。ヒナや沙希を除けばメイドの中で一番空也と一緒にいたであろうこの少女は、それを良いことに飛び出してきてしまったらしい。
「どうしたの?」
「助けに来てくれてありがとうございます! 空也さま、格好良かった!」
「そっか。ありがとう」
空也がその頭を撫でれば、萌波はえへへ、と頬を緩ませた。
「でも」
空也はその頭に手を置いたまま、萌波の丸い瞳を覗き込んだ。
「あの結界から出ないように言われていたでしょ? お礼を言いにきてくれたことはすごい嬉しかったけど、危険だからちゃんと結界の中にいないとダメだよ」
「えー……」
その膨れっ面はとても可愛らしいが、これもこの子のためだと空也は自らに言い聞かせた。
「萌波ちゃんが怪我でもしたら大変だし、僕が悲しいからさ。だからお願い。ね?」
「うーん……空也さまがそう言うなら、そうする!」
「ありがとう、萌波ちゃん」
空也が萌波の手を引いて結界の中まで連れて行こうとしたとき、彼らのいるホールの扉が開かれた。
そのこと自体は空也も【索敵】で把握していたし、全て穏便に済ませられるとは思っていなかった。
しかし、扉から入ってきた人物のその行動は、さすがの空也も予測できなかった。
「私は国防軍第三隊所属の國塚祐馬です。瀬川空也、無駄な抵抗はやめて大人しく捕まりなさい」
祐馬と名乗ったその人物は、空也に向かっていきなり魔法を展開したのだ。
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