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第47話  ~セプトリア王国近代史~



「いやー、いい休日ですよ。

 たまの休みがここまで楽しいとは、思いきってシリカどのを誘ってみてよかった」

「いえいえ、こちらこそ。私も一度、ハルマどのとはじっくりお話してみたいと思っていましたからね」


 夕食時のセプトリア王国の繁華街。

 野外に広く板張りの床を敷き、テーブルと椅子を並べた青天井酒場にて、シリカとハルマがテーブルを挟んで酒を酌み交わしていた。

 仰げば夜空がよく見える、青空酒場は庶民に受けがよく、晴れた日のこの時間帯は、よく常連客で賑わっているようだ。雨が降ると閑古鳥が鳴くのはお約束。

 乾杯から約一時間、楽しく大人同士のお喋りを続けてきた二人は、適度な酒を体の中に入れ、気分良くほろ酔いの心地にある。


 トージュの村から帰還したハルマは、その報告などをナナリーに済ませた後、今日は暇を頂けたらしい。

 そんなハルマは、ルザニアへの剣術指南を終えて家に帰る途中のシリカに声をかけ、こうして酒場で二人で飲んでいる。

 ちなみにルザニアにも声をかけたのだが、ただでさえ吐きそうなぐらい疲弊した彼女は、今飲んだら本当に吐きそうということでお帰りである。

 台所の長であるシリカが、今日はハルマとご一緒してから帰るので遅くなる、というのを、家のチータや帰宅したユースとアルミナに伝える役をルザニアが担う形になったので、都合はよかったが。


「シリカどのがここ最近、うちの兵士や商人らと親睦を深めているという話は耳にしていたんですがねー。

 聞くたびもう、羨ましゅうて羨ましゅうて。やーっとこうして落ち着いて一杯酌み交わせる機会が設けられて、それだけでも私は満足ですよ」

「何がですか」

「こんな美人と酒の席で同席ですよ? ほら、周りの男どもが羨ましそうな目で、何回こちらをチラ見しているか。

 ふははは、どうだ羨ましいだろー、あげないぞー」


「ブー!」

「ブゥー!」


 雨上がりの翌日も使われる木製のテーブルや椅子は、雨や砂埃が染み付いており、お世辞にもいい匂いがする趣ではない。

 こんな酒場に集まるのは、お洒落所よりもこうした味わいを好む、傭兵連中や四十超えた酒好きの親父が殆どだ。

 こういう場所にシリカのような、王宮のお姫様にも見劣りしない華が訪れたのは珍しいケースであり、とっくに酔っ払っている周囲の客らのテンションはどことなく高い。


 ここでこんな美人と飲めるのは私だけだ、どうだどうだと鼻高々なハルマに対し、周りの席の酔っ払いどもは親指二つを下に向け、自慢しやがってとブーイングの大合唱。口を尖らせながら目は笑っている。

 仮にも女王様側近の参謀様、庶民が気安くこんな不躾なことを言っていい相手でないはずのハルマだが、それだけハルマは庶民と親しみがあるのだろう。

 持て囃されて気恥ずかしく笑うばかりのシリカだが、半分の意識ではこうしたハルマを目の前に、民に愛される国家要人という姿を心地よく見届けてもいる。


「ノリのいい連中でしょ。下町はこれだから定期的に来たくなる。

 女遊びもせず男臭い酒場に集まる連中に、シリカどのという絶景土産をお届け出来たのもついでに嬉しい」

「あはは……お役に立てたなら、何よりですけど……」

「シリカどのは案外褒められると弱いですねぇ。

 そんなにお綺麗なのに、美人と呼ばれるのには慣れておられない?」

「いや、まあ……女としてお褒め頂くのには、正直慣れていないものでして……」


 目が泳ぎ気味。普段ならば冷静なふりして、ありがとうございますだとか恐れ入りますだとか言って流せるシリカだが、酒が入っているせいなのか素が出ている。

 彼女は自分が剣術一筋で、女らしい育ち方をしてこなかった自覚があるため、女性としての褒め言葉を頂くと、周りが思っている以上に内心では大喜びしているのだ。

 本音では、そんなこと言われるなんてすっごく嬉しい、と顔を崩したいぐらいのシリカだが、いい年してそれも恥ずかしいと、表情に辛抱を利かせているだけである。今日は酒のせいで辛抱しきれていないが。


「まあ、そんなシリカどのと飲めている今も存分に幸せですが……やはり酒は、いい場所で飲んでこそ旨いというものですよ」

「そうですね。私もこの空気は、祖国にいるようで落ち着きます」


 小汚い酒場を見渡す二人の言う"いい場所"とは、まさしくこの場所のことだ。

 綺麗とは言えない顔に着こなし、飲む前に風呂にでも入ってきたらどうだと言ってもいいような汗臭い連中ばかりだが、人相の悪い奴は意外なほど目につかない。

 顔を見ただけで善人悪人が判別つくわけではないが、みんな良い奴ばかりでありそうな空間である。そうした常連客を集めるのがこの酒場ということ。

 お金に不自由しないハルマなら、もっと小奇麗な酒場やバーにも行けるであろうに、シリカを誘ってこんな薄汚い酒場を選んだ理由も、この風景を見れば気持ちがわかるというものである。


 もっとも、昔から武人やら傭兵やらと付き合い酒をすることも多かったシリカは、むしろこうした男臭い酒場には存分に慣れており、むしろ古巣の空気を楽しむかのような安らぎぶり。

 ハルマはもしかしたら当初、女性のシリカをこんな汗臭い場所に誘うことに躊躇いも感じたかもしれないが、実際のところはシリカを夕食などに誘おうとするなら、こういう場所の方が彼女を喜ばせやすいぐらいである。

 案外シリカは、どこぞのいいとこ生まれのような美貌とは真逆で、育ちも王都とはいえ下町寄りだから、初対面の相手には彼女の人物像が正しく読まれないことが多い。


「この店に限ったことではありませんよ。セプトリア王国は本当にいい国です。

 どこに行っても人々は温かく、たとえ質素な中でも豊かな心を持ち、優しさに溢れている。

 こうした国と巡り会い、籍を置かせて頂いている今が幸せであると、つくづく私は思いますからねぇ」


 ハルマもいい具合の酔い方をしているようで、くさい言葉遣いで今の幸福をしみじみと口にする。

 実感のこもったその声は疑いようのない本音の色を持ち、聞く側のシリカも気持ちのいい声色だ。


「そう言えばハルマどのは、旧アルバー帝国の生まれでしたね」

「ええ、こちらに移ってきたのは大正解でしたよ。

 こちらに引き換え、あっちは本当に腐り果てていましたからねぇ。あまり祖国に罰当たりなことを言うのは、道理で言えば控えるべきなのでしょうが、あの国は滅んで正解だったと私は思っていますので」


 この声も本音丸出し。

 ずばっと故郷を斬って捨てるハルマには、シリカも愛想笑いこそ返しつつ、正しいリアクションに困るところである。


「こんなこと言うと引きますかね? シリカどのは愛国心強そうですし」

「いえいえ、引くなんてまさか。人には事情があります、そう仰るのには根拠だってあるでしょうから」

「たまに異国の方々が、私が滅びた国の出身であると知ると気遣いげに接してくれることもあるんですがね。

 先に申し上げておきますけど、その辺りは何も気遣って頂かなくて結構ですよ。

 私はあの国を滅ぼすための戦役にも加わっておりますし、滅亡の結果は正しいものだったと思っていますから」


「うーん……じゃあ、思い切ってお尋ねしてみますけど、当時どんな心境でしたか?

 いかに嫌悪する部分があったとはいえ、祖国に弓を引き立ち向かうというのは、第三者から聞くとなかなか複雑な想いがあったのでは、とも想像してしまうのですが」


「まぁ、全くためらいが無かったのかって言われれば、確かに違う部分もありますけどね。

 かつての同僚も何人も斬り捨てましたし、そのために戦列に並ぶことを決断する時点からも含め、戦役の中では無かったはずの望郷心に苛まれもしたのは事実ですよ。それはまあ、前置きとして白状しておきますが。

 それ以上に私は、腐り果てたアルバー帝国よりも、セプトリア王国の方がずっと好きになれたという話です。

 セプトリアが滅んでアルバーが存続した結末なんて、想像するとぞっとしますもの。そんな世の中間違ってる」


 吐き捨てるようにそう言いきって、酒をぐびっと飲み干すハルマの口ぶりは、かつての祖国に対する未練など何もないことをはっきり表している。

 ちょっとはためらいもあったのは確かだけど、と言った直後にこれだから、かえってその断言具合が際立ってすら見えるほどだ。


「当時のアルバー帝国がどれだけ最悪だったか知ってます?

 皇帝まわりに金を集めて、貴族と帝国兵だけが高給取りで贅沢三昧、一方庶民はやっすい賃金で高い税金に喘いで生活苦に陥る者ばかり。

 帝都含む少し図体の大きな町では、暴力団の抗争が頻発して市民は怯える毎日。

 小さな村など帝政の治安の手もろくにかけられず、一方バカ高い租税ばかりかけられて村民も荒み、秩序もへったくれもない無法地帯。食い扶持を減らすために幼子や老人が生きたまま山奥に捨てられた逸話も数多し。

 癒着あり、民度なし、ドンパチ頻発、税金激高(げきだか)、不当格差社会、帝尊民卑、どこにも褒められる所ないでしょ」


「す、すごいですね……そんなポンポン出てくるんだ……」

「あ、いい所も一応あるにはありましたよ。良い家に生まれれば国内では一生安泰です。

 引き当てられなかったら王族貴族に見下されて、いじめられる庶民生活一生涯ですが」


 いい所すら皮肉に染めて、美点のなさを強調する始末。

 上司の愚痴を言う部下のように、楽しそうに毒舌を回すハルマの楽しそうなこと楽しそうなこと。

 祖国時代、山ほど嫌な想いをしてきたのがよくわかるというものである。


「そのくせ図体がでかいせいもあって、武力だけは一丁前にありましたからね~。

 さほど国力の強くない隣国、ここセプトリア王国にでかい顔をして、事あるごとに不利な貿易を強いたり、無茶な外交を持ちかけてきたりとやりたい放題でしたよ。

 セプトリアがエレムと同盟国でなかったら、もっとひどいことになってたんでしょうね」

「エレムとセプトリアの同盟については私も聞き及んではいますよ。

 数十年前に結ばれた、比較的新しい同盟関係だったんですよね」


 数年前の、当時の図式を簡潔に紐解くと。

 北のセプトリア王国、南のアルバー帝国、そして海を隔てて両国の隣国にあたるエレム王国。

 このうち、エレムとセプトリアは同盟国、セプトリアとアルバーは同盟国、という関係だった。

 アルバー帝国とエレム王国には、直接的な繋がりは無い。


 この二つの同盟線だが、古いのはセプトリアとアルバーの関係である。

 しかしこれは、数百年前から国力で勝るアルバー帝国とセプトリア王国の間に結ばれた同盟であり、二国の間には明確な上下関係があった。

 体裁上は同盟国家と称しつつも、その実態は支配国と植民地と言っても差し支えなく、政治的にも外交的にもアルバー帝国がセプトリア王国に、一方的に無理を言うことが多かった。


 状況が少し変わったのは数十年前、セプトリア王国がエレム王国と同盟関係を結んでからだ。

 エレム王国騎士団が、強い騎士をどれだけ擁していて、層の厚い軍事組織であるのかと言ったら、シリカやユースのようなこちらで獅子奮迅の活躍が出来る騎士が、若手の域に含まれているということから察せよう。

 正真正銘、世界有数の強国であり、小国家に過ぎないアルバー帝国なんて足元にも及ばない国力である。

 それとセプトリア王国が同盟を結んだっていうのだから、アルバー帝国からしてみれば、長年いじめてきたはずの相手がとんでもないボディガード雇いやがった、ってな話だろう。

 ちなみにアルバー帝国もエレム王国に声をかけたが、アルバー帝国の内情を視察した当時のエレム王国は、同盟関係を結ぶのはお断りと丁重に返したそうだ。残念。


 さて、線一本欠けた三角関係で結ばれていた三国だが、この関係は非常にややこしかった。

 エレム王国は、同盟国のセプトリア王国を虐げるアルバー帝国に対して強い嫌悪感を持っていたが、仮にもアルバーもセプトリアの同盟国であったから、あまり両国のことに口出し手出ししづらかったのである。

 過剰な干渉は長い目で見ると、思わぬ場所から禍根を得たり、無関係の国からの信用を失ったりするものだ。国交とは難しいもので、かつデリケートである。

 一方アルバー帝国も、後ろ盾を得たセプトリア王国には、今までのような横柄な振る舞いが難しくなった。

 表向きは同盟国家として、しかし水面下であれこれいびり、あるいは見えない場所で税や物資をせがむなど、陰湿な形でしか舎弟視していた国家から搾取できなくなったのである。


 これでセプトリア王国が、アルバー帝国との同盟関係をちょん切っていればと、事情を知らねば人は言う。

 しかし、そもそも数百年前にセプトリア王国がアルバー帝国と結んだ同盟は、当時壊滅的飢饉に苦しんだセプトリア王国を、アルバー帝国が救済するのと引き換えに結んだ同盟だったのだ。

 つまり、その同盟関係があったから当時のセプトリア王国は救われたのであり、それが無ければ現代までセプトリア王国が存続していたかどうかも、かなり怪しい話である。

 その歴史的に大き過ぎる借りがあるから、セプトリア王国もアルバー帝国との同盟関係は、状況が変わってもそう簡単には切れなかった。

 要するに、数百年前の愚政のツケを、後世のセプトリア王国が払わされ続ける形になってきたとも言えるが。

 また、そうした歴史的汚点からくる教訓により、セプトリア王国はどんな飢饉にも耐え得るよう、農業に関しては特筆ものの安定度を誇る国家として現在はある。


「先代国王様の代にとうとう、蜂起してアルバーから独立しようという運びになりましてね。

 静かに準備を進める中で、先代国王様のあまりの早世により、幼かったナナリー様がその革命の遺志を引き継ぐことになったのはおいたわしかったですが……まあ、結果はご存知のとおりです。

 セプトリア王国の勝利により、悪は滅びて吸収された、と」


 一方、いつまでもアルバー帝国の属国のままでは、ということで、セプトリア王国もエレム王国と同盟を結んでアルバー帝国からのいびりが弱くなって以来、着実に独立の準備を進めていたそうだ。

 決行を決意したのはナナリーの父、先代国王であったようだが、いざ立ち上がらんというまさにその時期に、その先代国王が病死してしまった。

 それにより、一人娘のナナリーが王位を引き継ぎ、引っ込みのつかない革命戦争の最高指導者になってしまったということらしい。


 その革命戦争とは4年前、つまりナナリーが13歳の時。

 そんな若さで戦争の引き金を引けとは、確かにおいたわしい話である。


「でも、そういう運びであったなら、同盟国であったエレム(こちら)に声をかけて頂いてもよかったのでは?

 こちらに報が入ったのは、もうセプトリア王国がアルバー帝国との戦争に勝利した後で、騎士団の古株の方々も胸を撫で下ろすばかりの心地だったと聞いています。

 僭越ながら、勝利したからよかったものの、もしもセプトリアが敗れて滅びるようなことになったら、同盟国としてやりきれなかったと多くの騎士様が仰っていましたからね」


 セプトリア王国が、とうとうアルバー帝国に同盟の決裂を申し出た時点で、戦争は避けられなかった。

 何せ皇帝と貴族が裕福に贅沢な暮らしをするための銭も、セプトリア王国から搾取するものに依存していたのだ。


 もとより勝ち組根性が長年に渡って引き継がれてきた、アルバー帝国に真っ当な国政の才が養われるはずもない。

 代々のアルバー帝国皇帝に求められるのは、帝国兵にも上層民としての生活を約束し、手なずけ、その武力で力無き人民を恐怖政治で支配する、魔王の如き政治的手腕のみ。

 あれこれ搾り取れるセプトリア王国に手を切られると、アルバー帝国もひどく困る状況だったわけだ。

 数百年前に貸しを作った時とは真逆であり、成長したセプトリア王国におんぶして貰って始めて、色々と潤滑に回る状態だったというのが、壊滅直前のアルバー帝国の実態だった。


 同盟破棄を申し出られた時点で、それは許さぬと襲いかかってくるアルバー帝国は確実視されていた。

 実際、同盟破棄を申し出たセプトリア王国に対する、アルバー帝国の返事は"拒否"、追加で"最後通告"。

 次に同じ事を言ったらただでは済まぬぞ、の最後通告が早すぎる。必死すぎ。

 もはやエレムという後ろ盾がいようがいまいが、セプトリアを手放すのだけは嫌だという、アルバー帝国の駄々が実にわかりやすい。


 結局、セプトリア王国の出兵が先制して行なわれ、アルバー帝国による抗戦の末、決着はついた。

 しかしシリカの言うとおり、セプトリア王国は同盟国であるエレム王国という、最強の武器にも頼らずに独断で決戦に挑んでおり、星が違えば戦争に敗れていた可能性もあった。

 騎士団と、エレム王国が、セプトリア王国も随分と無茶を、と後からぞっとするのは普通の反応である。


「いやぁ、その革命戦争って4年前のことですからね。

 当時のエレム王国も大変だったでしょう? 武力的な意味ではなおのこと、声をかけづらかった部分も

 あったんですよ」

「まあ、確かに当時はそうでしたけど」


 4年前のエレム王国と言えば、恐ろしい魔物の脅威に晒されていた時代だ。

 もっと前には魔王と呼ばれる存在がエレム王国を侵略しようとし、それ自体は十年と少し前に討伐されたのだが、その魔王軍の残党が生き延びてしまったので、その残党狩りでエレムは忙しかった。

 この残党どもの中でも、魔王の側近を務めた連中が馬鹿みたいに強く、本当に馬鹿みたいに強く、4年前は"魔王討伐こそ済んではいてもその残党怪物らとの抗戦に予断を許されない"時代だったのだ。

 そんな当時エレム王国に、こちらに兵を寄越して下さいとセプトリア王国が言いづらかったのは、もっともな話である。


「それに、戦争を視野に入れた上での独立を決断した、先代国王様の代からそうだったらしいのですが、アルバー帝国からの独立にあたって、エレムの方々の手助けは受けないと決まっていたそうなので」

「……それは、どうしてですか?」


 仮に、エレム王国がそうした苦境の中になかったとしても、セプトリア王国はエレムの力を借りるつもりはなかったとハルマは言う。

 そんなハルマに、ひいては独立時のセプトリア王国に疑問を持つシリカに、ハルマは新しく注いでいた酒を少し飲み、短い沈黙を挟んだのち返答する。


「セプトリア王国は、本当の意味での独立を求めていました。

 ご存知かもしれませんが、そもそもセプトリア王国がアルバー帝国と数百年前に同盟を結んだのも、我が国の至らなさに端を発しています。

 それ以降の数百年、アルバー帝国に寄生され続けていたのも、セプトリア王国の背負った咎なのですよ」

「理屈はわかりますが……」

「そんなアルバー帝国から独立するにあたって、またも他国のお世話になってでは、同じ事の繰り返しです。

 数百年前のツケの決済を、また他人から借りた金で支払うのと同じ事ですよ。

 それでは、真の意味で独立したとは言えないのです」


 アルバー帝国との戦争において、勝てる可能性を磐石にし、犠牲者の数を減らすためには、間違いなくエレム王国に援軍を願い出るべきだったはずだ。

 同盟国からの依頼となれば、エレム王国は喜んで手を差し伸べただろう。


 敢えてその道を選ばなかったセプトリア王国には、

 数百年前のさらに前には独立していた自国、

 飢饉を凌げない不甲斐なさから独立国家としての存続が不可能になった自国、

 それ以降アルバー帝国の属国に甘んじざるを得なかった自国、

 その殻を破り、再び独立して生きていける国へと生まれ変わらんとする、強い決意があったということだ。


「本当の意味での、独立したセプトリア王国とは、私達が生まれる前の時代に一度死んでいるのです。

 私達の生きるこの時代において、自国の力で以って独立を勝ち取り、自分達の力で歩いていくセプトリア王国は再び生まれた。

 それから、未だ4年です。歴史こそ長かれど、新しくひとつの国家として歩きだしたセプトリア王国の歴史は、まだまだ幼しと言えるでしょう」


 少し遠い目をするハルマの瞳は、きっと今すら未来を見据えてならないのだろう。

 女遊びも酒も好きで、気さくにシリカやユースらと語らってくれる、根は陽気でもあろうこの男が、国の重要な役職に就き、寝る間も惜しんで国政に携わっている事実は広く知られている。

 我が国を独立してまだ幼いと自認するからこそ、新時代をゼロから始めていくこれからが大切なのだと、ハルマはそう強く信念に掲げるからこそ、女王側近の参謀として連日身を粉にして歩んでいる。


「シリカどのには、あるいは無礼を承知で申し上げることになりますが」

「はい」


「私は、シリカどのやユースどの、エレム王国の方々に力を借りて、短い間にいくつもの難局を切り抜けてきたことを、心の隅では悔しくも感じております。

 真の意味で独立した国家とは、自国の問題は自国で解決するものです。

 それが、人攫い問題だとか、極道組織の残党の迎撃だとか、その解決を異国の方々に未だ頼っているようでは、所詮は形だけの独立に過ぎず、かつての隣国にすがって生きていた弱き時代と何も変わっていない」


「……そう難しく考えることは無いと思いますよ。

 魔王軍の脅威に晒されていたエレム王国も、魔法都市ダニームや魔導帝国ルオス、皇国ラエルカンの協力あってついにその苦難を乗り越えることが出来たんです。

 解決が困難であることに対し、手を結ぶことが出来る者同士で協力して解決に向かうことを、無力を嘆くような言葉に必ずしも繋げる必要はないと思うのですが……」


 ハルマは目を閉じ、首を振ってみせた。

 仰ることはわかります、しかしそれに甘んじることが出来ぬ現状にある、という返答が、その所作からシリカにも伝わっている。


「セプトリア王国は、エレム王国に対して多大なる恩を感じています。

 かつてエレムと同盟を結んだ日から、それ自体がアルバー帝国の動きを制限し、ゆえにこそ長い年月をかけ、アルバー帝国に打ち勝つための国力を養う時間も作ることが出来ました。

 今のアルバー帝国から開放されたセプトリア王国があるのは、エレム王国が我々との縁を受け入れてくれたからだと言っても過言ではありません。

 シリカどのも、誰かに大いにお世話になれば、独り立ちを目指し、やがては恩返しがしたいと思うでしょう?」


「……確かに親が年をとってから、そう思うことも多くなりましたねぇ」


「ええ、まさしくそれと同じことなんですよ。

 エレム王国はセプトリア王国にとって、新しき独立国家として生まれ変わらせてくれた母親のようなものです。

 私達は少しでも早くの独り立ちを目指し、きっと今後も栄えるであろうエレム王国に、微力ながらでも少しずつ恩を返していける国家を夢見ているのです」


 恩人に報いるためには、自分の周りをしっかりしてからだ。

 金を貸してくれた親に、よそから借金をして返済しても喜ばれはしまい。意味がない。

 セプトリア王国が平定と安寧、真の意味での独り立ちを目指す中、エレム王国の力を極力借りまいとするのは、同じ目標のもとに繋がっている理念である。


「まあ、現実はまだまだ甘くない。

 今でもエレム王国騎士団の優秀な方々を、無償でこちらに遣わせて下さるエレム王国に、私達はまだまだお世話になっている。

 これも、いつかは脱却するか、同じ事をこちらからも有意義な形でお返し出来るようになっていけばと思うばかりですよ」


「派兵の風潮が無くなるのは寂しくないですか?

 この風潮があったからこそ、私はセプトリア王国を訪れるきっかけを得られたんですから。

 それで、ハルマどのやナナリー様とも出会えたこの結果が、風潮の無しで叶わなかったと思えば寂しい」


「ははは、そうですね。

 私が斯様な美しい騎士様と一杯やれている今もまた、エレム王国とセプトリア王国の間で騎士様が行き来するこの風潮あってのこと、か。

 じゃあやっぱり、騎士様が来国して下さるこの風潮だけは、意地でも存続させていこう」

「ふふ、掌返しも甚だしい。

 あと、あまりおだてられてももう何も出ませんよ」

「そう仰る割には、また顔が赤くなってきてますが?」

「酒のせいです」


 また美しいと言われて照れの隠せないシリカは酒を飲んでごまかし、その下手糞な照れ隠しはハルマの笑いを誘い出す。

 隙を見て褒めたらシリカの表情がコロッと崩れるので、ハルマもここぞと思えばすぐ、こういう方向に話を転がしたくなる。美女の笑顔は何度見たって目の保養になるのだから。


「しかし、つくづく意外ですなぁ。

 しつこいようですが、シリカどのはそれほどのお美しさであるというのに、未だに独り身なのですよね」

「あー、まあ……私は剣の道一筋でしたし、そちらに関してはいい年してさっぱりでして……」


「アルバーシティでは、シリカどのの街娘に扮したお姿も拝借しましたが、普段からああいうお姿をされてみてもいいのでは?

 騎士様姿も凛々しくて頼もしいですが、私は女性としてのシリカどののお姿ももっと見たいと、正直なところ思いますねぇ」

「いやー、あんな姿、私には……」


「そう仰いますが、着てみて満更でもない顔をしていたとチータから聞いていたりもします」

「あいつぅ……余計なことばっかり言い広めて……」


 苦笑いでここにいないチータを批難する口だけ叩いておくシリカだが、証言どおり彼女も、女物の服に袖を通したときはけっこうお楽しみだったそうで。

 剣を携え軽鎧を身に纏う、騎士というより軽装傭兵のような姿で過ごすことの多いシリカは、むしろそちらが普段着みたいな自己印象で、女らしくおめかしすることが殆どない。

 そのぶん、たまにきっかけを得て女らしい格好が出来ると、それだけでちょっと楽しくなれるぐらいには、シリカだって女心を持ち合わせている。


「もっともっと女らしさをアピールすれば、ユースどのも振り向いてくれるかもしれませんよ?」

「いや、あいつもそういうのには鈍いし、まして女らしさに欠ける私が着飾ったところで、あいつの心を射止めるのは…………っ!?」


 はっとして、ばしんと自分の口を手で覆ったシリカは、口を滑らせた失態にみるみるうちに顔を真っ赤にする。

 酔ってて完全に油断してた。やっすい誘導尋問に引っ掛かって、意中の男性が誰なのかをあっさりと吐かされてしまった格好である。


「やっぱりね。そうだろうとは思ってたんですよ」

「あっ、あっ、あの……えぇ、あぁ……」

「大丈夫ですよ、言いふらしたりするような無粋なことはしませんから」


 微笑ましく見守る大人の笑顔のハルマを前にして、顔から火が出る勢いのシリカはしゅるしゅるとしぼんで、猫背で両肘をテーブルについてしまう。

 酒の席でも背筋を正し、行儀よく姿勢もしっかりした、凛とした騎士様の姿がすっかり板についているシリカが、こんなにだらしない姿勢になるのは珍しいことだ。

 グラスもテーブルの上に置いて、顔を覆った両手の指の隙間から羞恥に満ちた目だけを覗かせ、グラスの酒の水面に自分の顔を映している。


「ぶっちゃけた話、今あなた達ユースどのを挟んで聖戦中ですよね?

 アルミナどのも、そういうクチですよね」

「……………………はぃ」

「三角関係ですなぁ」


 傍から見ていて面白いやつである。

 当事者のシリカにとっては、面白いどころか人生最大級の死闘なのだが。


「…………あのう、ハルマどの。やっぱり私じゃ、勝ち目ないでしょうかね……」


 酒を口に含んでいたハルマが、ぶふと噴出しそうになる。

 いきなり弱気になって自虐し始めた。さっきまで、国家間の話を真剣にしていた騎士シリカ様が、一人の男を意識した途端にここまでへにょるとは、悪いがハルマも笑いを堪えるのに必死である。


「いやいや、そんなことないですって。

 女遊びに慣れている私から見ても、シリカどのは滅多にお目にかかれないレベルの女性ですよ?」

「でも、ライバルがあのアルミナなんですよ……

 明るくて、優しくて、可愛くて、強くて、気立てもよくて……あんな子、他になかなかいないでしょ……」

「あー、まあ、それはそれで確かにそうですけど。

 ルザニアどのも含めてですが、皆様がこちらに来国した際、エレム王国騎士団女性陣のハイレベルっぷりヤバいなって、正直私も思いましたからねぇ」


 その中に含まれるアルミナったらもう、前に出るタイプだからよく目立つし、彼女の魅力はハルマに伝わるのも一番早かった。

 そう考えるとシリカの苦悩も、なんだかハルマもわかるような気がしてくる。

 ただでさえ、女性としての自信が持てないシリカにとって、あのアルミナが恋のライバルというのは、果てしなき強敵を目の前にする形であって、戦う前から心がぱっきぱきなんだろうな、と。


「でもまあ、そう悲観することではないですよ。

 恋なんて、どこで何が相手の心を掴むかもわかりませんし、ふとしたきっかけであっという間に優位に立てることだってあるんです。

 もっともそれは、当人の努力あってのものではありますが」

「…………」

「……あのー、シリカどの。

 ぶっちゃけたいしたこと言ってませんから、そんな神妙な顔して聞いて貰わなくていいんですよ?」


 今のシリカには、ハルマの気休めめいた言葉すらも、貴重な貴重なアドバイスか何かに聞こえるようで、乙女の眼差しでハルマの話を拝聴してくる始末。

 おそらくこの席、褒められると照れ隠しに酒を飲んでごまかの、を繰り返してきたせいで、本来の基本飲酒量よりもちょっと飲みすぎているのだろう。

 暴れたり壊れたりしていないだけであって、この感情先走っての判断力不足っぷりは、立派に酔っ払いの症状である。


「そんな不安げな顔をしていると、露知らずのユースどのに心配かけるだけですよ。

 貴女は普通にしているだけで魅力的ですから。自信を持ってその大きな胸を張っていて下さいな」

「がんばります……」


 ダメだこれ、私の話の内容が頭に入ってねえなと、ハルマも苦笑いで肩を揺らしてしまうレベル。

 突っ込み待ちでセクハラ発言まで組み込んだのに、突っ込み無しどころかしゅんとしてか細い返答だ。

 酔いが回ると、人は、テンションが過剰に上がるか下がるかに分かれるが、それで二分化するとシリカは下がる方らしい。


「ああもう、そんなだらしない姿勢ではユースどのに見られた時に大変ですよ。

 ほら、背筋伸ばして」

「いいもん……どうせ私のこういうとこ見られたって、ユースの私に対するイメージなんて……」


「――あれ? シリカさん?」

「ぷふっ!?!?!?」


 殆どテーブルの上に預けるような姿勢で、ちびっと酒を口に含んだシリカの後ろから、あまりにも予想外の声が聞こえてきた。

 びっくりして本当に噴いた。噴いた先はグラスの中だから散りはしなかったが、飲みかけた酒を噴出したシリカはむせてしまい、大きな咳を繰り返す。


「奇遇ですな、ユースどの。おお、ニトロも一緒か」

「ユースとの会話が弾みましてね。家まで送る名目で、色々だべりながら歩いていたところですよ」


 ほんのついさっきまで、新魔法についていろいろ話し合っていたユースとニトロだが、時間も時間と

いうことでユースは帰宅の流れとなった。

 とはいえ話が弾んでおり、ニトロがユースの家までついていく形で、話だけでも延長戦の形になっていた帰り道、ということらしい。

 まさか出くわすとは。確かにここ、野外だから近くを通れば見つかるが。

 せっかくハルマの方が、先にユースの接近に気付いてシリカに忠告したというのに、へこみ過ぎていたシリカには全く通じていなかったらしい。


「あのー、シリカさん?」

「げほっ、えふっ……! お……っ、おどかすなーっ!」

「わっ、えっ? な、なんかすいません」


 なんだか知らないが、まずいタイミングで声かけちゃったのかなと、ユースも戸惑いながらのごめんなさい。

 シリカの理不尽なシャウトだが、酔っ払いのやることなので、ある程度は大目に見てあげましょう。

 それに、あまりにもだらしない格好でいたところを恋する対象に見られたショックが大きく、半ばパニック状態で頭真っ白のシリカに、まともな判断力を要求するのも少し酷。


「ニトロ、一杯やっていかんか? ユースどのも、折角ですし」

「いいんですか?」

「はいはい、どうぞどうぞ」


 ユースから顔を逸らし、口元を手で覆ってけふけふ言うシリカは、赤くない部分が無いぐらいに顔から火が出っぱなし。

 しかもこの後、ユースが同じテーブルを囲むというのだから、シリカはがちんと固まってしまう始末である。


 ハルマと夕食前の時間帯、ちょっと一杯やってるだけだったのに、まさかまさかの想い人の途中参入。

 世の中本当に、心の準備が出来ていない時に限って、過剰に予想外のことが起こるものである。

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