第46話 ~賢者の語る魔法学~
「あなたが独学でどの程度まで魔法学を学んでいるか知らないし、ひとまず初歩的な所から説明するわ。
それは知ってる、というところがあれば遠慮なくお言いなさいね」
「はい。……それにしても、室内じゃないんですね」
「空の見えない講義室は私の好みじゃないわ。ね、ユース?」
「俺に聞かれましても」
「ユースもエルアーティ様の魔法講義を?」
「そう考えると貴重な機会な気もするけど、そういう感じで呼ばれたわけじゃない」
「この子は今日は私の助手よ。
ユース、いくつかお願いするからその際はサポートよろしく」
「はあ」
ユースとエルアーティは、ニトロと共に城内の吹き抜け庭園を訪れていた。
大魔法使いにして、世界有数の魔法都市の賢者様と呼ばれるエルアーティによる、ニトロへの魔法学講義を行なうそうだが、何故だかユースも同伴させられた形である。
エルアーティは講義の過程で、ユースにいくらか協力を頼むつもりでいるようだが、それもユースにしてみれば連れて来られる前に聞かされたことではなく、ここで初耳。
自分に何か出来ることがあるのかなぁと、甚だ疑問が浮かぶばかりである。
「まずはニトロ。
魔法を語るにあたってはずせない、"命の三大要素"とは何?
あなたの知っている限りのことを言ってみて頂戴」
ふわふわと浮かせた箒の上に座ってニトロに問うエルアーティは、自分の目線が少しニトロよりも低い位置で高度を保っている。
地面に立つと目線が低くなり過ぎるから、人と話す時にも浮かせた箒に座ってのことが多いエルアーティだが、相手を見下せるほどまで自分の高度を上げるようなことはあまりしない。
仮にも大魔法使い、小さく見えても相手も見下ろす形だと恐縮してしまうケースが多いため、体の小さ過ぎるエルアーティは、これぐらいの高さに浮かせた箒に座って人と話すぐらいが丁度いいらしい。
「命の三大要素は"肉体"と"精神"、それと"霊魂"です。
魔法を実現させるにあたって必須とされる"魔力"は、霊魂にはたらきかけて精神力を具現化したものだと聞いています」
「ええ、充分。抽象的ですらあるその概念を受け入れられているなら、まずは魔法の使い手としての第一段階はクリア出来ていると言えるわ」
エルアーティも含め、数多くの魔法使いが魔法を行使するにあたって、この魔法学の基礎にあたる理屈は広く周知されている。
ユースの英雄の双腕、シリカの勇断の太刀も言うなれば魔法であり、二人もこの魔法学の基礎理念に基づいて、自分の魔法を行使している。
「霊魂にはたらきかけて魔力を具現化する。
自身の中にある、霊魂という見えない存在を認識し、イメージを持つということは、魔法を使った経験のない者にとって、必ずしも簡単なことではない。
ニトロ、あなたは自分の中にある霊魂というものに対してイメージは持てている?
霊魂認識手法を試してみたりはした?」
「セプトリア王国の魔法使い達の間では"蒸発法"が有力です。
ナナリー様もはじめはそれで自身の霊魂のイメージを作られたそうですし、俺も同じ方法で自分の霊魂についてはイメージを固めてきたつもりです」
「なるほどね、こちらではそれが有力なんだ。
……ちなみにユース、あなたは"蒸発法"については知ってる?」
「えっ……あー、俺はその手法やったことないですから、自信ないですけど……
えーっと、瓶を肉体、その中に入れた水を精神、その瓶を下から加熱する火を霊魂と見立てて、沸騰して生じる泡を魔力と見てイメージする手法でしたっけ……」
「あら、勉強家じゃない。魔法使いでもないのにあなた、物知りね」
「俺が物知りなんじゃなくて、シリカさんが最初の頃にいろいろ教えてくれたからですけどね」
「ちなみにあなたはどんな認識手法で?」
「俺は"煙羅法"でしたよ。シリカさんもそうだったみたいですから」
「エレムはやっぱりそれが一番ポピュラーなのね。
ま、せっかくだからここでは、蒸発法を主軸に講義を進めましょうか」
自分の中に霊魂があって、目には見えないその存在を認識するのは、人によっては難しい。
それを助けるために、魔法学を営む者たちは、魔法を使えるようになるための第一歩として、"自分の中にある霊魂を認識し、それが魔力を生み出す"ことをイメージしやすくなる手段、霊魂認識手法というのを初心者向けにいくつか生み出してくれている。
エレム王国生まれのユースと、セプトリア王国生まれのニトロでは、自分の中の霊魂と、それが魔力を生み出していることをイメージしやすくするための第一手法、それが少々異なるようだ。
「瓶という名の"肉体"の中にある、水という名の"精神"があり、炎という名の"霊魂"がはたらきかけることで、気泡という名の"魔力"が生じる。
ニトロはそうして、"霊魂がはたらきかけることで精神力が魔力へと変換されること"を、イメージとして認識しているのよね?」
「はい。それが"蒸発法"なんですよね」
「自己の霊魂を操作して、精神にはたらきかけることは、はじめのうちは難しいとされる。
自分の魂を操るイメージなんて、そう簡単に初心者が持てるものではないわ。
そうした初心者が魔法を使うため、ひいては自分の霊魂を、精神にはたらきかけさせて魔力を生むために、まず最初に必要とされる心構えとは何か、あなたは知っている?」
「"自分にも魔法を使うことは出来る"と、信じることでしょうか」
「正解。厳密に言えば、信じ"続ける"ことが必須なんだけどね」
魔法を使ったことがない者が、さあ魔法を使ってみようとなったって、"自分の霊魂を自分の精神にはたらきかけさせて魔力を生じさせる"というのはなかなか実現しない。
そのために必要なことは何かと問われ、多くの魔法使い達は口を揃えて、"魔法は使えるものであると信じること"であると言う。魔法学の根幹にある理念だ。
「魔法は誰にでも使えるわ。才能の有無など存在しない。
肉体も、精神も、霊魂も、誰だって持っているのだから。
その者の想像力、イメージ力によって、魔法を使おうとしてから初めて発現するまでには差異が生じるけれど、なかなか叶えられない中、心の片隅で"自分には魔法を使えないのでは"と思ってしまったら、それがさらに発現までの時を遅らせる。
……まあ、ニトロは既に魔法を使えるようだし、この辺りの講義は必要ないのかしらね?」
「ん、ニトロはもう魔法は使ってるんだ?」
「火を生み出す魔法ぐらいは使えるよ。自炊する時に便利だからさ」
実戦に耐え得るほどの魔法はまだ使える境地に達していないようだが、炎を生み出す魔法ぐらいはニトロも少し使えるようだ。
用途が鍋の下に着火するためだとか、いかにも家庭的なことにしか使えないようなレベルの魔法ではあるようだが、それでも魔法を使える域まで達している時点で、全くの魔法初心者ではない様子。
「ところでニトロ、あなたはどれぐらいの炎を魔法で生み出すことが出来る?」
「え、どれぐらい、とは……」
「ちょっと私の方に、出来る限りの火力で炎を生み出して投げて頂戴。見てみたいわ。
心配しなくても私はちゃんと防御するし、よそに飛び火しても私が鎮火してあげるから遠慮なくどうぞ」
ふわりとエルアーティが箒と一緒に、自分の体を少し高い位置へと移す。
いいんですか、どうぞどうぞ、というやりとりを少々経て、ニトロも身構える。
目を閉じ、胸の前で両掌を上に向け、念じるかのような姿勢へと。
「全力よ? 出来る限りのね」
「はい……では、行きます!」
ぼわっとニトロの掌の上に、人の頭ぐらいの大きさの炎の塊が生じた瞬間には、ユースもおぉと言わされそうになったものだ。
真剣な眼差しで、容赦なくそれをエルアーティに投げつけるニトロ。
直撃すれば大火傷間違いなしの火球の投擲だが、それはエルアーティの少し前の場所で、ばしゅんとはじけて消されてしまった。
大魔法使いエルアーティは、他者の魔法を打ち消す魔法を得意とする身であり、これぐらいの処理は造作もない。火の粉が飛散して庭園を焦がすような事象すら起こさず、火球を綺麗さっぱり消してしまっていた。
「なるほどね。実戦に活用するには向いたものではないと」
「はい」
「ちなみに全力でやってみたところ、あなた今気分はどう?」
「ちょっとクラッとしますね……この程度でこれって、少々お恥ずかしいですけど……」
「慣れないうちはみんなそんなものよ。恥じるようなことではないわ」
エルアーティは再び箒の高度を下げ、元の語らう目線の高さまで降りてくる。
たった一度、魔法を使っただけで額の汗を拭っているニトロだが、魔法の行使によって自分自身に返ってくるダメージに苛まれているようだ。
言葉どおり、少しめまいを覚えているかのように、まばたきが増えている。
「生物が生存するために必要なのは、生存するために正常に動く"肉体"。
心臓が動き、自分の望みどおりに手足と口を動かし、ものを食べ、それを消化してくれる内臓が正しく動くから生物は生きていくことが出来る。
その肉体を叶えるのは、望むとおりに体を動かそうとする"精神"、そして生存本能から意識せずとも心臓や臓器を動かしてくれる"精神"、この二つと肉体との兼ね合いが、生物に命をもたらしている」
「はぁっ……その"肉体"と"精神"を繋ぐのが"霊魂"ですよね」
「ふふふ、正解だけど無理はおよしなさいな。
講義がスムーズで助かるけど、あなたもお疲れでしょう?」
まるでしばらく走った後のように、ニトロは一つ大きな息を吐いてから発言していた。
慣れない魔法を使うのは疲れることなのだ。ユースも昔、同じようなことは何度も経験している。
「魔力を生み出すためには"霊魂"を精神にはたらきかけさせねばならない。
一方で、大きな魔力を生み出そうとすればするほどに、霊魂にも負担がかかる。
負担をかけられた霊魂はどうなるか。健常時と同じように、"肉体"と"精神"を繋ぎ合わせることが出来なくなる。
それはつまり、人が生きるために"精神"で以って"肉体"を動かすはたらきを鈍らせるということよ。
大きな魔法の行使は、著しくその者の霊魂を疲弊させ、それが過ぎれば体を意志のとおり満足に動かすことの難しさ、あるいは心臓を動かす本能的精神の阻害にすら繋がる。
平たく言えば、身の丈に合わぬ魔法の行使、ひいては魔力の過剰生産は、場合によっては半身不随や心肺停止にも繋がり得るということね。これは極論だけど」
「ええ、こんな感じにですね……」
「そういうこと。いつか魔法を使いこなせるようになっても、無理に過剰な魔法の行使は禁物よ?
魔力の過剰生産からくる霊魂の衰弱は、外傷なくとも人が死ぬ遠因にさえなるのだからね」
不慣れな火力を生み出す魔法の行使で、ニトロは健常な状態ではなく、軽く目の前がちかちかしている状態だ。
無理に魔法を使えば、これよりもひどい状態になるということ。
全力で出来る限りの魔法を見せてみなさい、とニトロに要求したエルアーティの真意とは、彼がどれほどの魔法を使えるかを見たかったのではなく、こうした戒めを説きたかったからの部分の方が強かったのだろう。
「人の体を鍛えれば強くなる、スタミナを得られるように、霊魂もまた使い慣れれば、大きな魔力を生み出しても疲れ果てて体に支障をきたすことも減る。
ただし、精進なさいとは言うけれど、その過程で無理はし過ぎないようにね。霊魂を鍛える中で命を落としたら、まるで本末転倒なのだからね」
「はい、恐れ入ります」
「どうユース。私、優しいでしょ?」
「そーですね」
くすくす笑いながら問うてくるエルアーティに、ユースは渇ききった愛想を返していた。
ユースには全然優しくないエルアーティ、それがあてつけがましくニトロにはすごく優しい。
その理不尽を見せ付けるようなエルアーティに、ユースがげんなりするのは自然なことだろう。
「さて、実際に魔法を使えているなら、魔法学基礎については押さえてあると見てよさそうね。
それじゃあ次は、魔法の作り方でも語ってみたいところだけど」
さらっと当たり前のように、魔法を"作る"と言うエルアーティだが、実際エルアーティらが言う魔法学においては、魔法の使い手にとっての魔法とは"作る"ものだ。
あるいは言い換えるならば、"編み出す"ものと言ってもいいかもしれない。
「単刀直入に訊くわ。ニトロ、あなたはどんな魔法を作ってみたい? あるいは、編み出したい?」
「……それは、抽象的な答えでもいいんですか?」
「むしろそれでいいのよ。漠然とした願いであればあるほどに、あなたの精神に向いた魔法とはどんなものかが見えやすい。
ねえユース。あなたの英雄の双腕も、根本の理念はそうだったわよね?」
そう言って、エルアーティが箒を操り、ふよふよとユースから距離を作った。何気ない光景。
「まあ……」
「英雄の双腕、準備できてる? いくわよ、ちゃんと防がなきゃあなた死ぬわよ」
「えっ……ちょ!?」
「はい」
作った距離以外に何の予備動作もなく、ひゅっと手を振ったエルアーティが、ユースへバカでかい火球を投げつけてきた。
ユースの全身像よりも大きな火球である。直撃したら本当に死ぬレベル。
ぶわっと汗を噴かせながらも、咄嗟に英雄の双腕の防御の魔力を纏わせた盾で、ユースはそれを殴り上る。
火球は上方に逸れていって消えたが、それを殴り上げた反動で、ユースは後方にはじき飛ばされて尻餅をつく格好に。
いきなりのことで本当に死ぬかと思ったユースは、打ち付けたお尻の痛みも忘れて、心臓ばっくばくで目が点である。
自分より大きな火球が、不意打ちでいきなり前方から飛んできたら、そりゃあ誰でもこんな顔になる。
「彼の英雄の双腕と名付けられた魔法は、迫るあらゆる脅威から、己や自分の後ろにいる人を守るための魔法として作られたものよ。
彼とてはじめは、そうした漠然とした希望に始まり、叶えたいとする魔法を想い描いたその果てに、今はこうしてそれを形にしている。
「は、はぁ……」
「こ……っ、殺す気ですかっ……!」
「最初にどんな魔法を実現させたいかは抽象的でも構わないの。
どのみちあなたは、多岐に渡る数多くの魔法を使いたがるタイプでもなさそうだしね」
ユースが抗議の声を発しているが、その辺りはまるで無視してニトロへの講義を続行。
ああ、ユースがエルアーティ様を苦手とする理由がなんとなくわかったなぁと、ニトロもちょっと引いている。
「さて。気を取り直して、あなたはどんな魔法を使えるようになりたいと思っている?
あるいは、魔法を使って何を為したいかでもいいわ。そう問い直せば答えも出やすいかしら?」
「何を為したいか、ですか……」
気を取り直して、なんて言っている時点で、自分の行為でニトロがたじろぐのもわかっている証拠である。わかっていてやっているのだから傍若無人。
とはいえニトロも、気を取り直せと言われたので気を取り直して、答えを考える。
その間に、ものすごく理不尽な目に合わされたユースはふくれっ面で立ち上がり、打ちつけたお尻をさすりながら元の立ち位置に戻る。
「…………俺は、剣を使うことでセプトリア王国に仕えてきました。
この剣は、セプトリア王国を脅かすものを断ち、ナナリー様を、ひいてはセプトリア王国を守るためのものです。
俺に望む魔法が得られるなら、この剣で、セプトリア王国を脅かす、あらゆるものを断ち切ることが出来るようになりたい……って、思います」
「ええ、いい答えだわ。漠然とし、しかし目的がはっきりしている。
良い魔法を作るための礎としては満点と言えるでしょうね」
腰に下げた、鞘収めの剣の柄を握ってそう言うニトロに、エルアーティは満足げに微笑んで応えた。
もしかするとエルアーティは、ユースがトージュの村に赴いている間の数日間で、本人あるいはニトロを知る周りの者から、彼がどういう人物なのかあらかじめ聞いていたのかもしれない。
問い方が、まるでこの答えを本人の口から聞き出したかったかのようである。
「聖騎士シリカの勇断の太刀も、概ね同じ信念に基づいて作られた魔法の一つ。
あれは、鉄であろうと炎であろうと、あらゆるものを断ち切る剣を顕現する魔法。
あなたの目指すところは、そんなところになるのかもしれない」
「…………」
「しかし、魔法は個々の性格や信念、それまでに築いてきた人生観によって、実現される形そのものは誰しも一致しない。
なぜなら魔法とはその根幹に"精神"が関わるものであり、その精神とは当然ながら一人一人異なるもの。
世界広しと言えど、全く同じ魔法を使う者が二人といることは相当に少ないこととされているわ」
「全く同じ二つと魔法は存在しない、っていうのは文献でも読んだことがありますが、いまいちそれだけはよくわかりませんでした。
たとえば世間一般によく知られる落雷魔法の魔法は、誰が使っても同じ――ああ、威力は個々ごとに違うと思いますけど、それもすべては同じものではないということですか?」
「ええ、見た目には同じでも本質的には全く一致するものではないでしょうね。
威力はさておいて、たとえばユース、あなたの友人のチータが発する落雷魔法の魔法ってどんなイメージ? 敵を黒焦げにする魔法っていうイメージは、昔、強くなかった?」
「そうですね。昔の話ですけど、あいつかなり容赦の無い性格してたから、あいつが放つ魔法は敵に当てたらまず間違いなく殺すみたいな威力で形になるイメージが強かったです」
「でも彼、最近は丸くなったでしょう?」
「ああ、はい、色々ありましたんで……丸くなったっていうか、前より話がわかるようになったっていうか」
「最近のあの子が使う落雷魔法の魔法、着弾と同時に相手の体全体を駆ける電撃となり、痺れを起こさせ相手の動きを止める魔法としての使い方が多くなってるのは知ってる?」
「みたいですね。
アルバーシティでも、人買いに協力してた商人を稲妻で撃ち抜いたそうですけど、以前ほどの外傷を残さなかったみたいですね。
昔のチータとは変わったのがよくわかる、ってシリカさんがコメントしてましたよ」
「多分あの子はもう、多くの初級魔法は敵の絶命を確定的に促すほどの威力を擁していないはずよ。
それは、彼がそういう性格、無用な殺生を好まない性格に変わったから。
同じ人間でも、精神模様の変化ひとつで、同じ魔法ですら形を変えるの」
「ちなみに、エルアーティ様が落雷魔法を使っても、全く違う形になるんですか?」
「私はそもそも攻撃魔法を得意としないからねぇ。
でも仮に私がそういう魔法を使うとしたら、相手の命を奪わずに、しつこく絡みつく電撃で相手の動きを徹底的に縛る魔法になると思うわ」
ちら、とエルアーティがユースの方を見た。あなたなら私の性格知ってるわよね、とばかりに。
ええ知ってますよ、とユースは、ヘッという顔で返しておいた。この人は、動けない相手にあれこれするのが好きな人で、ひと思いに殺すよりいたぶることを好む性格だとよく知っている。だから苦手。
「面白いものでね。遠い異国では、魔法を"売る"国もあるそうよ。
たとえば巻物を売って、これを手にすれば特定の魔法を習得できますよ、ってね。
そういう国では、同じ巻物から学んだ魔法は誰が唱えても、基本の効果は同じになるみたい」
「聞いたことはありますね。よその魔法大国は、そうして魔法使いを量産しているとか。
魔法使いや魔導士になるにはお金が必要なのが、格差社会を生む、とも」
「そちらの国では、私達が営んでいるこの魔法学の理念が無いのでしょうね。
それはそれで、そちら様の固有の魔法社会を形成するから、むしろ私達の言う魔法学は忌避される傾向にあると予想されるわ。
きっと魔法使いの地位は高く、魔法を使えること自体がステータスでしょうし、この魔法学で誰もが魔法を使えるようになると、社会の仕組み自体がおかしくなるでしょうしね。
他にもある大陸においては、血統のみで使える魔法の属性が決まっていて、生まれながらにしてこの魔法は使える、あの魔法は絶対に使えない、という差が生じ、それで民族の差異を明確化していたという話も」
「うーん……魔法都市ダニーム発祥のこの魔法学も、決して世界共通ではないんですね」
「魔法なんて結局は気の持ちようよ。
使えると信じれば使える、使えないと思えば使えない、ある条件下でなら使えると信じるならその条件下では非常にスムーズに使えて、条件下になければ使うことはできない。
私達の言う魔法学と何も矛盾していないでしょう?
つまるところ魔法とは、術者が使えると信じるその精神力に端を発し、魔力を生み出し実現されるもの。
この真理が信じられるか否かも、所詮は人やその社会の思想に大きく左右されるわ」
大魔法使いでありながら、魔法学者でもあるエルアーティは、魔法について語るにあたって饒舌だ。
学んだことを人に話す時というのは、誰だって無条件に楽しくなれるものである。
「とまあ、ちょっと話が横道に逸れたけど、そろそろ話を戻しましょうか。
あなたが望む魔法についてお尋ねしてみたけれど、その言葉尻のみを捉えるなら、あなたの理想とする魔法とは、"その剣で以ってあらゆるものを断ち切ることが出来るようになる魔法"と聞き取れる。
それは、聖騎士シリカが切り札とする魔法に極めて近いものね。
ただ、彼女の行使するその魔法と全く同じにすることに、貴方は特別こだわる必要性はない。
例えば何でも斬っちゃうシリカの剣とは違い、優しき自然の木や、害意なき人間を斬ることは決してせず、セプトリア王国やナナ姫――ああ、今は王女だったわね。
ナナ王女に悪意を向ける魔物や人間だけを斬る、そんな剣を生み出す魔法を目指してみても面白いかもしれない」
「……そんな魔法でも作れるんですか?」
「魔法に不可能などないわ。あなたが信じるすべてのことは、魔法によって何であろうと叶えられる。
事実、今までも人間社会を脅かす強大な存在――魔王とでも呼べる絶大なる存在を、力では劣る人間の数々が討伐し、大安の世界を継続させてきた史実もあるでしょう。
私に言わせればそれだって、平和を望む数多の精神が為す魔法のようなものよ」
「そこまでいくと哲学的な気もしますけど……」
「信じる者は救われる、とは違うけれどね。望み、信じなければ叶うものも叶わないとも言う。
出来ないと思うより、出来ると信じることが魔法の上達の近道であるのは間違いないわ。
この子だって、強くなりたいと願い、そうした自分を信じてきたから、今の強さがあるんだから」
「……ん、俺ですか?」
「あなた以外に誰がいるの。何その顔。照れていいのよ?」
「いや、まあ……恐れ入り、ます?」
「ん?」
「いえ別に」
褒められたら照れるばかりのユースも、エルアーティに立てて貰えた奇特なシチュエーションには、あまりにもこの意地悪魔女様らしくなさすぎて戸惑うばかり。微妙な顔、微妙な返事、微妙な空気。
エルアーティは気分を害することなどなく、あなた目線で私はそうなのねと、にやりと笑うのみ。
何らかの悪意が見え見えで、ユースも苦笑いこそ返せど、しょうがないよなこれが素直なリアクションだし、と内心では開き直っている。
「まあ要するに、魔法というのは術者の精神に依存するものだから、それは忘れないことね。
世の魔法使いの多くが魔法に名をつけ、その発動に際して魔法の名を詠唱するのだって、魔法の名を口にして"さあいくぞ"と精神力に勢いをつけるため。
その方が、発現された魔法が為す効果が実際上がりやすい……ような気がする、というのが多くの声よ。
とはいえ、ような気がする、とは言うのも、案外馬鹿には出来ないものとは念を押すけれど」
「それぐらい、術者にとっての精神が魔法には大切と言う話なんですよね」
「ええ、それを強調したいだけ。
あなたが魔法を使いたいなら、必要なのは、その魔法のイメージを固めることと、それを不可能と思わない精神であること、さらに求めるならその魔法に名をつけること。
あなたが生み出した魔法に名前をつけるのは、詠唱するかどうかは別としても大事なことでもあるわ。
あなたが名をつけ、あなただけの魔法としたそれは、たとえ他の人が真似して同じ魔法を使ったとしても、あなた以上の効果を出せなくなることが予想される。
あなたが生み出した魔法にあなただけの名をつけることは、あなた自身をその魔法の最高の使い手たらしめる鍵ともなるということよ」
同じ事を言い方を変えて繰り返している自覚はエルアーティにもあり、それが何を強調しているのかは聞き手が判断する。
ニトロにも、精神のあり方が魔法にとって非常に重要であることは伝わっているようだ。
「さて、ユース。あとは任せたわ」
「え」
「ニトロが生み出す彼だけの魔法に、名前をつけてあげる手助けをしてあげなさいな」
何のために連れてこられたのか、正直あまりわかっていなかったユースだが、ここに来て急な振りがきたものだ。
なんだかふわっと箒の高さを上げ、出発寸前のような様相のエルアーティは、その態度だけで今日の講義は終了と言わんばかりである。
「あなたの英雄の双腕もチータに名付けてもらった魔法でしょう?
だったらあなたも、年の近い魔法後輩が自分の魔法に名前をつけるのを手伝ってあげなさい。
善行は引き継がれ、巡り、世に広まっていくものよ」
「いや、その理屈はわかりますけど……俺が、そういうのは……」
「いいじゃないの。自分だけの魔法に自分で名前をつける人も少なくないけれど、意外と魔法の名を知人や友人、あるいは師匠の発想力に委ねる人も多いのよ。
まあ、ニトロが自分で自分の魔法の名を閃くならそれもいいけれど――今のところ魔法の具体的なイメージも固められていないあなたが、すぐに魔法の名を考えるのは難しいでしょう?」
「まあ……今のところ、イメージないですね」
ユースに話しかけつつ、顔の向きで問いかける対象を変えていたエルアーティに応じた、ニトロの返答も概ねエルアーティの予想通りだ。
自分だけの魔法、という表現を使うと、その名付け親は術者であるべきでありそうなイメージを抱く人もいるが、意外とそれは必須でもないらしい。
場合によっては、それが利点になることもあるとかないとか。エルアーティはそこまで話さないようだが。
「意外と、魔法に名前をつけてからの方が、具体的なイメージを作るに際してやりやすいこともあるわ。
だからユース、あなたも協力してあげなさい。年の離れた私がそれに協力するよりも、年が近くて友人でもあるあなたが協力した方がいいでしょうしね」
年の差はセンスに隔たりを生むので、言われてみればユースもその方がいい気がしないでもない。
問題は彼の場合、俺が人様の魔法の名前を決めるなんて……と、腰が引け気味になるところ。
「そんなわけだからニトロ、まずは魔法のイメージを固めるところと、その魔法に名前をつけるところから頑張ってみなさい。
それを宿題として、今回の講義は終了とするわ。また進展があったら教えて頂戴。進行具合次第で、もう少し踏み入った話も、今後してあげてもいいから」
「わかりました……すみません、わざわざ忙しいところ、ご鞭撻ありがとうごさいました」
「いえいえ、私も楽しませて貰ったわ。それじゃあ、頑張ってね。
ユースもね。頑張りなさいね」
「……はあ」
そう言って、エルアーティは箒に乗ったまま、ひゅーんと飛んで去ってしまった。
ニトロには"頑張ってね"、ユースには"頑張りなさいね"。相手次第の口の利きようがわかりやすい人であった。
「……えっと」
「あー、その……ユース、相談に乗ってもらってもいいの、かな?」
「あ、うん、俺でよければ……でも、俺が何か参考になること言えるのかな……」
残された二人は、しばらく庭園にて立ち話し、たいしたことのない会話に小さめに花を咲かせるのだった。
ニトロがユースに、魔法を使った手応えはどうであったかとか。
使ってみて、自分のイメージと実現したものに差はあったか、あったならどれぐらいの差があったか、とか。
実戦での魔法の使い手としては先輩であるユースに、ニトロが色々尋ねて、ユースも聞かれたとおりに答えるだけ。特に、実入りのあるアドバイスが出来るかといえば、全くもって、別に。
こんなんで俺ニトロの手助け出来るのかなぁ、なんてユースも内心では思っているとおり、ユースが魔法について語ることが、エルアーティの講義に勝る進展をニトロにもたらすとは考えづらい内容だろう。
一方ニトロもそうした意識は薄く、今はひとまず実戦魔法の経験者から経験談を聞いて、好奇心を満たす程度の会話にうんうんうなずくばかりである。
一方で、尊ぶべき大魔法使いからしっかりした講義を受ける以上に、友人から魔法の経験談を聞く方が、ニトロにとっても楽しいであろうことは事実である。
学問とは人の役に立ってこそ、そうでなければ学問にあらずというのが通説ではあるが、学問の本質とは好奇心が生み出したちょっとした疑問と解決の積み重ねであり、それが人の世の役に立つものとなったがゆえに高尚化されているだけ、という見方もある。
要は何かを学ぶにあたって、あるいは学を切り拓くにあたって、最も重要なのはその効率や利便性ではなく、目的意識や好奇心、つまり学者が前向きにそれに取り組むための精神である、というのも事実なのだ。
結果や成功だけを求めて近道を考えるのは、完成された学問で更なる発展を、銭のために目指す時でいい。
はじまりの場にあるニトロが、友人との語らいから興味を広げ、魔法に前向きな気持ちを育む形になっている現状は、魔法学という学問を歩むにあたって最善の開始点であるとも言える。
何のためにこのような場に招かれたのか、未だに実感を得ていないユースだが、彼が今のニトロのそばにいることには、ちゃんと意味があるのである。
広く名を馳せる魔法学者が、若き雄に魔法を教えるにあたって、何の意味もなく魔法使いでもないユースを連れてくるはずがない。




