第二十一話 三度目
「どうして……!」
沙希は声を絞り出した。
融合魔法で沙希の攻撃を防いでみせたシュウとミキはいない。【無能力者】であるコウに、沙希の本気の【光の咆哮】を防ぐ手立てはないはずだった。
沙希の疑問は、すぐに解消された。
「さすが、九条家の護衛隊副隊長は躊躇いがないね」
拍手をしながら姿を現したのは、沙希や空也よりも幼いであろう少年だった。
「まさか……!」
「君の【光の咆哮】はなかなかな威力だった。まあ結果としては、お仲間のメイドさんを肉塊に変えただけだったけど」
「可哀想になぁ。お前が油断してなきゃ防げていたかもしれねえのによ。仲間殺しただけとかマジで雑魚すぎんだろ」
「油断していたのはお前も同じだろ。俺の計画がなければやられていたんだから偉そうにするな」
「へいへい」
そのやり取りを見ていれば、ヒナを犠牲にする計画を立てたのは少年であってコウではないことはわかった。しかし、コウが虎の威を借る狐であることがわかっても、今の沙希にはそれを嘲笑う気力も湧かなかった。
沙希がやったことはヒナを殺しただけ。九条家を守ることも、復讐を果たすこともできなかったのだから。
「もう……いっか」
沙希は全てを諦めた。
急速に意識が薄れていく。
「あの人質は生かしておくように言われていたでしょ」
「まさかメイドごと殺そうとしてくるとは思わなかったぜ。まあでも、結果的には良かったじゃねえか。こいつのあの絶望の表情は最高だっただろ?」
「……はあ」
「あっ?」
「何?」
「な、何でもねえよ」
二人の会話がぼんやりと聞こえる。
「それより侑斗、どうすんだ? こいつは。放っておいても死にそうだが」
「殺すに決まっているでしょ」
視界の端を銀色が横切った瞬間、沙希の視界はブラックアウトした。
◇ ◇ ◇
「――、――き」
柔らかい声が聞こえる。
「ねえ、沙希っ」
「……えっ?」
クリアになった沙希の視界では、皐月が心配そうな表情を浮かべて沙希の顔を覗き込んでいた。
「えっ、じゃなくて、大丈夫? 急にぼーっとして」
「皐月……様?」
「貧血? 前にもこういうことあったよね。大丈夫?」
「……はい……」
紗希は動揺を抑えつつ頷いた。この状況、既視感がある。以前ループしたときとそっくりだ。
しかし、沙希はすぐに自分を抑えきれなくなった。視界に佐々木やヒナ、美穂の姿が飛び込んできたからだ。
「……すみません。やっぱり少し休ませてもらっていいですか?」
「ああ。そうした方が良いようだな」
大河が頷いた。
「ヒナ、部屋まで送って行ってやれ」
「はい。沙希、大丈夫?」
「……うん」
「こんなしおらしい沙希、初めてだよ」
ヒナが快活に笑った。それだけで、沙希の目からは涙が溢れそうになった。
「……申し訳ありません。それでは失礼いたします」
深くお辞儀をしてから、ヒナに付き添われて沙希は部屋を出た。
沙希の自室にはすぐたどり着いた。
「ごめんね……ヒナ」
「何言ってんの。このくらい全然良いって。何か持ってくる?」
「……大丈夫」
「そう。じゃ、ひとまず休んで。定期的に様子は見にくるから」
「うん……」
バイバイ、と手を振ってから、ヒナはそっと扉を閉めた。
沙希は布団に体を投げ出した。
「……ごめんなさい」
枕に顔を埋めながら呟き、沙希は目を閉じた。
◇ ◇ ◇
体を揺り動かされる感覚がして、沙希は目を覚ました。
「ん……」
「沙希? 大丈夫? すごいうなされていたから起こしたけど……」
「ひ、な……?」
薄っすらと目を開けると、ヒナが沙希の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「様子を見にきたんだけど……って、沙希!?」
ヒナが目を見開く。
「何……?」
「何で泣いているのっ?」
「……えっ?」
沙希は、自分が涙を流しているのを自覚していなかった。そして驚く。自分も泣くことができたんだな、と。
「ちょっと、本当に大丈夫? 怖い夢でも見た?」
「怖い夢……見たかも」
——あれが夢なら、どんなに良かっただろう。
「でも……大丈夫」
沙希はヒナの目を見てはっきりと告げた。
「……そっか」
沙希の目をじっと見つめたあと、ヒナはふっと安心したような笑みを浮かべた。
その顔を見て沙希は心に誓った。
——ヒナを、いや、この子だけではなく美穂も佐々木も他の皆も、もう二度とあんな奴らに殺させやしない、と。
◇ ◇ ◇
「それでは警備体制について今一度すり合わせるといたしましょうか」
優作がその場に集まったメンバーの顔を見回す。そのメンバーは優作の他には大河、美穂、佐々木、沙希だ。吉田は用事があるとかで欠席している。
こういう場に吉田がいないのは珍しい。それがたまたまなのか、彼が不在のときに合わせてこの会議が開催されたのかはわからないが、そんなことは沙希にとってはどうでも良かった。
「基本的にはいつもと同じで良いと思います。敷地の外に結界を張りつつ、ヒナの【索敵】を中心に警戒網を張る。襲撃を受けた際には、護衛隊は美穂様の周囲を固めつつ各所に均等に配置して、細かい現場判断は佐々木さんと沙希に任せる、という形で」
「うむ」
大河が頷いた。他の者も首を縦に振っている。
前回は沙希も皆と同じ反応を示していた。しかし、それではあの惨状を繰り返すだけだ。
沙希は手を挙げた。
「一つ、よろしいですか?」
「どうした?」
「今回は、それでは危険だと思います」
「危険……というと?」
「今回は隊長を筆頭に、護衛隊の中でも有力な方々が不在です。そして、同時に開かれているのは呪術使用に関する裁判。そんな状況で襲ってくるのなら、それがただの賊であるという可能性は限りなく低い」
沙希の言葉に全員が納得の表情を浮かべたわけではないが、少なくとも反対意見は出なかった。
沙希は話を続けた。
「いつものこの布陣は複数に対処しやすい反面、局地での戦闘能力はそこまで高くありません。傑出した個の前では総崩れする恐れがあります」
沙希の脳裏には、自分の本気も本気の【光の咆哮】が易々と防がれた光景が蘇っていた。
「それは言えているな」
優作が頷いた。
「優秀な魔法師が何人もやってくるなら、沙希でも対処は難しいだろうし」
「そうね。でも沙希、貴女に何か案があるの?」
「はい」
美穂の問いに、沙希は頷いた。
「まず、見回りの数を多くして、襲撃や不審な動きがあればすぐに探知できるようにします。そして、その襲撃者が我々の手に余ると判断したら、全員で籠城した上で、第二の結界を発動させるべきだと考えます」
「第二の結界は危険だ」
優作から反対の声があがった。
「複数人の魔力で維持させることのできる外の結界とは異なり、あれは一人でやらなければならない。範囲こそ城の一部を囲むだけだから広くはないが、強度は桁違いに高いから、持っていかれる魔力量も相当なものだ。そんなものを誰に発動させる?」
「私がやります」
予想された優作の問いに、沙希は間髪入れずに答えた。
「留守組の中で一番魔力量が多いので。私ならある程度の時間は維持できますし、いざとなれば、奥様や非戦闘員の皆さんが地下へ完全に避難する時間は稼げます。あそこなら、隊長やミサさんが戻ってくるまでなら耐え凌げるでしょう」
「駄目よ、そんなの! 貴女と他の護衛を見捨てるようなものじゃないっ」
「あくまで最悪を想定した場合です。その場合、もっとも避けなければならない犠牲は奥様、貴女様です」
沙希の反論に、美穂は言葉を探すように視線を彷徨わせたが、少なくともその場での反論はなかった。
「いかがでしょう? 大河様」
沙希の問いに、大河は目を瞑ったまま即答しなかった。
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