第二十二話 籠城
「それでは皆、留守を頼むぞ」
「はい」
「お任せください」
「お気をつけて」
沙希は美穂、佐々木とともに、王宮へ向かう大河たちを見送った。
馬車に乗り込もうとする空也と目が合う。彼が手を振ったので、沙希も小さく手を振り返した。
馬車はその後すぐに出発した。土煙が上がり、すぐにその姿は見えなくなる。
馬車の向かった先から意図的に目を逸らし、沙希は自分の腕に嵌められた輪っか状のモノを指でなぞった。【魔法展開補助装置】というもので、魔法式が内蔵されている。
新しく技を覚えるときや大規模な魔法を使いたいときに使用されるもので、沙希の腕にあるのは第二の結界を発動させるためのものだ。
「沙希、何度も言うけど、第二の結界で私たちを逃すのは本当に最後の手段よ。私だって少しは魔法も使えるんだから」
「奥様のおっしゃる通りでございますぞ、沙希殿」
本人の言う通り、何度目かもわからない念押しをしてくる美穂に、佐々木も乗ってくる。
「沙希殿は九条家にとって貴重な戦力であると同時に、優秀なメイドでございます。それに——貴女という人間を、私は失いたくない」
「……承知しています」
二人の本気で自分の身を案じてくれる姿に胸を打たれながら、沙希は力強く頷いた。
沙希は、決して自己犠牲で満足するような人間ではない。自分が囮になるのも、他の方法を考えて考え抜いた上での作戦で、計算上はそれが最善策だ。ただ、同時に戦場では何が起こるかわからない。
最後まで自分も生き残る道を探ってみせる——、
それは、沙希の紛れもない本心だった。
◇ ◇ ◇
「南に複数の魔力を確認! こちらに向かってくる気配はありません!」
「東も同じく! おそらく依頼へ向かう冒険者パーティと思われます!」
九条家では、沙希の元にいくつもの情報が断続的に入ってきていた。
かつてないほど守りが手薄だからと、常時よりも索敵に人員を割くよう指示を出していたのだ。
その目的は二つ。
一つは皆を殺したであろうコウと、彼の手綱を握っていたであろう少年——確か、コウは侑斗と呼んでいた——がどこに潜んでいたのかを探ること。
そしてもう一つは——、
「副隊長! 西、正門方向に二つの強い魔力を感じます! どうやらこちらに向かってきているみたい——あっ、見張りの隊員たちがやられました!」
予想されたヒナからの報告。シュウとミキが来るであろうタイミングで、ヒナにそちらを最警戒するようなスケジュールにしておいたのだ。
「強いって、どれくらい?」
「見張りがこちらに連絡もできずにやられているので、まあまあな手練れだとは思うけど……冒険者で言えば、個人でB級ってところかな」
「わかった」
沙希は近くにいた隊員の一人を手招きした。
「正門付近に小隊を二つ増援する。外の結界を破らせないように」
「了解!」
隊員はすぐに駆けていった。
「それで良いの? 沙希なら自分が行くって言うと思ったんだけど……」
「今の状況を鑑みても、B級程度が主犯だとは考えにくい」
「あっ、確かに」
ヒナは納得したように頷いた。
そう。言われてみれば、あの二人が主犯であるはずがない。主力は別にいると、なぜあのとき思い至らなかったのか……。
押し寄せてくる後悔を、沙希は首を振って追い払った。
「じゃあ、私は持ち場に戻るね」
「あっ、ヒナ」
その場を去ろうとするヒナを、沙希は呼び止めた。
「何?」
「今度は裏門を警戒して。それと、誰か護衛を連れていって」
「護衛? 必要ないと思うけど……」
「貴女の【索敵】は生命線だから」
「……了解です、副隊長」
舌を出しながら敬礼をして、ヒナは去っていった。
◇ ◇ ◇
沙希はコウと侑斗の居場所を探るべく、指示を出し続けた。しかし、その成果が出ないうちに、外の結界が破られたという報告を受けた。
「沙希殿」
佐々木が、八城を含めた数名の護衛とともにやってくる。
「外の結界が破られたようです。どうしますか?」
「さらに小隊を派遣して、正門の二人組の襲撃を阻みつつ、我々はあの部屋に向かいます」
「……それほどの相手ですかな?」
「はい」
訝しげな佐々木に、沙希ははっきりと頷いた。
「この状況での襲撃が、正門の二人程度の戦力であるはずがない。ヒナにも気づかれないほどの部隊が潜んでいる可能性があります」
「……確かにその線は考えておくべきでしょうな。沙希殿の言う通りにいたしましょう」
「ありがとうございます——行きましょう」
沙希の号令で一行はすぐにその場を離れ、美穂たちのもとへ向かった。
そしてそれと同時に、九条家の敷地のすぐ近くに身を潜めていた一団も、行動を開始した。
◇ ◇ ◇
「ったく……シュウとミキのやつ、時間かかりすぎだろ」
「無駄口を叩くな、コウ」
「へいへい……侑斗様の仰せのままに」
隠密行動中に声を漏らすという失態を演じたコウに、見た目はまだ十五にも満たないであろう少年、侑斗は苦言を呈した。
それでも反省の色を見せないコウの面倒な絡みは無視して、侑斗は前方に意識を集中させた。
——おかしい。
九条家の屋敷に侵入し、侑斗は首を捻った。護衛が一人もいない。戦闘の跡もないのに、だ。
(罠? それとも……)
「全員、周囲を最大限警戒しろ。待ち伏せかもしれない」
「敵の気配は感じられねえがな」
「こちらも、【索敵】には引っかかりません」
人の気配に敏感なコウと【索敵】が得意なメンバーに言われても、侑斗は警戒を解かなかった。
「人がいなくても、何かしらの仕掛けがあるかもしれない」
「そんな余裕と知恵があるのか?」
コウが鼻で笑った。
「吉田は執事も副隊長も大したことないって言っていただろ?」
「あんなプライドの塊みたいなおっさんの評価を間に受けるなよ。当主一人の手腕でここまで九条家が拡大できるわけはないし、早坂沙希だって十七歳で護衛隊の副隊長だ。曲者なのは間違いない」
「ふーん。ま、何でも良いけどよ……魔法師さえ殺せれば」
剣を舌で舐めるコウに対し、侑斗は無意識のうちに浮かび上がりそうになった嘲笑を必死に抑え込んだ。
◇ ◇ ◇
沙希は美穂や佐々木、護衛隊の一部、そして非戦闘員のメイドたちとともに、九条家の屋敷の中央にある大部屋に集まっていた。
すでに普通の結界は張ってあり、非戦闘員と護衛隊の三分の一が中に、三分の二が外で陣形を作っている。
「部屋の周囲にも隊員を配置しました。これで敵の気配も感知できるでしょう。敵が強大な場合、八城にも結界を張ってもらいます」
佐々木が八城に視線を向ける。護衛隊最強の防御魔法の使い手は、力強く頷いた。
「万が一のときは沙希殿に第二の結界を発動してもらいますが、もしそれももたないと判断した場合、奥様を先頭に地下へ逃げていただきます」
佐々木が美穂、そしてヒナを見ながら言った。
九条家には守るべき命に順番がある。
現在のメンバーで言えば、一番は当主の妻である美穂、二番は執事長の佐々木、そして三番は九条家最高の【索敵】使い、ヒナだった。
この三人は、特に今後も九条家が発展していくために重要な存在で、それを守り切るのが護衛隊の役目だ。
「……ええ、わかっているわ」
佐々木の念押しに、美穂は視線を逸らさずに頷いた。しかし、その歯切れは悪い。
他の隊員ももちろんそうだが、美穂にとって、沙希は特に大切な存在だった。
両親を亡くして孤児になった沙希を保護して以来、美穂は沙希を我が子のように育ててきた。だからこそ、家族水入らずの夕食にも、給仕として同席させているのだ。
そんな沙希が自分の身代わりで死ぬかもしれないという状況は、美穂にとっては想像するだけで身の毛がよだつものだった。
そしてその心情は、視線こそ下げないが苦しそうな表情を浮かべるヒナと、表向きには一切の感情を漏らしていない佐々木にも共通するものだった。
三人の視線は自然と沙希へと向けられた。
視線を向けられた沙希に、彼らの心情を細かく読み取ることはできない。それでも、自分のことを想ってくれているということは、痛いほど伝わってきた。
大丈夫。
そう告げるように、沙希は自分への視線に頷きで返答し、自分の手首にある【魔法展開補助装置】を撫でた。
◇ ◇ ◇
「副隊長」
背中に声がかかる。
「正門を突破されました」
ヒナが厳しい表情で告げた。
「二人組はそのまま屋敷内に侵入するものと思われます。ここに来るのも時間の問題でしょう」
緊張が高まり、皆がより一層警戒な色を強める。
しかし、その二人組、シュウとミキが実際にやってくることはなかった。
「——あっ」
ヒナの口から小さな呟きが漏れる。
「どうした?」
八城が尋ねた。
「二人組が進路を変えました」
「……どういうことだ?」
「正門付近に現れた戦力……おそらくは国防軍だと思われますが、それを迎え撃ちに行ったようです」
ここで歓喜の声を上げるような愚か者は、さすがにいなかった。
しかし同時に、ホッと息を吐く者が一定数いたことも、また事実だった。
——その緩んだ空気が、逆に沙希の警戒心を引き上げさせた。
「っ皆!」
ヒナがソレに気づいたときには、すでに遅かった。
危機的状況だとほとんどの者が理解したときには、その魔法は壁をも破壊して、すぐ目の前まで迫っていた。
やられる——!
誰もがそう思ったとき、半球体の透明な結界がその場を覆った。沙希が発動させた第二の結界だ。
結界は部屋全体を覆い、護衛隊の大半は無傷だった。
「助かりました」
「いえ」
感謝を述べる佐々木に、沙希は短く首を振った。唇を噛む。
今の攻撃で、外に配置していた隊員の一部が犠牲になった。沙希が奇襲にもっと早く気づいていれば、防げた犠牲だ。
しかし、後悔している暇はなかった。
部屋の外から、拍手が聞こえてくる。
「やるじゃん」
「っ……!」
先の攻撃で破壊された壁から、十名ほどの集団が姿を見せた。
その先頭にいたのは、紛れもなくコウと侑斗だった。全員が黒いフード付きのマントを羽織っている。その数、全部で十二名だ。
「僕らの存在を見抜き、その上で隠し玉も持っていた……すごいね」
余裕の表情を浮かべる侑斗を、沙希は黙って睨みつけた。
「貴方たちは何者ですか?」
「さあ? そんなことどうでも良いじゃん——やって」
美穂の詰問をはぐらかし、侑斗が周囲に命令をした。火、水、風、土などのさまざまな属性の魔法が飛んでくるが、結界はびくともしない。
「なるほど。これは硬そうだ」
「何、余裕こいてんだか」
「大人ぶりたい年頃なんだろ」
何人かの隊員が、腕を組む侑斗を鼻で笑った。
護衛隊の中には、最年少で副隊長の座についた沙希のことを目の上のたんこぶのように感じている者もいたが、そんな者でも沙希の実力は認めていた。そんな沙希が【魔法展開補助装置】を用いなければならないほどの結界があるという事実が、彼らに気を大きくさせていた。
「副隊長。もう出て良いよな?」
「……作戦通りに」
沙希を除けば最年少である安田和人の言葉に、沙希は少し迷ってからゴーサインを出した。
侑斗は危険だと、沙希の本能が警告を鳴らしていた。結界越しでもその強さはある程度わかる。コウも実力者だし、侑斗とコウ以外の者たちも軒並み実力派だろう。
それでも、沙希に和人の提案を却下する選択肢はなかった。第二の結界に時間的制約がある以上、結界に閉じこもっているのが一番の悪手だからだ。
「でも、相手はヒナにすら気配を悟らせなかった達人。子供だからって油断はしないこと。それと、あの剣士は危険」
忠告だけが、結界を一秒でも維持しなければいけない沙希の唯一できることだった。
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