第24話 ~頭目スマーティオ~
「ついて来てますか~?」
「大丈夫で~す!」
実に軽い声。その速さに相応しくない。
人通りが少なくなり、閑散とした街を突っ走るハルマと、それに追随する三人の若い騎士と傭兵の速度には、目にした者も思わず二度見する。
風のように速い。恐らく、そんじょそこらの大人の全力疾走に匹敵するぐらいの速さであって、しかもハルマを筆頭にユース達は、もう何分もそのスピードをキープしている。
「ルザニアちゃん大丈夫~!? 頑張ってね!」
「はっ、はいっ……!」
ルザニアはもう息が上がり始めており、ユースやアルミナについていくのが精一杯である。
彼女とて騎士として腕を慣らしたもので、戦場に並ぶ機会は過去にも多く、体力には自信のあった方だ。
剣を振るうのはそれだけでも重労働だし、それで魔物数匹をばったばったと倒してきた実績のあるルザニアが、武人相応のスタミナの持ち主であることに間違いはない。
それでもハルマと、それにぴったりついていくユースの足が速すぎて、ルザニアにとってはついていくだけでオーバーワーク。
その一方で、アルミナは速度を落とさずルザニアを振り向いて、激励の言葉を向ける余裕を残している。
そこまで気が回しきれなかったユースも、今のやりとりを聞いて心配そうな顔をルザニア向けてくる。勿論、スピードを落とさず走ったまま。息が乱れていない顔。
流石にアルミナは多少息が上がるのか、大きめの白い息を吐いているものの、ユースの口元からは平常どおりの呼吸しか溢れないのか、そんな気配がないというのもさらなる体力差が表れている。
元々ルザニアはユースやアルミナのことを、漠然とながらも先輩として尊敬していた。
しかし、いざこうして一緒に任務に回ると、自分が思っていた以上にこの先輩方は、と思わされるというものだ。
息を抜いたら置いていかれそう、いっぱいいっぱいの全速力でついていくのが精一杯、はぁはぁ言いながら追いかけるそんなルザニアの前で、このお二人たるや平然とした顔で走り続けているのだから。
「流石ですね~、騎士団の皆様! 私の戦場ダッシュに味方がついて来るのは久しぶりですよ!」
「恐縮です……!」
「体力だけには自信ありますよ~!」
シリカに何年以上もしごかれてきたユースとアルミナとは、ほんの数分前にチャハル商会をおかしな速度で駆け抜けていたあの人の後ろに、ちゃんと毎日ついていった二人なのだ。
剣の腕やら銃の腕やら特筆される前に、二人の最も抜き出た能力とは、その機動力とそれを継続するぶっ飛んだスタミナなのである。
そしてそんな二人の前を、息も乱さず高揚した声を高らかに発するハルマもまた、参謀職にありながら、一兵として極めて優秀な体力と脚力の持ち主だということだ。
「さあ、あそこを曲がれば突き当たるまで一直線ですよー! 後は私を追い抜いて下さっても結構!」
「いいんです?」
「どうぞ、出来るもんなら」
遊びです、私を追い抜けますかと挑発するようなことを言い、ハルマはほんの少しだけ加速する。
目的地も近いし、まだ余りある体力に不安なし、リードも済んだ、あとはスピード最優先。
急ぐべしというコンセプトには合っていて、ついでにユースと競ってみる遊び心があるほどに彼は余裕だ。
ついていくだけでぜぇぜぇのルザニアは、突き放すように加速したハルマの背中を見て、気が遠くなったかもしれないが。
「真っ直ぐでいいんですね……!?」
「おぉ!?」
囃し立てたら本当に追いつくように並んできて、自分を抜き去って前に立ってしまうユースに、ハルマも驚嘆の声を上げる。
道案内をして貰ってる少し前までは、ハルマを追い抜くことが出来なかったユースだ。案内が必要なくなり、ただ急げ走れで目標地点まで全速力になったユースは、ハルマの全速力よりも早く、体力も余している。
「すごいでしょ、うちの隊長……っ!」
「貴女も大概ですよ……!」
アルミナまでもがハルマに並んできて、にへっと身内自慢の笑顔で語りかけてくる始末。
流石に息が上がってきているが、実際にはハルマが最後方のルザニアを気遣って少しだけ速度を戻したとはいえ、ハルマに並びかけるアルミナの走力も相当なものである。
「さあ、見えてきまし……」
「!! すいません、独断いきますっ!」
緩やかな上り坂続きの長い直線、前方に屋敷の影の形がうっすら見え、接近とともにその実像がはっきりする中、不意にアルミナが握り締めていた銃を前方へ向ける。
独断いきます。その発言どおり、アルミナは指示など貰うまでもなく引き金を引き、ある対象へと銃弾を放った。
自分の真横をアルミナの銃弾が通過していったことに驚き、思わず振り返りそうになったユースだが、その銃弾の向かう先が視界に入っているユースには、その意図が読み取れた。振り向かずに走り続ける。
「おわあっ!? なっ、お前っ……!?」
屋敷の門前には馬が一頭いたのだ。
その馬の口輪に繋がれた手綱を持つ男が一人いるのだが、突然その馬が手綱越しの抑えを無視して暴れ始め、男は慌てふためかされるばかり。
あれはきっと、敵の親玉を逃がすために用意されていた馬。
そう判断してアルミナが放った銃弾は、その馬の尻を、少し深めにかする軌道の銃弾を放たれていた。
それにより、まるで厚い尻の皮を切りつけられるような痛み、鞭よりずっと痛い痛覚に驚いた馬が、暴れて暴れて男の手から手綱を振りほどく。
こうなった大柄な馬は、人の手では制御できないのだ。
パニックを起こした馬は、手綱を手放す寸前に振り回された男をはね飛ばし、人の手を離れると足並みを乱しながら、門前から離れるようにして落ち着いた。
「すげえな、やっぱアルミナは……!」
「ちょっと可哀想だけどねっ……!」
「いやいや、すべてお見事! 完璧ですな!」
あれぐらいの怪我なら馬も大事には至るまい。あの程度の傷にして驚かせ、きっちり悪党側の使い物にならなくさせたのが上等なのである。
前を走るユースが独り言気味に、ハルマが直接に、賞賛の言葉を発するのはそれを含んでいる。
「ハルマ様、ここからは!?」
「門は開いてるはずですよー! とりあえず開けてしまって下さい!」
門前に辿り着いたユースが立ち止まり、振り向いて大声で尋ねた声に、少し離れた位置からハルマも大声で返答だ。
開いてる、つまり、きっと門の鍵が。親分を逃がす直前だったのだから。
ユースが格子状の門を蹴飛ばせば、両面開き式の門は力任せに開放させられた形になる。速度優先の戦場下においては、案外ユースも幼びた顔して結構乱暴なことをやるものだ。師匠に似たのかもしれないが。
「……あいつがそうですか」
「追いついたー! ユースやっぱ速いね!」
「ふうっ、そうですよ。あれがフラックオース組の頭目、スマーティオ=フラックオースです」
門を蹴り開いたところから一歩踏み込み、屋敷の敷地内に侵入したユースが、それ以上前に行かないのには理由がある。
ハルマもアルミナも、ユースが前に行かないからすぐに追いついた。
三人が正面に見据える、中庭を経て屋敷の入り口にあたる場所に、明らかに風格の違う男が側近とともに立っているのである。
黒のシャツの上、灰のスーツを羽織るように纏い、短い白髪頭の尖ったサングラスをかけた男が、屋敷の玄関からこちらを睨んでいる。
サングラス越しでも、なぜかその眼光の鋭さがわかるほど、スマーティオと呼ばれる男の風格は違う。
事実、ユース達が三人並び立ち、あれが敵の親玉かと認識したその瞬間、頭目スマーティオがサングラスを投げ捨て、右目に斜め傷を負った隻眼でぎろりと睨みつけて来た。
ぞわ、と鳥肌を立てたのはユース。
肩をすくめて思わず一歩退がってしまったのがアルミナ。
魔物が相手でも果敢に挑む二人が、老いて腹も少し出てきた初老の男性に怯むのだ。その威圧感は凄まじい。
「はぁ……はぁ……!」
「!!」
ようやく追いついたルザニアが、ユースの隣のアルミナのさらなる隣に並んだ。
息も上がりきって汗だくで、どうしてもあるべき注意力が失われている状態のルザニアがそこに至った瞬間、びりりと嫌な予感がしたユースは、咄嗟に地面を蹴っていた。
ルザニアの前に躍り出たユースが盾を構えた矢先、何かがそれにかきんと当たる大きな音がした。
音源は銃弾だ。
どこからともなく放たれた銃弾は、ルザニアの脳天めがけて発射されていたらしく、ユースの盾がルザニアをその凶弾から守った形である。
「あ……」
「んの下種……!」
ユースが銃弾をはじいた音でようやく何が起こったのかを理解し、さあっと血の気を引かせるルザニアだが、彼女の隣では真逆、頭に血を昇らせかけた人物もいる。
銃弾の出所を一瞬で見極めたアルミナは、屋敷のとある二階窓へと銃口を向け、一瞬たりとも待たずに引き金を引いていた。
屋敷の窓から狙撃手の役割を果たしていた男の手を、アルミナの銃弾がぶち抜いて悲鳴をあげさせる。
硝煙を噴く銃を降ろさず、館の全容をきっちりと視野に入れるアルミナ。
次は誰、来るならやり返すよと睨みを利かせる彼女の眼光は、垢抜けなさの残る顔立ちからは想像も
出来ないほど、歴戦の牽制力を以って他の狙撃手を怯ませている。
「ルザニア、しっかりな……! 気を抜くと危ないぞ!」
「っ…………はあぁっ……! すみません、ユースさん……!」
あわや死んでいた局面でユースに救われ、疲労とは違う汗も噴くルザニアだが、ユースにかけられた声によって我に返り、一度大きく息を吐く。
整えた呼吸の末、しっかり礼を述べて気を持ち直すと、抜き身の騎士剣を構えて臨戦態勢に入った。
「ハルマか……クソ若頭が……」
「つくづく残念ですな、スマーティオどの。
街の人々にも愛されたあなたと、まさかこのような形で再会することになるとはね」
ボディガードのような大柄な男二人が、スマーティオを守る盾のように立ちはだかっていたところ、頭目の彼は前に出て、ユース達に見えやすい位置に移る。
銃を持つアルミナもいるのに無謀と見え、しかし合理的な位置取りにつくスマーティオに、ハルマも流石に頭目は違うと思いながら言葉を発している。
「前置きは要りませんね。我が儘言わずにご同行下さいませ」
「穏健派だったお前が、俺達によく似たような物言いをするようになったもんだな」
「それは貴方が私のことをよく知らなかっただけですよ」
ハルマとスマーティオの、以前から顔見知りであったような語り合いには、ユース達も耳がひくつきそう。
今は気にせず、それぞれが武器を構えるのみ。
アルミナとルザニアを、斜め後ろ左右に控えて前に出るユースの横に、ハルマも踏み出て杖を構える。
「ユースどの、まず私が炙り出してきます。ひとまず、見で」
「ハルマ様……?」
「ご心配なく、そのままで……!」
そう言うや否や、ハルマが一気に駆けだした。敵将スマーティオに向かって一直線にだ。
この時、スマーティオの口の端が少し上がったことに、ユースはハルマに言われたことを破りそうになった。
耐えたが、嫌な予感がしたのである。それはこの後、当たったと言うべきか否か。
「ふむ……!」
広い中庭、ハルマがスマーティオの位置へと走るその一直線上。
その半ばに、突然地表を破って突き出たのは、真緑かつ人の腕ほどの太さを持つ、鞭のようにしなる何か。
それが竜の尾のように、あるいは例えどおり鞭のように、ハルマを横殴りにする軌道で風を切って迫るのだから、ハルマも急停止と共に胸が地面に着きそうなほど身を沈めてかわす。
緑色の鞭らしき何かがハルマの頭上を通過した直後、屋敷側から銃声が数発。
いずれもハルマを狙ったもので、沈んだ体勢から後方へとバックステップしたハルマがそれを回避、地面に屋敷の窓から放たれた銃弾が突き刺さる。
「やはり、魔物ぐらいは飼っていたようですな……!」
「お前が驚くようなことじゃあねえだろ」
いったいあれは何だとユース達が息を呑む中、ユース達のもとまで舞い戻ってきたハルマは、ユースらへの説明を兼ねた言葉でスマーティオに話しかける。返答もまた、知れた者同士らしき気ままな一言だ。
続いて地上から、同じような緑色の鞭らしきものが、いくつも生えてきて身をくねらせる。
その数は十本をゆうに超え、太い全身を地表から立ちそびえさせ、生きた尾のように躍る姿が、その数も相まって極めておぞましい。
植物の蔓と思しきそれが、ハルマの言うとおり魔物のそれなら、あれは植物の魔物ということだろうか。
「アルバーシティには昔々、魔物を飼って戦争に使う輩もいましてね。
スマーティオは恐らくそいつから魔物を買うなりして、根城の切り札として擁していたと見えましょう」
「……魔物を、ですか」
「最低」
アルミナほど歯に衣着せぬ発言こそしなかったものの、ユースの声も低く、重い。
魔物を使役してでも悪行に身を染める。魔物の存在が、時に人々の命をも脅かすこのご時勢、そんな人々を守るための力を剣に込めてきたユースにとって、今のスマーティオには嫌悪感を禁じ得ない。
漠然と、悪と断ぜられたスマーティオに、仕事として挑む心持ちだった少し前が、今ここで完全に一新された。
絶対に許せない。
「――スマーティオ=フラックオース!」
アルミナも少し驚く、開戦前に口を開くユースの後ろ姿。
付き合いの長いアルミナだからこそ、こんなユースが珍しいことも知っていて、ルザニア以上に驚かされている。
「エレム王国騎士団、ユーステット=クロニクス! セプトリア王国と盟を共にする身!
魔物と組し、非道に手を染めるその所業、俺は絶対に見過ごさない!」
「……威勢のいいガキ連れてきやがったな、ハルマの奴」
周到なハルマにしては、未成年が武装していい気になっているかのような、若い兵を連れてきたものだと思っていたスマーティオ。
修羅場慣れした極道らしく、決して油断などしていなかった彼ではあるも、強い意志と気迫を表すユースの姿には、鼻を鳴らして確かに笑った。これは、見くびった嘲笑などではない。
血気盛んな息子を擁するスマーティオという人物は、たとえそれが敵対する人物であっても、活きのいい若者を見れば血が騒ぐのである。
虚勢ではない強さを正しく感じ取る。
その上で、年端もいかぬ若者になど負けぬと、一大組織の頭目は目をぎらつかせる。
「口だけじゃねえところを見せてみな、若造よ!」
「やってやる……!」
一番槍として急発進したユースの行動は、アルミナが真に神経を研ぎ澄ますよりも一瞬早い。
うねうねと不快に身をくねらせる、地下から生える蔓。その群生地とも言えよう中庭を横切って、スマーティオの立つ屋敷玄関前まで突き進むユースには、当然のように鞭状の蔓の洗礼がある。
ハルマも驚く、ルザニアはもっと驚く、そんなユースの身のこなしが封を切る。
ユースの頭を薙ぎ払おうとした蔓を、走りながら身をかがませ回避したユースは、続けざまに逆方向から胴を薙ぐ一撃を放っていた蔓も、剣で断って対処する。
足首を掴むような軌道で迫っていたそれも低い跳躍で避け、浮いた体を斜め上から叩き潰そうと振り下ろされた蔦も、盾で横殴りにして撃退だ。
着地した瞬間のユースに、二本の蔦が全く同時に襲いかかり、それは片や横殴りで、片や左斜め上からの振り下ろし。
ユースは右斜め前方に跳び、薙ぎと叩きを回避すると、足元から追加されるように突き出てきてユースを狙った蔦すら、着地前に足より下の位置を斬る、騎士剣のスイングで断っている。
うごめく触手の群生地のような場所を、素早く駆け抜けるユースには、屋敷の窓から銃を構える狙撃手も、的が速すぎて引き金を引けない。
あまりの動きにスマーティオが目をしかめる両脇、彼の側に立つ大柄なボディガードらしき二人が、懐から小銃を抜く。
駆け迫るユースに銃口を向け、放たれた弾丸はユースの胸元と左脚へ一直線。
体狙いの銃弾を盾ではじきながら、小跳びに脚狙いの弾丸もかわしたユースが、低空跳躍のままスマーティオの前に立ちはだかるボディガードとの距離を詰める姿には、相手も目が殆ど追いつかない。
振り抜かれたユースの剣は、一人の銃をその手からはじき飛ばし、もう一人のボディガードの胸元をばっさりと斜めに斬る一撃を続けざまに放つ。
さらにはその、深手を負って怯んだ男の腹を思いっきり蹴ってぶっ飛ばすと、銃をはじいた方の敵にも接近し、盾を装備した腕を振り抜いて、顔面を横殴りにして叩き飛ばしてしまう。
道は開いた、目の前間もなくにスマーティオ。
止まらず駆け抜けるユースは騎士剣を振り下ろし、ひりつく状況に腰の鞘から脇差を素早く抜いたスマーティオがそれを構え、二人の武器がスマーティオの額の僅か上でぶつかる。
かなりの力を込めて振り下ろしたユースの剣が、人間相手に食い止められるのはやや珍しいことだ。
脇差、ただしスマーティオのような人物が持てばドスとも呼ばれる小刀。
それでユースの剣を食い止めたスマーティオと、一撃食らわせられなかったユースが、双方歯を食いしばる中、ぎちぎちと力を拮抗しあう武器二つが震えている。
快進撃も一度ここまで。
何発ぶんもの銃声が響いたのは、スマーティオとの激突で動きが止まったユースに、屋敷の窓数箇所から銃弾を放つ者が数名いたからだ。
音を聞く前からその危機を察していたユースが後方に跳び退き、彼が立っていた場所に何発もの銃弾が突き刺さる。
重なり合った銃声の中に紛れ、アルミナの引き金による音も含まれており、彼女の放った銃弾が屋敷の窓から顔を覗かせていた狙撃手の一人の、手を撃ち抜いて使い物にならなくした一幕もある。
「頼もしい、想像以上ですな……!」
「うちの自慢の一番槍隊長ですよっ!」
一人に苦を背負わせてなるかとハルマも動き出している。
一本一本が個別の意志を持つかのような蔓、その群生地へと飛び込んで、迫るそれらを先端に炎を纏う杖で打ち払い、焼き切る。魔法の使い手にして杖術の心得にも秀でている一兵だ。
中庭の真ん中で植物の蔦に応戦するハルマを追うように接近し、少しでも屋敷の狙撃手に近い位置まで寄ったアルミナは、構えた銃口から次々に銃弾を放つ。
狙撃手が駄目にされる結果を見てきた敵陣営も、アルミナがそこにいるだけで、安全圏だったはずの屋敷の窓から顔を出すのも難しくなる。
銃や顔を出せず、部屋に引っ込まされた狙撃手の頭上を、風を切って銃弾がかすめていく現実が、スマーティオに近付いたユースを狙撃したいスナイパーの行動を制限する。
「アルミナさんっ!」
「ひゅー! ルザニアちゃんナイス、頼りにしてるよっ!」
ハルマが焼き切っても次々に地表を破って生じる蔦の数々は、当然アルミナにも襲いかかる。
彼女を守るようにそのそばに立つルザニアは、動きの激しい蔦を騎士剣で斬り、人をも殴り飛ばしそうな太い植物の鞭を退ける。
近接戦闘を得意としないアルミナのそばに、こうした腕の立つ剣士がいることは、例えようもなく頼もしくアルミナも動きやすい。
「気を付けてルザニアちゃん、窓からも、っとー!」
アルミナを狙うのは植物の蔓だけでなく、果敢な屋敷からの銃弾もそう。
蔦の数々に視野を広げつつも、自分に銃口を向けてくる敵と銃声にも気を配り、ハイテンション声と共に後方に跳び退がったアルミナの足元に、敵の銃弾が突き刺さる。
そのまま銃を相手方に向け、引き金を引くアルミナだが、相手は一手早く引っ込んでおり当てられない。
別の狙撃手からルザニアの頭めがけての銃弾も飛ぶが、これはルザニアが自分の剣ではじき返す。
「まったく、これは厄介だな……!」
最も多くの蔦が襲いかかる対象は、中庭の中心でそれに応戦するハルマだ。
焼き切った蔓は、地表に近い方の残った部分が、燃えたままにしてハルマを襲い、対処する側としても怖い。
殴り返せば焼け落ちてほぼ死ぬが、火をつけると燃えたまま、絶える間際の火炎付き強襲を仕掛けてくる蔓が相手では、まとめて焼き払うという手段も使えない。
火のついたそれがアルミナ達を襲ったら、あちらがかなり大変なことになる。
「ユースどの! スマーティオはお任せ致しましたよ!」
それでもこの状況は整っている。
中庭の中心で無数の蔓を相手取るハルマは、手広い攻撃範囲を持つ魔物の攻撃を一手に受け、前方のユースと後方のアルミナ達に、それが迫る数を大きく減らしている。
おかげでアルミナは前に出て、屋敷の狙撃手を牽制、あるいは撃破する役目を叶えやすく、そばにいるルザニアという騎士による守りにも穴が無い。
最も捕縛すべき、かつ強い相手に、こちら最強の駒を、一対一に近い状況でぶつけられているのだ。
アルミナ達に翻弄されつつもユースから目を切らない狙撃手、まだ数本あるユース周囲の蔦、それらも注意すべき対象に含みつつ、ユースは騎士剣を構えてスマーティオを近しい位置に捉えている。
完全なる一対一でないにせよ、一対大多数よりもずっと戦いやすいはず。
「来いよ若造、大人の世界の厳しさってモンを教えてやる……!」
「行くぞ!」
ドスを構えたスマーティオに、ユースが敢然と駆け迫る。
混沌とした戦場の全体像に反し、その状況の本質は極めてシンプル。セプトリア王国にとっての切り札とも言えよう一兵、騎士ユーステットが結果を残せるかに、この任務の可否が懸かっている。




