第23話 ~シリカの全速力~
この日、巨悪を滅するための一大作戦が決行されるといっても、街の風景は普段と何も変わらない。
夕食前の時間帯、子供達は帰路につき、往来する社会人も我が家か職場の本拠地へと、帰りの足を向ける頃合いだ。
もう少し時間が経てば、仕事終わりの大人達が、一杯交わしに繁華街を訪れることにもなろうし、その後は夜遊びの好きな男達と迎える女達で、色町が最も賑わう時間帯となる。
ちょうど今が、一日で最も、街を行く人々の数が減る時間帯の一つだ。
朝から晩まで栄えるアルバーシティが静かになり、一旦の落ち着きが町全体に訪れている。
「リラックスしてますね、シリカさん」
「そうか? いつもと変わらないつもりだけど」
これから大きな任務に挑もうという二人の騎士団員も、すっかり落ち着いた今の街と同じほど、緊張感など微塵も感じさせない声と表情で語らっていた。
街の風景に溶け込む、幌で荷台を隠した一台の馬車。
その荷台には、既に武装したシリカとチータが、外から見えない形で二人で座っている。
誰一人、この馬車を一度視界内に入れたとしても、再び見返したり目に留めたりしない。あまりにも日常的な光景の一つに過ぎない外観だからである。
「最初からユースと別行動で任務に挑むシリカさんなんて、いつ以来ですかね?」
「あー……記憶にないなぁ、そういえば。思えば出撃時には、いつでもあいつがそばにいたのか」
ユースはずっと、シリカが隊長である部隊で、彼女の部下として戦列に並んできた。
思えば初めてそうなって以来、どんな任務の際にでも、ユースはシリカの一番近くにいたものである。
例えば大きな戦争で、混戦模様を極めてユースとシリカが離れ離れになり、そこから別行動というケースはいくつかあったが、出撃時点で二人が最初から別行動、というケースは全くなかったようにシリカには思える。
もしかしたら、一度か二度ぐらいそういったケースがあったかもしれないが、それが全く記憶に引っ掛からないぐらいには、シリカにとってはそばにユースがいることが当たり前だったのだ。
「あいつがいないと不安になったりしません?」
「不安は無いよ、私の方が先輩だぞ。あいつも随分頼もしくなったし、そばにいれば安心感も沸くようになったが、いないからって不安になるほど私もあいつには依存してない」
「じゃあ質問を変えましょう。あいつがいなくて寂しく感じたりはしませんか」
チータは、シリカがユースのことをどう思っているのかは知っている。
無表情、無感情めいた声ながら、下世話にこんな質問をしてみるぐらいには、チータも最近のシリカとユースを眺めることを案外楽しんでいるようだ。ろくでもない。
「……寂しいかって言われたら、そうなのかもしれないけど、私は歓迎したいな」
あれ、えらく爽やかな顔で返事してくるものだと、チータも意外に感じる返答だ。
意中のあいつと離れ離れの任務で寂しくないですか、と、戦人には無粋な冗談でからかおうとしたのに、何か捉え方を間違えられたのだろうか。
「ユースは昔から先輩や年上がそばにいると、無意識なんだろうけど、頼って、身を預けに行ってしまう、臆病な面があったからな。
私はあいつの先輩だし、あいつのそういう所も可愛いとは思ってたけど、あいつが人の上に立つ人物になっていくためには、そういうところも治していかなきゃいけないわけでさ」
ああやっぱり。チータが今感じている肩透かし感はとても凄い。
「今回は二班に分かれることになったが、その内訳を決めたのもユースだ。私と別行動になることをあいつは選んだ。自分で言うのもなんだけど、ずーっと私の後ろをついてきてばかりだったあいつが、今回は私を頼れない形にして、後輩のルザニアやアルミナを引っ張る形で頑張ろうとしてる。
……寂しいかって言われたら、寂しいかもな。でも、それ以上に、あいつが頑張ろうとしてくれてることが私は嬉しいな」
なんていい笑顔で、ユースの成長を喜んでいる真意を明かしてくれるんだろうか。
想い人と離れ離れでさみしくないですか、と、からかってみようとした意図が全く伝わってなくて、チータも鼻でふんと笑ってしまう。
「……なんだよ、笑うなよ。どうせ私は後輩離れ出来てない先輩だよ」
「違いますよ、あなたがユースのこと好きすぎて、会話が噛み合ってなくて笑っただけです」
「噛み合ってな……あっ、お前っ!? そ、そういう意味かっ!」
「気付くの遅すぎです」
ぼっと顔を赤くして肩の辺りにでも掴みかかろうとしてくるシリカの手を、チータも軽く腕でガードする。
割と近くで、やっぱりお綺麗な顔であるシリカが、恋心を看過されて赤面する表情で唇を震わせている。
チータもからかい上手な薄ら笑いをシリカに向けつつ、その奥では感心すらするものだ。
戦場では仲間すら慄くほどの眼差しを叶える人ながら、戦場にあらずんばその瞳はあまりにも純情で、あの馬鹿みたいに強い騎士シリカと、今の非戦場モードのシリカさんが、同一人物とはなかなか思えない。
「はいはい、ユースに色々バラされたくなかったら離して下さい。痛いですよ」
「むぐぐぐ……くそぅ……」
身を乗り出すようにしてチータの腕を掴んでいたシリカだが、ずるい脅し方をされて、敗者の如くすごすごと手を離すしかない。
目線を落として座るようにしつつ、横目でじとっと睨みつけてくるシリカには、怖い怖い騎士シリカ様の面影もなくて、チータもまた鼻で笑ってしまう。
「ま、ユースに恥ずかしい結果を見せるわけにもいきませんし、頑張っていくしかありませんね」
「うるさい」
拗ねてしまった。五歳年上の女性がまるで子供のようにぷいっと顔を逸らし、もう今日は二度とこっちを向いてくれなさそうな素振りを見せたことに、やれやれとチータは肩をすくめるのだった。
どっちが年上で先輩なんだか。武の道では並び立つ者なしのシリカさんも、チータの悪い口の前ではまるで形無しである。
そうして無言の時間が数秒続いたところで、がたりと馬車が止まった。
お、とチータが思って、目線を幌の出口に向ける。
シリカの顔の動きも同様だ。いじられた直後で、赤く染まっていた頬の色はまだそのままだったが、横顔で確かめられるシリカの眼差しは、この時点で既に尖り始めている。
あれだけ弱いところをつつかれて屈していたくせに、この切り替えの速さにはチータも流石だなぁと思う。
「着いたようですね」
「……みたいだな」
さっきまでユースへの想いを明かしていたうっとりとした声や、顔を真っ赤にして突っかかってきた子供みたいな声とは、どちらとも違う声。
頬の染まりようはすぐには引かないが、低く重く発せられたシリカの声は、完全にお仕事モードのそれに切り替わっており、顔色がもはやチータの目にも留まらない。
作戦決行、その時が来た。半ば確信しつつも、二人はまだ動かない。
「おお、"こんな所でお会いするとは奇遇ですな"!」
「いやはや、まったく! "いつ以来ですかな"?」
馬車の外から、過剰なほど大きな声でご挨拶する声が聞こえた。
馬車を止めた御者が、そばでたまたま会った知人に話しかけているらしい。
御者も、それに挨拶される側も、シリカとチータがあらかじめ知る"合言葉"を含んでの会話だ。
それが意味する真のところは、御者とその協力者いわく、"所定の場所に止めました、あとは御武運を"である。
「では行きますよ、シリカさん。段取りどおりに参りましょう」
「ああ……!」
この日この時を以って作戦決行。
チータが馬車から飛び出して、出てすぐ進行方向を右に90度折る。目的地はその先にある。
「開門、岩石魔法」
チータの十数歩先にあったのは高い壁。
それは、チャハル商会の本館を含む広い敷地を囲んだ、盗人が容易には乗り越えられぬ垂直の高い壁だ。
駆けながら短い詠唱を口にしたチータの魔法は、壁に辿り着くまでの短い道に、三本の石の槍が地面から、がこんがこんと突き出される結果を導く。
人の胴ほど太く、先端は平坦に近い石の槍らしきそれは、一本目が人の胸までほどの高さ、二本目がその倍の高さ、三本目がまた同じだけ高さを増した、まるで離れ離れに階段を作るような形となる。
「さて、空中歩行」
チータに三秒遅れて馬車を飛び出したシリカもまた、彼の後を追って駆けてきている。
わかっているチータは地を蹴って跳び、突き出した岩石柱のすぐそば、何もない空中を蹴るような仕草で、とんとんと駆け上がるような足の運びを繰り返す。
空を歩くような足を叶えるチータは、そうした魔法を叶えている。
シリカはどうか。チータが用意してくれた、岩石柱の階段へと跳び移る。
跳んで、一本目の頂上に右足を乗せ、また跳んで二本目の頂上へ左足を乗せ、さらに跳んでは三本目の頂上へ右足を。
最後のひと蹴りを強く踏み、跳躍したシリカはチャハル商会の外壁のてっぺんへと飛び乗り、同時にチータも彼女の隣、外壁頂上へと踏み止まる。
ロープを使って越えようとしても時間がかかる、そんな高い壁を半ば越えるここに至るまで僅か七秒。
無論、この壁を越えた先はチャハル商会の敷地内。
突然のシリカ達の壁越えにも、敷地内にいた商人らが気付くのは時間の問題だ。
「チータ、左は任せたぞ……!」
敷地内を広く視界に含んだシリカが、右方向に一名、左方向に二名の、チャハル商会の商人を視認すると同時、強い小声でチータに命じた。
その瞬間にはもう、シリカは外壁頂上を蹴って、まるで投石のように敷地内に飛び込んでいる。
「開門、落雷魔法」
シリカに指示されたとおり、チータは魔法の名を詠唱し、左方離れた地上にいる商人の頭上に、ばりっと稲妻の魔力を擁した亀裂を生じさせる。
ある日いきなり自分の頭上にそんなものが出来て、そこからばしりと発射される稲妻が自分めがけて落ちれば、人は何が起こったのかもわからぬまま、無抵抗に感電させられる。
目の前に火花が散るような感覚とともに、チータの魔法が発した雷撃を受けた商人は、死なぬ程度に加減された稲妻に全身を強張らせ、悲鳴すらなく倒れてしまった。
「な……!?」
シリカに狙われた二人の商人も驚愕しただろう。
いきなりどこからともなく身を投じてきた女騎士が、鋼のブーツでがしゃんと激しい着地音を響かせるや否や、あり得ないほどの速度で自分達へと直進してくるのだ。
しかも、それに気付いて目を見開く頃には、既にシリカは商人らを射程距離内に捉えるほど接近済み。
鞘から抜くと同時に振るわれたシリカの剣は、刃のない側面部分で商人の一人の脇腹をぶん殴り、そいつを吹っ飛ばしたかと思えばすぐさまもう一人にも接近だ。
防御させる暇もなく、握り拳で商人のみぞおちをぶん殴り、鋭く詰まるような声とともに崩れ落ちさせ、立てなくする。
外壁の頂上から飛び降りてここまで、僅か五秒。着地点がそもそもターゲットに近かったほど跳んでいた。
二人、敵を使い物にならなくさせたシリカが振り向いて見上げると、チータも壁面頂上を蹴り、地上へと降りてきている。
空を走るように、何も無い空中点を蹴る魔法を行使しながら、自分の方へと駆け下りてくるチータを見受ければ、シリカは踵を返して走りだす。初速からかなり速い全力疾走へと移行する。
「ついて来いよ……!」
「頑張ってみます」
快速、あるいは怪速シリカの後を全速力で追いながら、チータは掌に固めていた魔力を上天へと放り投げていた。
かなり高くまで放り投げたそれは、のちに離れた場所にいるユースらにシグナルを送るための、稲妻を生み出す魔力の塊である。
シリカもチータも、ここチャハル商会の本館の見取り図はあらかじめ渡されており、作戦準備期間でがっちり頭に叩き込んできた。
目標地点への最短ルートは最優先で記憶しており、二人の駆け足には迷いが無い。
目指すは西館、その北側入り口から入って右に曲がり、二つ目の階段を上ってすぐの場所、茶看板の穀物倉庫――と、されている部屋。
セプトリア王国の捜査班が調べ上げた結果、目指すべきは間違いなくそこ、と割り出されたそこへと突っ走る二人は、壁の内側に踏み込んで僅か十数秒で、西館と呼ばれる建物の入り口へ差し掛かった。
ここまでの途中で一人の商人と出くわしたが、騒がれる前に急接近したシリカの回し蹴りが、その商人の二の腕を直撃し、吹っ飛ばされて倒れた商人は目を回していた。
殆ど強盗みたいなことをやってるが、王国側から特別に許可されていることなので気にしてはいけない。
この作戦は、ありったけ強引にでも、ともかく最速を求めなければ失敗してしまう。
実際、シリカ達が西館に踏み込み、廊下を駆け、目標階段を駆け上がったその瞬間、外から砲撃音のような大きな音が響いた。軽く地面も揺れるほどの、ずどんという火薬絡みの轟音だ。
「やはり間違いないんだな……!」
シリカはチータとの会話のつもりで発したが、あまりに彼女が速すぎてチータも置いていかれ気味。
距離が既に出来つつあり、足を止めず、つぶやくように発したシリカの言葉に返事は返ってこなかった。
砲撃音から数秒遅れて、ばりばりと上天にて火薬が複数はじけるような音まで聞こえてくるのだから、明らかにコミュニケーション能力を持つ爆音だ。
聞きしに及んでいた、緊急事態発生を遠方のボスへと知らせるための砲撃、"花火"と呼ばれるものの音を耳に確かめたシリカは、一秒でも早くの想いとともに騎士剣を振るっている。
"魔法"の名は口にされなかったが、シリカの振り抜いた剣は、鍵のかかっていた穀物倉庫の扉を通過する。
四度素早くシリカが振り抜いた剣は、大きな長方形の形に扉を貫通し、続いてシリカが扉を蹴り抜く一撃で、斬った形でその扉に風穴を開けてしまう。
シリカが得意とする唯一の魔法にして、彼女にとっても切り札であるそれは、その剣で以ってあらゆるものを容易に切り裂いてしまうのだ。
金属や岩石すら果物のように容易く断つ、剣に万物を切り裂く魔力を纏わせて行使するシリカの魔法に
かかれば、木製の扉など障害物にもなりはしない。
それに際してほんの僅かな時間シリカの足が止まっていた間に、チータもシリカとの距離を詰められた。
まだ追いついてないが。別にチータも遅いわけではないのだが、この騎士様は身体能力がおかしい。
「勇断の太刀!」
先に目標地点へと達していたシリカが発する、その魔法の名を唱えた詠唱声が、もう少しで追いつくといったところのチータにも聞こえた。
速いよ先輩、ああやっと追いついた、と、チータが既に扉の破られた穀物倉庫に到着すれば、そこでは剣を振り終えて床を蹴り砕いた直後のシリカがいる。
石造りの薄い床を×の字に斬り、踏み砕いたシリカの目の前に、地下への階段がある。
床という蓋をかぶせ、地下室への隠し階段を隠蔽していたチャハル商会の思惑は、既にセプトリア王国の捜査班により看破されており、それが露呈させられている形だ。
「どうぞシリカさん、光です」
「助かる……!」
掌を上に向け、そこに光り輝く魔力の塊を生み出したチータが、それをその地下階段の奥へと送り出す。
術者の意のまま、強い光を放つ蛍のように階段の奥へと舞い降りていく魔力の光球を追い、シリカも暗い地下への階段を駆け下りる。チータもそれに続く。
二段飛ばしでがんがん駆け下りていくシリカは相変わらずのお化けスピードで、一段飛ばしで追いかけるチータはまた徐々に遅れを取る。
同じ速度で追いかけようとしたら、捻挫しそうでたまらない。
人攫いが、攫った相手を幽閉するとしたら間違いなく地面より下だ。それも深い場所。
地上より上で、静かな夜、女に騒がれでもしたら、万に一つでも大問題である。
しかし、攫った女性を閉じ込める地下室なるものがあるとして、その入り口が地表に作られるとは限らない。
法に携わる、悪人を追う者達をして、地表に接する、つまりあらゆる建物の一階の床とて、捜査対象には当然含まれるのである。それこそ、当たりをつければ真っ先に。
チャハル商会は、表面上はフラックオース組とは関わりの薄い商業組合だが、その実裏ではしっかりと繋がっており、フラックオース組の仕事の"戦利品"を収める地下室を擁している。
そもそもフラックオース組との接点も少なかったここが、はっきり連中と繋がっていると確信したハルマ達は、本当によく捜査したのだろう。
最終的には、いくら考えても、チャハル商会の館の一階の一部に、絶対に使われていない無駄な空間があることまで見抜いたのだから、その捜査能力は見事なものだ。
シリカ達が発見したこの階段は、二階から一階の空間を経て、長い螺旋階段の末に地下まで至る。
地下に誰かを閉じ込めるとしても、その入り口は一階か地面にあるだろうという裏をかいた構成だ。
その階段を駆け下りるシリカ達の耳に、先方遠くから響くような銃声がずどんと響いた。
小さく聞こえたが、音源そばではかなり大きなもののはずだ。
恐れていた事態が発生したと、舌打ちしながら螺旋階段を駆け下りるシリカは、もはや三段飛ばしに足を切り替えて、さらなる加速で降りていく。
螺旋階段をそれで降りていく足の運びは、さながら壁を蹴りながら落ちていくようなもので、もはや芸の境地かと思えるほど。チータも追いつきようがない。
「勇断の太刀!」
階段を駆け下りた先に、鋼の分厚い鉄の扉が見えるや否や、シリカはすぐさまそれを切り抜いた。
四角に切って、蹴飛ばして突入口を空け、シリカに蹴飛ばされた扉の残骸が、重低音とともに床に倒れる。
その重低音とほぼ同時に聞こえた銃声は、先程までは鉄の扉に遮られて小さかったものが、目に見える場所での発生により、かなり大きな音としてシリカの耳に突き刺さる。
「な……!?」
突然現れたシリカとは逆の方向に銃を向け、引き金を引いていた男も仰天して振り向くが、そこにあったのは両目に憤怒の想いを擁したシリカである。
彼女が既にぶち切れているのは、銃声が何を意味していたかを知っているからだ。
銃を握って振り返った男の後方には鉄格子があり、その奥では悲痛なほどの悲鳴を上げる女性らの姿も
見えているのだ。
シリカが駆け出し、銃を握る相手に向けて踏み出した直後、シリカに銃口を向けた男が引き金を引いた。
シリカの額めがけて放たれた銃弾は、騎士剣を振り上げたシリカの一撃により、驚くほどあっさりとはじき飛ばされる。
二発目の銃弾を放つ暇も与えず、あっという間に距離を詰めたシリカの剣は、男の銃をその側面で殴り飛ばし、敵の手から武器をはじき飛ばしてしまう。
さらに、きゅるっと体をひねって放った踵からの回し蹴りで、男の二の腕位置を蹴飛ばして壁面まで
ぶっ飛ばす。
一連の行動はあまりにも速すぎて、蹴飛ばされた男は放った銃弾がはじき飛ばされた瞬間までしか認識できず、よくわからないまま壁面に頭を打って失神してしまったのであった。
「セプトリア王国からの使者だ! 貴女達を救出するために訪れた!」
ここからなおも、シリカはスピードを落とさない。
発するべきとして用意していた言葉を大きく口にする中で、鉄格子の奥の光景を目に焼き付ける。
冷静を装う彼女も、その胸の内がずきりと痛む光景だ。
最低限の場所だけを隠すような、ぼろぎれのような服を身に纏わされ、鎖に繋がれた女性が何人もいる。
いずれもやつれて、爪もぼろぼろ。救出者であるはずのシリカを見てなおがたがた震え、ここで強いられた生活によって心に深い傷を負っていることも見てとれる。
極めつけは、到達前に聞こえた二発の銃声の数と同じ、既に頭を撃ち抜かれて事切れた女性の姿があったこと。
悪行が露呈した時の、人攫い連中の、証人隠滅の手口は知っている。
口封じのために葬られた二人の女性を悼むシリカは、唇を噛み締め騎士剣の柄を握り締めていた。
「シリカさん、確定しましたか」
「確定だ……!」
後方から追いついたチータにはシリカの後ろ姿しか見えず、しかしそれだけでも、彼女がどれほどの怒りに胸を満たしているかはわかった。
声からも、わなわなと震える全身からも。
「開門、落雷魔法」
あくまで冷静さを失わず、チータは平静と変わらぬ声で魔法の名を口にした。
それに伴い発動した魔法は、館の外、その上天にて発動する。
地下にいる二人の耳にまでは、その発動音は大きく聞こえなかったが、晴れた夕暮れの空にて落雷の轟く音が鳴り響き、街の人々を驚かせているだろう。
すなわちその雷音と稲光は、遠く離れたユースらの場所にも届いている。
「こちらは任務完了ですね」
「……任務はな」
鉄格子に近付き、静かに騎士剣を二度振り抜くシリカにより、縦何本もの鉄格子の上部と下部が切断される。
鉄の棒の数本となった鉄格子が、からんからんと音を立てて石床に転がって、ここに幽閉されていた女性らは、歩けば外に出られる状況となった。
後は、彼女らを壁面や床に繋ぐ鎖を断てば、解放は概ね完了である。
求められたことは全て叶えたし、被害者らも救出することが出来た。
任務完了という名の誇るべき成功のはず。
シリカの表情が厳しく憂いを含むのは、もう帰ってこない二つの命を悼むゆえ。
そして、攫われた末に苛烈な仕打ちを受けた、彼女らが失ったものの数々に、胸を痛めるからである。
チータですら、陰惨なる悪行の魔窟と言えようこの空間で、眉を動かし嫌悪感を感じているのだ。
シリカに失神させられた男をふん縛るチータは相変わらず無表情だが、悪を憎む感情は彼にだってある。
女性であるシリカなど、語るべくもなく尚更だ。
「……もう、大丈夫です。私達は、貴女達を救いに参りました」
湧き上がりそうな激情を努めて抑え、優しき母のような笑みを作り、シリカは幽閉されていた女性らに一声を放っている。
チータが外にて鳴らした稲妻は、被害者の生存確認をユース達に伝えるものであり、それは同時にアルバーシティにて待機するセプトリア王国の潜伏兵にも、それを知らせる報告音でもある。
じきにチャハル商会に乗り込んでくる、信頼できる仲間達が、彼女らを保護してくれるだろう。
作戦の前半は完遂されたと言っていい。
悪しき組織の撲滅は、ユース達に襷を渡し、折り返し地点を迎えている。




